Stella Break   作:無間ノ海

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そこから先は、「人」の字を持たない

 

 

 

「はあっ、はあっ……げほっ、はああっ!! くそ、くそ、くそがあっ!!?」

 

 【悪鬼公爵】サンドーヌは、走っている。

 研究所に幾重にも仕込まれた脱出路を、脇目もふらずに走っている。

 根っからの貴族家の優美さすら、とうの昔に投げ捨てて、息せき切って走っている。

 

 まさしく危機一髪だった。

 部下たちを使い捨て、タイミングを見計らってなんとか飛び出せたのだ。

 あの化け物どもが追撃してこなかったのは、不幸中の幸いだった。

 

(っいや違う! 見逃されたのだ! この私が――いつでも、殺せるからと!)

 

 噛み締めた歯に、血が滲む。

 彼をして、これほどの屈辱は初めてだった。

 

(本当に奴らが私を何が何でも殺す気であれば、他の者を無視して始めから始末することもできたはず。なのにそうしなかったのは……)

 

 皮肉にも、【悪鬼侯爵】と言われるほどの悪意を持つ彼だから、気づけてしまうのだ。

 弄ばれているのだと。

 

 

 これは奴らにとっては――戦いではなく、ただのお遊び。

 必死で逃げる愚鈍な鴨を撃つのと、何ら変わらないのだと。

 皮肉にも、理解できてしまうのだ。

 

 

「ぐうぅぅぅ――クソ、クソ、クソオオオォォ!!」

 

 考えれば考えるほど、目の前が怒りで真っ赤になる。

 酸欠も相まって、頭が痛い。

 

 だがそれ以上に、恐怖が身を蝕む。

 追いつかれれば、確実に殺される。

 

「ひゅっ――ヒュゥウゥ……!!」

 

 考えねば。

 奴らを排除する方法を。

 一刻も早く、差し迫る脅威を排除せねばならない、そうでなければ自分が殺される。

 だが。

 

(間違いない――最低限に見積もっても、奴らは大魔級(ノーブル)! 駄目だ、手の打ちようがない……! 今は逃げる他ない!)

 

 

 

 

 

 

 ――これは、一般的な話になるが。

 

 この世界において、こと戦力とは『数』以上に『質』が重視される。

 一人の超人が、完全武装した万単位の凡人を軽々と蹴散らすことが普通にありうるのが、この世の中だ。

 

 行使できる神秘の強大さ、魔力の大きさ。

 それは概ね、生物としての強さと言っていい。

 

 というか、だ。

 人に限らず、生物は大体そうだ。

 全ての生命(いのち)には、格がある。

 過去何千年と、"人の味を覚えてしまった野生生物"との生存競争を繰り広げてきた人類は、そのことをよく知っている。

 強大な魔獣には、必ずその強さに及ぶ者をぶつけなくてはならないのだから。

 何百億人分という膨大な血を授業料に、人類はそれを、嫌というほど学んでいる。

 

 その強さというのは、肌感覚でわかるものだ。

 

 人類は、生命の強大さを、感覚的におおよそ六種に分けてきた。

 軍属、反社会的組織――戦いに身を置く者なら、誰であっても重視するランク。

 

 理由は簡単――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――常人級(ノーヴィス)。

 ――戦人級(ブレーヴ)。

 ――達人級(アデプト)。

 ――大魔級(ノーブル)。

 ――至天者級(クラウンド)。

 そして――超越者級(オーバード)。

 

 

 例えば、達人級(アデプト)の強者が一人いれば、大半の敵は恐るるに足りない。

 烏合の常人が群れなしたところで、一人で蹴散らしてしまえるからだ。

 武装の差、数の差すらも、身一つで押し潰せる。

 それだけ、生命としての格が違う。

 

 そんな達人(アデプト)達を、サンドーヌは三人も従えていた。

 どれも、時の権力の傍へと仕えることを許された強者だ。

 

 

 

 

 

 そのうち二人は手駒達の指揮官として警護に当たらせておいて――シュテレーラの刺客どもに瞬殺された。

 

