Stella Break   作:無間ノ海

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枯れ風の字を持つ男

 

 

 

 

 『星海の塔』。

 厳かさを思わせる名前に反して、その造形は『捻じ曲げられ地面に突き立てられた、逆四角錐型の最新型木造超高層ビル』。

 なかなかにぶっ飛んだ、奇天烈極まりない造形の建造物である。

 

 その構造は、地表だけではない。

 

 地下にも巨大な下層エリアが、ちょうど地上の四角錐部分を、地面を中心にひっくり返したような構造で広がっている。

 

 建物全体の造形で見ると、巨大な砂時計にも見えるだろうか。

 

 そして、この地下エリアについてだが。

 シュテレーラでも特に機密性の求められる、あるいはどうしても危険性の伴う作業を行う場合に、運用される重要区画だ。

 

 

 研究室に牢獄、鍛冶場に武装保管庫、そして殉職者の弔碑などなど。

 

 破壊されては特に困る設備は、全て大深度地下区画の奥底で、厳重に守られている。

 

 そのために、建築様式もずば抜けて複雑だ。

 衝撃に強い建築方式で作られた内部容積を、空間魔術で四方に数十倍に拡大しているのである。

 

 時空間系魔術は運用上、どう足掻いてもハイコストになりがちだ。

 それを「何があろうと内外を隔てるため」だけに、惜しむことなくブチ込んでいるのだ。

 そしてさらに、外壁を別の結界魔術でガッチガチに固めるという、念の入れようである。

 

 

 

 要するに、この区画が担う役目というのは、それほど物騒なものが多いのである。

 

 

 

 例えば、戦闘用の非合法術式を新しく開発する場合。

 

 

 例えば、捕縛した重要参考人を無力化し拘禁する場合。

 

 

 また例えば――

 

 

 

 

 

 

 

 ギャリリリィッッッ!!

 

 

「軽い、軽い軽い軽い軽い!!――そのような芯なき刃で、魔を祓えるというのか!笑止!!」

 

「くっ……!未熟なことくらい……承知の上ですっ!!―――参る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――滅相者同士が、本気で戦う場合。

 

 

 

 

「2930………2931………2932………」

 

 翠玉の剣脊に、刃を拵えられた刀。

 それが、ゆっくりと空に軌跡を描く。

 

 

 刀の担い手は、大きく息を吸う。

 

 心の乱れは剣筋の乱れ。

 それは攻の不足、ひいては勝機を逸することに直結しうる。

 厄を祓い、万難を排する為の剣に、如何なる時も雑念があってはならない。

 

 

 故にその動作を、刀を継いだその日から何千、何万と続けてきた。

 

 ブレ一つない直立から、大地を踏み締め、重心を地の深くへ落とし込み。

 脱力とともに緩く握りしめた柄を、ゆったりと頭上に振り上げる。

 

 

 一瞬の静止とともに。

 

「2933。」

 

 正道の上段構えから、一定の速度で、それこそ子供にも容易に見てとれるほど、ゆっくりと鋒が振り下ろされる。

 神経と筋肉、両方を完全に掌握しているが故に、その軌跡は欠けのない完全なる弧を描いた。

 

 

 ――びっ、と空間が断たれる。

 

 それはそれは、綺麗な真向斬り。

 脳が、正面の敵を斬り殺したイメージを投影した後も、繰り手の運剣に未だ弛緩はなく。

 そのまま、正面に鋒を向け、残心に移行する。

 

 そこまで刀を動かして、ようやく一振りが完結する。

 すうと、身体から余力を抜き去った。

 

 

 再び、丹田に空気を送り込み、もう一刀振り下ろそうとしたところで。

 

 

 

 

 

「精が出る………太刀筋は向上しているな。」

 

 その厳かな一言が、刀を振り上げた剣士―――セヅキの身体を縫い留めた。

 

 振り返れば、そこには身の丈190にも達しようかというほどの、大柄な男がいた。

 男性にしては少々細身が過ぎるセヅキとは異なり、筋肉の一本に至るまでが極限まで鍛え上げられた体格の男だった。

 

 ダークブルーの乱髪を無造作に括り、東洋風の民族衣装に仕立てられた、見事な気品ある服に、隙間なく身を包んでいる。

 幾つもの帯がたなびく、ゆったりとした服は深緑を基調とし、金飾が細部に施された豪奢なものだ。

 耽美さを感じさせる美形の顔立ちながらも、鷹のように鋭い瞳が、いかにも厳格な印象を思わせる男だった。

 

