「うわわわわっ!!??」
「ぐっ!!」
【亡朽】が変化したことに即座に気づいたのは、先陣で突っ走っていたリンとセヅキ。
これまでとは桁違いの馬鹿げた魔力の噴流に煽られ、二人の脚は思わずブレーキをかけた。
(いったた! あっぶない、魔力防御を破られるところだった。ちょっとでも防御を割られたらほんとに死ぬ!)
リンの肌にも冷や汗が滲む。
こちらを敵と見做した神秘災害の、全力の殺意だ。
恐る恐る、セヅキにも声をかける。
「やっば~……セッちゃん、気づいてる?」
「……向こうもスイッチが入ったみたいだね。完全に敵として認識されたな。」
後方の二人も気づいていた。
「むっ。場の雰囲気が変わったな――――災禍コアが、我らの排除に本腰を入れたか。」
「今までは手遊びというか、単純に奴にとっては、紛れ込んできたおもちゃを使ったゲームだっただろうからねえ。ここから一気に奴の主旋律が始まるぞ、気合いを入れたまえ!」
滅相者たちの直感通りに、すぐさま変化は現れた。
――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!
耳が潰れるかと思うほどの神秘の大音響が、巨大なノイズとなって響き渡る。
廃都と化したミリルタの街。
「その全てが敵と化した。」
手始めに、二人の近くにあった五棟のビルが「突然」弾け飛んだ。
その飛散した瓦礫が隕石となって、二人を狙う誘導爆弾のように降り注ぐ。
「!! セッちゃん引いてっそのビルやばいかも!!」
「ありがとっ――――『骨を薪に。人性の火が烙印を刻む……』」
ミサイルなど目でもない破壊力の災厄の弾丸を、リンの誘導でセヅキが剣先から噴き出した爆炎で迎撃していく。
コアより吹き出す魔力は、空を覆うほどの莫大な火炎と化して瓦礫の砲弾を消し飛ばした。
燃料に使ったのは、右手の骨だ。
コアに『喰われた』右手が、真っ黒焦げとなってひび割れた。
身を焼かれる激痛にもセヅキは眉ひとつ動かさず、精密に鋒から迎撃の爆炎を放った。
自分を平然と燃料にする狂気じみた戦い方に、思わずリンが息を呑む。
「セッちゃんっ、右手が!……ひどい。こんなにぼろぼろに……」
「大丈夫。まだまだ使える骨も肉も残ってるし。右手だって魔力を通せば動くさ。――――そんなことよりほら、前を見て。次が来たよ。」
人間たちの決死の抵抗も、神秘災害にとっては籠のネズミが頑張って吠えているようなものだ。
この程度で終わるものかと、其は次の攻撃を繰り出す。
「あわわわわ……」
「まったく滅茶苦茶なことを……土地の命脈が完全に断たれるぞ。 ここを未来永劫死んだ土地にする気か?――まあ、神秘災害が環境保護なんて気にしないか。」
「まず保護すべきはあたしたちの方じゃない?? 明らかにチリ一つ残さない気だよアイツ??」
朽ち果てた大地が隆起する。
ぼごぼごと鈍い音を立てて飛び出す、何十本の極太の管。
岩や土だけではない、地面の下に眠っていた水道管やら建物の基礎やらが、触手のように何本もの長大な構造体に一纏めにされていた。
その触手は、【亡朽】の本体を護る迎撃装置。
「……あたし、【亡朽】がクラーケンのゴーレムだなんて聞いてないんだけど? なにあの廃材アートのバカでっかいイカ。」
「イカにしては脚の本数多くない? ひーふーみーよー……」
「ちょっとボケに天然で乗らないでよ避けて!!」
廃墟のパーツでできた触手が、二人を串刺しにしようと振り翳された。
「キャアアアァ!!――――【
生理的嫌悪感を否応なしにほじくる光景に顔を真っ青にしたリンは、攻撃を逸らす柔軟さに特化した水属性の加護を叩き起こす。
確かに(ちょっとセッちゃんとそういうことしてみたいかなー)なんて考えたことは……まあ結構あるが。
だからってこんな触手プレイなど望んでないのだ。
年頃の乙女としては断じて視界に入れたくない光景である。
左肘からジェットのように魔力を放出。
リンの振るった腕と、触手の一本が激突した。
(――――重っっっっも!! どんな魔力密度してんのよコイツ!!)
リンは自分の手が折れたかと思った。
仮にも正面から受けずにただ逸らしているだけなのに、この威力か。
この世界において、物体の質量は固定ではない。
通常の重力に加え、魔力に応じても増減する。
底なしそのものの【亡朽】の魔力を孕んだ触手は、何百万トンという桁外れの実質質量を得ていた。
そんな触手が何本も暴れ回るテンタクルストーム。余波だけで大地を砕き潰し、街一つを容易く荒野に変えられる凄まじい暴力の塊。万が一魔力強化を破られれば【亡朽】に侵食されてゾンビ化し即死という嬉しくないおまけ付きである。
(ぐぬぬぬ……けど――――弾ききれない程じゃない!!)
