Stella Break   作:無間ノ海

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老いの天幕の下で

 

 

 

―――作戦開始。

 

「「「「了解。」」」」

 

そのオーダーが降りた瞬間、時速400kmという高速鉄道並のスピードで地上を突っ走っていた四人の滅相者たちは、そのままのスピードで一切の躊躇無く神秘災害()のフィールドへと足を踏み込んだ。

 

 

「ぐっ!」

 

 その瞬間に、視界が濃緑の薄気味悪い色へ染まる。

 

 肌越しにビリビリと感じられる、凄まじい濃度の魔力。

 深海の水圧よろしく、空間の全てがこちらを圧殺しに来るかのような、狂おしい圧迫感と忌避感。

 

 えげつない『邪気』が心臓を圧迫し脳神経を狂わせ、一秒でもここにいることを生物としての本能が拒絶する。

 

 内側の街並みの光景は薄気味の悪い灰色に染まり、吐き気を催すほどの濃密な神秘が嵐のように荒れ狂っている。

 空気が腐敗し、澱みに澱みきったような気配は、ただ触れるだけでもこちらが朽ちてしまいそうだ。

 

 此処なるは、世界を侵す天幕。

 

 その内側に入り込んだ「正常」は、満ちる魔力によってゴリゴリとその存在を削られ侵略される。

 

 

 

 ――だが、『滅相者』とは。

 

 そんな異常そのものを滅ぼすためだけに脈々と編み上げられた、人の形をした生きた兵器だ。

 

「――弾け……!!」

 

 魔力強化。

 疾走しながらも外皮の内側で巡る魔力がこんこんと湧き出し、四人の肉体を別次元の強度へと押し上げる。

 その強度は物理的特性に留まらず、四方八方から押し潰し侵そうと襲い来る神秘を跳ね除け、その身体を蝕むことを許さない。

 

 『神秘には、より強力な神秘にて対抗すべし。』

 

 目には目を、歯には歯を。

 そして、神秘には神秘を。

 

 神秘同士は中和する。

 それこそが古今東西のあらゆる魔術・魔法戦における鉄則であり、対神秘災害戦の基礎中の基礎。

 強固な魔力で、あるいは術で身体を護り、敵の同化を封殺する。

 

 並の人間が踏み入れば即死、あるいはそれよりも酷い目に遭うであろう異界の災害。

 その中で何不自由なく戦闘を行えるだけの、身に宿した強大極まりない神秘こそが、滅相者と成る為の最低限の条件であった。

 

 

 

「ぐぅ、これヤバ……気を抜いたらすぐにでも持ってかれそう!! みんな大丈夫!?」

 

 リンが絶叫した。

 正直思ったよりもキツイ。

 何とか奴の神秘を弾けてはいるのだが、気を抜けば一瞬で身体が腐り果てるという確信があった。

 相手の神秘の出力が想定よりも高いのだ、影響が少ないはずの外縁部でさえこれなら、コア付近はまさに地獄だろう。

 どれだけ凄まじい神威をぶちまけているのか。

 

「問題ない、自分の心配をしておけ。――やはり領域型か。災禍コアを潰すまでは拡大が止まらんな。相も変わらず忌々しい化外の気配だ。」

 

 顔色一つ変えず、凩は淡々と分析を続ける。

 

「……エドラ、リンちゃんにバフをお願い。私と凩さんは大丈夫。」

 

「安心したまえ親友。既に終わらせているとも!」

 

「流石。」

 

「っちょ、あたしも大丈夫だってばッ! そのバフ効果って、もっと先の戦いで使うべきでしょ。まだ入ったばっかりなんだよ!」

 

「横着しないの。深海の中で無理矢理息をしてるようなものなんだから、今から無理しちゃ駄目。」

 

 セヅキとエドラも走りながらも何一つ苦しげな様子もなく、抵抗力の低いリンへのサポートを進めている。

 リンの強がりはすぐ却下された。

 

 

 

 疾走し続ける四人の前に出現する、不気味に風化した廃都。

 

 それを前に、吟遊詩人が明るく声を上げた。

 

「さてさて、本日初仕事だ。このエドラ・ジャグリールが開戦の号砲をご覧に入れよう!」

 