 

 集中を解いたセヅキは、微笑んで話しかけた。

 

「凩さん、お疲れ様です。そちらも鍛錬を?」

 

「うむ。先日火炎を操る術者を相手に……掠り傷を負ってしまってな。未熟を痛感し、改めて火炙りの行を、行っていた。この身も、まだまだ道半ばよ。」

 

 凩と呼ばれた男は、独特の間延びしたような口調で語る。

 彼の首筋には、少し黒く煤が付いていた。

 セヅキは、それを見咎めた。

 

「む、首筋に火傷が付いてますよ。軟膏を持って来てますから見せてください。怪我をしたらその場でちゃんと処置しないといけませんよ。」

 

「ぬう……? む、これか。済まぬな。」

 

 首を差し出した凩に、セヅキが煤を丁寧に落とし、その上に肌色の軟膏を塗っていく。

 そこそこ深い火傷。

 相当の強度で、訓練を行なっていたようだ。

 セヅキほどではないが、彼も痛みには相当疎い。

 傷を負っても、気づかなかったのだろう。

 

 

 火炙りの行、耐火の鍛錬といえば、上下左右からオーブンよろしく火で丸焼きにされ、それを身一つの強化で耐えきる訓練だ。

 ちなみに用いる火はロウソクでもコンロでもなく、工業用のバーナーである。

 強化を切らせば、もちろんあっという間に火達磨。

 現代版火炙りの刑をノー装備で生き残らねばならないという、なかなか頭のおかしい訓練である。

 

「――はい、終わりましたよ。火傷は放置していると、浸透してしまって治すのが難しくなりますから、早めに処置するようにしてください。お師匠に怒られてしまいますよ。」

 

「サフィア殿に叱られるのは、恐ろしいな。留意しておこう。」

 

 凩は笑った。

 彼は知っている。

 皆知っている。

 医者に逆らってはいけないのだ。

 特にあの銀竜の女医殿であれば、患者の手足をへし折ってでも、ベッドに放り込むであろうから。

 怒れるドラゴンを敵に回すなど、愚者の所業である。

 

「貴様もそろそろ休むのか? もう長らく刀を振るっているであろう。」

 

「ええ。特に私は汗をかけませんから。氷水か何かで身体を冷やさないと、動けなくなっちゃいますしね。」

 

 セヅキが氷水の入ったカップを呼び出し、がぽりと飲み込む。

 

 ガランと、大粒の氷が音を鳴らした。

 

 

 身体に水を流し込んで冷やしていると、凩が難しい顔をして言った。

 

「しかし、相変わらず貴様からは……とんと剣才を感じられん。基礎には忠実だが、それだけだな。」

 

「んぐっ……!」

 

 かなりの辛口評価に、思わず水を嚥下していた喉が詰まる。

 これでも割と頑張ってるつもりなのに、酷くないだろうか。

 むうっと頬を膨らませてしまうのも、仕方がないと思うのだ。

 

「……才能がないことは、重々承知です。私はあなたのような剣の天才ではないし、そもそも刀の扱いはまだまだ不慣れですし。」

 

「で、あろうな。基礎に徹した動きは悪くないが、致命的に運剣の応用能力が…不足している。俺が貴様なら、とうに別の道を進んでいる。」

 

 バッサリである。

 ちょっとは躊躇わんかい。

 

 おちょくりにきたのかこの人とも思ったが、この男はドが3つは付くほどの弩級の生真面目である。そんな生産性の無いことはしないだろう。

 人を揶揄うのも騙すのも、死ぬほど苦手な男だ。

 

 

 はあっ、と溜息を一つ。

 

(!)

 

 どこか余裕のある相貌が一変。

 猛禽の如き鋭い眼差しが、セヅキを射抜いた。

 

「俺は苛立っている。その太刀筋の鈍さ、判断の遅さ、迷いは勿れど、誠心もない剣捌き。そのどれもが気に入らぬ。何度も伝えたはずだな、未熟者。」

 

 そうだ。この男はそういう男だ。

 誰よりも剣に真摯であるからこそ、自分だけではなく、ありとあらゆる剣士に心技体を求める。

 剣狂いの問題児。

 

 だから彼は自分を未熟者と呼ぶし、何度も何度も喧嘩を売られては買ってきた。

 

「それは……」

 

「これは俺の身勝手だ。故に罵れ。だがそのような未熟な剣を、俺の前で振るわれることは辛抱ならぬのだ。まして同じ『魔を祓う者』が振るっているのではな。」

 

