Stella Break   作:無間ノ海

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序章 幼子の翼へ捧ぐ贄
謎の無人島


 

 

 地球を覆う大海洋の一つ、『ガーケス洋』。沖合、およそ1200km。

 

 本来であれば何一つとして存在しない、凪いだ穏やかな海原であるはずの其処には、異質なものが二つもあった。

 

 

 まずは晴れ空の下、異様な濃霧に包まれる、謎の巨大な影。

 全長数、あるいは数十キロメートルはあろうかという、巨大な物体。

 

 

 しかし、もう一つの異質は――澄んだ高音を推進機から響かせる流線形フォルムの小型飛行艇は、その正体をきっちりと捉えていた。

 

 

『目標確認。あれが三日前に空間浸食反応と一緒に、突如出現した無人島です。』

 

「なるほど、あれが………」

 

 飛行艇に搭載された光電子共振型レーダーは、包括的に範囲内の物体の概形を、全てスキャンしてくれる優れもの。

 

 それにより、霧に隠された存在の――『無人島』の姿が、飛行艇キャリア内のモニターにははっきりと映されていた。

 

『ただ分かっているのは外周だけで、島内の様子は把握できていません。あの濃霧が強力な結界型のジャミングを引き起こしているみたいで………上陸後、しばらくは通信も効かなくなるかと思います。』

 

「無人島だって…!! ワクワクするね、セッちゃん!」

 

「油断はできないよ、出現時の魔力反応はかなり大きかったし。――でもワクワクには同意かな、私もテンション上がってきた。」

 

 完璧に防音・防振が施された快適なキャリアの中で、二人の人間が喋っている。

 

 片方はころころと鈴の転がるような可憐な声で、もう片方は落ち着きながらも童のような中性的な声で。

 これから鉄火場に飛び込むとは思えないほど、彼らは談笑を広げていた。

 

 これまで確認されたことのない地形の急激な出現。

 この世界では決してあり得ないことではないと言えど、まさしく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 であればこそ、彼らの組織のお仕事なのだ。

 

 だから二人は今、こうして機上の人となっている。

 

 

「そういえば、今回は海岸から迎撃されないように魔力放出と空力制御術式で直接ダイブするんだっけ?あたしはあんまりダイレクトアタックやったことないんだけどなー。」

 

「この前『癒人舟(ゆうじんしゅう)』の人達が上陸の隙を突かれて痛い目見たからね……でも今回はあくまでお試しかな。リンちゃんの方は『風』を使ってもいいよ。私のコアはこういうのには不向きだから、普通に魔術で何とかするけど。」

 

「うん!よーし、はりきっていこーっ!」

 

 

 その空気が、一瞬で切り替わった。

 

 

『お二人とも、エアロックをそろそろ開放します。射出後即座に無人島に軌道を取り、直接上陸してください。スタンバイを!』

 

「「了解。」」

 

 雰囲気が引き締まり、二人はそれぞれの得物を、しっかりと握りしめる。

 程よく緊張し、されどいつでも最適な動作を起こせるほどに脱力。

 

 パラシュート?救命胴衣?彼らにそんなものは必要ない。

 熟練の『魔法使い』に、必要以上に重たい装備品など邪魔どころか危険なだけだ。

 

 

『ご武運を………3, 2, 1。投下!』

 

 オペレーターの声と共に飛行艇下部のハッチが開き。

 

 そこから一対の影が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 晴れ空を駆ける、一対の砲弾。

 

 ヒュルルルゥゥー………ズドドォン!

 

 ジェット機のように、白い尾を引く二つの流星は、狙い通りに島の海岸線へ着弾。

 

 砂浜に轟音と共に砂柱が二つ立ち、凄まじい衝撃波がクレーターを形作る。

 

 

 濛々と上がる土煙の下、ザッ、ザッという足音が鳴りだした。

 

 

「んー、急降下戦術は大成功!後でお姉ちゃんに教えてあげないと。」

 

「初めて実戦レベルでこの方法を取ったけど、これ結構使えそうだね。今度から襲撃プランに入れてみようか。」

 

 生身のまま音速以上のスピードで落着するという滅茶苦茶をやらかしたわりに、特に何の痛苦も受けていないようなのんきな声が響く。

 砂埃が晴れ、二名の侵入者が姿を現した。

 

 

「ほわー、でっかい島だねえ………『セアモラノ』の船、一隻分くらいあるんじゃない? 本部にある映画で見たんだけどさ、こういうのってお宝が眠ってるものなんだよね!?」

 

 

 目をキラキラさせている一人は、女性としては背の高い少女。

 

