Stella Break   作:無間ノ海

19 / 31
『普通』の女子高生

 

 

「ふん、ふふ〜んっ♪」

 

 燐京の天気というのは雑破に分けて、おおよそ四つに分かれると言われている。

 

 一つは晴天。

 一つは曇天。

 また一つは降雨。

 そして一つは桜雨。

 

 そんな冗談が謳われるほどには、燐京の空を桜の花が覆う光景なぞ珍しくなかった。

 『神座の久遠櫻』。

 人智を逸した、神宿る超常の桜が、燐京を覆うが故に。

 その数えきれないほどの桜花が風に乗って空より降り注ぎ、ひどい時にはその淡赤色に覆われて空が見えなくなってしまう始末だ。

 

 そんな桜が舞う大通りを、ご機嫌にステップして歩くのは栗色の少女。

 曙海リンである。

 

 年がら年中桜吹雪が舞い続け、たとえ雪が空を閉ざす季節でも春色を残すこの国は、時として気味悪がられることも無いではない。

 季節感は何処へいったのだ、などと。

 

 だがリンは心底、この故郷の空気を好んでいた。

 やっぱり自分は春とか朝とか、明るい方が好きだ。

 いい匂いがするならなおのことである。

 

 桜の香り、梅の香り。

 ふぅわりふわりと、甘く、だけど不快ではない花の優しい匂いが、いつも鼻を擽るのだ。

 この燐京が『花の都』とも謳われる所以である。

 

 ああ、花の香りを楽しめば、いつもお腹が空いてくる。

 エイネスさんに、『アンタはいまだに花より団子ね』なんて笑われたことがあったな。

 年頃の乙女になんたる失敬な、とは思うが、それでも否定できないほどの食いしん坊な自覚はある。

 自慢じゃないが自分の胃袋は特別性だ、その気ならばいくらでも入る。

 いつか死ぬまでに、天櫻中のグルメを完全制覇してやらねばなるまい。

 

「いらっしゃいいらっしゃい! 新作の赤羅餅だよ! 今なら1パック6シルトだ!」

 

「大剣鮪の一本ダタキはいかがかな〜? 今朝水揚げされたばかりだぞ〜い。」

 

「新季節の梅菓子の詰め合わせはいかが? 今季のお茶に合いますよ〜♪」

 

 そんな考えが契機であったか、いつの間にか市場の通りへと出てしまっていた。

 屋台がいくつも並んで、朝から元気な呼び込みが飛び交っている。

 食べ物だけでなく、装身具に古着、魔道具の類まで売られている。

 

「えへへ、新作の桜菓子とか、お姉ちゃんとお供え用に買って帰ろうかな〜」

 

 何を買って帰ろうか。

 

 甘~いお菓子がいいかな?

 それとも今晩みんなで食べれるようなおかず?

 珍しいお酒なんかもいいかもしれない。

 本部地下の慰霊碑には、何時まで経っても酒好きのバカどもが眠っているのだし。

 

 そんなことを考えながら商品を見繕っていると。

 向かいから女の子が二人歩いてきた。

 

「おっ、リンじゃん。」

 

「あーほんとだ、リンっちおひさ〜!」

 

「あ、マドちゃん、イナちゃん!」

 

 髪を派手に金色と桃色に染めた同年代の女子たちは、リンの同級生だ。

 

 一部のシュテレーラのメンバーは、必要に備えて表向きの顔を用意している。

 リンの場合、その歳はまだ17。

 つまりその身分は、花の高校生であった。

 

 勿論、任務の関係で満足に学園生活を送れる日の方が珍しい。

 それでも、その数少ない学校生活の日常の中で、人懐っこいリンは沢山の友達を作ることに成功していた。

 

 マドカとイナミ。

 彼女たちは、【何の変哲もない女子高生】曙海リンのお友達である。

 

「めっちゃ元気そうじゃん。もうあんた出歩けるの?だったら学校来たら?」

 

