インジケーターの針が左へと傾き、階数を表す古代文字を指していく。
古代文字。
かつてこのだだっ広い海洋惑星上において、唯一”既知人類生存域たる8大陸の全てを制覇した”古き超文明が遺した遺産の一つ。
そこから正確に何年が経ったのかなんてリンはちゃんちゃら覚えていないが、何万年経とうともこうしてその足跡が垣間見えるあたり、よほど凄まじい栄華を極めていたのだろうと思うばかりだ。
そんなことを歴史で教えられたな~と、上がっていく針をぼんやり眺めるリンである。
ちなみに大半の知識は既に忘却の彼方だ。
「あたしいまだにこれ読めないんだけど。旧文明の人たちって、なんでこんなに難しい文字を作ったんだろ?本とか書く時大変じゃない?」
「当時の技術って現代以上のオーバーテクノロジーの塊だったらしいからね。多分サイボーグ化とか強化手術も日常的だったろうし、市民全員が超人ならあんまり不都合はなかったのだろうさ。」
「じゃあ今ここで使われてる理由って?」
「防犯。」
いやまあ、確かに防犯には最適だろうが。害意ある奴は踏み込めないし。
諸行無常を感じる、切ない理由であった。
そんな中身のない会話をするうちに、針が一番右を向く。
その意味するところは、70。
開いた先に待っていたのは、鏡のように艶々とした漆黒の床が広がる巨大なフロアだった。
床材として黒曜石に似た石材――方影石と呼ばれる非常に重く頑強な石材である――で一面を葺かれた、他のどのフロアとも違う浮世離れした場所であった。
壁の全ては一面ガラス張りとなり、陽光が差し込む。
黒岩で綺麗に敷かれた床の一部は、まるで流れる川のように水面のごとき波紋を浮かべる砂利となっている。水を使わず自然を表す『枯山水』のコンセプトで織られた石庭だ。砂利には浮島のような岩や、あるいは小さな花を咲かせた植木が眠っている。そして一部の天井へ張り出したいくつかの石材からは、絶えず本物の水が滲み出るように溢れ出し、小さな水盤となったそこには蓮華が咲いている。
天井には、星座だ。蒼黒の色をした天井に、連なる星々を模した発光する紋様が描かれている。
石と水で構築された幽玄な庭園。此処こそが、この星海の塔の最上位フロアである。
その奥にはこれまた巨大な石造りの机と、青色の木とも石ともつかない玉座のような椅子が窓の外を向いていた。
不意に、その椅子が声を発する。
「――ふふっ、二人ともお帰りなさ~い。怪我はもうだいじょうぶ?」
くるりと椅子が向き直った。
その玉座に座すは、まさしく妖精の如き少女だった。
深海を思わせる艶やかな紺碧の髪をボブカットにし、黒く体に張り付くインナーの上にふわふわとした純白のファーコートを纏っている。
150cmもなさそうな小さな身体は、掴めば折れてしまいそうなほど儚かった。
ふわふわでもっこもこなそのシルエットは、まるで蚕や子兎のよう。
肌は生まれてから一度も日に当たったことがないのではと疑うほどに白く、顔立ちもまた幼いというのに、なぜかぞっとするような色香があった。
蜂蜜の雫の如き、垂れ目で切れ長の黄金の瞳が愛おしそうにとろりと蕩け、ゆったりとした声が二人を労った。
少女を見た瞬間、ほわりと二人の空気がゆるくなる。
リンが少女の元に飛びついた。
「えへへ、うん!ただいま、お姉ちゃんっ!」
「怪我はもう処置したから大丈夫だよ。ルル姉も『罅割れ』と『泥濘』の鎮圧、お疲れ様。」
「ふふ、これがワタシの役目だもの。二人とも、私がいない間に色々頑張ってくれたんだよね?ごほーびあげちゃうー。」
よしよし、とぽわぽわした雰囲気のままリンの頭を抱きしめて撫でる少女。うぇへへ、とリンの顔がちょっと他人にお見せできないレベルになってしまった。
「うふふ、もちもち~。かわいいねえ~。ふにふに~。」
「にへへ……!」
仲良きことは美しきかな、されどいつまで続くんだこれ。
そうセヅキが思っていると。
「…セヅくんは来てくれないのかなあ?」
期待を込めた金の瞳孔が、甘えるように青年を見上げる。子供のように薄い肢体と可憐そのものの白肌でありながら、蠱惑的というのも生温いほどに凄艶な美貌。
それこそ羽を背につけてさえしまえば、その姿は寓話の人を惑わす
その身の何もかもが浮世離れした少女を前に、セヅキは苦笑した。
「……話が進まないから、あとでね。"ルルカ姉さん"。」
妖精の如き白の少女――彼ら、シュテレーラの長。
現・機関長『曙海ルルカ』は、にこりと微笑んだ。
「…そっか、そんなことがあったんだねー…」
「今のところ、島は通常の地形として今の座標に根付いてる。このまま誰も知らない無人島として現状維持するべきだと思うよ。問題はあのヒルダって竜種が暴れ出さないかだけど…」