 黒いメッシュの入った、明るめの焦げ茶色のセミロングを緩くウェーブさせ、ぱっちりとした蒼穹の瞳。

 均整の取れたスタイルを、至る所に装甲を兼ねた銀細工が施された漆黒のバトルドレスで覆っている。

 

 動きやすいようにミニスカートにニーハイソックスで、ガッチガチの装甲が施された特注の靴を履いたその姿。

 見るものが見れば、格闘戦術を主体にする戦乙女だと容易に察しがつくであろう。

 

 

「通信は………予想通り使用不可能だな。現在十時三十二分五十三秒、予定通り、っと。それじゃ、調査を始めよう。」

 

 静かにコンディションを確認しているもう一人は、若い青年。

 

 紅色がかった、少しクセのある長めの黒髪をたなびかせ、時計を眺めるのは同じく赤がかった大きな瞳。

 顔立ちは不自然なほどに幼げかつ中性的で、一見すると男ではなく美しい少女にしか見えない。

 

 骨格で辛うじて男性と分かるほど細い肢体に、ネイビーを基調とした上品なスリーピーススーツを纏い、金色のピンをワンポイントに入れたワインレッドのネクタイで締めている。

 彼は左手首の端末でホログラムディスプレイに指令書を表示し、任務内容を確認していた。

 

 

 カラスが澄んだ声で鳴く砂浜で、青年は少女に向き直った。

 

「改めて確認するよ。今回の任務は突如出現したこの島の調査。異常現出の原因を見つけ出して、万が一()()の規定に引っかかるようなら即座に封印、不可能なようであれば独断で破壊に移ること。道中、敵対的な攻性存在がいたら、迎撃は私達の自己裁量で許可。此処までは大丈夫?」

 

「うん、任せて!」

 

「よし、じゃあ私はこのポイントから左手、リンちゃんには右手から回ってほしい。一度島の中心を通って、対岸で落ち合おっか。」

 

「おっけー!じゃ、よーいドーンっ!!」

 

 

「えっ、ちょ、ま――!!」

 

 手を伸ばして静止するも時すでに遅し。

 

 リンちゃんと呼ばれた栗色の女戦士――『曙海(あけみ)リン』は元気一杯に砂浜を蹴りたて、とんでもないスピードで右手に広がる森に突っ込んでいった。

 

 

「……もう行っちゃった。相変わらずせっかちさんだなぁ………まあ、いっか。それじゃ私も行こうかな。」

 

 女性のように美しい黒髪の青年――『翡雨(ひさめ)セヅキ』は親友の奔放さに苦笑しつつも、左手の湖に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ、やっ、ほっ、とおっ!」

 

 リンは突入した森――鬱蒼とした樹冠の下を、その脚力でウサギよろしく、ピョンピョンと飛び回っていた。

 枝をつかみ、反動で飛び跳ね、濡れた岩を足場にし、幹を蹴ってさらに駆ける。

 

 パルクールをするにしても余りにも足場の悪いその場所を、人間離れした速度とアクロバティックな動きで駆け回る。

 それでいて、殆ど音や振動は発生しない。

 それもあってか、本来臆病で、大型生物からはすぐに逃げ出すはずの昆虫たちも、あまり警戒していないように見える。

 

 その激しい動作からは想像もできない静謐さは、彼女が余計なエネルギーを散らすことなく身体を制御できる、類稀な巧者であることを意味していた。

 

 

 ふかふかの腐葉土にざふりっ、と柔らかい音を立てて着地。

 

「っとと。そういえば、ここの植生とかも調べろって言われてたよね。虫以外の動物はまだ出てきてないし、適当にその辺の草でも取っていこうかな。」

 

 出発する前、調査の一環としてそんな注文があったのを思い出した。

 

 

 ――彼女は技術的なことを考えるのが得意ではない、と自負している。

 それが自負でいいのか、と仲間に突っ込まれたのはさておき、事実まだ高校生の年齢のリンには、専門的なことは分からないのだ。

 

 なので解析だの考察だの、そういった面倒ごとは全て、優秀な同僚たちにぶん投げることに決めている。

 今回に関しても、自分で頭を回しても仕方ないので指示に従うだけである。

 

 なんかよくわからないが持って帰るといいのだろう、多分。

 

 

 ドレスの裾から、サンプル回収用キットを一纏めにした小型バッグを取り出す。

 中を開けると、液体を回収するシリンジ、植物片や小型の動物を入れられるカプセル、切削用のナイフなどが入っていた。

 

 

「それじゃ、ちょっと失礼して………」

 

 シリンジを幹に刺して樹液を採取し、適当にそのあたりの木の葉や草、土壌や石裏に隠れる昆虫といった、試料になりそうなものをポンポンとカプセルに放り込む。

 

