Stella Break   作:無間ノ海

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星の業

 

 

 

「あーもう、あなたたちいったいどこに隠れてたのーっ!」

 

 曙海リンは現在、密林最奥部をちょっとした飛行機並の速度で疾駆していた。

 それは先を急ぐため、ではない。

 

「グウォルルルアァァ!!」

「ベアァーーオォォ!!」

「ギシャアァァルルルーー…!」

 

 身の毛がよだつ野生剥き出しの大音声を奏で、彼女を後方から追う猛獣達。

 

 ジャガーに、クマに、アナコンダ。

 少し気配を探ってみれば、まだまだこちらを狙う猛獣達が森の中には隠れているようで、殺意と共に少しづつこちらに寄ってきている。

 

 さっきの戦いで血の気に当てられたか、それとも一瞬だけ振り撒かれた魔力に敵判定を貰ったのか。

 あるいは単純にテリトリーに入ったから殺しに来たか。

 

 ルーシュボアを一撃で葬ったのちは特に襲ってくる動物はなく、寄ってくる小動物と戯れながら、割と平穏な森を鼻歌混じりで歩いていたのだが………最奥部と思しきエリアに入った瞬間にコレである。

 

 いずれも原種から、より戦闘に特化した数メートルクラスの巨躯を誇りながらも、足場もスペースもほとんどない密林の中でも、全くスピードを落とさずにこちらを追撃してくる。

 

 

(地の利は彼らにある…そりゃそっか、ここが家みたいなものなんだから。ホームグラウンドで鬼ごっこは勝ち目が薄い。それにこの子達、あのルーシュボアと同じで魔力の流れがおかしいし、身体能力も本来よりもはるかに強化されてる。やっぱり誰かの改造種…って)

 

「あっぶなっっ!!」

 

「グルゥアッ!!」

 

 身を屈めた瞬間、がちんっ!!とジャガーの魔獣――分類ではヤーゲルと呼ばれるそれがリンの頭があった空間を噛み潰す。

 

 空中に逃げるため、その辺りに生えていた蔦に捕まり自分の体を樹上に引き上げる。

 枝を介して逃走を図ろうとするも。

 

「ちょっ、なんで着いてこれるの!」

 

 なんとヤーゲルは全力の跳躍で枝を飛び越え、足音ひとつ立てることなく樹上に着地。

 そのまま速度を落とさずこちらを追ってくる。

 

 リンは知らなかったが、彼らの原種に当たるジャガーはとても木登りが上手い。

 ましてより極地環境の狩りに向けて進化したヤーゲルにとって、樹上はむしろ格好の狩場。

 

「もー、しつこいなあ…うきゃあっ!?」

 

 不意にリンの足を乗せていた樹が大きく傾いた。

 迷わず地上に着地した瞬間、目に入ったのは大きな茶色の毛並み。

 

「エルクスス…!あなたはもっとおとなしいはずでしょーっ!」

 

 リンの叫びに「知らん」とでも言いたげに、クマの魔獣、エルクススの改造種が思いっきり爪をこちらへ振りかぶってくる。

 一撃で大木の幹を抉り取る大爪が少女を襲い。

 

「ふんっ!」

 

 リンはなんとそれを交差させた腕で受け止めた。

 よくみれば腕にはうっすらと透明なエネルギーが巻き付いている。

 

 瞬間的な魔力強化による硬化防御だ。

 彼女の全力の強化ともなればその肉体強度は要塞にすら匹敵する。

改造猛獣の一撃でも抜くことはできなかった。

 

「へっへーん、効くもんかっ!」

 

 腕を叩きつけられた勢いを利用し、ノーダメージであえてぶっ飛ばされるリン。

 空中でくるんと身を翻し、即座に地を蹴る。

 

 このまま目の前の小川を飛び越え、森を抜けようと――

 

「ギシュルゥウッ!!」

「ちょっ!!」

 

 小川を飛び越えようとした瞬間、突然上から降ってきた謎のロープに首を引っ掛けられた。

 

 それだけではない。ロープはどんどん締め上げられ、酸欠を引き起こすどころか頸椎を砕こうとしてくる!

