Stella Break   作:無間ノ海

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対【亡朽】戦線

 

 

 

 ルルカから大至急発信された招集命令を受け取った人員は、全員が即時に長の前に集結していた。

 

 曙海リン、翡雨セヅキ、凩にエドラ・ジャグリール。

 シュテレーラの滅相者――すなわち、主力メンバーのうち四人が集まっている。

 

「おやすみをあげたところなのにごめんなさい。また急に呼び出すことになっちゃった。」

 

 開口一番、申し訳なさそうにするルルカに、リンは首を振った。

 

「遠慮しないで、お姉ちゃん。あたしに気を遣われて被害がもっと拡大する方が嫌だもん。」

 

「ふふ、そっか。ありがとうリンちゃん。」

 

 花やぐような笑みを浮かべる麗しき乙女たちに水を差したくはないが、今は緊急事態だ。

 居合わせていたエドラが苦笑しつつ先を急かした。

 

「それでボス、一体なにがあったんだい?神秘災害の可能性――この時点で只事じゃないだろ? あるだけの情報は渡して欲しいんだけどな。」

 

 エドラの目は笑っていない。

 

 

 『神秘災害降臨』――つまるところ、シュテレーラの本業のお時間だ。

 

 

 それは万単位の人命喪失すら容易く発生しうる、最悪のシチュエーション。

 誤報でないならば、何があろうと対応を最優先する必要がある。

 後手を誤れば冗談抜きで、国家の消滅すら視野に入るのだから。

 

 ルルカは頷いた。

 

「ウルジア大陸の南東部―――『セザール共和国』のミリルタ市で、魔力濃度の急激かつ不自然な上昇が確認されたの。あそこには超越者級の強者や魔獣は確認されてないし、魔道犯罪者の類も少ない場所だから、普通に考えればありえない。十中八九、神秘災害だろうね。」

 

「うーん……『邪気』はなかったの?」

 

 セヅキが訝しむように首を傾げた。

 

 邪気。

 それは神秘災害から放たれる忌避感、つまるところ『嫌な感じ』だ。

 しかしただの気配と侮るなかれ。神秘災害が放つ邪気というのは、心の弱いものならそれだけで嘔吐や発狂を起こしかねないほどの凄まじいものである。

 

 この邪気があるために、もしも神秘災害が完全降臨しているなら一目でわかるのだ。

 何せ山のようなゴキブリがそこにいるようなものである、気づかない方がおかしい。

 

「そのためにウルジアの支部から調査員を何人か派遣したの。でも……2時間前に、ミリルタに近づいた人からの全信号が突然ロストした。調査員からの通信はもちろん、ドローンなんかの無人機もね。   

 ――もちろん、市民の人たちの安否も不明。報道機関やSNSも完全に沈黙してる。」

 

「え!!?」

「む。」

「それは……」

 

 全員が驚愕しつつも、顔を引き締めた。

 仮にも秘密組織のエージェント、全員がそこらの諜報機関など比較にもならない手練集団である。

 それが市民たちと共に全員ロスト。

 凄まじい惨事としか言いようがない。

 

 ブリーフィングをまとめていたエイネスが口を挟んだ。

 

「みんな優秀な連中よ。少なくとも私達に少しでも伝えるべきことがあるなら、命に代えても情報を持ってきてくれるのは間違いない。……なのに、全員が沈黙した。」

 

 その意味が判らない者は、ここには居ない。

 リンは顔を青ざめ、ルルカは何かを食いしばるような真顔だ。

 そして男性陣は……今まさに、刃が研磨されているようにその視線を鋭くしている。

 

 

 モニター上には、ミリルタ市のホログラムをぐるっと取り囲むように真っ赤なエリアがマークされる。

 

 すでに神秘災害に吞まれ、同化したと思われるエリアだ。

 

「辛うじて分かったのは、まず一つ目に、今回の神秘災害が領域型ってこと。つまり神秘災害の本体――『災禍コア』を中心に、立体領域型に影響が感染するタイプね。」

 

「えーっと、領域型は割とメジャーなタイプだよね。あたしも何度か戦ったことがあるけど、災禍コアさえ破壊してしまえばとりあえず拡大は止まってくれるんだよね。」

 

「そうなるねえ。まあ、そもそも災禍コアに近づくだけでも命懸けなんだけど。向こうの抵抗も半端じゃないだろうし。」

 

