Stella Break   作:無間ノ海

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因果応報、その鎖は誰も逸さず

 

 

 

 

 サンドーヌらがエヴァロンの研究を進めていた『アスカミュラ秘匿研究所』は、アスカミュラの森の奥深く、山の間に空いた盆地に隠れるように設立されている。

 その構造は、A~Fの6棟を、中央ブロックが連絡通路として繋げている形となっている。

 

 そのうちの、E棟。

 ここは、臨床実験施設とそのための試料保管庫――すなわち、世にも悍ましい『人体実験』が行われていた、まさにその場所である。

 

 

 

「…………オ、ア……」

「ウ……ウウウアア……!!」

 

 

「くそ、おいもっと解毒薬持ってこい! あと布団もだ!これ以上身体が冷えてしまったらまずいぞ。」

 

「いま本部に注文してる! 数分で着くからそれまで間に合わせろ!」

 

 

 エヴァロンの効果に精神をやられた、サンドーヌの『商品』たち。

 よほど雑に扱われたのか、全裸に麻布だけが巻かれ、傷跡が目立つものも少なくない。

 生物研究所だけあって施設自体は清潔ではあるはずだが、それでも傷口が膿んでいるものも中にはいた。

 

 彼らを前に、エネルギーラインが走る機甲が随所に付けられた黒いボディスーツを着た人たち――侵入を果たした、シュテレーラの医療部隊が怒号を飛び交わせる。

 

 

「『癒人舟(ゆうじんしゅう)』は?」

 

「ウルクラトの支部から来てくれてるけど、まだもうちょいかかるらしいわ――それまで最低限、この人たちだけでも応急処置を終わらせるわよ。ほらぼさっとするんじゃないわ賦活剤と心身維持装置さっさとありったけ持ってきなさい!!」

 

「「応!」」

 

 応援に呼びよせた、『癒人舟』。

 それは、シュテレーラと同じく、独自の神秘技術を擁する秘密結社――こと医療魔術にかけては、並ぶものなしの名医集団だ。

 その協力があれば、壊された心の完全治癒だって容易い。

 

 すなわち、彼らの到着まで何としても被害者たちの精神死を防ぐこと。

 それが、今回の任務だった。

 

 

 

 

 そのためにも、なんとしても手に入れなければならないものがここにあるはずなのだ。

 

「ハアッ、ハアッ……とりあえずはこれでいいか。頼むぞ、入っててくれ!」

 

 救護部隊の一人が研究所のを走り回り、中にあったハイエンドモデルのコンピューターの端子にメモリをねじ込む。

 そして、シュテレーラが誇る、電子戦最強の援軍を呼んだ。

 

「ミスカ、あとは頼む!」

 

『はいはーい待ってました! お任せでございますよー!』

 

 そう、ミスカだ。

 流石に機密事項を扱うだけあって、ここのコンピューターは、演算能力もファイアウォールもかなり強固だが――電子の幽霊を前には、障子紙も同然。

 

 そもそもミスカの侵入が出来なかったのは、コンピューターが全てスタンドアローン状態だったことが原因である。

 どれだけ優秀なハイパーマシンだろうが物理的切断には無力である。

 

 だが逆に、一度アクセスしてしまえば――

 

『ほいはいほいっとっ。開封完了です! ついでにパスワードも全部開けときました~。』

 

「よくやった!」

 

 瞬く間にデータファイルの数字が100%を示し、ハッキングが完了して中のデータが筒抜けになる。

 

「これじゃない、これじゃない、ええっと――あった!! 隊長見つけました! 『エヴァロン』の構造式と薬理、あと調合レシピです!」

 

『でかした! 直ぐにこっちに送れ!』

 

 そう、救護部隊が真っ先に探していたのは、エヴァロンの薬剤データだった。

 

 

