闇の大商人、【悪鬼侯爵】サンドーヌは思う。
自分は、選ばれしものだ。
王国マリクを牛耳る、大貴族の跡取り。
表も裏も、己の操る通りだった。
マリクが『謎の災害』で、地図上から姿を消した時でさえもだ。
恐怖とカリスマで集めた手駒を活用し、家族も使い潰し、奇跡的に一人脱出して。
そこから裏社会で押しも押されぬ地位を、持ち前の商才で一から築き上げた。
世界を左右するに相応しき、傑物だった。
だから、きっと間違いだ。
この光景は、間違いなのだ。
(――なぜだ?)
――なぜ、こうなった?
――なぜ、こいつらが……
「なぜ貴様らが、ここにいるのだ!!
……
恐怖で震える唇に、いつものカリスマなど、どこにもない。
そんな彼を、嘲笑う者など、ここにはいない。
彼以外の全てが、「首を切られている」からだ。
血みどろの地面。
破壊された武器。
巨大な斬痕で、瓦礫に変わった研究所。
そして――首。首。首。
切断された首が、ゴミのように転がる。
目を見開いた首と、首のない死体が、山と積まれていた。
ころんと転がった眼球が、天井を虚しく見上げていた。
ほんの30秒前だ。
アスカミュラの原生林の奥深く。
そこに位置する研究所の、巨大な隠蔽結界と警邏の兵たちを突破して。
先ほどまで、無謀な侵入者に銃口を向けて、彼らは嘲笑っていた。
侵入者は、たったの二人。
こちらは百を優に超える、屈強なプロ。
寡兵、どころではない。
そんな人数で何をしようというのか。
穴だらけにしてやる。
面はいいから、ヤク漬けにして売れば良い値になる。
仲間の情報を売れば、殺さずにおいてやろう。
そう侵入者を侮辱した者たちは――今や全て、首を切られて血の海の底。
死骸と成り果てた黒服たちを踏み潰すのは、この惨事の下手人たち。
――戦士の讃歌が鳴り響き、黄金劇場の幕が開く。
「ははっ、なぜって――君だって裏の人間なんだから知ってるだろう? 悪い事をすれば殺し屋がくる、ってさ?」
――【鮮血詩人】・エドラ・ジャグリール。
――慈愛は呪い。誓いは永遠。いざ、無限の闘争へ。
「因果応報、万事に等しく報いあり。それを忘れた者に――どうして救いが来ようというのだ。」
――【羅刹剣鬼】・凩。
竪琴を構えた華美な服の吟遊詩人と、大剣を携えた巨漢だった。
「何をしている貴様らっ! 殺せ、怯むなっ!! 飽和攻撃で足止めしろおっ!」
『ハッ!!』
床どころか廊下すら骸で埋めて、なおまだまだ、サンドーヌの手駒は残っている。
主人への恐怖と忠誠は簡単には捨てられず、彼らは健気に銃口を、侵入者たちに向ける。
武器商人とも接することの多いエドラは、すぐにその銃の情報を、脳裏から弾き出した。
(ロイド社製大口径アクセラレートアサルト:E-22『ネメシス』か。クラシックモデルの上等品。いい銃使ってるな。流石に金は持ってるらしい。ま、僕らには効かないんだが。)
結論。
ハリボテの豆鉄砲、警戒は全く必要なし。
「いやあ元気だなあ。一部とはいえ、侵入してからここまで全員皆殺しにしてるっていうのに、まだまだ足掻くつもりかい?」
「別に驚くことでもなかろう。此奴にとって部下など畑からとれる芋でしかあるまい。」
「それもそうか。ま、奴に従うしかない君たちには同情するけどね。――ただ、容赦はできないと思ってくれ。なるべく、痛くないようにはしてあげるからさ。」
撃て。
誰かが発した号令が、引き金を引いた。
――バララララッッ!!
