Stella Break   作:無間ノ海

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星海のティータイム

 

 

 

 ――シュテレーラ現本拠ビル、『星海の塔』。

 

 表向きは複数の企業に貸し出されているテナントビルとして登録されているそのお洒落な建物の玄関は、よくある開放的なホテルのロビーといったところ。

 入った者を出迎えるように、鈍い金色に黒い蔓華模様が入ったエレベーターの扉がいくつも用意されている。そのインジケーターは古風な扇形の文字盤式であり、レトロチックを窺わせた。

 

 傍目にはクラシック・スタイルのホテルだろう。数奇な趣味のオーナーが建てたんだな、としか思うまい。

 

 しかしそんな塔は、本来の主人である組織のメンバーを出迎える時だけ、大きくその顔を変えるのである。

 

 セヅキが乗り込み、指に魔力を宿した上で階数ボタンを打弦鍵盤(ピアノ・フォルテ)のごとくパパパッと複雑に叩く。20個ほどのボタンを押したところで、壁の一部が開き現れるのは指紋確認用のスクリーン。これに触れた瞬間、インジケーターの文字盤が全て切り替わり、赤色に輝く古代文字へと変化した。

 これにより、エレベーターはようやく本来の来訪者を迎え入れる門番となるのである。

 

「セキュリティー兼ねてるとはいえ、毎度ややこしいよねこのエレベーター。もうちょっとシンプルにしてもいいんじゃないかなぁ。あたし何度やっても操作忘れちゃうもん。7回くらい締め出されちゃったし。」

 

「そう?私は好きだけどね、こういうの。やっぱり秘密結社にはこういう仕掛けが定番だし。」

 

 セヅキは案外形から入るタイプだ。なのでこういった外連味をあえて好むことも多い。

 ぼやくリンを苦笑して宥めていると、扉が開いた。

 

 

 

 そこは高級ホテルや迎賓館を思わせる、なかなかに上品な雰囲気の漂う広々としたラウンジだった。

 

 明るめの木材で敷かれた床に幾つかの柔らかそうなチェアやソファーが置かれ、事務仕事が出来るように本棚や大きめのデスクも置いてある。

 南方の砂漠国家の特産のカーペットが敷かれ、その上に身の丈ほどの桜や梅の木が伸びる鉢植えがインテリアに飾られていた。

 

 そして今まさに、ちょうどそのデスクでパソコンを叩いている人物がいた。

 スタイル抜群の肢体にかっちりしたスーツを着込んだその女性はこちらを見ると、その切れ長の瞳が目立つ怜悧な顔を華やげさせる。

 

「あら、セヅキにリン!おかえりなさい。悪かったわね、真夜中から出動してもらって。」

 

「エイネスさん、ただいま!」

「施設を丸投げしてすみません。今戻りました。」

 

「いいのよ、どっちみち用事は無かったし。てか、アンタ達の方こそ大丈夫だった?お腹ケガしたって聞いたんだけど。」

 

「ええ、もう応急処置は終わってます。あとで医療部門に行きますので数日あれば治りますよ。」

 

「悪いわね、今は処置装備に空きがないのよ。それにしても相変わらず身体強いわねー、ちょっと羨ましいかも。」

 

 二人を出迎えた、眼鏡をかけた妙齢の女性――エイネス・リケル。

 南方の出身を示す褐色の肌に、綺麗な銀色の髪をサイドテールにした高身長の美人さんである。現機関長の秘書官にして、シュテレーラの情報部門の統括者だ。世界中の指揮系統を流れる情報は彼女が一手に掌握していた。

 

 

 そこへ、音もなく盆をもって近づいてくる人物がいた。

 

「お帰りなさいませ、リン様、セヅキ様。このベック・ゼイン、お二人の御帰還を心よりお待ち申しておりました。」

 

 深く優し気なバリトンボイスで出迎えたのは、びしりと背筋を伸ばした一人の道化師。

 涙と笑顔を模るピエロのメイクを施しシルクハットを乗せたその風貌は、一見かなりの変人だ。その上に、まるで舞踏会にでも出るような、最正装のモーニングコートを纏っている。

 

 奉仕人なのか、それとも道化師なのか。どっちつかずの、なんとも珍妙な風貌のその人物は、しかしどこまでも紳士な深い一礼を行った。

 

「ベックさん、只今戻りました。おや、そのカップは……」

 