 古今、薬というのは極めて厄介なもので、処方を一つ間違えるだけで容易く致死毒へ変化してしまう。

 毒と薬は表裏一体、というか同じものである。

 併用禁忌・過剰服用・副作用――薬の詳細が分からないまま下手に処置に踏み切るのは、リスクが高すぎた。

 

 まして神秘の絡む新薬となるともうお手上げであった、精密検査ですら正確な薬の作用を割り出すことはできない。

 

 完璧な解毒薬を導き出すためには、何としてでも薬のデータを手に入れることが必須だったのだ。

 そして今、それが手に入った。

 

「なになに――『本剤の効能は、セニオレゲインによる中枢神経系伝達の抑圧作用と、オリオルド(NN-223)の大脳皮質への直接的情報共鳴による知覚情報への反射反応励起によるもの』 よっしゃ! セニオレゲインとNN-223の中和剤なら両方揃ってる。これでここにいる人たちの処置ができるぞ!」

 

 ありったけの解毒剤候補を持ってきた甲斐があった! と救護部隊員は歓喜した。

 これならストックは十分な量がある、被害者たちの処置まで保たせることも可能だろう。

 それどころか、既に闇市場に流されたエヴァロンの被害者たちの治療にも目処が立つ。

 大収穫だ。

 

 メモリを引っこぬき、急いでミーティングルームを後にした。

 

 

 

 

 

「いたぞ――奴らは『E1棟』で留まっている!」

 

「E1は奴隷の保管牢だ。ちっ、奴ら奴隷共の解放が目的か? 逃げられるとでも思っているのか、こっちには重武装の兵士が50人はいるんだぞ。」

 

「逃がすな、総員かかれ! 必要なら奴隷ごと撃ち殺して構わん!」

 

 もちろん、サンドーヌの手駒たちが、大事な商品の略奪を、黙って見過ごすわけもない。

 侵入を検知した時から、完全武装の暴力のプロたちが次から次へと襲い掛かっていた。

 

 無論のこと、戦闘能力をほとんど持たない救護部隊がその攻撃を受ければ、容易く崩壊していただろう。

 

 

 

 ――故に彼らの不幸は。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()と、勘違いしたことに尽きる。

 

 

 

 研究所中央ブロックから流れ込む彼等は、Eブロックにつながる廊下のど真ん中に立つ、漆黒のコートを靡かせた男を見た。

 まるで幽鬼のようにゆらりと現れた、無防備な姿。

 

「侵入者の仲間だ! 撃て! 撃ち殺せ!」

 

「ギャハハハ! 一人だけ俺たちにで勝てるとでも思ってんのかよおっ!?」

 

「景気づけにゃあ丁度良いよなあっ!? おっ死ねや!」

 

 口元を悦楽にニヤつかせた黒服達が、ライフル弾を男に遠慮なく吐き出した。

 スーツで身なりを整えていても、所詮裏街道のチンピラでしかない。

 彼らにとっては、一般人とはマンハントの的か、犯して売り払うための肉人形だ。

 

 

 

 だから――

 

「助かるよ。処刑に心を痛めずに済む。」

 

 

 

 弾丸が到達する、その猶予、秒コンマ以下の時間領域にて。

 

 白刀が降臨し。

 それを握る右手が、少しだけ力を込めて。

 

 

「せめて、痛みがないように――。」

 

 

――烈日一閃:白衝(はくしょう)

 

 

 

 刹那、E1棟から中央ブロックにかけての、数百メートルの範囲。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『………………!!』

 

 声はない。

 痛みもない。

 

 それを感じる前に、サンドーヌの部下たちは――「文字通り蒸発し、消滅したのだ」から。

 

 桁外れの神秘が込められた、衝撃波。

 それは断熱圧縮の凄まじい熱量も相まって、森ごと彼らを消し飛ばすのに、十分な威力を誇っていた。

 

 