炸薬の運動エネルギーに加え、加速術式で威力を上乗せされた弾丸が、雨霰と迫る。
12mmの鋭角な弾丸は、音の壁を初速にて超え、なお目標に到達するまで加速し続けて。
それを前に、エドラは眉一つ動かさず。
「おいおい。ファンファーレを鳴らす前のフライングは……興醒めだろ?」
その銃弾の全てが、宙で留まる。
エドラが竪琴の弦の一本を、ぴぃんと弾いた瞬間、弾丸が縫い止められた。
まるで見えない糸で、空中に縛りつけられたように。
さらにぽろん、ぽろんと。
竪琴の上を、白い指が舞う。
魔力が躍り、音波に乗る。
聞き惚れるような、いくつかの和音が響いて。
それが黒服たちの耳に入った時には――もう、遅い。
――【
――【第三章:吊られた英雄の悲嘆】
ぽん、と。
黒服たちの頭が、弾け飛んだ。
まるで空気の代わりに脳を詰めた風船に、針を刺したように、あっけなく、だ。
血飛沫が、霧のように上がる。
どさどさと、首を失った骸が、たった今気付いたように倒れた。
「ひ、ひいいいいいぃぃぃ!! く、首が、首いっ!!? う、嘘だ、嘘だ!」
「ち、ちくしょうがぁ!!」
「う、狼狽えるな! 何の術で弾を防いでるのかはわからんが、撃ち続ければ限界があるはずだ! 撃ち続けろ!」
「おいおい、僕を相手に力比べかい? ――流石にそれは、
にいっ。
エドラの口角が歪んだ。
瞬間、弦を弾くスピードが跳ね上がった。
一糸乱れぬコードの上に、片手弾きで発されたとは思えぬほどの、音符の数々が散りばめられる。
悲壮な音――
和音が響くたびに、透明な網に捕まるように弾丸が食い止められ。
「な、なんで……なんでだっ!!? なんで銃がきかな、あがっ!?」
「こ、このバケモンがぺっっ?」
――そしてその音が耳に届くたび。
またも、スーツの上の東部が、風船のように弾け飛ぶ。
脳漿が飛散し、眼球と頭蓋を撒き散らす、嗚咽のカルニバル。
「――音だ! 奴の弦から放たれる音が攻撃なんだ! 全員音を聞くな! 銃じゃ無理だ、ブレードで近接攻撃を仕掛けろ! あの楽器を壊せば、もう戦えないはずだ!」
「おや、正解だ。すぐに対処法を見つけるとは、やるじゃないか。」
音を聞けば死ぬ。
音がある限り、攻撃が通じない。
あの竪琴がある限り、エドラは完全無敵の要塞だ。
あの音響こそが、攻防の要。
だからその対応は限りなく正解に近い、が。
「――けど残念。君たちに刃を向けているのは、僕一人じゃあないんだぜ?」
抜剣。
刃が、舞った。
「――遅い。」
――【
駆け抜ける一筋の風のように、紅色の刃が黒服たちの間を駆け抜けた。
「あっ」
「ぐっ?」
「ごえっ?」
ばら、ばら。
ごろごろ、ごろん。
すっぱりと抵抗なく断たれた頸骨が、今更気付いたように、ずるりと崩れ落ちる。
綺麗な断頭には優れた技術が必要――などと、この男の術理には、その一切が関係なく。
血霧を撒き散らし、骸が血肉のブロックの山と成り果てた。
残心を解きながら、凩が苛立ちとともに毒づいた。
「弱い。脆い。軟弱千万……! そのような体たらくで……よくぞ、我らの逆鱗を踏めたものだ。窮鼠と成りても、猫を噛み喰らう根性すら持てぬか。弱者を虐げ続けた……その報いよな。」
怒りを隠そうともしない、憎悪の瞳が犯罪者どもを射抜く。
――ズッッ……!!
「ひっ……」
「うっ、あがっ……!!」
暴風のように荒れ狂う、怪物じみた魔力。
それは吐きそうなほどの威圧感となって、心臓を押し潰し続ける。
第七感が、絶叫した。
もはや人間の形をしただけの、巨大兵器がそこにいる。
その、同じ人間とは思えない殺意に、彼らはいとも容易く膝を折った。
(こ、こいつら、化け物だっ!……甘かった、甘かったんだ! 犯罪組織を殺して回る怪物集団なんて、所詮、ただの噂話だと思っていた。
『シュテレーラ』――まさか、ここまで!!)
黒服の一人が、懇願する。
べちゃべちゃに顔を濡らして、鼻水を垂らして。
ただ無様に、頭を地にこすりつけた。
「や、やめてくれええぇ……許してくれ、見逃してくれっ! もう二度と、もう二度と同じことをしないって誓うからっ! だから許してくれ、殺さないでくれっ!」
「おい! てめえっ何してんだ!」
懺悔ですらない、命乞いだった。
その懇願に、吟遊詩人はにっこりと微笑んだ。
神への祈りを聞き届ける、神父のような笑みだった。
「では聞こうか。十日前、拉致してきた恋人たちの片割れに、君はそのように懇願されただろう? 何の罪もない、ただ恋人と仲良く暮らしていただけの男性に。
「えっ?」
黒服には覚えがなかった。
だって、奴らは商品で、玩具だから。
売れなかったら、弄ぶのが当たり前で。
そんなものに気まぐれでかけた言葉なんて、覚えているわけがなくて。
――はい、残念。
「あえっ?」
気づけば、ずるりと不自然に首が傾いていた。
ころん、と前方に視界が転げ落ちて、そのまま意識が永遠に消失する。
優美な音は、不可視の斬撃。
見えず触れずの、恐ろしく鋭いギロチン。
「タイムアップだ。実は、助けなきゃいけない人間はもうとっくに助けた後だからね。その手の、手心を加える時間はとうに終わったんだよ。
