Stella Break   作:無間ノ海

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貪食の花

 

 

 もう一人の調査人員、セヅキは海岸線から見えていた湖にやってきていた。

 霧の間から覗き込む朝日に照らされ、透明な水面をきらきらと輝かせる数百メートルほどの湖の傍に立っている。

 

「重金属や毒素成分の検出は無し。水質汚濁は0.01ppm以下、人間が飲めるくらいには綺麗な水。やはり自然に出来た地形にしては種々の特性が妙に人工的………」

 

 保存用の術式が刻まれたカプセルに採取した水を入れ、ちゃぷちゃぷと掻き回す。

 奇妙な程に綺麗な水に疑問符を浮かべるセヅキ。

 

「うーん分からないな……普通に生成されるタイプの地形ではない、か。」

 

 こてん、と首を傾げた。

 

 そもそもこの島の正体には見当すらついていない。

 なんせ存在が確認されたのが3日前だ。

 特大の空間歪曲反応が検出されたと同時に、霧と共に突如出現した無人島。

 

 なんとか島の様子と、周辺海域の情報を大慌てで諜報部の人員がかき集め、

「ここまでしか分かんなかったんで後は突撃して調べて来て下さいお願いしますッ!!」

とセヅキ達の下に指令書が送られて来たのが昨日の深夜。

 今頃医療部門のベッドはデスマーチ後のエージェントで埋まっているはずだ。

 

 最強たる彼らのトップは現在別件で組織にはおらず、結局荒事にも対応できる人員を、水陸両用の超音速小型飛行艇で、直接島まで出荷するというなかなか乱暴な作戦(割といつものことだが)が決定し、ある程度手が空いて仮眠をとっていたリンとセヅキが緊急コールで叩き起こされ、そのまま飛行艇に詰められ島までカッ飛んできた………というのが事の顛末である。

 

 そんなわけで今も割とお眠な頭を働かせているのだが、魚はおろか微生物すらほとんど住めない透明な湖の様子を鑑みれば、おそらくは。

 

「誰が人為的に作った島の可能性が高くなってきたな…無人島を開墾したんじゃなく文字通り一から。」

 

 あまり愉快ではない結論に、少し青年は眉を顰めた。

 

 ありえない話ではない。

 この世界に存在する技術を最大限駆使すれば、コストはかかるが一から望んだ環境の島を構築することは可能だ。

 

「だけど一体何のために?それに島を丸ごと転移で飛ばせるだけの術なんて…いや、転移よりかは隠蔽のほうが現実的か…」

 

 ぶつぶつと思考を整理しつつ、もう見るものはないと湖から去ろうとした瞬間だった。

 

 

 べゴォッ、という鈍い音と共に突如セヅキの近くの地面が隆起する。

 

 そしてそこから、緑色の長いなにかが飛び出して来た!

 

 軌道からして彼の頭を盛大に刎ね飛ばすか、頸を潰す気だったのだろうその緑色は。

 しかしセヅキまで後一歩のところまで飛来し。

 

 

「おいで――『天霊(あめだま)』」

 

 

 ――そして、バラバラに弾け飛んだ。

 

 振り切られた彼の右手には、優美な印象の一振りの湾刀。

 

 

 それは、異様な刀だった。

 

 鞘も、柄巻も、石突も、鍔も、そして刃先すらもが全てが色を失ったような純白。

 唯一、振り切られた刀身の峰だけは、まるで翡翠で鍛ったような、美しい深碧の色。

 

 続けてボゴッ、ボゴッと同じような隆起が発生し、その隆起に穴を開けて何本も飛び出して来たのは、やはり先ほどと同じ得体の知れぬ蛇っぽい何か。

 肉を骨ごと抉るのには十二分な威力を持つそれを、縦横無尽に白閃が切り刻む。

 

「ん、随分とせっかちなお客様だね………たっ!」

 

 軽い声掛けとは裏腹に、繰り出される斬撃は強力無比。

 間合いに踏み込んだ先から触手が砕かれ、破片となって吹き飛んでいく。

 

 10秒ほど刻んでいると流石に相手も学習したのか、攻撃は止んだ。

 

「これは、もしかして植物の根?ということはこれは…」

 

 スライスした一片を手に取ってよくみてみると、成程確かに年輪のような、有り体に言えば植物や樹木の断面によく似ているのだ。

 

 同時、グラグラと地面が揺れだし、直径10メートルほどの地面が一気に隆起を起こす。

 

 慌てる事なくその場から瞬発で離脱した瞬間、地面が弾け飛んだ。

 