「ん……ちょっとやり過ぎたかな? 余計なものまで消し飛ばしちゃったかも。研究所をあんまり破壊するのは良くないし。

 まあ、これでも私は【処刑人】なんだしね――ルル姉が殺すって決めた以上、私は決して逃がす気は無い。鏖殺する。」

 

 神罰、災害に等しい大撃を、息をするように放ち――研究所を一撃で半壊させた男。

 

 

 【灰劫】翡雨セヅキ。

 彼は目を細めた無表情のまま、焦げそうなほどの熱を帯びた息を吐いた。

 

 

 

 

 

「すっ、すっげえ……あんな人がこの世にいんのかよ……!」

 

「おいぼさっとすんな新入り! あとで頼めば幾らでも見せてもらえるから今は救護に集中せんか!」

 

「あっ、はっはい! すみません!」

 

「……別に私だって、こんな無駄な大規模破壊なんて、やりたくてやってるわけじゃないんだけどなあ。」

 

 セヅキは苦笑した。

 

 

 

 

 ――世界の裏街道に身を潜める、数多くの結社勢力。

 彼らが保有する、世界中の『警戒すべき強者』の情報を集積しているデータベースには、こう記載されている。

 

 曰く。

 「翡雨セヅキの出現が確認された場所は、大抵の場合、『灰』だけを残し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 莫大という表現では足りない神秘のエネルギーは、ただ手足を振るうだけで、雲を吹き払い大地を叩き割る、異常の剛力を与える。

 

 生き物だろうが建物だろうが、その地形ごと全て砕かれて、灰の底。

 場合によっては、その灰すら燃やし尽くす、劫火の地獄が顕現する。

 それが、【灰劫】の忌み名の所以。

 

 

 シュテレーラ随一の、単騎型「広域破壊・殲滅担当」メインアタッカー。

 

 それが、翡雨セヅキの役割だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が燃え焦げ、膨大なエネルギーの余波で空間が歪む元・通路。

 唐突にそこに、もう一つの気配が現れた。

 

「なるほど。なぜ防備を固めるべき癒者を差し置いて、悪名高い【鮮血詩人】と【羅刹剣鬼】を攻撃に差し向けたのか、ほとほと疑問でございましたが――」

 

「……」

 

 何処か間の抜けた空気の中、パチパチと軽薄に響く拍手が、不気味に空気を舐めた。

 セヅキがゆっくりと振り向いた先、E2棟の廊下には、病的に白い肌の、細身の中年男が、限りなく薄い気配とともに立っている。

 

「――戦うたびに周りを地獄絵図に変えてしまう、あなたの邪魔にならないため、ですか。呪わしき忌み星、【灰劫】。噂に勝る猛りぶりですな。流石は『連盟』の保有する、最悪の人間兵器と謳われるだけはある。」

 

 ここにリンがいればブチ切れて即座にコイツの頸を殴り飛ばしていただろう。

 「あたしの仲間を侮辱するな!」なんて叫びながら飛び掛かる絵面が目に見える。

 

 だがセヅキは、眉一つ動かさない。

 とっくにその扱いは自覚しているし、受け入れているからだ。

 

 ついでに言えば、犯罪者の言うことを真に受けるほどアホらしいこともない。

 これからこの世から消えてなくなる奴の言うことに、どれほど価値があるというのか。

 痛烈な皮肉をさらりと流し、セヅキは天霊の切先を突き付けた。

 

 

「私は君たち悪党を狩りつくすための生体兵器だ、否定はしない。だから遺言を聞く気は無いぞ? 生憎と、おしゃべりに興じる気分じゃないのでね。

 ――できれば、首を差し出してほしい。無駄に苦しめる趣味はない。」

 

 

「これはこれはご丁寧に。その妄言が果たされぬことを残念に思いますよ、フッフッフ。

 ――申し遅れました。サンドーヌ様の第一の忠臣、テグジと申します。この名を、冥土の手土産になさるが良い。」

 

 