 

「ぬうああぁぁ………どりゃあっっ!!」

「!?」

 

 慌てて首に手を挟み込み、凄まじい筋力で撥ね飛ばす。

 その細腕からは想像もできない剛腕で、ロープ――アナコンダを木に向けて思いっきり投げ飛ばした。

 

「ギャジュウッ…!」

 

 大木に鞭のように叩きつけられた大蛇は完全にダウン。

 されど自然の殺意は収まらない。

 

「次っ!」

「――グウウゥゥアアァァッッ!!」

 

 呼吸一つで即座に構え直した少女に向け、絶叫と共に小川からその顎門を向けたのは――10メートルはあろうかという、巨大なワニの魔獣。

 凶悪さとどこか優美さを併せ持つ河の王者は、己の縄張りにして棲家を守るべく、無粋な侵入者を噛み潰そうと飛びかかる。

 

「ふんっ!!」

 

 それを少女は――

 ――あろうことか閉じられる顎に両手をつっかえるようにして、5トン近くに達する馬鹿げた威力のワニの咬合を素手で抑え込んだ。

 

「!?!?」

 

 流石におやつにもならないだろう矮小な雌のヒトにパワーで対抗されるとは思っていなかったのか、ワニが目を白黒させる。

 

 下手な大型トラックよりもなお巨大な躯体の突進が、それよりも遥かに小さなリンに受け止められ、余波で地面がゴリゴリと欠け飛んでいく。

 

 そしてさらなる追い打ち。

 

「そぉー…りゃあぁっ!」

「グゥオァ!??」

 

 ドゴンッ!

 

 どう聞いても生物からしてはいけない鉄槌のような激突音と共に、リンがその白い額をワニの鼻先に叩きつけた。

 

 その鱗の硬さゆえ意識こそ保てているようだが、盛大に弾き飛ばされたワニは目を回して再び水底へ沈められる。

 

 リンは得意げな顔で額をさっと拭う。

 こちとら砲弾の直撃を弾ける程度には石頭に定評があるのだ。

 

「ふふんっ、可愛いからって舐めないでよねっ。――おっと、まだいるんだ。」

 

 しかし先ほど吹き飛ばしたアナコンダが目を覚まし、こちらの隙を窺っていることをリンは気配で悟っていた。

 分かってはいたが随分とタフなことである。

 時間をかければさっきのワニも起き上がってくるだろう。

 

 戦況を鑑み、彼女の危機意識が即座に奥の手の開帳を許可した。

 

(仕方ない…か。どうか死んでも恨まないでよっ!)

 

 周囲に暴風が巻き起こり、魔力が練り上げられ――それが再び、異なる神秘へと紡ぎあげられる。

 

 瞬間、冷気が爆発した。

 

 

「――【(ブレジェ)】」

 

 

 パキリッ、と。

 

 小川が凍りついた。

 

 不釣り合いに美しく半透明に輝く何か。

 荒く削りだした円柱のようなそれは、小川から樹冠までを縦一線にまっすぐ貫いた。

 

 小川に突如屹立するは氷の柱。

 

 リンの身体を中心にアナコンダを、ワニを完全に巻き込む形で巨大な氷塊が出現し、彼らを氷の中に封じ込めたのだ。

 

「ふっぅぅぅ――………」

 

 肌の半分ほどに霜を降ろしたリンが、ゆっくりと氷結した呼気を吐き出す。

 吐息にダイヤモンドダストが混じり、きらきらと輝いた。

 

 バキバキバキィィ…と小気味よい音を立て、氷柱が崩れてゆく。

 ばらばらに砕け散った中から閉じ込められた猛獣たちが解放されるが、ぴくぴくと小刻みに動くだけで襲いに来る気配はない。

 

 幾ら魔獣として進化しているとはいえ彼らは恒温機能を持たない生物だ。完全に身体を氷点下まで冷やされては動きようがない。

 

「『変温動物には氷』………だったよね、セッちゃん。」

 