 そういうと凩は後ろのエレベーターのボタンを叩き、ゴンドラを呼び出す。

 

 リーンとベルが鳴り、開いた扉を前に、凩が振り返った。

 

「来い。地下大演習場はまだ開けてある。もうひと暴れしても、構うまいよ。俺の手が空いているうちに、鍛え直してやろう。」

 

 此方をちらりと見遣り、挑発するような流し目を送ってきた。

 

 お前はその程度の低レベルで満足なのか?と言わんばかりの態度であった。

 

「それともやめておくか? 別に責めはせん。ただ、貴様は研鑽の機会を前にみすみす足踏みをするような腑抜けではなかったと記憶しているのだがな。」

 

「はい??」

 

 

 セヅキは一瞬でその誘いに乗った。

 

 彼は沸点が低い。

 

 

 

 

 ―――そして今。

 

 稀代の大剣豪と、怪力見習い剣士が、地下大演習場にて、互いに向かい合っていた。

 

 

 大演習場は数キロメートル立方の、全てが真っ黒な素材で構築された、巨大な空間。

 

 大結界による封殺機構が稼働しているために、ここでなら滅相者が大暴れしても街への被害は出ない。

 世界中探してもとびっきり頑丈な建物である。

 

 徐に掲げた二人の手には、彼らの最も信頼する得物が既に呼び出されていた。

 

 セヅキの右手には、翡翠色の峰を持った、優美な白刀。

 

 そして凩の右手には、ぬらぬらとした紅梅色の、不気味な輝きを放つ大剣。

 分厚い諸刃造りながら、その鋒を伝う輝きは寒気を覚えるほど、冷たく鋭い。

 

 どくどくと、心臓から送り出される魔力が細胞の隅々まで行き渡る。

 魔力強化が、お互いの体に鋼の硬度と怪物の剛力を与える。

 とりあえずこんだけ強化しとけば死なねーだろ、というお互いの肌感覚で肉体を固めた。

 

 

 音もなく、両者が構える。

 

 

 かたりと。

 何かが動く、音がして。

 それが、開戦の合図となった。

 

「ふっ……!!」

「おおっっ!!」

 

 薙ぎ払われる白刀。

 上部から降り注ぐ大剣。

 

 ご ん !!

 

 剣が刃を合わせたとはとても思えない、とんでもなく重いものが激突する重低音と共に、衝撃波が周囲を吹き散らす。

 ぎぎ、ぎちぃ!

 

「ふむ、強化の精度は悪くない……だが踏み込みが足りんな……敵の技巧に正面から挑むなかれ……」

「……!!」

 

 しかし鍔ぜり合う二人の表情は対照的。

 歯を食いしばるセヅキに対し凩の顔は余裕綽々。

 セヅキの剣技に講釈を説く余裕まである。

 

「くっ!?」

 

 くん、と大剣が柔らかく沈み、ほんの少しセヅキの重心がずれる。

 その隙を見逃さず、弾みをつけた大剣が白刀を高く弾き飛ばした。

 

「ぐっ!!」

「防いでみせろ―――シィッッ!!」

 

 鋭い呼気。

 それに紛れるように、凄まじくアクロバティックな動きで大剣が舞う。

 

 ――凩の剣術は、非常に特徴的だ。

 

 腕でも手先でもなく、文字通り全身で振るうのだ。

 体全体を縦横斜めに、コマのように自由に回転させ、それに沿って刃が飛ぶ。

 

 腰を中心に、剣がその周囲を、くるくると回るような軌道を走り、不規則で読めない剣技で敵を斬り殺す。

 

 まるで優雅に舞うような動き。

 だがその実は、全体重を乗せてぶん回す大剣という質量兵器を、とんでもない怪力で無理やり繊細に制御している、イカれた剣技だ。

 常人が真似すれば一振りで全身粉砕骨折である。

 

()っっ!!」

 

 左手を狙う振り下ろしを、跳ね上げた天霊が弾く。

 

 そのまま弾かれた勢いで凩の身体が逆回転し、右下から切り上げられる。

 狙いは右腹部。

 セヅキは沿わせた刃先でするりと流して、こちらからも切り掛か――る前に、鳩尾を蹴り飛ばされた。

 

「つぅっ!!」

 

 蹴られた勢いを殺すことなく、受け身を取り、バック転で体勢を立て直して。

 そして、前を見ることなく横に地面を蹴り飛ばす。

 

 すぐさま降ってきた大剣が、数瞬前の地面を叩き割った。

 