 クルクルと手慣れた動作で短剣を手の中で回す、痩せた男。

 見た目こそ貧相なようだが――感じる圧は、先ほどの雑魚共とは比較にならない。

 

「では――我が主人に、あなたの死を捧げましょうぞ。」

 

 

 刹那、距離が殺される。

 音のない見事な踏み込み、暗殺タイプの戦士か。

 

 それを見抜いて、セヅキは腰だめに天霊を構える。

 

「虚夜を払え、白陽の息吹――」

 

 慌てることなく、天霊を大きく三振り。

 

 

 

 

――烈日一閃:白火弾(びゃっかはじ)き――三連

 

 

 

 長引かせる気はない。

 速攻で叩っ斬る。

 その意思を乗せた三連斬りの余波は、かろうじて原型を残していたE2棟ブロックの残留施設を今度こそ全壊させた。

 

 土埃が舞う。

 見えないが第七感には手応えがなかった、回避されたか。

 

「私が最も得意とするのは、あなたのようにパワーだけ大きいような脳筋の首を刎ねること……鈍亀のように重いあなたの動きでは、私を捉えることなど叶いませぬ――死になさい。」

 

 覆われた視界から、悪意に満ち満ちた声が響く。

 一瞬それに気を取られたところに土を切り裂いて飛んできたのは、回転しながら交差するように飛ぶ二本の短剣。

 

「んっ……!」

 

 天霊が十字斬りを放ち、短剣を粉々に打ち壊した。

 

 土埃が吹き飛ぶ。

 視界が開けば、黒い影――テグジが、セヅキの周囲を縦横無尽に飛び回っているのが見えた。

 

(ほう、我が投擲をあのように容易く……ですが私の速度は達人級の中でも上位! ただ衝撃波と魔力放出を撒き散らすだけしか能のない翡雨セヅキが捕捉することなど不可能!)

 

 敵の周囲を猛スピードで駆け回りつつ、テグジは確信する。

 最早こうなれば、何処からでも奇襲を仕掛けられる。

 

 麻痺毒が塗られた短剣をさらに、三本、五本、十本と投げていく。

 セヅキは最小限の動きで短剣を弾くも、それに手一杯でテグジ本体には攻撃が届かない。

 

 かつてテグジは、この速度と類稀な短剣技術を活用して成り上がった、凄腕の暗殺者であった。

 どれほど格上であったとしても、スピードと隠密により一方的に嬲り殺せる。

 

 今回とて同じことだ。

 人間兵器などと大仰な。

 所詮パワーだけしかない醜い獣を、嬲って切り刻み、その急所を射抜いてやるだけ。

 楽な仕事だ。

 

(――ここですな!)

 

 テグジの暗殺者としての観察眼が見抜いた死角。

 そこに目掛けて滑り込むように、天井を蹴り砕いて突進した。

 セヅキは未だ、その凶刃に気づかず。

 

(おさらばです――ついでに、ここに来ている【鮮血詩人】【羅刹剣鬼】の首も、手土産としてあなたの愛するシュテレーラに送りつけて差し上げましょう!)

 

 背後より、無防備な盆の窪を、テグジが逆手に持つ遺物の短剣が狙う。

 情けのない死に様だと心の中で嘲笑った。

 

 どれだけの魔力を保有しようとも、こちらの攻撃が知覚できないなら強化が間に合わず無意味――!!

 

 

 

 そんな甘い幻想は。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、終わりを告げた。

 

 

 

「…………はっ? ――オゴッエッッ!!?」

 

 

 気づけば。

 テグジの身体は、肩口から左半身が消えてなくなり、下半身が切り飛ばされ、四分の一の欠片となって。

 

 

 そして、心臓を刀で串刺しにされていた。

 

 

「ガハッッ――カッッ!!」

 

 テグジの口から、勢いよく血が吹き出す。

 息ができない。

 横隔膜が動かない。

 

「はあ――達人級ともなると流石に頑丈……パーツになるまで切り刻んでも死なないなんて。まあ、苦しめるだけかもしれないけど。」

 

 残念そうにため息をついたセヅキを見て、テグジはようやく理解した。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 まるで羽を捥がれ、串刺しにされて焼かれる鳥のように、刀を突き刺されて。

 そうして、ようやく事態を認識できたのだ。

 

(バカな、バカなバカなバカなバカなっ!! ありえん、ありえない! この私が、このテグジ=リャンは、これまでスピードで負けたことなどなかった! こんな、このようなことが……!)