 正直、素人である自分の目には、普通の植物や蝶々なんかと何も変わらないように見えるのだが……

 

(……専門家の人から見たら、やっぱり違うのかなあ~。美味しくなさそーとしか思えないんだけど。)

 

 そんなとりとめのない思考を巡らせつつ、奥へと進みながら適当にカプセルを三つほど満たしたところで。

 

 

 

「うん?およ、君もここに用事?」

 

 チョロチョロっと腰掛けていた枝を走るのは、彼女によく似た色合いの栗鼠だった。

 

 よく見れば他にも、クークーと鳴く大きな鳥、空中を滑空するムササビっぽい生き物、地を駆けるキツネのような数十センチ大の小動物。

 森の奥部に進むにつれ、少しづつ見慣れない大きめの動物たちが増えてきていた。

 

 

「わあ……何で気づかなかったんだろ。すっごく綺麗だなあ………!」

 

 霧に満ちた樹冠の隙間から雫のように垂れる光が、野生の楽園を祝福するように照らしている。

 

 

 不意に、きゅるる、と栗鼠が頬ずりをしてきた。

 

「えへへ、かわいー!でもごめんね、野生の子にご飯はあげちゃダメって言われてるの。キミがうちに来てくれるなら別なんだけどねー………。」

 

 人間をあまり知らないのか、くりくりとした大きな目を無警戒に向ける栗鼠っ子に癒されるリン。

 なお仲間内で彼女を動物に例えた場合、何の因果か満場一致で『人慣れしすぎた栗鼠』になることをリンは知らない。

 

 

「でへへ、でもこんなに可愛いんだもん……ちょっとくらいあなたと遊んだっていいよねー?」

 

 小動物を美女が愛でる、見る者を浄化するその光景は。

 

 しかし無粋な侵入者が容赦無くぶち壊した。

 

 

 

 

ゴブアアアアアアアアアアァァァーー!!!!!

 

 酷く濁った耳触りの悪い大音声と共に、凄まじい速度で突進してきた黒い砲弾のような影が、リンのいた場所を抉り飛ばした。

 

 

 

 

 

 木々を何本もへし折り撥ね飛ばし、そのまま華奢な少女をひき殺そうとした影は、奥にある一際太い樹木に直撃した。

 積み重ねた樹齢を思わせる見事な一本に受け止められ、ようやくその突進を止めたその正体は――

 

 

 ――鎧の如き分厚い灰色の毛並みを纏う、体長5メートルはあろうかという、巨大なイノシシだった。

 

 

「ブグルルルゥゥ………!!」

 

 ばきばきと大樹が倒れていく。

 怪物イノシシの突進のエネルギーを殺すだけで限界だったのか、根本を深く抉られたその木は深く深く倒れていく。

 

 それだけの一撃を繰り出して、イノシシの方は無傷である。攻撃力もさることながら、なんたるタフネスか。

 

 確かに己の自慢の牙をもって撥ね飛ばしたはずの小さな獲物が見つからないことによほど不機嫌なのか、口腔からは獣と血の匂い漂う呼気が漏れ出る。

 

 

 

 その後ろから、ザンッと何かが着地する音がした。

 

「危ない危ない、『ルーシュボア』の変異種かな?こんなわけの分からないところにいるなんて思わなかったよ。」

 

 滔々と語るは、跳躍して枝に掴まり、突進をやり過ごした黒衣の少女。

 その美貌からは、しかし既に笑顔が消えていた。

 

 仕留めきれなかった獲物に向け、再び攻撃意志を向ける怪物イノシシ――ルーシュボア。

 その凶暴な顔からは既に理性が失われている。奴から向けられる異様な気配に、リンは違和感を覚えていた。

 イノシシの瞳は、不自然に輝いている。

 

 

 妙に異様な姿に、リンは即座に思考を巡らせる。

 

(ルーシュボアはイノシシの魔獣。彼らは警戒心が強くて賢い魔獣のはず。なのに得体の知れないあたしを警戒せず食い殺すことしか考えていない?おまけにこの異常に禍々しいこの魔力……)

 

 ルーシュボアから立ちのぼる、神秘のエネルギー――『魔力』。

 リンの感知能力は、それが知性を持つ魔獣の魔力にしては、妙に刺々しいことを捉えていた。

 

 

 

 四足の重戦車が、蹄で前かきを始める。

 

「ブギイイィィィ………グゴアアァァァ!!!!」

 

 殺意の咆哮と共に、ルーシュボアは飛び出した!