「だだだだだだだだだだっ――だりゃあぁ!!」
――リンの掌打は、そんな触手の暴虐を力業で逸らした。
水霊舞踊。半自動での防御用の掌打と神秘放出を行う戦闘術式。身に纏う流水の鎧が、リンの防具兼手足代わりとなって、流れるように触手を逸らしていく。
もとよりリンのスピードはシュテレーラ一だ。如何に神秘災害の触手攻撃のスケールが大きかろうと、容易くそれを見切る感知力と身のこなしがあれば、ただのデカい障害物である。
「イカ焼きにしても美味しくなさそうだなあ……どうせならクラーケンを見習いなさい! このイカもどき!」
どこかズレたツッコミとともに、リンが水の斬撃を拳打とともに叩き込む。
ぱん、という拍子抜けするほど軽い音とともに触手の一本がへし折られた。
触手の動きが、一瞬止まる。
黒いコートが、宙に舞う。
「粉微塵になって土に還れ――――【
その瞬間に、リンだけを避けて空中を走る、数えきれない赤い線。
触手の全てを粉微塵に粉砕した。
ジュウウゥゥ。白刀から熱気が立つ。
「たかがビルがモンスターもどきになったくらいで、この太陽の力を止められるとでも? 私の火を消したいのなら、星の海を呑み込むほどの大海を全て持ってくるがいい。」
セヅキは誇らしげににっと笑った。
……その後ろに迫る、少し細いもう一本の触手。
鉄骨とコンクリートと樹々を、汚水で固めた異形が、セヅキを串刺しにしようと迫る。
「っセッちゃん後ろ!」
大丈夫。
察している。
セヅキは焦ることなく、振り返りざまに最後の一本を消し飛ばしてやろうと――――
「【
「……あらま。」
する前に、触手が縦に叩き潰された。
峰打ち(殺)、である。
「ふふ、出番とられちゃいました。」
「気配の根本が絶てていないというのに、構えを解くとは……油断しすぎだぞセヅキ。此れを機に、一から修行し直せ。俺も付き合ってやろう。死ぬ前にその腑抜けぶりを直しておけ。」
「……ちゃんと構えていましたよ? 私の半径2メートル内に入った瞬間に抜刀して切り刻むつもりでした。ほら、ちゃんと魔力をチャージしてあるでしょう?」
ぽんぽんと天霊の柄を叩くセヅキ。
「ふん、どうだかな。」
「もお! 凩さんもセッちゃんも喧嘩しないで!! 今の状況わかってるの!?」
その時、地中から何体もの亡者が飛び出してきた。
さっきの騒ぎで地中に巻き込まれていたのか。
唸り声を上げながら、突進して【亡朽】の神秘を感染させようとして。
「「「――――当然だ(よ)。」」」
「っははは、こんな素晴らしい活劇に出演できないなどなんともったいないことか!! キャストとして僕も混ぜてくれたまえ!!」
【
宙より舞い降りた吟遊詩人の譜が、不可視の斬撃の結界を張り巡らせ。
「ふん、こんな味気の無い劇場など御免だ……観客が死人と怨敵しかおらぬ一幕など、風情の欠片も無いわ。」
【
生まれた隙を縫うように、凩の大剣がぬるりと踊り、綺麗な縦向きに亡者たちを二枚におろす。
「幕引きだ――せめて派手に弔ってあげよう!」
【
止め。
振り上げたセヅキの怪力の一刀が、巨大な衝撃波を空へと振り撒き、大気ごと亡者たちを粉砕した。
【亡朽】の、薄気味悪い灰色の天幕が打ち破られ。
本物の太陽の光が、一筋だけその場に差し込んだ。
「? あれって……」
黎明の光は――――何キロもある触手の、その根本。
山中の奥に差し込んでいた。
偶然なのだろうが、それはまるで敵を探し求める戦士たちに、勝利の道を照らしたようで。
――光に照らされた中に浮かぶ、ドス黒い闇黒の特異点。
『!!!』
これまでとは段違いの気配に、四人全員が気づいた。
あれが、【亡朽】の本体。
すなわち神秘災害の源――『災禍コア』だ。
即座にセヅキが反応した。
「起きろソルヴェリア!!」
ソルヴェリア・コアの出力が跳ね上がる。
肉体が自壊する、その限界ぎりっぎりまでぶち上げたコアの回転が、暴力的な魔力を吐き出す。
「セッちゃんあたしが飛び込む……!」
「いい、離れて! 巻き込むよ!」
(敵方を確認すべきか? 相手の出方を様子見すべきか?
――――いらない、いるものか、先手必勝で全部ぶっ壊してから考えろ!!)