「あたしもそうしたいんだけど、お医者さんに止められてるんだよー…」

 

「え〜、でも羨ま〜。ずっと休み放題じゃん。」

 

 無論大嘘だ。

 任務により欠席が続く場合に備え、"生まれつきの持病のため、度々出席停止になる"という配慮をあらかじめ学校に要求している。

 少女名医の診断書のお墨付きだ。

 なお偽造であることは言うまでもない。

 

 (嘘ついてごめんね、二人とも。)

 

 心の中で、ちょこっとだけ謝った。

 

「あっ、そういやさーあーしらイスメの新作フラペチーノ買いに来たんだ。よかったらリンも行かない?」

 

「あっ、行く! 確かアンティークマロンベースのやつだよね。めっちゃ美味しそうなのに買えてなかったんだー!」

 

「おお〜そりゃよかったぁ。快復祝いにぱーっと食べようよ〜。」

 

 

 三人が身を寄せたのは、若者を中心に大人気のカフェチェーンである。

 『イスメール・カフェ』。

 木材をベースに洗練された御洒落な造形の店舗とゆったり話せる雰囲気、そして少々高めだが丁寧に彩られたカフェセットが魅力のチェーン店だった。

 

 今期発売の新商品を携えて、三人の麗しい乙女が顔を突き合わせた。

 アンティークマロンのしっとりとした甘みが、冷たいクリームとマッチしている。

 

「それでそれでっ?学校の方はどうなってるの?」

 

「いやそれがさ、今年の学祭で新島のアホが変な楽器持ってきてさ?なんかアコーディオンとギターにトランペットくっつけて混ぜ込んだみたいな凄い奴でさー………吹いた瞬間に、爆音で全員の耳麻痺ったんだよね、まじ大事故だった。」

 

 マドカが学祭の大事件を思い返して遠い目になる。

 

 実のところ学祭に限らず、天櫻の祭りなど、どこもこんなものだ。

 ハレの日大好きな天櫻人は、とにかくお祭り大好き。

 学祭といえどバカ騒ぎ。どんちゃん騒ぎにゃ財布の紐も頭の紐も緩むもの。

 どう考えても法に引っかかるのでは? みたいな出し物も当然のように出てくるのである。

 

「あ、たしか楽奏部の部長さんだよね。魔道具に改造した融合楽器ってこと? ぜったい怒られるやつじゃんそれ。」

 

「もちろん指導課の奥本がブチギレよ。校内放送で指名手配してた。ばっかも〜んっ!! ってさ。ぶっちゃけあっちの方が鼓膜にダメージイったかも。」

 

「今時ほんとにそんな呼び出しする人いるんだー……」

 

 そのやりとりをにこにこして聞いていたイナミに矛先が向いた。

 

「そういやイナ、こないだ『全魔』に登録できたじゃん。あの話してあげたら?」

 

「ええ〜、なんか自慢みたいで嫌〜……」

 

「え、うそおっ!?おめでとう、やったじゃん!」

 

 びっくりしつつも称賛してくれるリンに、イナちゃんは照れくさそうに頬を掻いている。

 

 全魔―――全国魔術開発コンテスト。

 魔術師の若い芽たちが、魔術の術式開発や魔術師としての腕を魅せる全国規模のコンテスト。

 派手な戦闘系や華やかな美術系のコンテストと比べると学術的側面が強いが、出れる時点で全国トップレベルの魔道技術者のスキルを持つことを意味する。

 

 ――そしてここへの出場は、イナミの悲願だったのだ。

 

「お父さんが学生の時に出れなかったこと、ずっと心残りにしてたからさ〜。恩返しにはなったかな〜って。」

 

「ほんとうにすっごいよっ! おめでとう! もおー、言ってくれればお祝いくらい用意したのに、なんで言ってくれなかったのさ。」

 

「ええ〜……いやーええっと、それは〜……」

 

 友達の躍進を褒めたいリンに、あわあわするイナミ。

 