「考え事を、する暇があるのかっ!」

「考えなければ殺されるでしょう…!」

 

 その言葉が、自分に成長を促すための発破であることくらいは、このセヅキも承知している。

 

 挑発に乗って考えずに攻めれば、その瞬間に腕か足の一本をごっそりと持っていかれるだろう。

 その証拠に、正解だとでも言いたげに、唇の端が上がっている。

 あなたに腹芸は絶対無理だよ、とセヅキは自分を棚に上げて思う。

 

「そら、受けてみよ……」

 

 凩の動きが急加速し、姿を見失った。

 緩急で目が振り払われる。

 そのまま右脇をすり抜け、振り向きざまに大剣が振るわれた。

 凩の狙いは頸椎。

 受けたら昏倒、下手すれば首が飛んで即死。

 

 だからこそ、わかりやすい。

 急所狙いはどうしたって、殺気が濃くなるのだから。

 セヅキが後ろに回した刀身で首筋をガードする。

 直後、凄まじい威力の斬撃が叩きつけられ、柄を通して手に激痛と痺れが走るが、首が吹っ飛ぶ対価としては上等だろう。

 

 弾いた大剣が、揺らぐのを感じた。

 

 攻め手は、ここか。

 

「っ破ぁっ!!」

 

「ほう……!」

 

 周囲を薙ぎ払うように、白刀を思いっきり振るう。

 

 確かな術理のある凩のそれとは違い、セヅキの剣術は我流のキメラだ。

 

 その理念はたった一つ――敵を斬滅する。

 そのための術理だけを組み合わせた異形の剣。

 正面から敵の防御を叩き割り、そのまま斬って抉って砕き尽くす、暴力的な剛剣である。

 

 敵の駆動の弱点を突き、的確に切り裂く凩の運剣と比べれば、不恰好で荒っぽく、そして野生的。

 何方かといえば、棍棒などでぶん殴るのに近いかもしれない。

 

(だから私が気に食わないの……かなっ!!)

 

 ギャリイイイィッッ!!

 耳障り極まりない軋轢音が、振るわれた白刀と合わせられた大剣から鳴り響く。

 

 

「討つ……!」

 

「見せてみろ。」

 

セヅキの身体が発条のように跳ねた。

 

 首、大腿部、肩口。

 天霊が舞い、空気を叩き切って迫り来る。

 しかし、並の戦士なら細切れのそれも、凩にとっては圧がまるで足りない。

 軌道を完全に読まれ、小枝のように軽く振るわれた大剣が弾き飛ばした。

 

「温い……!その程度でこの俺を斬れると思うなっ!!」

 

「がぐぁっ!!」

 

 手緩い攻めの仕置とばかりに、大剣の腹が頭蓋に直撃した。

 脳が揺らされ、思考が保てなくなる。

 

 まずいここからは反射で動くしかない考えていたら斬られて死ぬ!

 直感に従い、だらりと頭から垂れた血も気にすることなく、その場から飛び跳ねて離脱。

 直後、腰を狙った一閃が空気を切り裂いた。

 

 直撃しておれば腰斬処刑よろしく(はらわた)をぶち撒けただろう。

 本当に容赦がない。

 

(けど、大振りの分隙はある!)

 

 大振りの一撃で、大剣が地面に直撃した瞬間。

 

 セヅキは、身を飛び返して間合いを詰めた。

 凩の大きな身体の近くへ深く踏み込む。

 ギリギリと右手を弓のように引き絞り、放つは速撃の極致――四連突き。

 

 しかしそれすら読んでいたか、動いていると知覚できないほど滑らかな動きで、大剣がスライドする。

 肝臓、気管、目と、殺す気で叩き込んだ突きが、軽々と逸らされた。

 仮にもこちらの全力の突きを受けて、なお一切大剣が揺らいでいない。

 どれだけ強化倍率と技量に差があるのかと、歯嚙みする。

 

 だが四撃目はまだだ。

 

 狙いは凩の右手甲部、大剣を握っている部分そのもの。

 セヅキは最初からこのつもりだった。

 武器破壊が望めないのなら、利き手の方を破壊してやるまでである。

 

 しかし。

 引き延ばされた時間感覚のなか、冷たい声が聞こえた。

 

「狙いは悪くないが――武装に意識が向き過ぎだ。未熟!!」

 

 一喝とともに、胸部に凩の左拳……警戒の外だったソレが、吸い込まれるように叩き込まれた。

 

「かっ~~――――!!」

 

 息が保てない。

 肺の中の空気が、全て叩き出される。

 

(起きろ!!)