動き出す前に破壊する。その上で出す技を反射で考える。
円形範囲斬撃であり、射程の短い【烈日一閃】では駄目だ。まだ数キロ以上は離れているし、斬撃では撃ち漏らしが生まれる。
ならば…………一直線に薙ぎ払えるビーム攻撃だ。
【穿槌】――本来ならゼロ距離から素手で直線型の神秘の衝撃波を叩き込む近接打法。それを拳ではなく刀身を砲台にして、特大の光の砲弾としてぶち込んでやる。
両手で刀を振り上げる。
コアから流れ込む灼熱の神秘。『不壊』を謡われるほどに頑強であるはずの、天霊の白い刃を震わせ、神話の剣のごとく煌々と輝かせていく。
その刃が、傾いた。
「ッッ消し…………飛べぇっっ!!!!」
「ダメ押しだ、ぶち抜け親友!!」
――――【第十一楽章:血を浴びよ、巨人の盃】
――――【
それは、黎明(ひかり)を刃に加工した、巨大なエネルギーブレード。
朽ちた大地を塵へと帰す、陽光の大斬撃。
エドラの『攻撃力増大』のバフを受けたエネルギーの奔流が、セヅキの身体を食い潰しながら、絶大な運動力の砲弾と化した。
「いっ――――けえええええええええええええええええええええええ!!!」
ふっと、光が落ちたのち。
ボ ン ッッッ!!!
災禍コアの周辺が爆発し、山が丸ごと崩落した。
「チィッ!!」
「わわわわわーっ!!」
体幹を鍛え上げている凩やリンでも思わず膝をつくほどの強烈な振動。
周辺都市ごと大地をマグマに沈めるプロミネンスの破壊光線。ここが神秘災害の中だからこそ使える範囲攻撃である。
「ガアアアアギイイイィィィィアアアアアアアアアア!」
「ギィギャアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
キノコ雲が上がる。ゾンビたちの悲鳴も上がる。
世界が燃えると思えるほどの恐ろしい高熱が、【亡朽】の腹の中を平等に蹂躙していく。
それはまさに、人の手で引き起こされた神罰だった。
がちゃん、と刀がセヅキの手から転げ落ちた。
「こふっ……! げほげほっ! かはっ……!」
「おいおい親友、大丈夫か? 回復効果もつけずに、あんなに考えなしに魔力を吐くからだよ。」
「分かってるっての……それでも災禍コアを初手で潰せるならこのくらい安い代償だよ……!」
凄まじいフィードバックに思わず血反吐を吐くセヅキ。
崩れかけた彼の体をエドラが支える。
正直、今は自分の身体など気にしている余裕がない。
だって――――
「げほっ、ああもうっ!! 【天動戴極】まで切ったっていうのに……!!」
唇から滴る血を拭いながら、歯噛みした。
――――仕留めきれなかった!!
……イイ……
……ギイイィィ……
空間が軋む音がする。
時間が折れる音がする。
時空間に強制干渉するほど強固な神秘。それを象徴するような恐ろしい音。
世界が捻じ曲がりバラバラにされる音。
「ぐううっ……耳が痛いよ……これまさか……!」
脳を砕かれそうな音響にリンが耳を抑えた。
「ああ…………構えろ。姿を見せるぞ。この大禍の根源がな……」
凩が警戒を促すと同時。
山。
大地。
灰に変わった瓦礫。
元市民の端末たち。
その全てが、ボロリと崩壊した。
触れるだけで身体が引きちぎられそうなほどの、巨大な魔力の渦の中心にあったのは。
「――――鉄橋?」
今にも崩れそうな錆だらけの、粗末な鉄橋。
もしも、もう一度その上を電車が通ればすぐさま折れてしまいそうな、古びた旧式の鉄橋が。
崩れた山の中に、半ば隠れるように存在していた。
だが、凩の直感が叫んだ。
そこにいる四人の魂が悲鳴をあげた。
(――――いや、違う!! 見た目にたぶらかされた、直にこの目で見るまで気づけなんだ。この鉄橋から感じる邪気は紛れも無い本物! つまり此奴が……!)
何の変哲もない鉄橋から感じる、凄まじい悪意と敵意。
世界を呪い殺そうかというほどの邪の魔力。
刹那。
【
ボオオオオオオオオオオオオオオオォォォンンン!!
――――【『ヴァンデラ工廠製・297型魔導機関車』】
「ッッリンッ!!」
「えっ?」
10000分の1秒の空白、それすらもなく。
唐突に空間を引き裂いたのは、鋼鉄の大蛇。
巨大な魔導列車――それはかつてミリルタで使われ、【亡朽】に飲まれたはずの12両編成の特急線。
音速の壁をぶち破った鉄塊の虚像が、リンの目の前に迫り、その可愛らしい顔を今にも轢き潰そうとしていた。