 盆のうえに乗った四つのマグカップ。なんとも香ばしい芳香を漂わせるそれに惹かれたセヅキに、ベックと呼ばれた道化の紳士は微笑んだ。

 

「"ジール"の聖樹の森――エルフの方々より頂きました、アゼナの葉を煎じたティーで御座います。実はお二人が御不在の間に、行商人の方が此方へ来ておられましてな。セヅキ様が中々手に入らないと嘆いておられたのを思い出しまして、このベック、ついつい買ってしまいました。」

 

「わ、ありがとうベックさん!いや、これ貴重品で正直とても手に入らないんですよ。助かりました。お金は後でお渡ししますね。」

 

「いえいえ、お気になさらず。どうでしょう、せっかくお茶も淹れたことですし――」

 

 横をみれば、すっかり目を輝かせたリンと、落ち着きながらも笑みの隠せないエイネス。

 彼が作ってくれる茶や茶菓子は、それはそれは絶品なのだ。お茶会大好きな女性陣にはたまるまい。

 

「――このあたりで一つ、茶会でもいかがでしょう?」

 

 

 

「はー、おいしい!やっぱりベックさんの作るお菓子って最高!」

 

「アゼナティーは私も飲むのは初めてね。確か時価で十万くらいするんじゃなかった?」

 

「一度任務で聖樹の森に入った時に頂いて、それきりでして。何分エルフの人にとっても貴重品ですし、外ではなかなか飲めないんですよ。――うん、やっぱり美味しい。」

 

「ほっほっ、それは良かった。わたくしにとってもこのお茶を淹れられるとは、願ってもない機会で御座います。さあさ、遠慮なさらず。」

 

 白磁の皿に乗せられたクッキーのような軽めの焼き菓子と一緒にアゼナのお茶を楽しむ四人。

 茶菓子の八割ほどはリンの腹に消え、他の三名は芳醇な香りを楽しんでいる。

 

 アゼナは遥か西方の地、『聖樹の森』の高所に自生する植物だ。常人は踏み入ることすら困難な魔境のため、そこの住人――エルフと呼ばれる人達が採取したものを外へ流してくれない限り、中々手に入れる機会は少ない。

 

 エイネスがその鋭い美貌をちょっと緩めてセヅキを揶揄ってきた。

 

「その話を聞いた時に、あんたに食の好みなんてあるんだ、って思ったわよ。でもよかったじゃない。年頃なんだしそれぐらい楽しむ権利があって当然よ。」

 

 そんな慰めに、くすりと吹き出す。

 無論、ただの贅沢でこんな超高価な嗜好品を好むほどセヅキが物欲に溢れているわけではない。無欲恬淡を地で行く男である。ちゃんと理由はあるのだ。

 

「別に食べずとも生きていけますしね、私。なんなら空気もいらないまでありますし。――それでもちょっとくらいは、味を楽しみたいんですよ。少しでも身体が生きてる感覚が欲しくて。」

 

 顎を手に乗せて、はーあっとため息をつくセヅキ。

 幼少のみぎりより、甘いものも辛いものも大好きだったはずの自分の味覚は、完全に失われてしまった。

 コアを胸に宿してから、どんどん必要のない生理機能は薄れていっている。

 

 

 ――もはやこの身が、食の喜びを感じられなくなって久しい。

 ご飯を食べても美味しくない。お肉は油ぎったゴムだし、お米だって糊同然。パンや魚の類に至っては、妙な匂いのする繊維質のナニカ。古びたスポンジを食べてるのと変わりやしない。

 

 私の場合、そもそもコアからの強制的なエネルギー供給が肉体維持に必要なエネルギーを完全に補っているせいで、極端な話食べないどころか酸素すらなくたって生きていけるのだ。『星の外』――地球重力圏外でさえなければ極地だろうと上等である。

 酸素や栄養というのは、身体の細胞機能を維持するエネルギーの元であって、極論エネルギーさえ足りているなら必要ないのだから。

 

 飢餓と窒息の苦痛さえ頑張って耐えればなんとかなる。いや、無論しんどいが。すっごくしんどいが、それでもその気なら耐えれてしまうのがこの身体だ。

 

 だから自分の食べ物に使うお金があれば、周りの人や子供たちにあげるようにしている。どうせ必要ないのだし。味の楽しめぬ粗忽者の贅沢に使うくらいなら、そのお金で子供たちにお菓子や絵本を買ってあげる方がよほどいいというもの。

