Stella Break   作:無間ノ海

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【亡朽】、降臨

 

 

 

「おーい、こっちこっち!置いてっちゃうぞー!!」

 

「待ってよー、あははっ!」

 

 今日も今日とて元気な子供たちの声が、長閑な街に響き渡る。

 追いかけっこだろうか、泥だらけでもなお元気いっぱいである。

 走り回る子供たちを見守っていたのは、散歩に付き合っていた彼らの母親たちだ。

 

「ふふ、みんな揃ってやんちゃねえ。」

 

「まったく何時まで経っても落ち着きのない……晩御飯までには帰ってくるのよー!!」

 

『はーいっ!』

 

 絶対分かってないだろうな、と子供たちのお母さんは思った。

 

「そういえば聞きました、奥さん? この間、南の方の国で隕石が落ちてきたらしいですよ。それも三つも!」

 

「凄い偶然よねえ。やーねえ、最近は物騒だもの。つい前にも爆発事故があったんでしょう? ウチも防犯設備とか入れとこうかしら。」

 

「うふふ。でもミリルタは平和ですし、考えすぎかもしれませんわね。」

 

 穏やかな住宅街には、昔ながらの小さな家々が並んでいる。

 車が行き交い、パンの甘い香りが漂い、公園の草木は揺れる。

 窪んだ土地に築かれた、穏やかなベッドタウン。

 

 

 辺境都市ミリルタ。

 商工盛んな共和国、セザール――その南東に存在する、職人や商人たちの羽休めの場所であった。

 

 

 

 

 

 

 そんなミリルタの、ちょうど中心から北東部。

 

 あまり大きくない、もはや人が立ち入ることすら無いに等しい、忘れられた小さな山がそこに存在していた。

 

 その嶺には、一際目立つ、大きな橋が。

 山から流れ落ち、岩場を切り開く小川を渡すように架かっていた。

 

 かつては山に訪れる者たちを出迎える雄姿を誇っていたのだろう、昔ながらの鋼鉄の橋。

 

 しかし今では、過去の揺るぎなき盤石も何処へやら。

 赤錆だらけ、穴だらけ。

 鋼条(ワイヤロープ)だって何時切れてもおかしくない。

 ネジも緩みきって、今にも崩落してしまいそう。

 

 

 そんな寂れた鉄橋が、孤独に雨曝しにされていた。

 

 

 

 ―――ソレに意識はない。

 

 

 

 ―――ソレに、言葉はない。

 

 

 

 ―――ソレは、意思を持つに満たない、ただの金属。

 

 

 

 それでも。

 だとしても。

 

 雨風に侵され朽ちてゆく鉄橋の『魂』は、ゆっくりと蠢く。

 

 ソレに与えられた運命(定義)が、変質を許す。

 

 

 

 『(人間)を支える。』

 

 鉄橋の、その存在定義は、事ここに至っては最早果たせないだろう。

 

 朽ちてゆく。

 錆びてゆく。

 崩れてゆく。

 

 自然の輪廻が、己に充てられた定義を封じてしまう。

 

 本当は、寂びてゆき、朽ち果てていくことだけが、その鋼鉄の橋に許された、最期の歩みだった。

 

 

 

 

 そこに。

 

 黒い手が、触れた。

 

 腐り侵され錆びてゆく。

 ソレが辿るはずだった運命の条軌(レール)

 本来なら触れることも、認識することも叶わぬはずのそこに、黒い手は無遠慮に触れた。

 そして、ぐしゃぐしゃとかき回す。

 

 『手』は書き換えてゆく。

 

 鉄の橋が抱える『老朽』に、その悍ましい指が触れ。

 子供が粘土を弄るようにこねくり回し。

 

 

「。」

 

 

 そして囁いた。

 

 流れ込む、漆黒の力。

 

 

 

 そしてソレは――――否、()は。

 

 

 ―――――――――――――――――!!!

 

 

 声なき絶叫と共に、無限の神秘を吐き出し、ミリルタの全域を覆い尽くした。

 

 

 

 ――龍史暦41950年。

 6月3日15時39分22秒。

 

 

 

 【亡朽】の神秘災害――其が、完全降臨を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星海の塔、最上階――機関長室。

 そこには、可憐な顔を難し気に歪めた、シュテレーラ機関長:曙海ルルカの姿があった。

 

 いつも羽織っているコートはなく、インナーからは肩口と背中の白い肌が艶めかしく露出している。

 

 ルルカの前に浮かぶ鏡面スクリーン――実際に、割られた鏡のような歪んだ造形をしている――には、『Sound Only』の文字が浮かんでいる。

 彼女が口を開いた。

 

「そう。じゃあ天櫻に運び込まれたことまでは察知できても、その先が特定できないんだ。」

 

 ルルカに応答したのは、深遠さを醸しだす、威厳ある老人の声。

 シュテレーラと同様の、先進的な魔術開発と世界的な影響力を強みとして持つ魔道結社――『トゥライドーン』。

 老人は、その長だった。

 

 彼等は今、とある遺物の捜索を共同で進めているのである。

 その結果の共有だが……結果は正直、芳しくない。

 

「そうじゃなあ。例の遺物については、捜索を深めてもなかなか尻尾を出さんのだ。ウチからも探索向きの魔法使いを何人か送り込んだが、影のように足取りを掴めなんだ。最低でも、至天者級(クラウンド)がペンダント周りの隠蔽に関わっていると見ていいじゃろうな。」

 

至天者級(クラウンド)? また面倒な話になって来たね……」

 

 ルルカは目を逸らすように天井を見上げた。

 思ったよりも大事である。

 