 切り込み隊長を務めるリンは思い出す。

 

 神秘災害は、その吐き出す神秘の特性と拡大の仕方で、幾つかの種類に分けられる。

 

 降臨の起点である『災禍コア』を中心として。

 そこから、球状・円状に神秘が拡散していく領域型。

 ウイルスとして、生物の身体に感染する感染型。

 災禍コアそのものが一個の怪物として暴れ回る覚醒型。

 情報ベクターがコアであり、人の意識や電子データを通じて曝露し思考を乗っ取る情報型。

 物理構造や化学結合自体が変質し、周辺を別世界へと変貌させる異界型。

 ――などなど、その種類はまさに千差万別。

 

 この内、今回の領域型はまだ対処がしやすい部類に入る。

 コアを破壊した上で、影響を受けた建物や生物を破壊し尽くせば鎮圧できるはずだ。

 

 エイネスがさらに幾つかの数値を場に出す。

 神威エネルギー・相互魔力作用・時空間格子・重力ベクトル・次元膜――ミリルタ周辺の空間の状態を表す数字の全てが、異常値を示していた。

 

「二つ目に分かってるのは、ミリルタ周辺の時空間が異常に歪曲しているってことね。特に時間へのダメージが酷いわ。ほんの一瞬だけど、ミリルタ周辺の時間が早回しにされているのを観測している。その一瞬で観測機が振り切れてぶっ壊れたわ。」

 

 その言葉に、セヅキが目を見開いた。

 

「時間の早回し――もしかして【亡朽】かな。」

 

「ええ、可能性は高いと見てるわ。」

 

「……? セッちゃん、【亡朽】って何? あたしたち多分出くわしたことないよね。」

 

「リン……あんたせめて過去の降臨記録のデータアーカイブくらいには目を通しときなさいよ。私達の生命線じゃないの。敵の記録くらい知っとかないと、いざというとき本当に死ぬわよ。」

 

「うっ……ざ、座学は苦手で御座いまして……」

 

 縮こまる妹に、優しく口を開いたのはルルカだ。

 

「【亡朽】――時間を加速させ、生命や物体に『老い』を強制する神秘災害。300年くらい前に降臨の記録があるの。今回は領域型で顕現してるから――領域内で魔力強化が切れたら、あっという間にお婆ちゃんになって死んじゃうね。」

 

「ついでに言うと死ねるのならまだマシな方だよ。当時は何千年分も老いてるのに、老い続けるだけで死ねない人が何人も出たらしいから。」

 

「ひいっ!?」

 

 セヅキの恐ろしい補足にリンが縮み上がった。

 

「人の劇を勝手に終わらせ、挙句大団円のフィナーレを迎える権利すら奪うか。詩人としても許し難いなあっ!」

 

 【亡朽】の神秘災害――影響範囲内の時間軸を歪め、全ての物質を強制的に腐敗・老化させ、朽ち果てさせる神秘をばら撒く神秘災害。

 

 その力は『老い』を与え、しかし『死』を奪う。

 【亡朽】の与える不老不死は、人類が夢に求める長生の類ではなく、ただの恐ろしい拷問のような呪いだ。

 

「待って! じゃあミリルタの中の人達はもう……」

 

「……ええ。全滅でしょうね。良くてミイラ化、下手すれば完全に【亡朽】の端末に成り果てていると思うわ。」

 

 ルルカが、金色の瞳で皆を見据えた。

 

「ワタシが全責任を取る。もしも侵食された人を見つけたら――楽に、してあげて。」

 

 

 

 初手から重い情報に辟易する皆に、エイネスが話題を変えた。

 

「それと今回の【亡朽】は領域型だから、一般人を絶対に入れないようにしないといけない。逆に言えば入りさえしなければ大丈夫だから、とりあえず影響範囲内全域を立入禁止にしてもらってるわ。」

 

「実際に、セザール共和国の警察がミリルタ市に続々と集まってきてるの。彼らの進入の方は、ワタシから政府に圧力をかけて止めさせてるから安心して。」

 

「感謝する。素人に出張られても困るのでな。奴らの糧になってしまうだけだ。」

 

 