 

 ショックで止まりかけた心臓を無理矢理叩き起こし、悲鳴を上げた足を気合で動かし、飛び跳ねた。

 

 

 

 少し距離をとって、とんと着地。

 

 頭と目からダレる血に魔力を通して焼き付け、強引に止血する。

 視界が塞がれるわけにはいかない。

 心臓は動いてくれている。

 細動を起こしていないのは不幸中の幸いだった。

 

 凄惨な痛手を与えたセヅキに、少しだけ呆れた声の凩の指摘が飛ぶ。

 

「貴様はやはり……素のままでは貧弱だな。魔力が足らんのも勿論だが、基礎の筋力や瞬発すら不足している。それでは、俺たちが相手をする敵共には抗えまい。」

 

「げぇっほっ……ごふっ!……ええ、ええ、自覚はありますよまったく……!」

 

 吐き気を堪えつつも、分かりきった弱点を改めて突きつけられた。

 なんか普通に腹立つな。

 セヅキの額に青筋が走る。

 

 いっくら鍛えても筋肉がつかないから細くて軽いままだし、魔力だって地で文字通り羽虫以下だし鍛えても伸びないし、剣術だって全く才能ないしそんなこと分かってるんだよこんちくしょー! って感じである。

 

 刀を杖代わりに身体を支え、息を整えるセヅキ。

 その間も奇襲に備え、戦闘警戒は切っていない。

 早く運動中枢を整えなければ。

 すぐに次の攻撃が来る。

 

 しかしそんなセヅキの警戒に反して、凩は動くことなく瞑目し、ため息をついた。

 

「はあ……だが、無理強いは出来んか。その弱さは貴様の意思の軟弱さが原因ではない。やはり遺物を行使したまま、満足に剣を振るえるようにすべきだな。欲を言えば、術の類もか。」

 

 目を開き、次に言われた言葉にセヅキは困惑した。

 

「よかろう。遺物(コア)を完全に起こせ。第一深度で構わん。」

 

「え?」

 

 とんでもないことを言い出しやがった同僚に目を見開く。

 

 ソルヴェリア・コア。

 セヅキの切り札にして、現存する数少ない最高位遺物の一つ。

 そしてセヅキの心臓にして、その戦力的価値の大部分を占める、破壊の太陽。

 

 それを起動しろ、と。

 それは【灰劫】と相対する者にとって、基本的に死と同義だ。

 実際にセヅキはこの力で、遥か格上の犯罪者たちを数えきれないほど焼き殺していた。

 

「しかし……」

 

「早くしろ。殺す気でいい。」

 

 何百キロとあるだろう大剣を肩に担ぎ上げ、その重さを感じさせない自然な佇まいで、凩はセヅキのスイッチを急かした。

 これは何を言っても聞かんな、と完全に諦めた。

 

「――殺してしまったら、ごめんなさい。その時は詫びとして私も死にます。」

 

「長が泣くであろうから自裁はやめておけ。だがその意気だ……見せてみろ。」

 

 すうと、息をついて。

 

 

 

 

 ――ソルヴェリア・コア、第一深度覚醒。

 

 

 

 

 ぶわり。

 

 広大な地下大演習場。

 その、全ての気温が跳ね上がる感覚。

 莫大な魔力が吹き上がり、空間全体がミシミシと軋みをあげる。

 

 

 溢れた夕焼けのような、真っ赤なオーラ。

 炎獄すらも生温く思えるソレは、衣のようにセヅキの身体を覆う。

 羽虫も見紛うような先ほどの薄弱な気配が夢幻と思えるほどの、恐ろしい重圧感が膨れ上がった。

 

「ふむ……相変わらずの気迫と闘気。やはり惜しいな。これを発現したまま常のように、剣を触れればよいのだが。」

 

 凩はそれを受けてなお、暢気に呟く。

 

 紅の眼がぎらぎらと輝かせたセヅキが苦い顔で言う。

 

「まだまだ糸口は見えないままですがね。――それでも、この子に振り回されない程度には、精進してきたんですよ?」

 

「鍛えるべき道が分かっているならば、それで良い。そうと決めたのなら、振り返らず精進し続けよ。一意専心、忘るるなかれ、だ。」

 

 セヅキの細やかな自負(プライド)を、凩は一言で流した。

 

 握りしめられた天霊がぎちりと鳴る。

 

「一刀にて覚悟を示す……いざ、参ります。」

 

「来い。」

 

 

 

 

 白刀が、消えた。

 

 

 初速より音の壁を引き千切り、天霊が驀進した。

 人外の剛力が断頭台の一閃として、袈裟懸けに振るったそれの破壊力を前に、凩の技巧など荒れ狂う暴風雨を前にした小枝に過ぎぬ。

 

 無論、セヅキは全力ではない。

 いくら言われようが、仲間を殺す気などさらさらなかった。

 

 だが、隕石衝突に匹敵するエネルギーに、本人の手加減など些事であった。

 荒れ狂う地獄の熱波を前に、人が抗ったところで、何になるだろう?