「おおっ………」

 

 

 頑強な地盤を弾き飛ばして現れたのは、5枚の巨大な赤い花弁を持つ、毒々しい色合いの花だった。

 

 直径何メートルもある特大の花を太く短い花茎が支え、何百本もの蔓を触手のように伸ばしている。

 そして花の中心には、鋭い歯を持った巨大な口。

 

 食虫植物――の進化系。

 俗にマンイーターとも称される、人喰らいの異形の花。

 

「なるほど、道理で全く自然の気配がしないわけだ。湖を含めこの辺りは君の縄張りだったわけか。これは失礼をしたかな。」

 

 この花は、根っこが変化した触手に触れた動物に強力な消化液を送り込み、体外消化して栄養に変え、吸い殺す。

 多少では仕留めきれない大型の動物の場合は……最も目立つどでかい口の出番というわけだ。

 

 湖の水も、もともと非常に綺麗なのはあるだろうがそれ以上にコイツが浄化していたのだろう。

 基本的に莫大なエネルギーを消耗するがゆえに、より積極的に動物を狩るように進化したマンイーターにとって、たっぷりの水場とそこに沸く虫や微生物はさぞ都合のいい栄養分に違いない。

 

 とはいえ、いくらなんでも巨大すぎる。

 マンイーターと呼ばれる植物は幾つかあるが、ここまでデカくなるやつはあまりいない。

 ほとんど動物のいないこの島のことを考えると、一体どれだけの栄養を食い尽くしたというのか。

 

「もしくは人工的に調整された変異種だったりするのかな?悪いけど、君に消化されるつもりはまだなくてね。勝手にテリトリーに入った手前、申し訳ないけれど…押し通らせて頂く。」

 

 青年は柄を握り直し、目を細めた。

 

 動物を狩れるほど高いパワーを持つとはいえ、あくまで体内の水分移動と魔力圧で動けるようになっただけの植物だ。

 言語を解する知能などあるわけがない。

 そもそも脳がないのだから。

 

 ただし、その旺盛な食欲だけは脳がなくても変わらないようで。

 

 何百という触手が、久々のご馳走(大型動物)を喰らおうと波濤となって押し寄せた。

 

 

 

 

 

 ―――そも、魔力とはなにか。

 

 現代人であればこの問いには誰しも何かしらの回答を返せるだろうが、しかし明確な答えを有している者もまたいない。

 ある者は定義不可能な量子レベルのエネルギーだと言い、ある者は創世の女神の加護であると語る。

 

 しかし誰しもが口を揃えて語るのは、これは万界に満ちる普遍の力であること。

 

 世の遍く理不尽の根底に潜むナニカだということ。

 

 ――そして、これをより十全に扱う存在こそがより『強者』であるということ。

 

 

 『魔力強化』。そう呼称される現象がある。

 

 魔力は流したり纏うことで、魔力を帯びた存在をあらゆる側面において”補強”するのだ。

 

 建材に用いればより頑丈に。

 武器に用いればより鋭く攻撃的に。

 そして生命体に用いれば、より強い筋力を、より速い速度を、より硬い護りを得る。

 

 仕組みこそわからないが、しかし常識として人は、そして魔力を知る生物はこのことを知っているのだ。

 或いは、無意識に重力というものを知覚しているように、それもまた生物に刻まれた本能だと嘯く者もいる。

 

 無論、何の鍛錬もしていない生命体の強化幅などたかが知れている。

 せいぜいぎっくり腰のおばあちゃんがいつもより重い洗濯物を持ち上げやすくなったり、子供たちのかけっこがいつもと違う順位になるくらいか。

 

 しかし裏を返せば。

 

 それを十全に認識し、コントロールできるならば。

 その強化を完全に受け止められるだけの鍛錬を積んでいるならば。

 

 ――それは最早、同じ生物ではないのだろう。 

 

 

 

 

 

 音速に迫る触手の鞭を、最低限の身じろぎだけで躱す。

 一歩、一歩。歩み寄る最中に飛来する攻撃が、不思議なほどに当たらない。

 

 さらに飛んできた一本の触手を。

 

「フッ………ハァッ!」

 

 流すように振るった湾刀で弾き、速度が落ちたところを両断する。

 

 袈裟斬り、振り下ろし、横薙ぎ。

 重心を落としてどっしりと構え、その場からあまり動かず見切った攻撃のみを確実に叩き切り、消耗させる。

 

