Stella Break   作:無間ノ海

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謀略、あるいは意地

 

 

 

 照明の消された、暗い部屋。

 

 壁一面のいくつものモニターだけが怪しく輝くその前に、灰色のしわくちゃの髪を伸ばした男が鎮座している。

 使い古されたボロボロの白衣を、まるで普段着のように着こなしていた。

 

「くくっ、くかか、くかかかっ…」

 

 モニターを眺める男からは、まるで狂ったような甲高い笑い声が響き渡る。

 

 ホログラムに映るのは、さまざまな魔獣たちの塩基配列データ、予想される進化の方向性、島の各エリアの構造、および植生分布。細胞改造のための魔術式。

 

 

 そして、駆け抜ける二つの男女の姿。

 

 

「おい、傭兵っ!ちょっとこっちや来いっ!」

 

「ったく、何だ急に。どうしたよドクター?」

 

 虚空への吃るような問いかけに答え、不意に厳かな声が響く。

 

 答えたのは、浅黒い肌に鍛え上げられた筋肉が浮かぶ男。

 

 彼は、何の音も気配もなく、何時の間にかそこにいた。

 

「もしこっこいつらが内部まで到達したら殺せっ!!その後、死体は処理せずに持ってこいっ!」

 

「おいおい、また随分な注文だな。というかこいつら、魔獣どもに喰い殺されなかったってのか?」

 

「あっ、ああ。随分場慣れした戦士だ。島の外周の魔獣では、手がつけられん。」

 

「へえ…」

 

 男は興味深そうに、モニターに目を細める。

 

 島の外側のエリアにいる魔獣たちは内側の栄養豊富なエリアの魔獣たちに競争で負けて追い出された、いわば弱者だ。

 

 だがそれでさえ、下手な小国の軍が徒党を組んであたる必要がある。

 それだけこの島の生態系は過酷極まりない。

 

 素体となる魔獣たちを連れてきたこの男であっても、そう何体と相手するのは骨が折れるレベルなのだ。

 それを打倒し、侵入してきた時点で只者ではない。

 

「どっかの組織の手綱付きか?それにしちゃ若すぎるが……ドクター、念の為聞いておくが島の内側まで来てそれでも生き残ってたら殺しちまってかまわねえんだな?」

 

「最優先はわ、ワシの安全だ。契約を違えるなよっ!その上で死体を持ってこいっ。生け捕りはできればで構わんっ!」

 

「へいへい。ったく、面倒だな。」

 

 自身の目的に必要なこととはいえ、人を振り回す鬱陶しいこの盆暗科学者の下につくのは、男にとってもストレスが溜まることだった。

 

 とはいえ、契約上どのみち防衛は必須なのだ。

 

 特に容赦してやる必要はないし、サクッと殺してついでに死体の分契約金の上乗せを図ってもいい。

 

 なかなか年の割には腕の立つ子供のようだが、流石に自分の敵ではない。

 

「まっ、栄光に返り咲くための経費と思えば安いもんか。いいぜ、この俺が…直々に調達してきてやる。」

 

 男は、暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草原にて。

 青年は植生の調査もそこそこに足を速めていた。

 

「結界で気候を調整してウルジアの…サバナに似た植生を、人工的に作り出したのか。この土地を整えたのはかなりの術師みたいだね。」

 

 黄金の草穂がたなびく美しい草原。

 

 彼は似たような光景を、ずっと遠い大陸で見たことがあった。

 おそらくはそれを参考にしたのだろう。

 

 駆け回るは草原に生きる動物たち。

 スイギュウ、ガゼル、シマウマ。

 

 数十頭と数こそ少ないが仲良く草原を駆けている。

 いずれも魔獣として進化した屈強な個体だ。

 

 見渡せば綺麗な水のオアシスやまばらに生える大木が木陰を創り出していた。

 

 日向ぼっこには絶好のポジションではなかろうか。

 

 

――まあ、木陰で休む10メートルオーバーの白銀ライオンだの、小型車並みの黒いハイエナだのがいなければの話だが。

 