 だって知らせたら絶対激励とか送ってきたり、心配させちゃうじゃん、とイナミは思う。

 この友人の、度を越したお人好しっぷりは、よく知っているのだから。

 闘病を頑張っている(と思っている)友達に、余計な心労をかけたくないという、イナミなりの涙ぐましい配慮であった。

 

「ふっくくく、あははっ! そのへんでやめたげなーリン。照れくさいんだよコイツも。」

 

「も、も〜マドちゃん意地悪う〜!」

 

 ぽかぽかとイナミが親友を叩くが、軽い軽いとマドカは気にもしない。

 メカニックに青春捧げたもやしっ子ちゃんが、フィジカルで現役運動部に勝てるわけもなかった。

 

「それでそれで?開催はいつなの?」

 

「それがまだ未定なんだよ。開催地も不正を防ぐために知らせちゃいけないんだってさ~。」

 

「決まったら絶対に教えてね? 応援行くから!」

 

 

「……それで相手の人は、風圧術式の低コスト版を作って行ったんだけどね。術式のレベル間違えて審査員のヅラ吹っ飛ばしてちゃってさぁ。観客席まで吹っ飛んでったんだよお~。シュールってああいうのを言うんだね~。」

 

「アハハハ、なにそれえっ!」

 

 きゃらきゃらと笑いながら聞いてくれるリンに、二人の友人はつぎつぎに話題を並べていく。

 この聞き上手の少女は、どんな話にも目を輝かせ、ときにワクワクと、ときにハラハラと聞いてくれる。

 天性の人ったらし故に、誰もがリンの前では話を弾ませてしまうのだ。

 

 だからコイツ滅茶苦茶モテるんだろうな~、とマドカはこっそり考える。

 マドカやイナミとて、そこそこ以上に人気はあるのだが。

 レアキャラかつ誰にでも人当たりが良く、ついでにいえば面の良すぎるリンは学校でもぶっちぎりで人気があるのだ。

 そりゃーもうモテるのである。

 

「リンの方は?何か変わったことあったん?」

 

「あ、それでいうとね。この間、お姉ちゃんがクリフィエフルーツを買ってきてくれたんだ~。すっごく美味しかった!」

 

 げ、とマドカが引き攣った顔になった。

 

「……それたしか砂漠地帯でしか取れない、めっちゃ高いフルーツじゃなかった? ネットで見たことあるけど、鍵付きのトランクに入ってる写真見たことあるわよ。なんでアンタのお姉ちゃんそんなの買ってこれたのさ。」

 

 フラペチーノのクリームを口に含みながら、リンは天井から下げられた照明を見上げた。

 黄金。

 ルルカの瞳の色だ。

 

「ん~、お姉ちゃんホントにどこにでも出かけてるしなあ。この前はゼスカ帝国だったし、その前はウルジア大陸中を飛び回ってたし。でも、すごく大事な仕事をしてるんだよ。ウチにお金があるのは、それもあるかもね。」

 

 まさか世界の裏社会で、悪党狩りや災害ハンターやってるなどと言えるわけもない。

 なのでそれっぽくごまかした。

 

 何処か誇らしげなリンに、イナがしみじみと呟く。

 

「前に話してたリンのお姉ちゃんか~。すごい人なんだろうな~、ちょっと会ってみたいかも。すっごく気になる。」

 

「うーん、機会があればいいんだけどな~。でももし会えたら、絶対お姉ちゃんも歓迎してくれるよ!

だって――あたしの自慢のお姉ちゃんだもん!」

 

 顔を合わせるわけにはいかないけれど。

 せめて家族を、胸を張って自慢するリンに、二人の友人は苦笑した。

 

 

「治ったらちゃんと来てよ。みんなあんたのこと気になってるんだから。たまには顔見世に来な。」

 

「ブジっぽくて良き〜。またでーとしようぜぃっ!」

 

「ありがとー、二人とも!みんなによろしく言っておいて!」

 

 元気よく手を振ってイマドキギャル二名を見送ったリン。

 今度落ち着いたら学校に顔を出しに行くのもいいだろう。

 

(みんなにも会いたいな~! 元気してるみたいだし。久々に学校行ってみたいや!)