 凩の言葉は厳しいが、事実だ。

 最低でも大魔級程度の魔力を持つ人間でなければ踏み込んだ瞬間に死ぬ。

 この世の9割の人間では抗うどころか、そもそも戦いの舞台にすら立てやしない。

 

 シュテレーラでは、戦闘要員は最低でも大魔級以上、というルールがある。

 大魔級――戦艦やら要塞やらと同一視されるようなバケモノが、それでさえも最低レベルなのだ。

 常識で見ればイカれ狂った戦力基準だが、対神秘災害戦ではそれ以下は役立たずどころか餌でしかないので仕方がない。

 

「お仕事取っちゃうね――ごめんね、警察の人。」

 

「流石に天災との戦いは警察の仕事ではないんじゃないかなあ……おまけにただの自然災害じゃなくて、神秘災害だし。」

 

「いずれにせよ、うちの諜報部と研究部が命懸けで割り出してくれた情報はここまでよ。続きは分かり次第どんどん転送していくから、端末を外さないでね。」

 

『了解。』

 

 

 最後に四人を見て。

 ルルカは沈痛な表情で、だが毅然と宣告した。

 

「彼らの奮闘を無駄にはしない。幸いロストした信号の中心点から、『災禍コア』の位置は特定できたの。空路を取り付けてあるからすぐに出立してね。

 

 ――それではこれより、対【亡朽】討伐戦を開始します。

 

 

 

 全員が、一二もなく是と返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ざざ。

 

 

 ―――ざざざざ。

 

 

 ―――ざざざざざざざざざざざざざ。

 

 

 

 

 名状し難い音が、大地に響く。

 掠れるような、擦れるような。

 

 それは少しづつ、されど確実に進む、崩壊の足音。

 建物が、街路樹が、道路が。少しづつ朽ちて崩れ、砂になってゆく音。

 

「……う……あ……!」

 

 

 

 ミリルタの地は、すでに退廃に蝕まれていた。

 

 穢れに、満たされていた。

 

 

 街を構成する鉄という鉄、金属の類はすでに赤く錆びついている。

 芯の底まで錆びている。

 虫喰いのように孔の開いていない部分を探す方が難しい。

 鉄骨、車、街灯に自販機まで。全てが赤黒く錆が浮いていた。

 けして朽ちぬはずの黄金すらも、この地では錆び果ててしまうのだろう。

 

 

 コンクリートの類はその全てが見るも無惨にどす黒く変色し、触れればそれだけで砂に還ってしまいそうだ。

 その建造物は伸び放題の蔦や雑草によって侵蝕され、苔生してひび割れて……そして、その緑の侵略者たちですら、白く朽ちて萎びていた。

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()4()()()

 

 

 そのたったの4時間で、穏やかなミリルタの街は、千年が一瞬にして過ぎ去ったような、朽ち果てた巨大な廃墟へと変貌していた。

 

 

 

 

 そして、人々は。

 

「……い、いぃ……」

 

 ―――果たしてこれを、人間と呼称できるのであろうか。

 

 少なくとも、否定を返す者の方が多いのではなかろうか。

 

 涸れている。

 干からびている。

 

 骨と皮だけが残り、水分の一雫に至るまでもをカラカラになるまで搾り取られた生体組織の集合体。

 ネクローシスによってドロドロに腐敗した肉体は蟲と細菌によって喰われ、その腐敗すらも干からびたことで停止していた。

 

 骨と、涸れた腐肉を混ぜたゾンビ。

 ミリルタに居た人々は、残さず其へと変貌していた。

 

 

 

 

 ……そして、何よりも恐ろしい現実。

 

 倒れている彼らは、だが胸を掻きむしりたくなるような無情な渇きに従い、空へと手を伸ばす。

 

「……ぉ……え……!」

 

 

 ()()()()()()

 

 

 彼らは生きているのだ。

 

 臓器の大半が機能を停止し、細胞が残さず壊死を起こし、身体がぐちゃぐちゃに崩壊して風化して――尚、その生命機能が生きている。

 

 脳が無いのに生きている。

 心臓と肺を食われて生きている。

 骨がボロボロになって、肉が干からびて、尚もだ。

 

 ――それは決して祝福ではない。

 断じて幸運ではない。

 何故なら、それは生き地獄だからだ。

 

 細胞が破れて菌や蟲に喰われ、肉体が腐り落ちていく。

 風が肌を撫でる度、身体が削られる。

 その、恐ろしい激痛、嫌悪感。

 