 

 時速にして百キロを超える猛突進。

 加えて細っこい女の子と数トンはあろうかという怪物では体重差は歴然。

 樹木を次々と空中へ跳ね飛ばすそのパワーは、本物の戦車と比べてなお遜色ない。

 直撃を受ければ間違いなく肉片になるだろう。

 

 

 

 されど、少女に焦りはない。

 

 その桜色の唇から、魔法の()が紡がれた。

 

「――【変性魔装(ゲノアグラフト)】」

 

 

 

 先ほどの突進すら上回る爆撃の如き轟音が響き渡り、土埃と砕かれた岩、樹木が何本も宙を舞った。

 大型トラックの正面衝突よりなお酷い惨状。

 人間が巻き込まれれば骨も残らぬ一撃。ルーシュボアの本能が導き出した必勝策。

 

 だというのに。

 

「ブギィアァオオ………!」

 

 彼はその細指に、その鋭い牙を捕まえられていた。

 だけではなく、その牙に捕まえられた部分が、煙を上げている。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「――【(フラメス)】。」

 

 

 煙が払われた先にいたのは、五体満足のリンの姿。

 だが、先ほどとは様子が異なっていた。

 

 そのグローブから、ドレスの装飾から、首筋から、靴のつま先から、紅色の火炎が噴き出しているのだ。

 炎の衣が、彼女の肢体を鎧のように覆っていた。

 

 牙を押さえつけているのは、指から噴き出す炎によってブーストされた万力の握力。

 怪物の全力の突進を完全に見切り、少女は体幹一つぶらすことなく身一つの力業で、ルーシュボアを抑え込んでいた。

 

 その姿、まさしく炎の精。

 

 

「ごめんね、だけど今ので分かったよ。あなた、ずっと痛がってたんだね。ほら……今も泣いてるじゃん。」

 

 ルーシュボアの眼からは、流れだす涙があった。

 

 それは瞳の輝きの正体。原因の分からない悲痛に潤んだ目。

 これは得体の知れない自分への恐怖から流れる涙じゃない。

 

 ――きっと、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと。

 

 彼はその激痛から逃れるために、狂い、ただひたすらに餌を食らい続けることで、気を紛らわせて生きながらえてきたのだ。

 痛みに完全に精神が壊される前に、何とかしようと必死だったに違いない。

 

 ――歪み、刺々しい不自然な魔力。

 あれは間違いなく人為的に弄られたものだ。

 外科手術か生体魔術かはわからないが、本当はちゃんと体を巡り、自分の身体を助けてくれる魔力を誰かに無遠慮に弄られている。

 

 

 魔力は重力と同じく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを弄られることは、己の存在そのものの中心を弄られることに等しい。

 

 

 さらに悪辣なのは、そうしたうえでちゃんと五体満足で生きていけるように、身体を直していること。

 

 何の目的があってか知らないが、下手人はルーシュボアに、死ぬことすら許さず苦しませ続けていたのだ。

 それは内臓をぐちゃぐちゃにかき回した挙句放置されていたに等しい。

 

 痛かったはずだ。苦しかったはずだ。

 それを感じられる知能があるなら、尚更に。

 

「ならその苦しみ………あたしが断ち切るよ。」

 

 リンから透明な殺意が溢れる。

 森に住まう住人たちに驚かしてごめんなさいと一言謝り、そっと魔力の封を少しだけ解いた。

 

 

 瞬間、ルーシュボアは少女の姿が何倍にも膨れあがるのを目にした。

 

 

 僅かに残った彼の理性は、彼女を覆う魔力が己の何十倍にも届くすさまじいものだと理解した。

 その莫大なオーラは、彼女を巨人に見せるほどの存在感を与えていた。

 

 

「ギュギュ、ギィィ………!」

 

 本能が、逃げろと叫ぶ。

 これは駄目だと。

 だけどどうしてか、彼は逃げる気になれなかった。

 

 それは、もう逃げられないと諦めてしまったからか。

 それとも、自分を憐れみ、寄り添おうとする人間に何かを見出したからか。

 

 

 ――ガントレットを兼ねたグローブに、魔力が収束する。

 ――彼女の内にあるナニカが、魔力を火炎に加工し渦巻かせる。

 

 腰を落とし、握りしめられた拳に炎が収斂し。一切のロスなく破壊力へ変換する。

 それは彼女が優れた魔法使いである証左。

 

 

 ルーシュボアは最期の瞬間、彼女の瞳の中に輝く『星』を見た気がした。

 

 それはまるで、この島に来てしまうよりも前に見た、夜空のような。

 

 

 最後ににっこり笑って。

 

「――おやすみなさい。もう苦しまなくていいからね。」

 

 ――刹那、見事なフォームで放たれた業火のストレートが、一切の苦痛を与えることなくルーシュボアを貫いた。

 

 

 

 

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