 至天者。

 この世に生けとし生ける生命の、その理論上の頂点に君臨するランク。

 種族の王権所有者。

 冠位に見初められし者。

 星に根付いた一個の生命でありながら、崇高に輝ける王冠である。

 

 その力は、凡人の一軍に匹敵する。

 

 その次元の人間が扱う隠蔽の力となれば、確かにいくら人員と金をつぎ込んでも無駄だろう。

 たとえ単独犯だとしても、相手はたった一人で小国の軍隊と同等の能力を行使できる。

 隠蔽能力だってそこらの諜報機関とは比べものになるまい。

 常識をすっ飛ばす魔法まで絡んでくれば、もうお手上げだ。

 

「もちろんこちらの手駒にも至天者は何人かおるがの、流石に軽々には動かせん。各国上層部には此方の人員のリストを公開しておるから、確実にバレて大バッシングじゃろうな。」

 

「だろうね。名の知れてる至天者を使うって、そういうことだし。」

 

「はあ……世知辛いことじゃがな。まさか一般市民を巻き込んでドンパチするわけにもいかん。花火の火傷程度では済まぬしのう。」

 

 音声だけの相手が溜息をついた。

 

 公には公開されていないが、各国や結社などの集団勢力は、大魔級以上の強大な戦力は当然のようにマークしている。

 

 そして一軍に匹敵する至天者が動くということは、安全装置の外れた核兵器がそこらの市街地を平然とうろついているようなもの。

 それだけで、すわ戦争か、と関係各所が大騒ぎになるのである。

 

「至天者を確実に潰せるのは超越者(オーバード)だけ……ならアナタが直接出れば? どうせ一日中ヒマしてるんでしょう。たまには頭を動かさないと、いよいよ本当にボケ老人になっちゃうよ。」

 

「ほっほ、よりによってこの儂にボケの話題とは。可愛らしいトゲネズミじゃった君の悪口のキレも、年々落ちておるようじゃのう。もっともな指摘じゃが、可愛い部下も危険に晒してしまう以上儂らは現場には出れんよ。君も『こっら側』じゃ、その苦悩は痛いほど知っているだろう?」

 

 なぜ年寄りはこうも遠回しな言い方を好むのだろうか、ウチの妹みたくバッサリ喋ってほしいのだが。

 頭痛を覚えながら、ルルカは少し語気を強めた。

 

「あのね、発生した神秘災害を実際に叩くのはワタシたちの仕事なの。そっちの不備をこっちに押し付けないで。仕事だからって、うちの子たちを必要以上に危険にさらしたくないの。

 

 ――あれ?」

 

 

 舌戦が佳境になりかけたころ、ルルカの手元の端末が赤く染まり、緊急コールが鳴り響いた。

 

 起動すると、焦ったようなエイネスの声が届く。

 

『ルルカ! 悪いけどすぐ降りて来て。――神秘災害の降臨よ!』

 

「! 確度と神秘深度は? 今動かせる子たちはどれくらいいるの?」

 

『まだ調査中! 手の空いてる滅相者は……合流を待てば四人は出せる!』

 

「ミスカを通じて全員呼び出しなさい、急いで!」

 

 即座に指示を飛ばし、トゥライドーン側との通信も切る準備をする。

 もはや一介の遺物に関わっている場合ではない。

 一刻も早く、降臨した神秘災害の方を対応せねば。

 

「悪いけど切るね、それどころじゃなくなっちゃった。」

 

「構わぬよ、またあとで話そう。おおそうだ、今度は本部で、直に顔を合わせようではないか。たまには顔を出しておくれ、孫がおらぬ老人の一人茶会は寂しくてな。」

 

「……うちの子たちの分も、いいお茶を用意しておいて。それで手間代はチャラにしてあげる。じゃあね。」

 

 スクリーンを切り、立ち上がる。

 

 手元の端末からは、シュテレーラ全構成員に送られているであろうレッドアラートがひっきりなしに鳴り響いている。

 

 

 

 

「……何度も何度も、何度潰しても湧いてくる……!」

 

 神秘災害――嗚呼、我らの敵。

 

 人類の天敵。

 星を蝕む癌。

 この世で最も悍ましい――狂える神秘の永久機関。

 

 何度人を襲えば気が済む。

 何度世界を滅ぼそうとすれば気が済む。

 

 お前達は何処から湧いて出るのだ。

 どうして地球を襲い、恐ろしい造物と法則で、地上を穢し尽くそうとするのだ。

 

 まだ自然災害ならば納得できた。

 魔獣に殺されるなら、食物連鎖の因果として納得できた。

 

 

 だが――ただただ理不尽に、死よりも恐ろしい神秘を振り撒くお前達を、許せる人間なんているものか。

 

 死すらも奪う、時すらも奪う、そんなものが何故生まれ落ちてしまうのだ。

 

 この世に『悪意』というものがあるなら、それはお前達だ。

 

 

「なぜ……あなた達が存在を許されるの。どうして罪のない人を奪っていくの。――どれだけ、ワタシ達の幸せを壊せば気が済むの。」

 

 透明な声が、低く低く染まり。

 少しだけ、声の波長に魔力が乗った。

 ただそれだけで端末の映像が乱れ、部屋中がミシミシと歪むような音を立てる。

 

 まるで、主人の怒りを恐れるかのように。

 

 

「いいわよ。こっちだって、この薄氷のように脆くて、とても綺麗な世界を護らないといけないの。

 

 ――お望みなら、何度だって叩き潰してあげる。」

 

 

 バキ、と黒岩の机に罅が入った。

 

 

 

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