 並みの人間であれば即座に串刺しにされ、溶かされているであろう攻撃を捌き切るのは、彼の非常に精度の高い魔力強化によるもの。

 

 細胞、神経の一つ一つに丁寧に魔力を流し込み、そのスペックを普段の数十倍にまで押し上げる。

 

 動作ごとに付随する筋肉の緊張と弛緩。神経細胞に流れる電気信号。

 それらを瞬間的に細かく認識し、魔力を制御し強化内容を変えていく。

 

 結果、青年は湾刀一本で触手の雪崩を捌くことに成功していた。

 

 

 獲物を仕留めきれず、逆に自分の身体が少しづつ、かつ確実に削がれていくことに焦ったのか。

 不意に攻撃が止み、シュルシュルと複数の触手が螺子巻かれて、一本の太い幹へと変化していく。

 

 巨大な花は、それを天高く掲げた。

 

 「あまり動かない相手なら、防御しきれない威力を込めて、逃げ場のない範囲攻撃で潰すべき」と本能が判断したのかもしれない。

 事実、その特大の触手が振り下ろされれば、先ほどのような弾き方はもう出来ないだろう。

 

 

 触手が傾き始める。

 

「その通り。その判断は正解だよ。だけど悪いね――ギアはまだ入れていないんだ、私も。」

 

 振り下ろされた触手が、セヅキの身体を磨り潰す…そのコンマ1秒前。

 

 その姿が消える。

 

 轟音と共に地面が弾け飛び、土埃だけが宙を舞った。

 

 

 その瞬間、『本来の速度』で背後を取ったセヅキが、練り上げた魔力を集中させた天霊を。

 

 花茎の付け根、中央部に隠された”真の茎”に叩き込んだ。

 

「君達の維管束内の水分圧力を供給・調整する心臓部………流石に此処を破壊されたらもう動けないだろう?」

 

 知能を持たない代わりに植物特有の恐ろしい不死性を受け継ぐ花の化け物。

 そんなヤツ相手にいつまでも根比べなどしていられない。

 

 大技を使わせ、その隙に弱点を破壊するのが一番だ。

 そのためにわざわざ最低限まで、速度と攻撃力を抑えていたのだから。

 

 急所に手をかけられているのに気付いたのだろう、慌てて触手がこちらに飛んでくるが。

 

 一手、遅い。

 

 

「術式駆動――【共振砕靱】」

 

 ――キイイイィィィィーーンン………!!

 

 

 瞬間、突き刺された鋒から、拡散する振動の爆発的解放が発生し。

 

 ドパンッ、と。

 

 その圧力により花茎がその太さの半分ほどを抉られ、溜め込まれた清水を噴き出しながら巨大な花弁は力無く傾いた。

 

 花の中で濾過された美しい清水が流れ出し、川となる。

 

 根を完全に破壊していない以上まだ生きているだろうが、再生にはかなりの時間がかかるはずだ。

 流石にこれ以上こちらを喰いに来るほど元気はないだろう。

 

 襲ってこないなら殲滅する理由はない。

 

 水分が抜け萎び始めた巨大な花弁や、花茎の中に隠れた蕊などを除菌済みのメスで削り始める。

 通常時では鋼より硬い花弁だが、流石に茎をへし折られてはその硬度も保てないらしい。

 

(やっぱり普通のマンイーターじゃない…遺伝子単位で操作されている。この島全体が人為的な手が入ったものなのはほぼ確定かな。)

 

 スキャナーで解析したところ、元は小動物を食べる程度の小さな品種だ。

 それがこのサイズにまで巨大化し、地面に潜み大型脊椎動物を罠にかけられるようになるだけの変異など、自然に発生するとは考え難い。

 

 こういった魔獣に対する生体改造は多くの国家で禁忌事項とされている。

 普通の動物でも罪に問われる可能性はあるが、魔獣は特に罪が重い。

 

 生態系への影響は勿論だが、過去に無茶な改造によって完全に暴走した魔獣が、一体で国家一つを完全に滅ぼしたことがあるのだ。

 その際は周辺一帯の国家総出で何とか討伐したという。

 

 

 ――そんな重罪をやらかした奴が、この島にいるかもしれない。

 

「想定よりもきな臭くなってきたな。急いで調査を終わらせてリンちゃんと合流しよう。」

 

 ただの自然発生した島にしてはやはり不可解な点が多すぎる。

 

 胸中で育まれる嫌な予感に急かされるように、セヅキは次のエリア――湖のほとりから奥側に広がる草原に足を向けた。

 

 

 

 

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