Stella Break   作:無間ノ海

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殺意は踊る

 

 

 ミリルタ外部、【亡朽】効果範囲から500メートルほど離れた場所。

 

 

 バリケードを構築していた警官隊と軍は、未だ【亡朽】の神秘に阻まれて立ち往生していた。

 

「うわあっ!!??」

 

 ぼん。

 ミリルタに向けられていた大きな観測機。

 その一つが莫大な神秘の波動に耐え切れず、魔導回路をショートさせて爆発した。

 

「あああぁぁ……貴重な魔力観測機が……500万はするのに……」

 

「人の命には代えられねえ。安い犠牲だ。」

 

「何を言いますか! これで三台目なんですよ!?」

 

 そんな技術者の哀しい叫びはともかく。

 ランガー警部補は未だ立ち往生する自分たちの情けなさに歯嚙みしていた。

 

 

 とはいえ、ただ手をこまねくのも癪だ。

 せめてわかる範囲のことは、後のために記録しておきたい。

 

「取れた数字はなんぼだ。」

 

「壊れる寸前に、メーターは5000ジードを示してました。」

 

「ちっ、いよいよ侵入は自殺行為ってか。」

 

 ジードは魔力という力場が生み出すエネルギー――神威エネルギーの密度の単位だ。

 熱や電気と同様、余りにも高ければ生存に支障が出る。

 

 20ジードもあれば身体が異常を訴えるだろう。

 そんな中での5000ジード。

 ランガーは口にしたくはないが……正直なところ、生存者はほぼゼロだろう。

 

「――――さっきから向こうで暴れ散らかしてる雷やら炎やら、アレは多分別の連中だよな。例の『特務案件』担当の連中か。」

 

「そうでしょうね。元凶である時空間の乱れとは、神秘の系統が違い過ぎます。」

 

 警察の分析部門所属のプロがランガーの知識を補足してくれる。

 

「もっともこんな魔力場の中でまともに動ける奴なんてほとんど人間じゃありません。至天者級(クラウンド)の魔獣が暴れているのでなければ、各国の大貴族とかエースクラスの虎の子の――――魔法使いでしょう。」

 

「……『魔法』か。また厄介なネタが飛び出してきたな。」

 

 現代において、魔法とは既に廃れた時代遅れの技術である。

 

 かつて――それこそ人類が土器なんかを初めて使い始め時代――では、神秘とは魔法であった。

 己の星辰を開拓し、魔法を見出した数少ない者たちが、その圧倒的な力を以て英雄となり、人々を導き支配した。

 実際に、雨を呼ぶ力や人々を鼓舞する力を持つ指導者の姿が、原始時代の壁画に残っている。

 

 しかし文明が発達するにつれ、科学の発展が人の力となった。

 術式というプログラムによって制御化され、誰であっても同様に扱える神秘――『魔術』が、科学と共に台頭したのだ。

 

 技術の進歩と共に求められた力。

 それは、圧倒的な唯一の個が持つ代替不能な『魔法』ではなく、多数の凡人が扱い大量生産に優れた『魔術』であった。

 

 

 ――だからこそ、数少ない現代の『魔法使い』は、往々にして脅威そのもの。

 

 それはつまり、魔法という使い勝手の悪い力を目覚めさせてしまうほどの強固な運命と、意思を持つということなのだから。

 

 意思が力の源である以上、その力と神秘は凡人のそれと一線を画す。

 

「俺もいっぺんだけだが、魔法使いの犯罪者とかち合ったことがある。確かに連中の実力はそこらの木端とは全く違ったな。無詠唱、思考一つで軽々と環境を書き換えていた。だとすりゃ、この老化の空間の元凶もトチ狂った魔法使いか?」

 

「どうでしょう。その割には破壊の仕方が雑過ぎます。どちらかといえば【邪神】のように、理性の無い無差別な神秘の塊のようにも思えますね。」

 

「思考能力を失った神様か。確かに十年前に、どっかの国で【邪神】が降臨したときも似たようなことになってたな。」

 

 ランガーは、努めて落ち着いて考えを口にする。

 それは思考停止のためではなく、気を抜けば市内へ飛び込んでいくであろう自分の身体を抑えつけるためだ。

 

 今もミリルタ市内で、災害のような攻撃を撒き散らす者たちを見据えて、歯嚙みする。

 

「さっさと終わらせやがれ……負けんじゃねえぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 【亡朽】の腹の中。

 空前絶後の時間災害の中、翡雨セヅキが一直線に駆け抜ける。

 

 彼の役割は広範囲殲滅型の時限式アタッカー。

 ソルヴェリア・コアの燃料として焚べられる身体はそう長くは保たないが、逆を言えばその時までは強靭な精神力で動き続けられる。

 つまりは――敵を敵地そのものごと剛力で粉砕する超パワーで、死ぬまで暴れ回ることこそが、その真骨頂。

 

「吹き飛べっ!!」

 

 ゴンッッ!!!