「それとあのヨハンって人の分も合わせて、ジネドーゴのメンバーを全員捕縛、ないし排除することに成功したよ。『ゼスカ帝国』にはこのことも表の情報網から流して、警戒を解除させていいんじゃないかな。」
「なるほどぉ。」
姉のでろでろあまあまな甘やかしのトリップから帰還したリンとそれを微笑ましく見守っていたセヅキは、任務の概要をリーダーであるルルカに報告する。
一応あとで正式な報告書は作るのだが、神秘が絡む仕事においては人の意思というものが大きく関わるため、所感を本人の口で直接伝えることはかなり重要だ。あやふや上等のお仕事なのである。
『魔法使い』が絡んでいるのなら、尚のこと。
報告事項を耳にして、ジト目になったルルカの目がセヅキに向けられる。
ぷくうっとお餅のように白い頬が膨らんだ。
「もう……また勝手にソルヴェリアを使っちゃったの?本当は
血は繋がってないものの、姉同然の人間から心配されるとセヅキもたじろぐ。
「うぐ……悪かったよ。リンちゃんにも言われたから、もう勘弁して。というか普通に使わないと負けてたんだ。相手がどっちも格上だったし。」
「ん、じゃあお説教はこれで終わり。どっちみち、起動させるしかなかったんだもんね。許しましょう。」
ルルカもセヅキの判断が最適だったことは理解している。理解してなお、心配せずにはいられないのだ。
再び、その尊顔がほにゃんとした笑顔に戻る。
「大体の経緯はわかったよ。改めて、二人ともお疲れ様。しばらくは休暇…って、言ってあげたいんだけどねー。」
「……?」
「何かあったの?」
そこまで話して、ルルカが少し渋い顔をした。
「コッチの任務中にね、ちょっと違和感が残ることがあったの。今、"連盟"のデータバンクの情報と照らし合わせてるんだけどね……結果が出次第、その報告も含めて幹部会議を開きたいんだ。」
「違和感…ねえ?」
仲良く首を傾げる二人。はて、目の前の姉貴分がそこまで気にする違和感とは、一体全体何であろうか。しかもわざわざ忙しい幹部連中を呼び寄せてまで、とは。
それを見てくすくすと笑うルルカである。
「うん、まだ未確定だから詳しくは言わないけどね。言ったら二人とも気にしちゃうだろうし。結果の方はあんまり気にしなくても大丈夫なんだけど、念のため頭には置いておいてほしいの。」
「うーむ…まあ、ルル姉がそう言うなら後にするよ。分かった、もし何かあったら遠慮なく呼んでおくれ。」
「お姉ちゃんもちゃんと休んでねっ!じゃないと何処ぞの誰かさんみたいに怪我しちゃうよ?言っても言っても聞かない誰かさんみたいにっ!!」
「念のために聞くけど、誰のことを言ってるの…?」
ぷんすこと怒るリンから急に鋭くブッ刺された兄貴分がうめく。まだ怪我したことを気にしていたらしい。酷い言われようだが自業自得である。
「ふふっ、二人とも、心配してくれてありがとう。でもワタシは大丈夫だよ、こーいうことは慣れてるもの。」
ルルカは宥めるように言いつつ、エレベーターに目を向けた。
「もし急変があったら知らせるね。それまでは好きにしてくれててもいーよ。」
「「了解。(!!)」」
「ふう……」
そのまま二人はエレベーターに消え、扉が閉じられた。
一人残った白の少女は、深く椅子に背を沈める。
「ドクター・ドリク、ヨハン・フォルゲ……どちらも今まで姿を消していた裏社会の大物。偶然だとは思うけど、彼らがこのタイミングで姿を現したのも何かの契機なのかなあ………?」
可憐にして清楚なお嬢様がひとりブツブツと考えを整理する様は正直言って不気味そのものだが、これも彼女の長としての仕事。
頭が判断を
それは、組織を率いる長として絶対に許容できないことだった。
「……うん、やっぱり情報が足りない、この件はドリク博士の尋問結果が出るまでは保留だね。今は目先のことを済ませましょう。」
思考を打ち切り、手を空中にかざす。
するとどうしたことか、黒い石材質の床面が水のように波紋を起こし、そのままドプンと、まるで歪に切り取られた鏡のような物体を宙に吐き出した。
その鏡が、ぼうっと光を灯す。
「さて、向こうの方はどうなってるのかなー………」
登場人物紹介
曙海ルルカ
シュテレーラ・現機関長。青髪ぱっつんボブ金眼合法ロリ甘々妖艶最強系ふわふわ大魔女。擁護できないほどの属性過積載女。
リンの実の姉にして、同時にメンバー皆のお姉ちゃんポジションを牛耳る気満々のシュテレーラの現トップ。
初見だと妖精と勘違いされる浮世離れした美貌に、ふわふわ甘々の癒し系ボイスが特徴。
めっちゃ強い。逆らうと死ぬ。