 

 彼らはその優れた感覚で部外者を察知していたらしく、こちらを鋭い目で見つめていた。

 

「敏感だなあ……別に何もしないから安心しておくれ。」

 

 文字通りの眠れる獅子に喧嘩を売る趣味はない。

 見たところその周囲には家族もいるようだし、襲いかかってこなければ手を出す気はなかった。

 

 

 だがそんな時。

 

 

「!」

 

 遠く見える森の奥から、フワッと熱波のような魔力が立ち昇る感覚がした。

 

 同時に飛んでくるピリピリした殺気。

 

 思わず空に目を向けた。

 

「これは…リンちゃんの魔力?」

 

(まずい、変性魔装を使うレベルの事態が起きたか!?あの子なら不必要に動物を刺激したりしないはず…)

 

 覚えのある魔力に冷や汗を垂らすセヅキ。

 

 リンの実力はセヅキもよく知っている。

 よほどのことがない限り不覚を取るなど考えづらい。

 

 そんな彼女が戦闘態勢に入る非常事態。

 何かあったと考えるのが妥当だろう。

 

 即座に調査を中断して援護に向かおうと、サバナの映像を撮るために動かしていたビデオカメラを閉じてカバンにしまう。

 

 

 とその時、ふっと影が差した。

 

 見上げると――そこには、立派な白銀の鬣を生やした百獣の王が。

 

 先ほどまでこちらを警戒していた彼がこちらに寄って来た理由を、その目は雄弁に語っている。

 すなわち、「お前今のヤバい気配の関係者だよなぁ?」と。

 

「…あー、すまない今は急いでいるので見逃して貰うわけには

「グオアァッア!!」

いかないんだね分かってたよ!」

 

 語っている間にふざけた威力の咬合が襲いかかった。

 即座に横っ跳びで避けたが、余波で髪の先がすぱりと切れる。

 

 一瞬だけその大口の中が見えた。

 名匠が研ぎ上げた業物の剣に勝るとも劣らぬ、恐ろしく鋭い牙である。

 

「グウゥ…ゴオォアア!!」

 

「ぐっ…!」

 

 続いて放たれるは猫パンチ。

 

 可愛らしいと言えなくもない絵面に反し、体重を乗せ初速から空気の壁をブチ抜いた一撃は、轟音を立ててセヅキの腕に突き刺さる。

 魔力強化すら貫通する剛撃は、ビリビリと青年の肉体を強く震わせ、余波で周囲一帯を吹き飛ばした。

 

 獅子の猛攻は止まらない。

 反動で後ろに飛んだ敵を見て、思いっきり息を吸い込むと。

 

「ウウッ………グオオオアァ!!!!!」

「ぐぬっ!?」

 

 なんと咆哮と共に、魔力を練り込んだ空圧の爆撃弾を叩き込んだ。

 それは、己を超える速度で地を駆ける草食獣たちを狩るために自ら編み出した奥義。

 

「ほんとに野生なのか、凄く器用だね…養うからウチ来ないかい、いい線いけるよ多分!」

 

 全ては群れの長として、家族を守るために。

 

 メスの皆が狩人ならば、彼はそのメスや子供たちを率い帰る場所を守る戦士であった。

 つまり下手な逃走は逆効果。どこまでも追ってくるだろう。

 

「ふぅー………」

 

なれば、解決策は一つ。

正面から打倒する。それしかない。

 

「グルゥゥゥ………」

「ガルルッ!」

「グゥ、オォン!」

 

 メスのライオンたちに、徒党を組んだハイエナたち。

 原種のそれから遥かに強化された野生の怪物たちがにじり寄ってきていた。

 

 だが手を出すつもりはないらしい。

 おそらくこのオスライオンがこの草原エリアで圧倒的に一番強いのだ。

 下手に踏み込めば巻き込まれて大怪我をすると分かっているのだろう。

 

 ならば上等。

 

 野生で自分を通すこと。それは実力で上下関係を叩き込むことだ。

 彼を打倒すればもう邪魔はされない。

 