 

 朽ちた都市街の残骸が、幾つも砕け、宙を舞う。

 

 超硬質ポリマー素材と魔工金属で構築された頑強なビルが、嵐に吹かれた砂の城のごとく破壊され。

 その次の瞬間には空に浮かび、そして衝撃波に射抜かれて焼却される。

 翡雨セヅキは止まらない。

 吶喊の余波で廃墟と化した街をぶち壊し、ときおり右腕一本で100メートルクラスのビルを基礎から引っこ抜き、空中へぶん投げる。

 

(魔獣たちが暮らしていた、あの無人島の時とは状況が違う。もうこの空間内部全体が、【亡朽】の因子に曝露しちゃってる。

 ――塵ひとつ残さない。全部滅却する。)

 

 

 

 だからこそ。

 

 ――雷鳴が轟き、宙を舞った幾つものビルの破片を、今度こそ木っ端微塵に粉砕した。

 

「セッちゃんこっちに飛んでくるビルの量少ないんだけど! ほらもっと頑張ってっ! 浮かせてさえくれればあたしが全部ぶっ壊してあげる!」

 

「それで調子に乗って、前に大きめのビルに叩き潰されただろ! あまり飛ばしすぎるな! 今回はヒーラーがいない、怪我をすればそれっきりなんだから!」

 

「へーきへーき、まだまだこれからなんだから!」

 

「ああもう……!」

 

 好き放題に地面を均すセヅキの周りを飛び回る、白い雷の化身。

 

 稲光が暴れ狂い、ビルを微塵切りに裁断して、電熱で焼き払う。

 空気を破る雷光からは、笑い声が響いた。

 

「あははははっ! 周りを気にしないで戦えるってだけで楽しくなってきちゃうなあっ! ほらほらそんなものなの? あたしたちがいくら強いっていっても、その程度じゃ神秘災害の名前が泣くよ! もう打つ手が無いのなら、お望み通りこのまま捻り潰してあげるから!!」

 

 この間の島では自重していたが……曙海リンは、シュテレーラでも割と珍しいほどのストレートな戦闘狂だ。

 拳を合わせ、殴り殴られ、血を流すたびにボルテージが上がる。

 

 悪人や神秘災害への怒りや憎悪はある。

 彼らに傷つけられ、辱められ、殺される恐怖はある。

 ――「だからそれらと戦うのが楽しい。」

 喧嘩の一つもしたことのないただの孤児だったリンが戦いへの恐怖を飲み込めたのは、そう思えるように己を暗示し、調教したからだ。

 

 故に笑う。

 笑い倒す。

 普通の女の子が抱くはずの恐怖も怒りも、愉悦と高揚に変換して、その顔を妖艶に上気させた。

 

「あはははははは! きゃははははははっっ!! 

 起きて、【変性魔装(ゲノアグラフト)】!

 【(フラメス)】――【千炎万渦(イグニア・ボルテリクス)】!!

 火炎よ、灰になるまで燃やし尽くしなさい!!」

 

 雷光は、業火へ。

 セヅキの扱うような、太陽から溢れた余熱のような火とは違う。

 山火事か、あるいは火災旋風。

 命を焼き焦がす灼炎の渦巻きが、流星となって中空を走るリンから溢れ出すように現れ、幾つもの火炎の竜巻となって住宅街を焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 年少組二人の大暴れでビカビカと空間が光り、街が滅茶苦茶になる。

 

 それを見ながら、エドラと凩は呑気に走っていた。

 時速400キロメートルオーバーの狂った速度でなければ、朝のマラソンとそう変わるまい。

 

「全く暴れすぎだ、若人ども……持久のことを考えておらんのか。」

 

「そんな言うもんじゃないよ。戦闘狂は君も同じじゃないか、【羅刹剣鬼】。羅刹って言葉の意味を知らないのかい? 大体、凩クンだって若いだろうに。」

 

「フッ、俺はとうに錆の付いた寡夫(やもお)でな。若いと言うには無理がある。」

 