「やるなら早くしろエドラ殿、まもなく接敵するぞ。」

 

 

 ばっさりと凩に切り捨てられるも気にする風でもなく、凄まじい速度で突っ走りながら鳥羽帽子の吟遊詩人は手にした竪琴をかき鳴らす。

 

 ぽん、ぽろんっ。

 ぽろろん。

 

 美しく弾かれた弦から転がる音が反響し――それだけで、エドラは戦場における敵味方の間合いを正しく掴んでいた。

 

「端末を確認! 人型57! 距離500だ!」

 

 叫ぶエドラが言う通り、荒野に成り果てた大地の先には、不気味に蠢く人型の何か。

 

 ぎぎ、ぎぎぎと錆びついたブリキ人形のような動きだが――最悪なことに、その身体はどう見ても、肉と骨で出来ていた。

 カラカラに渇き、蟲喰いと腐敗で朽ちているが、人間だ、間違いなく。

 

 老人も、子供も、男も女もいる。

 

 だが決して無事とはいえまい。

 もう、手遅れだ。

 

 その誰もが生きた死屍と堕ち、理性の欠片もない目でこちらを見据え、機敏な動きでこちらへ襲いかかって来ているのだから。

 

 糸で吊られた人形のように、あまりにも生命感のない動作で、こちらへと手を伸ばして走って来た。

 

「くっ、遅かったか……やってくれるものだ。」

 

「――こんなことして、ただで済ませるもんか。元凶見つけて全部ぶっ壊してやるっ!!」

 

 歯噛みする大剣使いに、苛立ちに狂う少女拳士。

 

 『同化』し、神秘災害の端末と成り果てた人間の、哀れな末路。

 きっと今も悍ましい苦痛に苛まれながら、生き地獄を味わいながら、手先として操られているのだろう。

 

 

 憐憫すらも渇こうかという惨状に、真っ先に『紅蓮』が、静かに激昂した。

 

「……私がやる。」

 

 凍るような、燃えるような不思議な音が漏れ出す。

 彼らの姿を認めた瞬間に溢れた主人の殺意に呼応し、既に起動済みだったコアの回転率が更に跳ね上がり。

 

 胸に手を当て握りしめ、秘められた星の火を引きずりだした。

 

「――――ッアアァ!!」

 

 スーツの胸部から噴き出した魔力と熱が、セヅキの身体を燃やす。

 

 ギュオゥ――!!と、途方もなく濃密な魔力が真紅のオーラとなってコアから噴き出し、火山噴火の如く爆発的に溢れ出す。

 セヅキの烈火のような赤瞳や、黒髪に混ざる緋色が、さらにその『赫』を深くした。

 

 その様を見て、思わずエドラがほくそ笑んだ。

 

「っハハ、やる気じゃないか親友! 障壁展開、3秒後でいいかい!?」

 

「構わない。任せた。」

 

 打てば響く自称・親友にその他の諸々を全て任せ、右手を腰だめに構えた。

 そう―――まるでそこに、見えぬ鞘と柄があるかのように。

 

「大丈夫だよ。貴方達の報いはこの身に変えても、きっと果たすから――だからもう、どうか休んでくれ。」

 

 踏み込みと共に、無手にて虚空から抜き放つ。

 

 その手には刹那、真っ白な愛刀が顕現した。

 

煉華(れんが)――――。」

 

 ッッドォンッッ!!!

 

 抜刀。

 

 血を煮え滾らせるような灼熱と共に振り抜かれた一閃が生み出した、斬撃の波濤。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、神秘を極限まで破壊力学に転用した鉄槌が。

 摂氏6000度を超える熱波の大河となって、哀れな被災者達の肉体を砕き、嘗めた。

 

 肉も皮も、髪の一本すらも残さず骨の髄まで焼き尽くす。

 行使者の殺意と慈悲が架空の業火へと姿を変え、そこに存在した全てを破却した。

 

 

 ……されど、味方の三人は無傷。

 

 

 エドラの竪琴が零した音。

 それはとろりと溶けた飴のような不可視の壁となって、三人だけを守りきっていた。

 唄い手の宴幕に血飛沫は御法度。

 そうである以上一級の詩人にとって、戦火を吹き散らす程度、造作もない。

 