 

 雑魚と見下していた相手に。

 何よりの誇りであるスピードで敗北し、あまりにも、呆気なく切り刻まれた。

 そして今、失血と臓器喪失で、限りなく死に追い詰められている。

 

 プライドを踏み躙られ、死の間際にいるはずのテグジの脳が、激情で真っ赤に染まった。

 頭がおかしくなりそうだった。

 

(いやまだ――まだだッ! あなたの失敗は、私を無能力と侮ったこと。その傲慢故に――あなたはここで死ぬのだッ!!)

 

 確かにスピードは自分の自慢ではあるが、あくまでメインウェポンであるというだけ。

 伏せていた切り札は、別にある。

 

 そしてそれこそが、サンドーヌが彼を、第一の懐刀として傍に置いていた理由だった。

 

 

 

――魔法発現――

 

 

 

――【此岸への楔、彼岸への帳(アン・アケロニアス)】――

 

 

「!」

 

 その瞬間。

 死んだはずのテグジの心臓が鼓動を取り戻し、突き刺さったままの天霊を締め上げた。

 

 

「――オオオオオォォアアアア!!!」

 

 同時に、一瞬にして再生を果たした左腕と共に、テグジの上半身がセヅキに殴り掛かる!

 

 ――ドドドドドドドドドドドッッ!!

 

 殴打の余波が地面を砕き、土埃を捲き上げる。

 

 串刺しとなった死に体の上半身が、しかし反撃の乱打を放つ怪現象。

 その理由は一つだ。

 『死者は生き返らない』という、この世の絶対法則を覆す力――すなわち、魔法。

 

(そう、私は魔法使い! 【此岸への楔、彼岸への帳】の力は、私の精神が破壊されない限り肉体の再生を続ける、まさしく不死身の力! 私を殺したと勘違いした人間は、必ず致命的な隙を晒すのだ――このまま殴り殺してくれましょう!)

 

 拳が加速し、増速し。

 殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って殴って。

 

 

「ぬうううぅぅぅ……ハアァ!!」

 

 ドドンッ! ととどめの二連打が無防備なセヅキの脳に突き刺さった。

 

 粉塵で見えないが、確実に殺した手ごたえがあった。

 

 

 勝った。

 あの【灰劫】に。

 

 

 起死回生の状況を、己の魔法で覆したのだ。

 

 

「は、っははははは――は?」

 

 なのに。

 そのはずなのに。

 

「……人が黙っていれば、散々殴ってくれるね。それにしても道理で不死性が高すぎると思ったよ、そういう魔法持ちだったのか。死に体なのに元気なことだよまったく……」

 

 土埃が晴れて、はっきりと視認できた。

 そこには変わらず、呆れを隠そうともしない、無防備な敵の姿。

 

 服こそ少し乱れてはいるが、奴には――翡雨セヅキには、およそ一切の傷が付いていなかった。

 

 

「ばかな、なぜ……!!」

 

「おかしなことを聞くんだね? 今まで私たちが、何万人の魔法使いと戦ってきたと思ってるの? 貴方のような不死者の類は珍しくもないし、完全に殺しきるまで油断なんてしないよ。――それにしても」

 

 

――私の身体に届かないなんて、随分軽い拳だね。

 

 

「!!?」

 

(ふ、ふざけるな――ふざけるな! 奴は、奴の肉体は、私の不意打ちの拳すらも、無意識下の魔力強化だけで弾いたというのか!? そ、それでは……)