 

 花の学園生活に思いを馳せていると。

 

 

 ――バアアァーーッッ!!

 

 大音声のクラクションが響いた。

 

(えっ!?)

 

 クラクションの鳴った場所は50mほど先。

 嫌な気配がした。

 

 目を凝らせば、そこにこけて足を擦りむき、泣く男の子がいて。

 その子に向けて必死の形相で手を伸ばす、母親と思しき女性がいて。

 

 

 ――さらに今にも二人を轢き潰そうとする、巨大なトラックがあって。

 

 

「っやばっ!!」

 

 母親の救出は間に合わない。

 それどころかあの場所では、自分まで巻き込まれてしまう。

 十トンはあるだろうトラックの直撃など、人間なら肉片にしかならない。

 

 残り0.5秒。運転手は大いに焦った表情でブレーキを踏んでいる。

 だが急ブレーキでもあの距離で止まるのは無理だ。

 

 どうする?

 

 止めるか?

 

 だがどうやって?

 

 その時だ。

 男の子の目尻に、涙が浮かんでいた。

 恐怖に見開かれた目であった。

 

 

 ――考える暇などないだろう!

 

(助ける………!!)

 

 だからリンは、迷わず風になった。

 

 

 ――脚力:強化開始。第七感:解放。

 

 

 ――余剰魔力:集束。魔力放出:開始。

 

 

 ――魔法【変性魔装・風】:起動。魔力現象変換:開始。

 

 

 ――全行程:完了。射出!

 

 

 男の子の元に到達するまで0.01秒。

 人間の知覚限度をゆうに上回る早業は、誰の目にも捉えられはしない。

 

 無論そのままのスピードで救出すれば、余波で二人の身体が吹き飛んでしまう。

 なので真っ先に二人に触れて、魔力を慎重に流し込み強化を施す。

 トラックは別に衝撃波で吹っ飛んだりはしないので大丈夫だろう。

 

(よし次!)

 

 強化を終え、さらに【変性魔装】で風を生み出し鎧のように二人に纏わせる。

 簡易的な、暴風のバリア。

 これで身体を守り切れる。

 

 そしてすべての行程を終えて、さらに0.01秒でそこから飛び退いた。

 

 

 

 

 キキィィィー!! っと高い音を立ててブレーキがかかる。

 

 通行人たちは待ち受ける惨状から目を背けて……しかし、そこには何も存在していなかった。

 

「えっ!?」

「おい、どーなってんだ……?」

「確か親子がいたよな?絶対轢かれたと思ったのに。」

 

 その少し先の歩道で一瞬だけ土埃が舞い、そして晴れた。

 

 そこにいたのは、轢かれかけた親子。

 母親は息子と一緒に死ぬ覚悟をしていたらいきなり瞬間移動で助かった、という事実を把握できず目を白黒とさせている。

 

 

 そして、息子の方は。

 

「……きれー。」

 

 彼には見えていた。

 

 栗色の髪のとっても綺麗なお姉さんが、目にも止まらぬ動きで自分たちを助けてくれたことを。

 砂埃のなかで、彼女は茶目っ気あふれる笑みに人差し指を当て、自分に言った。

 

「助けられてよかった。もう、お母さんを心配させちゃだめだよ?」

 

 ぱちんと、青空を閉じ込めたような青眼がウィンク。

 直後、そのお姉さんが飛び跳ね、風が吹き荒れて煙が散った。

 

 

 

 

 

「…ママ、天使様に会うにはどうしたらいいの?」

 

「え、ええ…?」

 

 母親は急に宗教家みたいなことを言い出す息子に、ただただ困惑するしかなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。