 黒く焼け焦げた、何もない大地を一見だにすることなく、四人は更なる魔境の深奥へとその疾走を緩めない。

 

 

 

 そうして、走り続けること1分も経たず。

 ミリルタの街が見えてきた。

 

 

 

 

 ――――亡びきった、廃都の街が。

 

 

 

 

 

「酷い……!」

 

 リンが、息を呑んだ。

 

 朽ちている。

 銹びている。

 

 神様が時計を早回しにし、何千年を一瞬にして経過させられたような、壊れた世界がそこにあった。

 

 建物たちには罅が蜘蛛の巣を刻み、硝子は割れていないものの方が珍しく、鉄骨の骨組みや基礎しか残っていないものも少なくない。

 あちこちの鈍色の土砂でできた小山たちは、高層ビルが基礎ごと崩れ落ちたその末路なのだろう。

 

 溶けたガラスが混ざった潰れた金属塊にしか見えない何かは…自動車の類だろうか。

 ビルですら一瞬で腐食する地獄だ。薄っぺらい金属板程度では、原型を残すことすら難しかったのだろう。

 

 かろうじて原型を残す建物や標識には、雑草が生い茂り、大樹に絡まれ養分にされて……しかし、その緑色ですらも死に果てていた。

 

 あちこちで腐臭を上げながら蠢く黒い塊。

 その正体は考える必要もあるまい。

 骨に成り果ててもなお蠕動するナニカ。

 その肉体に閉じ込められるのは、どれほどの苦痛だろうか。

 

 ぼうと。

 不意にその視線がこちらを向いた。

 罅割れたガラス玉のよう。

 苦痛すら抱けなくなった、絶望で染められた、虚無色の眼差しだった。

 

 この街を満たすのは、亡び。

 

 逃げることすら許されない。強制される、老朽そのもの。

 

 

 

 これぞ、世界を滅ぼす神秘災害。その一角。

 

 

 万物に訪れる、老い、あるいは寂び。

 それが無限に広がり続ける呪いの災いと成り果てたのが、この――――【亡朽】の神秘災害である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骨組みだけが残った、苔むしたビル残骸の屋上に四人が陣取る。

 ここから見下ろせば、ある程度街の様子が見て取れる。

 

 敵の本拠地を前にしての、最後の作戦会議だった。

 

 

「【亡朽】の神秘災害……私も見るのは初めてだ。完全降臨すればこんなことになるのか。」

 

「本部には文面記録だけが残ってたけど、いやはや直に見れば酷いものだね。感染型じゃないだけまだ侵蝕スピードはマシではあるけど……降臨阻止ができなかった以上、すぐに破壊に移るべきだろうさ。」

 

 あまりにもな凄惨な光景に、セヅキが呆然とする。

 エドラの軽口も、事ここに至っては笑うことすらできない。

 

 【亡朽】の神秘災害。

 爆発的に広がり続ける、老朽化の概念空間。

 時間の悪意とも呼ぶべき其の悲惨さは想像を絶していた。

 

「惚けている暇はあるまい。一刻も早く、核を探し出し、破壊せねばならん。エドラ殿、索敵は可能か。」

 

「んー……いや、流石に無理かな。いくらなんでも魔力(ノイズ)が多すぎる。この波動をわざわざ解析するくらいなら、さっさと自分の足で直接『災禍コア』を探した方が早いよ。」

 

「解析用の演算装置もここには持ってこれないしなあ。」

 

 神秘災害というのは、何もない場所から霧のように現れるのではない。

 『既存の物体・概念』をベースにして、それを無作為に拡大する形で出現することが大半だ。

 

 つまり何処かに、大元となった神秘災害の『本体』が存在する。

 その本体を、『災禍コア』と彼らは呼んでいた。

 【亡朽】であれば、老いた生物、あるいはある程度質量を持つ朽ちた物体がコアになっているだろう。

 

 災禍コアを探し出して真っ先に潰すことこそ、対神秘災害戦における鉄則中の鉄則だ。

 ここが生きている限り、神秘災害は収まらない。

 どれだけ潰しても復活する。

 故にその位置というのは、鎮圧成功に直結する最重要情報だった。

 

 