 それを彼らは、発狂すら許されず知覚している。

 それを強制されている。

 神経系など、とうに死んでいるというのに。

 

 

 

 彼らは動くことも、生きることも、そして死ぬことすら許されず。

 

 ただただ、与えられる『老朽』という不死の祝福――つまりは生きたままの慈悲という名の地獄を、永劫に甘受させられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいどうなってんだっっ!! ミリルタん中はどうなってやがる!! まだ連絡がつかねえのか!!」

 

「ダメです警部補! 電波、物理回線、思念波、超位相共振全部届いてないです!」

 

「車も航空機も死にました! 転移術式の類も全部弾かれます……入れません!」

 

 ちくしょうが、とセザール共和国国家警察所属、ランガー警部補は親指をその鋭い犬歯で噛み締めた。

 血が滲んでも構わない。

 いやむしろその気色の悪い鉄味で頭を冷やさなければ、苛立ちのあまりに脳の血管が千切れそうだった。

 

 その理由は、彼の目の前にある大型建造術式の突貫工事で建築された巨大なバリケード――その先にある、ミリルタ市だ。

 

 

 ミリルタに存在する全ての機器からの通信が途絶えたことに、セザールの警察本部はすぐに気がついた。

 監視カメラ映像や警察署との連絡はおろか、市民の電話やネット通信の類まで全てである。

 すぐさま警察本部から命令が降り、確認に行けば。

 

 

 

 ――そこには遠目でもわかるほどにずたぼろに朽ち果てた街と、それを覆うように更地になった大地があった。

 

 

 

 一体何をどうすれば、こんな地獄でも見ないような凄惨な光景になるのか。

 邪神の類でも降臨したというのか。

 それとも何処ぞの馬鹿が次元乖離兵器でも撃ち込んだのか。

 

 尽きぬ疑問は山ほどある。

 が、彼らが最優先に危惧したのは、ミリルタに取り残された無辜の市民

 ――何の力も持たないまま、災厄の地に置き去りにされた、無力なる者達の安否であった。

 

 彼らを保護せねばならない。

 何一つ現況が判然としない最中であっても、彼らは捧げた職務にいたく忠実であった。

 

 しかし。

 

「ふざけんなよ……なんで何もかも踏み込んだ瞬間ボロクズに変わりやがんだ! なんなんだこの術は!?」

 

「警部補危険です! 下がってっ!」

 

 ミリルタからジワジワと今も広がっている、円形に拡散する不可視の領域。

 

 一般人でも背筋が弥立つほどの濃厚な神秘を漂わせているそれは、ともすれば広がっていく結界のようにも見える。

 

 そしてその内側に踏み込んだものは、車であれ、ドローンであれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いざ集結したは良いものの、この特性のせいで警察も軍も立ち往生。

 バリケードを構築して、これ以上民間人が踏み込んでしまわないようにするのが精一杯だった。

 

 悠々と空を舞う鳥が領域を超えた瞬間、無残な白骨死体に変貌する様を見る限り、人間が例外であるなどと考えるのは楽観が過ぎるというもの。

 血気盛んに踏み込もうとした現場連中を押し留め、まず無人機による偵察を提案した上層部は有能だったといえよう。

 

 そしてそんな異常空間の中に、人口何千人を超える街が丸々一つ取り残されているというのだ。

 考えれば考えるほど、焦燥と苛立ちが募る。

 

 

「!? あん?……チッ!」

 

 そんな時、ピルルルと鳴った端末。

 

 このクソ忙しい時に何処の何奴だとキレそうになりながらも見れば、相手は警察本部のオペレーターだった。

 流石にここで無視するほど頭に血は昇っていない。ランガーは電話に出て耳に当てる。

 

 次の瞬間、辛うじて保たれていた理性が完全に吹っ飛んだ。

 

「―――はあっっ!? 一体全体何処のバカだそんな指示出しやがったのは!! 上のヤツに替われ!!