 凍りついた小川の水面に着地したリンはパッパッと顔についた氷を払い、身動きの取れなくなった彼らを見下ろす。

 川の向こうからは、さっきのヤーゲルやエルクススに、新たに加わった虎やオオカミや巨大なサソリのような猛獣たちまでもがこちらを伺っていた。

 

 だがことここにいたって、調査という任務上環境を破壊しないために心がけていた、"手加減”の文字は。

 既に彼女からは消えていた。

 

 ドレスを飾る銀色の装飾が、一際輝いて。

 

 

「――死にたくなければ、此処から去ってっ!」

 

 

 ほんの一瞬だけ、魔力と殺気を全開にした。

 

 瞬間、猛獣たちは重力が何十倍も増加したように感じた。

 少女から溢れ出すオーラ。それが物理的な圧力すら伴い地面にヒビを入れる。

 

 目の前の奴は小さい。

 サルによく似た、肉の柔らかそうで旨そうなメスだった。少なくともさっきまではそうだった。

 

 だが今やどうだろう。

 格下?餌?そんなわけがない。

 自分たちが一歩踏み出すことすら許さない、そんな威圧感を放つ奴が被食者なわけがない。

 

 彼らは野生の優れた勘と、進化の末大気や魔力の流れを感じ取れる優秀な感覚器を持っている。

 だからこそ分かる。

 

 ――次にこいつに手を出したら、為す術もなく殺される。

 

「グルル………ギャウッ!!」

「ギュウ、ボウアァッ!」

 

 圧倒的格上だと理解した相手に挑むほど彼らは愚者ではない。

 数秒後には、皆付近の草むらに飛び込みその場から逃げて行った。

 

「はあ………みんな、ごめんね。」

 

 迎撃こそ許可されていたが、できるだけ荒事を避けて動いていたにもかかわらずここまで事態が拗れたのはひとえに己の未熟。

 その結果動物たち――おそらくは"改造"の被害にあった子達をいたずらに怯えさせ、傷つける羽目になってしまった。

 

 過剰に手緩い対応は野生にはむしろ毒だということなのだろう。今後に向けて反省である。

 

 もっとも悪いことばかりではない。ちゃんと収穫はあった。

 

「この件の反省はあとにしよっと。今はとにかく先を急がないと。」

 

 さっきの猛獣たちの平均よりはるかに高い戦闘力。

 ルーシュボアよりもさらに淀んだ魔力。

 通常よりもやたらと高い攻撃性。

 

 幸いさっきの連中はルーシュボアのように苦しんでいた様子はなかったので見逃したが、これではっきりした。

 

(誰かが魔獣たちを、戦闘能力を引き上げる方向で魔術的に改造している。)

 

 意図的にかけていた魔力制限を解除。

 先程ほどではないが、彼女が通常戦闘時に使うレベルにまで、身を纏うエネルギーが増大する。

 

 そしてそのまま、魔力強化を施した脚で腐葉土を踏み抜いた。

 地盤まで貫通しそうな威力を地面はしっかりと受け止め、リンの肉体を砲弾として叩き出す。

 

 亜音速にまで加速し、衝撃波で木々を揺らしながら隙間をすり抜けていく。

 さっきぶちまけた殺気で動物たちはまだ寄ってこない。

 つまり今こそが最奥まで突破するチャンスだった。

 

 加速に加速を重ね、凄まじい速度でどんどん暗くなる森の中を潜り抜け…

 

 

 ――そうして、樹々を抜けた。

 

 

「…ここが、一番奥だね。」

 

 真っ暗闇寸前まで暗くなっていた森から一変し、開けたそこには、島で最も大きいと思しき岩山が鎮座していた。

 もっとも、それ自体は木すら殆ど生えていない禿山であり、そこまで注視すべきものでもない。

 

 重要なのは、その中腹に洞窟と思しき大穴が開いていること。

 

 ……そして。

 

「いるんでしょ、そこに。あたしに用があるなら顔を見せてくれない?」

 

 不意に左手の木陰に向けて、リンが誰何の声をあげた。

 

 