 そのために、索敵も可能とするエドラがいたのだが…それでもわからない以上は、自分の足で探すしかないだろう。

 

 

「相変わらず便利なのにイマイチかゆいとこに手が届かない能力だねー……」

 

「レディ、君のその素晴らしい罵倒の攻撃力は(亡朽)にこそ発揮すべきだと思うんだ。」

 

「まあまあ。」

 

 妙に辛辣なリンのぼやきをセヅキが宥める。

 

 一応フォローするなら、実際エドラの力は防御に索敵に支援と、ことサポーターとしてはトップクラスに優秀な能力だとセヅキは感じている。

 そうでなければ確定で味方を巻き込む自分の攻撃力を、何も考えず初手でぶっ放してなどいない。

 

 

 ちょっと逸れ始めた話題を軌道修正した。

 

「話を戻すけど災禍コアの座標、ルル姉はある程度判明しているって言ってたね。地図で見た感じ、もう少し先の方にあった記憶があるけど。」

 

「奥の方にある山の麓の街並みか、あるいは山の中だろうな。とはいえ道中の同化者も無視してはおけん。」

 

 ここで時間を食うわけにはいかない。

 こうしている間にも災害の範囲はどんどん広がっていく。

 

 そう決したリンが、がちんと拳を突き合わせた。

 

「なら、とにかく取り込まれたものを片っ端から砕いて回ろう!手分けして探さないと終わんないよ。あたしたちがすべきことは殲滅、それは変わんないでしょ?」

 

 その瞬間、他三人の思考も一瞬で切り替わった。

 

 敵は鏖殺。

 災害は尽滅。

 災いを封じる滅相者の思考に。

 

「そうだね。私がいつも通りに最前線で突貫して、コアまでの道を開くよ。皆は私の後について適宜フォローしてほしい。」

 

「良かろう。露払いは俺が務めよう。」

 

「よぅし、いつものフォーメーションだね。防御とデコイはあたしに任せて。エドラさんはバフとシールドをお願い!」

 

「任された。最高のものを用意して見せよう!」

 

 何度も何度も、一緒に死線を潜り抜けた仲だ。

 この面子で、今更連携に不備などあり得ない。打てば響くように役回りが決まる。

 

 

 

 最後に、セヅキが言い含めた。

 

「言うまでもないけど、災禍コアの抵抗は相当にきついはずだ。油断すれば反撃で殺される可能性もある。絶対に気を抜かないでね。私は大霊碑に皆の名前を刻みたくないんだから。」

 

「ははっ、言われなくても分かってるよ。僕だってせっかくの休日に鎮魂歌(レクイエム)なんて御免蒙る。吟遊詩人の役目は人を夢へ連れていくことであって、慰めることじゃないんだからさ。」

 

 災禍コアへ迫れば迫るほど、奴らはその存在を維持しようと防衛反応を示してくる。

 異常性の強化などまだ可愛い方。

 時には端末を無尽蔵に生み出したり、周辺の地形や法則を弄繰り回して罠を張ったりと、徹底的にこちらを殺そうとしてくるのだ。

 

 

 ――何度も何度も、その恐ろしい悪意の塊のような反撃を見てきた。

 ――何度も何度も、ゴミのように吹き散らされた仲間を見てきた。

 

 

 最後の最後、息の根を完全に止めるまで、絶対に油断していけない。

 殺しきる。

 何があろうとも。

 

 そんなドス黒い殺意を顔には出さず、セヅキが刀を抜き放つ。

 他の面々も、拳を握り、大剣を背負い、竪琴を構えた。

 

 

「よし、じゃあ出発しますか! 出来る限り急ぐから、頑張ってついてきてね? こっからはブレーキかけられないんだから。」

 

「あいあい、まかせてっ!!」

 

 言うや否や。

 

「うぉ―――――りゃぁあっ!!!」

 

 

 怒号と共に青年の白刃が振り下ろされた。

 

 

 衝撃波。豪熱。

 

 爆轟と共にビルが弾け飛び、すでに脆化していた鉄骨が、周辺の岩盤ごとまとめて吹き飛ばされた。

 

 

 此度の『亡朽』討伐戦。

 その二度目の、開戦の号砲である。

 

 

 

 

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