 

 

 

 

 その、はずなのに。

 

 

「ぉ――――っ!!」

 

 

 裂帛。一息。

 

 ただそれだけが漏れると同時。

 大剣士の相棒たる大剣は、生まれたばかりの小鳥を撫ぜるかのような、あまりにも柔らかな太刀筋を描き。

 

 

 正面から襲い来る極限の破壊の波濤に、そっと触れて。

 

 

 次の瞬間、その衝撃波はくるりとその向きを変えた。

 

「!!」

 

 ほぼ真横90度。

 明後日の方向へと、あまりにも軽く逸らされた白刃は、鋒の先一帯を数百メートルに渡って爆ぜさせ。

 

 封殺結界に強固に護られた演習場の壁を、木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 げに恐ろしきは、それほどの圧力の鉄槌を、剣一本で軽々と往なした人類の技巧だろう。

 なんという絶技か。

 

 そして本気の一撃を放つ時、少なからず人は重心が振れ、体幹が崩れる。

 その隙を見逃す大剣士ではなかった。

 

 

「如何に力が強大であろうと、宿すべき排絶、滅殺の意志が足りぬ。まだまだ貴様は見るに耐えぬ鈍よ。

――精進しろ。」

 

 

 があん!!

 

 吸い込まれるように打ち込まれたカウンターの一薙が、顳顬に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ、まだ頭が……ソルヴェリアを起動してなかったら、頭蓋骨真っ二つに裂けてましたよこれぇ……」

 

「肉をつけろ。鋼よりも硬石よりも、鍛え上げた骨肉こそが人間の最大の鎧だ。というか、貴様の身体はか細すぎるぞ、それでも本当に男か。もっと肉を食ってよく動け。」

 

「いや言い過ぎじゃないですか??」

 

 普段寡黙なくせに、私に罵倒する時だけなんでこんなに一言多いんだこの人。

 

 こちらが何か喋るたびに、無駄にボキャブラリーに富んだ罵倒が返ってくるのだが。

 この分だと世間話すら困難なのでそろそろ勘弁してほしい。

 普通に傷つく。

 

 そんな凩だが、現在は壊された演習場の修復を行なっていた。

 

 もともと施工時に、壊されてもすぐに復旧できるような仕込みがゴロゴロしているのである。

 魔術には疎い凩でも操作できる代物だ。

 

「あ、私も手伝います。大半は私が壊してしまいましたし、流石に何もしないわけには……」

 

「要らぬ。」

 

「む……」

 

 手伝いの申し出もバッサリと切り捨てられ、セヅキが口を塞いだ。

 一応は同僚で、よく手合わせもしてくれる仲だ。

 こうもバッサリ切られるとちょっとだけ寂しい。

 

 ただ、凩からしてもそれは良くないと思ったのか。

 戦士としてならともかく、彼の善意にまで辛く当たるのは、人道に反する。

 

 僅かに躊躇った後、ほんの少し眉を緩めて、どこか柔らかい普段の口調に戻した。

 いつもその感じなら、子供達に怖がられたりしないのにと、セヅキは思う。

 

「……案ずるな。この程度は手間の内にも入らん。それよりも貴様は先に身を治せ。打撲といえど傷だからな。……頭ではあるが、ある程度は軽めに打った、回復薬の類で十分治るはずだ。」

 

「しかし。」

 

「くどい。俺が貴様を唆したのだ。俺が責を持つのが道理であろう。」

 

「……そう、ですか。わかりました。そういうことなら、お言葉に甘えて。」

 

 大演習場の扉を開き、回復用の薬を貰いにいく青年。

 その刹那に振り返り、心底嬉しそうににっこりと笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「付き合ってくれてありがとうございました。これで

――もっと、もっと。強くなれます。」

 

「……そうか。ならば良し。」

 

 

 凩の顔は、何処か苦そうだった。

 

 

 

 

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