 

 そんな私が楽しめる数少ない嗜好品が、アゼナのような舌を介さぬ食品なのである。

 というわけで、此度ばかりはそれを楽しむことを良しとして欲しかった。

 

 

「アゼナの内包する甘味は、精神に直接作用しますからな。セヅキ様でも楽しめる数少ない美味でございましょう。古くは旧文明の王家が使う薬や、精神病の治療にも使われていたそうで。」

 

 アゼナの持つ脳への干渉作用のおかげで、舌が死んでいても味が感じられる。

 

 神秘を含む薬草にはよくあることだ。ちなみにアゼナは優しい甘味なのでまだいいが、探せば三日は寝込むレベルで苦かったり辛かったりする代物も割とその辺に生えてたりするのだから恐ろしいものである。なにせ触っただけで味が直接脳に来るのだから。

 このあたりも、こういった嗜好品の薬草の値段が高騰しやすい一因だったりする。

 

 

 そんな、もはや末端価格が食品の値段ではない貴重品を嗜みつつ、話題は達成した任務の方へと移る。

 

「……フェメリス院の追放者に傭兵組織のトップランク、ただ事じゃないとは思ってたけど、随分大物が関わってたのね。ただの魔道犯罪だったのが唯一の救いかしら。」

 

「ええ、これが『神秘災害』だったら島をまるごと"処理"するしかありませんでした。そうなればはっきりいって面倒どころじゃすみませんし。」

 

 苦々しげに呟くセヅキに、リンも憤懣やるかたないと同意した。

 

「そだね。あたしもあの子達を全員殺処分するなんていやだよ。拉致されて改造されて一生閉じ込められて……その上で殺されるなんて、救いがなさすぎるもん。」

 

 

 ――シュテレーラの最大の仮想敵。『神秘災害』。

 

 世界に不規則に出現し、現行の世界に牙を剥く攻性神秘現象。

 暴走的に拡大し、人類文明・自然環境に多大な影響を及ぼし、なおかつ自然には終息しない理不尽現象そのもの。

 

 災害と称される通り、その規模も、脅威度も、簡単に星を傾けうる規格外。

 世界の摂理を容易く捻じ曲げ、呑み込んだ物体や生物をこの世のものではない異形に作り替え、それを起点にさらに影響を広げる神秘災害は、放置すればそれだけで簡単に文明の破滅を引き起こす。

 

 そしてシュテレーラという組織は、そんな世界を滅ぼす災害共を逆に滅ぼし尽くすことで、人類の生存に貢献するために結成された秘密結社だった。

 

 

「一応あたしたちの本来の責務は魔道犯罪じゃなくてそっちの対処なんだけどなー。」

 

「どのみちぶつかることになってただろうし早いか遅いかの違いだよ。申し訳ないけど、邪魔するなら殺さないと。」

 

「ほっほ、それはその通り。我らシュテレーラが一席、その為に存在しているのですからな。人類に仇なすならば消えて頂くのみで御座います。」

 

「………私はそれが正解って分かってるからいいけど、アンタ達絶対に外でそういうこと言っちゃだめよ。」

 

 常人が聞けばドン引きするであろう殺意に濡れた言葉を平然と吐く狂人ども。

 しかしシュテレーラという組織は数千年前の発足当初からこんな感じだ。息を吸うように他人を手にかけられる、人の形をした化物ばかりが所属する殺し屋の集まり。

 

 

 これには、神秘災害という大敵が持つ特性が関わっている。

 

 神秘災害。其が共通して持つ特性として、『同化』がある。文字通り、接触した存在を無機物・生物問わず取り込み、自分の一部とする同化。そして同化したものは元の形も意思も失い、ただ神秘災害を広げるためだけの端末に成り果てる。

 

 ……そして、其によって歪曲された世界は、その歪曲を是正することによって世界が正され、最小限にまで影響を抑え込むことでようやく終息できる。

 

 是正とは、すなわち破壊だ。こちらも同等以上の神秘で相手を徹底的に擦り潰し、嬲り殺し、決して再発しないように抑え込むしかない。

 元凶となったものを粉砕し、影響を受けたものを破壊し、それが生物であれば虐殺する。

 そしてそれこそが、シュテレーラの任務。

 