――ちなみに答えは、「調教班、もっとしっかり仕事しろよ」、だったらしいね。ま、覚えてないか。」
無表情のまま吟遊詩人は、哀れな罪人たちを酷薄に見下ろす。
まるで王様のように、骸の山に腰掛けながら。
「う、っぷ、げええええぇぇ……! お、ごえええええええぇぇぇー……!!」
「ふ、ふざけんな! こんな、こんなこと、許されるわけがねえだろ! 俺たちの後ろには、裏社会を牛耳る権力者が山ほどいるんだ! 【アンドガー一家】、【セビウスファミリー】、【慟哭者達の正教会】、他にもまだまだな……そいつらが本気なら、てめえらなんか一捻りだ!」
その脅しは、確かに裏社会の生きるものなら無視できないものだ。
いずれも強大な兵力と財力を持ち、陰謀を巡らせる情報を以て、裏から表へと社会の糸を引く、影の実力者たち。
「「だからどうした?」」
異口同音に、跳ね除けた。
「残念だけど、僕たちがここにいる時点で、君たちの運命はすでに決まっている。脅しは通じないし、脅しに従うくらいなら、洗脳の神秘を疑って自決しているよ。」
「我らは法で裁けぬものを、それに代わって身勝手に裁くだけの者よ。己らがどうなろうが知ったことか。」
「それに、彼らが僕達のラインを超えて、罪のない人たちの平穏を揺るがせるなら。」
「貴様らと同じく――全て冥府へと送るのみ。」
怖ーい笑顔で、滅相者たちは言う。
――結局のところ、そうなのだ。
なぜシュテレーラが、法を無視して身勝手に罪人たちを殺して回るのか――それは
法では裁けず、倫理に背き、言葉すら通じない。
ならば――かける慈悲など、もはや要らず。
抵抗すら許さない暴力で、葬り去る以外に道はない。
「そうでなければ、見向きもせぬよ。そうであるから、殺すだけだ。」
「あいにくウチの構成員は、無駄に誇り高い人間が多くてね。その過程で自分や仲間が殺されようが、使命が全うできれば本望なんだ。相打ち上等、ってやつさ。」
良い人ならば、助けよう。
悪いやつなら、皆殺し。
滅相者のロジックとは、そんな人間離れした、ひどく機械的なものだった。
だから――脅しや交渉なんて、通じるわけがない。
「ひ、ひい…………!!!」
「うそだ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ! こんな、こんなところで、死、死んでたまるかあっ!!」
なけなしの魔力を捻り出す黒服たち。
だが。
「な、なんで……!」
「魔力が、出ねえ!?――なに、しやがった!」
魔力が出力できない。
身体が強化できない。
それどころか――動くことすら、ままならない。
「おや、君たちは”心折れたこと”がなかったのかい? 心を折られて、絶望的な無力に打ちひしがれたことが無いとは、随分幸福な人生だったようで、何よりだ。
――力とは、己の意志こそが全て。己の運命を前に、心折れてしまった人間は、再び自分の意思で足を踏み出さない限り、満足に力を巡らせることさえ出来なくなる。魔力だって例外じゃない。常識だろう?」
「そ、それは……」
たしかに、それは常識だ。
科学的に証明され、今や教科書にすら書いてある事実。
膂力は肉体の力。
魔力は精神の力。
――意思こそ、その全ての源。
だから、力が出ない。
"可能性"を、抗う意思を放棄したものに、魂は力を貸してくれないのだから。
無力な彼らを嘲笑うように、弦を滑るエドラの指先が、大剣を握る凩の手が、膨大な魔力に染まる。
「さて、君たちが抹消される理由は、これで理解できたはずだ。これでも、君たちが散々虐げてきた被害者たちへの償いになるとは、とても思えないが――無意味に傷つけるのも趣味じゃない。苦痛なく、丁寧に――」
「そして、丹念に。」
――殺してやろう。
蹂躙が、始まった。
「あ、やっべ。」
「どうした。」
「いやあ……ほらあれ。」
エドラが指差した先には、割られた大きなガラス窓。
誰かが蹴破ったのだろう。
それがただの取り逃がした黒服なら、別にいいのだが。
「あっちゃー、やらかしたなあ――ゴミ処理に夢中になっちゃって、肝心のサンドーヌを処理するのを忘れてた。あとで親友に怒られるぞ、これは。」
「……何をしとるんだ貴様は……言っておくが俺は擁護せんぞ。」
「いや君だって同罪だろう!?」
「
全員始末しなくてはならなかったとはいえ、いくらなんでもこれはひどい。
エイネスあたりにバレれば、こってりと絞られてしまうことだろう。
それは流石にご遠慮願いたい。
「むう、まあいいか。もとより僕らの役割は炙り出しと時間稼ぎだしね。あとは――」
「"本来の処刑人"の仕事、だな。所詮我らは……煙を焚いて、ネズミを炙り出したに過ぎん。
――――考えれば、あの男も哀れなものよ。大人しく首を差し出したほうが、まだ楽に憩えたというのに。」
「ははっ、まあそうだね……僕らも大概だけど、こと親友は良くも悪くも無慈悲だからなー。」
エドラはうんと伸びをして、凩とともに、噎せ返るような殺戮現場をどう処理するか考え始めた。
サンドーヌについては、心配あるまい。
エドラ・凩
みなごろしヒャッハー
サンドーヌ侯爵
急に現れた命知らずの侵入者二人に何もかもご破算にされた。可哀想。
現在頑張って逃走中。