 

 部下共の不甲斐なさを責める気にすらなれない。

 仮にも達人級の手練をゴミ同然に吹き散らした時点で、奴らの格は見えている。

 

大魔級(ノーブル)……がほっ! ――奴らの根城には、あのような化け物が何人もうろついているというのか……おのれ、怪物どもめが……」

 

 人外の域と謳われる、大魔級(ノーブル)以上。

 

 『高貴』を意味する言葉を冠した、古来青き血の証とも言われる、超絶的な神秘の力。

 

 

 初めてこの目で見て、そして理解させられた。

 理解せざるを得なかった。

 あれは、正しく怪物だ。

 排除しようにも、倒しようがない。

 「()()()()()()()()()()()()()()()」などと語られるだけはある。

 

 大魔(ノーブル)を倒せるほどの実力者となれば、同じ大魔(ノーブル)以外にはない。

 もしくは、大国が運用する核融合兵器・反応兵器の類。

 

 だがどれだけ権力があろうと、裏の一介の商人に過ぎないサンドーヌに、そんな連中を味方につける伝手も金もありはしないのだ。

 

 

 

「テグジなら……いや無理だ! あやつでも大魔には勝てん!」

 

 最後の一人。

 第一の側近、右腕たるテグジもまた、彼に付き従う達人(アデプト)の一人だ。

 だがテグジであっても奴らにはかなわない、奇襲を仕掛けたところでなすすべなく殺されるのは目に見えている。

 

 大魔と達人、英雄と凡人の間には、大人と子供以上の差がある。

 

(今はテグジと合流し逃げるほかない! あやつは南のE2棟に控えている――合流して、必ずや逃げ切ってやろう……! 大丈夫だ、こうして追い込まれることも初めてではないのだからな……!)

 

 外部への脱出口を持つE2棟へ向けて足を動かしながら、必死に自分に言い聞かせるサンドーヌ。

 それが彼の唯一の希望だった。

 

 最低限、テグジさえいれば脱出は可能なはずなのだから。

 テグジの能力を、サンドーヌは誰よりもよく知っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()と、知っている。

 

 まだ打つ手はある。

 

「シュテレーラ……必ず、必ずや皆殺しにしてやるッ!! よくも、よくもおっ……私の全てを奪ってくれおったな!! 私の財を、私の商品を、私の築き上げた人生をっ!! 

 

 覚えておれ――いずれ、貴様らの全てを簒奪し、蹂躙し、凌辱し、崩壊させてやる――!!」

 

 

 怨嗟と、錯乱の末の暗い愉悦に、サンドーヌが声を震わせた。

 

 

 

 

 彼は知らない。

 

 己の受けた屈辱、抱く殺意。 

 

 それを鼻で笑えるほどに――既に彼らは怒り狂っており。

 

 紅く染まるその殺意の目で、彼を捉えていることを。

 

 

 

 

 『E1』と刻印された、バイオハザード防止のために重厚に造られた白扉。

 ここを抜ければE2棟、そして南の脱出口を通じて外部へとつながっている。

 

「さっさと開け……!」

 

 巨大な鉄製のバーを回し、押し出す。

 気密が解放される音と共に、扉が開いた。

 

 

「テグジ、おるかっ! 東口から撤退の準備、を…………?」

 

 

 

 そこで彼が見たものは。

 

 

「――あれ、こっちへ来たのか。うーん……エドラ達、さてはよそ見して見逃したな?」

 

 

 

「まあいっか。それで、ええっと――貴殿が【悪鬼侯爵】サンドーヌ殿で間違いないね?」

 

 

 

 切断されたテグジの頸を、団子よろしく刀で串刺しにし。

 

 

 夥しいほどの数の、死体と瓦礫を山積みにした。

 

 

 黒いコートを羽織った、人の形をした化け物の姿だった。

 

 

 





サンドーヌ

ようやく逃げ切れると思ってウキウキで扉を開いた。
絶望した。



テグジ

南無。



セヅキ

ホラー仕様。
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