 つまりはそこまでしないと止まらないのだ、こいつらは。

 本当に理不尽極まりない。

 

 昨日まで隣人だった、友人だった人間を顔色ひとつ変えずに殺せる者なんていない。

 それでも人間が巻き込まれたら、もう殺すしかないのだ。彼らは最早この世のものではなく、人に、自然に仇なす異界の造物なのだから。

 

 

 ならば、法からも社会からも逸脱した暴力装置が生まれることは必然だった。

 

 

 

 セヅキは自分の手を見た。

 血みどろに汚れ、災厄と化した無辜なる人たちを灰に変えてきたその手を。

 

 今でも、その感覚はこびりついている。

 首を刎ねた、吹き飛ばした、焼き焦がした、胸を貫いた。

 慣れてはいないし、慣れてはいけない。やらなくてはならないことであっても、それが正義だとは欠片も思えない。

 

「改めて業が深いね、私達。」

 

「うん…でもあたしたちがやらないと、もっと多くの人が死ぬ。そうなったら、犠牲になった人達に申し訳が立たないよ。」

 

 災禍を封じて隠匿し、文明を存続させるために結集した破壊装置。

 超少数精鋭で動く、災害殺しの虐殺機構。

 

 それゆえに蔑まれ、畏れられ――ついた忌み名は「滅相者」。

 

 その罪業の深さは、彼らが一番良く自覚していた。

 

 

 表情が陰る二人を見て、年長者たちは優しく声を掛ける。

 

「少なくとも、アンタ達のおかげで救われた人は、アンタ達が犠牲にした人と比べものにならないくらい大勢いるわ。それだけは確かよ。」

 

「うむ、今だけはお茶会を楽しむだけの褒賞があっても許されるでしょう。」

 

「……そうかな。えへへ、ありがとふたりとも!」

 

 そのティータイムは、四人のカップが白い底を見せ始めたあたりで打ち切られた。

 

「ああ、そういえば二人とも。ボスが呼んでたわよ、報告も兼ねて行ってあげて。」

 

「お帰りになった際には、最上階に顔を出してほしいとの仰せでした。」

 

「「あ」」

 

 二人の言に、ゴクリと茶を飲み干してリンたちが立ち上がった。

 

「そうだった!ごめん二人とも、ちょっと行ってきます!」

 

「ご馳走さまでした。美味しかったです。待たせるのもアレですので急いで行ってきますね。」

 

 

 エレベーターに急いで乗り込む二人を見送る大人二人。

 エイネスが顔を肘をついた手に乗せて、微笑ましげに、ほんの寂しげに見つめていた。

 

「若いわねー………特にアオハルしてるってわけでもないんだけど、あの子たちを見てると何故かノスタルジックになっちゃうわ。……いやまあ私もそこまで歳は変わんないんだけど。」

 

 そんなアンニュイな美女を、食器を片付けながらベックは楽し気に宥めた。

 

「ほほっ、何を仰いますやら。貴女様は未だお若いで御座いましょう?これからですよ、これから。特に人の縁というのは、そう齢で切れるようなものでもありませぬ。」

 

「……相変わらず説得力あるわよね。ベックさんておいくつ?」

 

「さて、二百より先は数えておりませんなあ………」

 

それがこのおちゃめな家令のジョークかどうかは、エイネスには分からなかった。

 

 

 





登場人物紹介

エイネス・リケル

褐色銀眼クール系高身長美女。スタイルがとってもいい。露出の全くないスーツなのでそのスタイルが余計協調されていると専らの評判。
頭の回転が非常に速い頼れる参謀。戦闘能力はないため、普段は本部から指示を飛ばしつつ全体の指揮を行っている。実質最高指揮官を担当。
クールな見た目のわりに、割とお茶目で面倒見がいいので、なんならボスより慕われているのでは?という疑惑が立ったことも。(なおボスはキレた)


ベック・ゼイン

クラウンと執事を足して割りました、というカオスなビジュアルのおじ様。化粧が取れた姿を見た人はいない。素晴らしく低く渋い声のイケオジ。シルクハットが良く似合う。
本部全域を管理しているハウススチュワード。他に奉仕人がいないのに家令とは?というツッコミはしてはいけない。
他のメンツが安心して任務に出られるのも彼がいるおかげ。料理も掃除も事務もお任せあれ、とは彼の弁。
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