「まだ二十代じゃないか。ついでに言えばお相手は恋人ってだけで未婚だったんだろう? 操を立てるのも悪くないが、あまり自分を虐め過ぎてもその人が冥府で悲しむだけだろうに……」

 

「無駄話は終わりだ。来るぞ。」

 

 緊張感のない会話をしていた二人組に襲いかかる、緑色に腐食し変色したグロテスクなゾンビ集団。

 元・ミリルタ市民にして――現・【亡朽】の端末。

 

「……おおおおぉぉいいいいいいいい……!!」

 

「ああああああああああああああああああ?????」

 

 何百と駆けてくる、恐ろしい軍勢。

 その生命そのものが、周囲を強制的な老化へと引き摺り込む、膨大な神秘を孕む。

 掴まれれば、死。

 ――故に、その手を全てすり抜け、首を刈らねばならない。

 

「百をゆうに超えるか。悲惨よな。哀れな亡者よ……貴様らに罪はない。眠るがいい。」

 

「ふふ。ぶっ壊れ寸前、ありったけのバフだ! 戦士よ、持っていきたまえ!」

 

 竪琴が勇ましいアップテンポを奏で、すでに大魔の剛力を持つ凩のパワーをさらに数百倍に引き上げた。

 

 

 

 ――【勇士の進軍曲(ブレイブマーチ)――――第二章・群星に響く凱歌】!!

 

 

 ――【絶刀・蛇咬(じゃこう)の型――――百鱗の牙】

 

 

 

 セヅキの広範囲攻撃から逃れた亡者たち。

 そのうち漏らしたちを、空中で舞う凩の大剣が八つに裂いていく。

 

「――――ゼエエエエエエェエイッッ!!!!」

 

 剣鬼の猿叫。

 千の剣風。

 万の弦音。

 剣先を伝う輝きは暴れ蛇の如くに踊り狂い、()()()()()()()()()()()()()()()破片へと切り刻んだ。

 飛び散る肉と血液。

 変色し腐り果てたそれを、蛇の塒巻きが弾き散らす。

 

 

 そして、凩が大剣を血振りする頃には、駆け抜けた残骸でできた肉の道が出来上がっていた。

 

 

「ふん、他愛なし。温いものだ。所詮意思のない災害よな……譲れぬ意思を以て戦う者の、特有の殺意が感じられん。」

 

「ひゅう、流石は【無動の自在天(ブラダハーリヤ)】。慣性を自在に操る魔法を前に、まともに君と斬り合える人間なんていないだろうね。」

 

 【無動の自在天】。

 それが、滅びた故郷を前にした大剣士の『運命』が拓いた、彼の魔法だった。

 触れているものの慣性力、運動ベクトルを自在に操る異能。

 

 幻獣の象形剣であった凩の剣技は、大剣を扱う際の最大のネックである慣性を、逆に何よりも鋭い刃に研ぎあげた。

 夢幻のように予測不可能な剣は、間合い管理が全ての近接戦においてあまりにも凶悪。

 それ以来、彼の剣をたった一度でも防げたものは殆どいない。

 

「……父より継いだ本来の剣技が歪むので、あまり使いたくはないのだがな。ただ殺戮の技として剣を振るうだけなら便利なものだ。」

 

「むふふ、その割には嬉しそうじゃないかい? 良いんだ良いんだ。せっかくの力だ、腐らせず使った方が供養にもなるだろうさ。」

 

「人の神経を逆撫でせねば気が済まんのか貴殿は?」

 

 平然と人の思い出の傷を抉るエドラに青筋を立てる凩。

 常人なら気絶する殺気を前にしても、エドラは不気味に微笑むだけだ。

 吟遊詩人なんて人の地雷を踏んでナンボの職業だと割り切っている彼に、この手の抗議は無駄であった。

 

 不意に、エドラが前方に目をやった。

 

「殺意が薄い理由は分かってるさ。【亡朽】の方も、まだ僕たちがコアまで距離があるから殺す気じゃないんだろうね。コアに近づけばドンドンキツくなるぞ〜。」

 

「承知している。その上で、全て切り伏せるのみよ。」

 

 敵を何もさせず切り伏せる。

 その意味で、完璧に近い剣技を振るえる稀代の剣豪こそが凩であった。

 

「さて、暢気にはしてられん。急ぐとしよう。」

 

「よしきた! 『――未だ見(まみ)えぬ風の精よ! 我らに彗星の如くの瞬足を!!』」

 