 

 ()退()()()だと!? ミリルタにまだ残ってる連中を見捨てろってのかっ!!」

 

 下ろされたのは、撤退の指示。

 つまりは、目の前の街に残る人々を見捨てて下がれということだ。

 許せるわけがなかった。

 

『そ、そうは言っても警部補! これは政府からの指示なんです! 行政通じて軍の方にも行ってるはずです!』

 

「余計にダメじゃねえか! お偉方はナニ考えてやがる!!」

 

 よりにもよってそんな上のところから指示が来るなど、いよいよもって怪しいことこの上ない。

 現場のことを何一つ知らないままイカれた指示を出した連中にいよいよ怒鳴りつけようとした正義漢な警部補だが、次の一言に頭を冷やさざるを得なかった。

 

『だから落ち着いてください!――――話によれば、これは【特務案件】です。既に指揮権は取り上げられてます。』

 

「……あの胡散臭い与太話かよ。信じられるかそんなもん!」

 

 

 特務案件。

 

 『手に負えない』あるいは『表沙汰にすべきではない』とされる大事件を指す警察内の隠語だ。

 数は少ないが、ここセザール以外でも世界的に確認されている。

 

 この場合、国は鎮圧ではなく隠蔽に全力を投じる。

 

 では誰が事件を解決するのか、という話だが、これが胡散臭い。

 なにせ、『正規軍でも警察でもなく謎の勢力が鎮圧を図る』とだけしか言われていないのだ。

 

 国が極秘裏に抱える機密部隊だの、国際的に活動する傭兵団だの、正体すらも明らかではない謎の武装勢力。

 その正体は警察本部ですら噂程度にしか判っていないナニカだ。

 

 そんな良くわからないヤツに、緊急事態を丸ごと任せなくてはならないだと?

 現役警察官からすれば腑が煮えくりかえるような事態だった。

 

「お偉方がその『秘密兵器』とやらにどんな期待をしてるか知らねえがな、連中に信用が置けるかなんて誰もわからねえだろ。下手すりゃそいつらが犯人なんじゃねえのか?」

 

『でも現状誰も踏み込めるような人がいないんです! 警部補だって判ってるでしょう!?』

 

「……ちっ。」

 

 舌打ちしつつも、その通りだとランガーは心中で頷く。

 めっちゃくちゃ嫌だし、あまりにも腹立たしいことだが、打てる手が自分たちに無いことは少なくとも事実なのだ。

 最優先は被害者の安否。そこに自分のちっぽけなプライドなど無価値である。

 

 だったら怪しくとも何でも、藁であろうと掴む他ない。

 それが理解できているからこそ、余計にムカつくのだが!

 

 もはや最近はめっきり見なくなった紙巻煙草。

 ふかし終えたそれをぐしゃりと踏みつけ、バリケードの向こう側を見据える。

 

 忌々しい腐敗空間は、街一つ飲み込んでなお余程腹が減っているらしい。

 未だにゆっくりとではあるものの、未だにジワジワとその侵食を広げていた。

 

 

 それを親の仇かというほどに睨みつけ、若き警部補は無力感を噛み潰すように歯を食いしばった。

 

「――しくじったら承知しねえぞ、問題児どもが……!」

 

 

 

 

 そんな時。

 

 

 

 

 ――――ドガァァァンンッッ!!!

 

 

 耳を劈く特大の爆発音と共に、世界が揺らいだ。

 

「どわぁぁぁっっ!!?」

「なんだ、地震か!?」

「狼狽えるな、市民を保護しろっ!!」

「頭を守れ! 建物に近づくな!」

 

 ぐらぐらぁっと地盤が揺らぐ。

 

 体幹の弱い者なら思わず膝を突いてしまうほどの大激震に、怒鳴り声をあげていた警部補も思わず口を閉ざした。

 咄嗟にも指揮が飛ぶ練度の高さは流石に歴戦の警官や軍人たちだが、今重要なのは未曾有の大災害が起きているこの瞬間に、予兆なく地震が起きたという事実。

 

「ちいっ、このタイミングぜってぇ偶然じゃねえな……一体何が起きてやがる……」

 

「け、警部補っ!! あれを!!」

 

「ああなんだよ! 何が……」

 

 その時、ランガーは見た。

 

 一瞬たりとも思考を放棄したのは現場指揮を担う警官として恥ずべき失態だが、それも仕方ないと人は言うだろう。

 

 

 

 

 

 ――遠近感が狂うほどに、巨大過ぎる噴煙。

 

 ――その向こうに輝く、劫火、迅雷、竜巻、波濤。

 

 

 

 

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