 

 自分を含むサンドーヌの戦力、その一切合切が、奴には何一つ届かないということではないか。

 

 最悪の現実を前に、上半身だけになったテグジの目が思わず真っ暗になりかける。

 この時点で、辛うじて機能していたテグジの理性は、彼に勝つことをさっぱりと諦めた。

 

(この怪物めが……だが)

 

 時間稼ぎなら、出来なくもない。

 

「ぐ――ふ、ふふふふ。ですが、逆にあなたは私の不死性を打ち破る力はないようですね? 聞いておりますよ。あなたは数多くの惨劇を撒き散らす災厄の力を持ちながらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。」

 

 テグジがニヤリと口角を釣り上げた。

 

「あなたが私からその剣を引き抜けば、その瞬間に私はあなたの大切な同僚たちを殺戮するでしょう。失われた下半身の再生など、十秒とあれば容易い。それでも構わないというのなら、サンドーヌ様を探しに行かれるがよい。」

 

 

 その苦し紛れの挑発に、セヅキは緋色の瞳を無感情に細めた。

 どうでもいい、そう言わんばかりに。

 

「――貴方は何か勘違いしているようだけれど。私は貴方を逃がす気は無い。必ずやここで仕留める。」

 

「ほう? 私の魔法の『不死』を貫けぬというのに、ですか。」

 

「そうだとも。私に『死』や『次元』の権能はないからね。だから、すごく原始的な手段になるけれど。」

 

 そういって、セヅキはにっこりと微笑む。

 

 

「――貴方が死ぬまで、その魔法と肉体を、私の神秘で無理矢理押し潰す。貴方の運命とその烙印(星辰)ごと、肉体を魔力の奔流で、塵一つ残さず浄滅する。」

 

 

「……は?」

 

「そうすれば、もう復活できないでしょう? 神秘はより強い神秘に希釈されるもの。いくら魔法だって例外じゃないよ。」

 

 

 

 つまりは、『死ぬまで殺し続ける』ということ。

 

 その言葉を聞いて、上半身だけとなった哀れな暗殺者は、サアッと血の気を引かせた。

 

 だってそれは。

 己の運命、己の可能性のすべてが、素粒子一つ残らなくなるまで、魔力の激流に晒されるということで。

 つまりは――死ねるまで、死すらも生温い、地獄を味わうということ。

 

 

 その恐怖に、ポキリ、と何かが折れた。

 

 

 

「や、止め…………!!」

 

「あ、心が完全に折れても再生できないだろうし、そっちの方が楽かもね。まあいずれにせよ、ここで貴方とはさようならだ。

 ――3、2、1、はい。」

 

 天霊を通して、セヅキの中で滾り続ける魔力の獄炎が、テグジの心臓に流し込まれた。

 

 

 次の瞬間、テグジの身体が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!!!」

 

 

 

 

 悍ましい絶叫と共に、暗殺者の肉体が、触れるのも躊躇われるような魔力の濁流に曝される。

 

 星辰が輝き、必死に身体を修復するが、それは津波を前に砂の城を修復するに等しい無謀。

 再生は全く追いつかず、細胞が溶け続け、神経が炙られ続け、骨は焼け焦げて、魔力すらも吞み込まれる。

 

 

 永遠とも思える苦痛の味わい続けたのち――実際のところは、30秒程度だろうが。

 

 とうとう、左目に輝く星辰の光は失われ。

 

 

 後に残ったのは、心臓と上半身、首の焦げた残骸だけ。

 

 とっくにそこに、生命の気配はなかった。

 

 

 

「そぅ――れっ。」

 

 念のため、焦げた屍骸を空中に放り投げてさらに細かいパーツに切り刻み。

 

 最後に、刎ねた首を脳天まで貫いて、今度こそとどめを刺した。

 

 

 

 

 

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