 エドラの口述詠唱が『加速』の神秘を叩き起こし、二人を緑色のオーラで覆った。

 風属性の詠唱の癖して、やってることは時間加速である。

 

「速度強化のバフさ。これで親友たちに追いつける。」

 

「相変わらず貴殿の強化術は便利だな――――だがその速度強化を差し引いてもリンの速さには遠く及ばんのは彼奴がおかしいのか?」

 

「……間違いなくね。比較対象が悪い。アレに追いつけるのはボスだけだろうね。」

 

 二人は駆けながら、先頭で嵐のように暴れ回る二人の人間災害を呆れた目で見つめた。

 

 

 

 

 ――――その様を、其は見ていた。

 

『――――、――――。』

 

 

 言葉はない。

 

 だが、災禍コア――すなわち【亡朽】の神秘災害の本体は、本能として。

 今まさにこちらの端末をすれ違いざまに轢き潰している輩たちが、己の喉元へ迫っていることを認識していた。

 

『―――。

 ―――・―――――。』

 

 なぜ。

 なぜ奴らは拒む。

 老いることを、寂びることを。

 朽ちて死んでいくのは自然の摂理だ。

 

 ――――自分はそこから逃れられなかった。

 老朽化し、人間たちに役立たずと見捨てられた。

 ならば、お前たちも老いて時間の果てに置き去りにされるのが必然だろう?

 

 だから、その摂理そのものと成った【亡朽】には、彼らが「自分たち」の一部にならないことが理解できない。

 

 彼らの神秘を見ればわかる。

 彼らは、滅ぼそうとしている。

 【亡朽】を。

 この身を。

 

 …………それは、駄目だ。

 拒絶しなくては。

 

 

 彼らを――――葬り去らねば!!

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間が絶叫した。

 

 その咆哮には、バリケードを建造していたセザールの警官隊も巻き込まれた。

 

「うおわあああああっ!!??」

 

「ひいいぃぃ!!?」

 

「なんっだっ……こりゃあっっ!?」

 

 頭の奥、魂を殴りつけられるような恐怖が皆を襲う。

 怖い。

 気持ち悪い。

 否応なしにそう感じる波動が、今も巨大な神秘の結界で封鎖されたミリルタの奥から、突然響いてきたのだ。

 

「おい、うっそだろ……なんだこのバカでけえ魔力は!? あの奥にゃあ、どんな化け物がいるってんだ!?」

 

「警部補下がってくださいっ! 撤退の許可をっ!!」

 

「バカヤロウ今更逃げても無意味だろうが! 警官ならどしっと構えとけや!」

 

 気絶しないよう周囲を叱咤するランガー。

 だが彼とて、ガチガチと震える歯を抑えることはできなかった。

 わかるのだ。

 アレは、やばい。

 やばすぎる。

 

(分かってるぜ、俺が無茶なこと言ってるてのはよ! くそっ、震えがおさまんねえ……なんつう魔力だ。野生の超越者(オーバード)がミリルタをオモチャにして遊んでるってのか? ハッ、笑えねえな。いよいよ詰みかもしれん。小国のセザールに超越者(オーバード)と戦争できるような戦力なんてねえぞ……!!)

 

 この異常の原因が、未登録の超越者(オーバード)の反乱。

 洒落にならない考えだが、それほどまでに精神が侵されていた。

 あの神秘の奥にいるものを排除せねばセザールが滅ぶ。

 それは100パーセントの確信だった。

 

『空間神威エネルギー密度:12000ジードを突破。警告:人体への極めて深刻な神秘汚染・存在希釈が予想されます。退避してください。繰り返します。退避してください――――』

 

 ミリルタへ向けていた魔力観測用機器から、無機質な警告が発せられる。

 隊員たちの顔が青褪めた。

 

「ランガーさんっ!! このままここにいたら、ミリルタ市民の救出どころじゃねえですよ! 全員死にます!!」

 

「ちっくしょうがあ…………!!」

 

 

(くそ、誰でも、誰でもいいんだ!! この破壊を止めてくれ……皆を助けてやってくれ!!)

 

 

 

 その瞬間。

 

 背筋の凍りつく感覚で、ランガー警部補は振り向いた。

 

 

「っ!! はあ!!??」

 

 

 ずんっ、と。

 途方もない重さを抱えたナニカが、空を切り裂く。

 

 

 それは、夜を溶かしたような闇黒の流星。

 背後から飛来した、漆黒の閃光が。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

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