 両手が溢れ出した魔力でコーティングされ、青色の光に灯る。

 そのオーラが見えたのだろう、ライオンもぐるると喉を鳴らした。

 

「君がこの辺りのボスか…なら、受けて立つ。」

 

「グルゥゥ、オオアッ!!」

 

 ドゴオンッ!と爆音を奏で、両者が組み合った。

 

 始まるは超速の突進と激突。

 セヅキの振りぬいた拳とライオンのパンチが、蹴りと嚙みつきが何度も正面から衝突する。

 

「はっ!!」

「ゴアッ!?」

 

 ハイキックがライオンの横顔に叩き込まれる。

 体重差をものともしない鉄槌のような威力にぐらりと体が傾いだ。

 

「グルオォッッ!!」

「なんのっ!」

 

 負けじと銀獅子の鉄拳が振りかざされる。

 添えるようにそれに触れた腕が回転し、パンチを逸らした。

 

 拳、蹴り、踵落とし、体当たり。

 パンチ、噛みつき、突進、のしかかり。

 

 ドォンッッ!!

 

「グウゥ…ゥ……!」

「キャンキャンッ!」

 

 飛び散る衝撃波が周りのメスやハイエナらにもぶつかり、その身を強かに打ちつける。

 加勢はできなかった。下手に飛び込めば骨を折るだけではすまないと、野生の勘で理解できてしまうのだ。

 

 互いの一撃ずつが確かに体幹にダメージを与え、しかし両者の想像を絶するタフさ故に全く傷になっていない。

 

 控えめに言っても異常な耐久力だった。

 

 が、攻防は唐突に終わりを告げた。

 

 ライオンがとびかかる。

 するりと躱す。

 

 しかしライオンのその口腔には、再びの大きな吸息。

 銀獅子の切り札、空圧の咆哮。

 破裂寸前の空圧爆弾が、解放の時を今か今かと待っていた。

 

 その瞬間、これまで構えを取っていなかったセヅキが思いっきり拳を腰の後ろに引いた。

 同時に、唇の端に魔力を乗せる。

 

 詠唱。

 言霊。

 超常を引き起こす力ある言葉。

 

 

「――『断たれた駒糸』

――『踏み外す舞台』

――『空手に握る四辻の虚面(うろもて)

 

―――【(パラザ)】!」

 

 ズドン、と大砲のような拳が掠めざまに首元に突き刺さった。

 

 それを受けた瞬間に。

 

「ギオッ!?ルオォ………」

 

 ぶつん、とライオンの視界が真っ暗に染まる。

 

 これまでどんな攻撃もその分厚い皮膚でシャットアウトしてきたライオンの意識が、一瞬にして断ち切られた。

 どざあっと何トンもある身体が崩れ落ちる。

 

「…生物の体内の電気信号を強制的に増減して狂わせる術式。即興のスタンガンだけど、神経内部を直接弄られたら流石にダメージは入るか。」

 

 それは『魔術』と呼ばれるもの。

 研究によって技術化され、人類の技術体系に組み込まれた神秘。その一端である。

 

「すまないが、これも人類の積み上げてきた武器の一つだ。運がなかったと思ってほしい。」

 

 崩れ落ちる誇り高き強敵に一瞬だけ敬意を表し、周囲を睨む。

 

 メスライオンやハイエナらは一歩、二歩と下がり始めた。

 流石に草原のボスがよくわからない手でやられた以上、もうこちらに突っかかる勇気はなさそうだった。

 

 ――どんっっ!!

 

(!)

 

 そんな時、森の向こうから再び膨れ上がる魔力。

 

 しかも今回は二つだ。

 どちらも負けず劣らずの巨大な存在感。

 

「これはリンちゃんと――まさかもう片方も人間か?一体何が起こってるんだ?」

 

 もうこの草原で仕掛けてくる奴はいない。

 

 即座に脚を強化し、地面を抉り飛ばして目的地――岩山に向けて駆けだした。

 

 

 

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