「――へえ、俺の隠形に気づくとは。手を抜いてたつもりはなかったんだが、やっぱ大したもんだな、お嬢ちゃん。」

 

 その側から出てきたのは、鈍色のバトルジャケットを羽織った浅黒いスキンヘッドの男。

 

 そこらにいそうなチンピラのような見た目だが、それに反してその立ち姿に一分の隙も見当たらない。

 大柄ながらも足音ひとつ立てない見事な歩法といい、間違いなく裏のプロだ。

 

 そしてその顔に、リンは見覚えがあった。

 

「あなた――手配書で見たことあるわ。犯罪傭兵組織『ジネドーゴ』のトップエースだよね。帝国から20億ベルクの懸賞金をかけられてる。」

 

「マジか、顔が割れてるとは予想外だったぜ。まあジネドーゴはもう解散しちまったんだがよ。で、お嬢ちゃん。存在が表に秘匿されてる俺のことを知ってるってこたぁ…」

 

 

 ――テメェも裏の人間(どうぎょう)ってことでいいんだよなぁ?

 

 

 笑みの消えた男から、刺すような殺気が吹きつけた。

 

 たくさんの鳥が島から羽ばたき、地を駆ける獣たちは草木に隠れる。

 

 ナイフのように放たれた殺気を敏感に感じとったのだ。

 それはすなわち、彼らにとってこの男が相当の格上だということを意味する。

 

 されど、少女に揺らぎはなく。

 

「…あの子達を傷つけたのは貴方?改造手術を施してたでしょ?」

 

「あん?そりゃこの島の魔獣どもの話か?そりゃあな、もともとこの島を作るのに手を貸したのは俺だ。面倒くせぇがビジネス相手が必要と言うんで、適当にそこらから痛めつけて攫うか、密猟売人から裏ルートで仕入れるかしたんだよ。」

 

 当然、その過程で殺された動物たちも多かったに違いない。

 

 遺言代わりに聞かせてやろうとでもいうのか、男の声からは動物たちを商材以下の何かとしか思っていないほど冷たいものが読み取れた。

 

「その後の改造手術については俺は知らねぇ。死ぬ前に聞きてえことはこれで良いかよ?」

 

「うんそっか、ありがと。これで心置きなく…」

 

 

 ――貴方をぶっ飛ばしてあげられる。

 

 

 その瞬間、男の殺気すら上から捻り潰しかねないほどの重圧がリンから放たれた。

 もはや物理的な質量すら伴うほどの威圧。いつもの優しい蒼眼は恐ろしいほどに鋭く男を睨めつけている。

 

 数々の修羅場を潜ってきた男の頬を、たらりと雫が垂れる。多少腕は立つが如何ようにでも狩れる獲物、その認識を改めざるを得ない。

 

 こいつは、自分の首にすら届きうる『敵』だ。

 

「…見誤ってたな、その次元か。何モンだテメェ。」

 

「これでも強いの、あたしは。だって貴方達みたいな人間を狩るために、死ぬほど鍛えられてるんだからね。」

 

 男の独白した所業を持って、リンは目の前の存在を排除対象として認識した。

 

 この島に入って初めて、少女が魔力出力を本気のレベルに跳ね上げる。

 そして魔法の名前が唱えられた。

 

「――【変性魔装・水(ゲノアグラフト・アクーネ)】」

 

 バトルドレスから吹き出す、日を照らし返す美しい清水。

 少女はその目と同じ、青い流水の鎧を纏った。

 

「『魔法使い』か、まあ当然だよな。ま、俺もそうなんだがよ。」

 

 男は大ぶりの多機能戦闘用ナイフを取り出し、くるくると回す。

 そして同じく唱えられる、誇り高き神秘の名。

 

「――【陸動地変(ディルトイロス)】」

 

 互いが開帳した星の業。

 

 己の運命にして誇りそのものを前に、両者が構える。

 

 

「――ブチ殺してやるよ、小娘。」

 

「――牢の中で、あの子達に詫びて。」

 

 

 刹那、魔力が爆発し両者が拳をかち合わせた。

 

 

 

 

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