Stella Break   作:無間ノ海

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雷火

 

 

 

 生命体は、その個々人が遺伝子、環境、才能、選択する道。

 その在り方の全てでもって、世界に自身の軌跡を刻む。

 

 その方向性(ベクトル)、可能性、あるいは運命そのものたる星の輝き。

 生命の本質にして誇りの証たる、意思の内側で燃ゆる炎。

 宇宙の中で瞬くように、生命の中にもそれを見出した古代の人々は。

 

 それを『星辰』と名付けたという。

 

 そして星辰もまた神秘の一つであり、術式であり、生命が世界に孔を穿つ鍵なのだ。

 すなわち、生命が神秘に触れるための不可視の指である。

 

 星辰を通じて発露された神秘は、制御された技術としての魔術とは、また次元を異とする力を所有者に齎す。

 

 それは、魔術が生まれる前に見出された原初のブラックボックス。

 無機物には不可能な生命体の特権。

 世界に己が意志を押し付ける力。

 摂理そのものを改竄しうる異常能力。

 

 魔術とは似て非なる、星の業。

 

 

 ――これ即ち、『魔法』なり。

 

 

 

 

 先手を取るのはリン。

 少女の右腕が流水を纏いながらしなり、男の腕を下から打つが、見事なガードで凌がれる。

 

「ラァッ!!」

 

 お返しと言わんばかりに男の膝蹴りが豊満な胸板にぶち込まれるが、通すものかと一瞬にして駆動する水流が防御。

 そのまま渦巻き、男の脚を潰しに来る。

 

「おおっと!」

「逃がさない!」

 

 警戒してすぐに退避する男を追い、さらにリンが踏み込んだ。

 

 水圧によるジェット噴射の要領で少女の肉体はどんどん加速され、アッパー、ハイキック、踵落としと、技が紡がれるたびに威力が増していく。

 まさしく流水が流れるように、隙のない動作。

 

 男は牽制にナイフを振るい、ナイフに組み込まれた発振機能がリンの髪を焼き切る。

 だがリンの方が根本的に早い。

 どれだけ振るっても、その刃は紙一重で躱された。

 

 さらに男が腕や蹴りを差し挟み、苛烈な少女の攻撃を弾くが、その手数には差があった。

 

 徐々に徐々に、男が押され始める。

 

(悪くねえ……が、まだ甘いな。)

 

 だが男も歴戦の傭兵。その程度では怯まない。

 バク転でリンの蹴りを躱しつつ、男の手が地面に触れる。

 

「おらよっ!!」

「!……どいてっ!」

 

 男の触れた地面から一瞬にして岩塊が槍状に飛び出す。

 瞬間的に10本近く形成されたそれは、踏み込むリンをカウンターで串刺しにしようとし。

 

「はっっ!!」

 

 無造作に振るわれた流水の拳で、さらに粉微塵に粉砕された。

 

 だがその様を見てなお傭兵は揺らがず。

 

 空いている手を懐に突っ込み、男が取り出したのは大口径の自動小銃。

 

 バラララッ!

 

 連続発砲。

 豪勢に吐き出される弾丸を、リンは即座にさらに放出した水を鎧として固めることで弾く。

 

 弾きながらも少女が攻撃を畳みかけようとするも、踏み込んだ地面からカチリという感覚。

 

「!?」

 

 水を放出して後ろに飛ぶ。

 刹那、魔法でこっそりと設置された地雷の発破が、周囲を吹き飛ばした。

 

「落ちやがれ。」

「わあっ!?」

 

 その隙に男がさらに魔法を動かし、リンのいる地盤を大きく凹ませた。

 

 それにより出来るのは少女を囲む大地の深皿。

 すり鉢状のトラップ地形。

 

「ぬうぅ――ドラァッ!!」

 

その上から男が、掌の上に生成した巨大な岩塊を叩き込んだ。

 

「へっ、これでしまい………」

 

 悪寒。

 

 即座に男はその場から転がって回避。

 

 瞬間、周囲の地面ごと岩塊が両断され、さらに粉々に砕かれる。

 

「ふぅ……危なかった。」

 

 姿を現した少女に一切の傷は無く、その片手には、逆巻く水の大槍が輝いていた。

 

「ちっ、大抵の奴は今のでミンチになるんだがな。」

「手元が狂うからじっとしててほしいんだけどっ!」

 

(あの女の手札が予想より多い。纏ってる水流の形態を変化させる魔法なのは分かるが、水属性の放出によるブーストと自動機動する水流のガード、そして武装への変化。おまけに火属性もあったな…頭パンクしねえのかあいつ?)

 

(素のフィジカルならあたしより上。そしてそれ以上に魔力強化も巧い。そしてあの魔法、地面に手を触れたところから岩や地面に干渉して操作…は多分ブラフ。本当は手に触れなくても直接干渉できる。そしてやたらダーティかつクレバーな攻撃を混ぜてくるね、傭兵時代のスキルかな…)

 

 一瞬で相手の能力や戦法の考察を済ませつつ、いかにして自身の攻撃を差し挟むか。

 拳や蹴り、銃弾や水塊の武器を交えつつ二人は乱舞を交わす。

 

 先に痺れを切らしたのは、傭兵の方だった。

 

「ここじゃ狭い。場所を変えようぜ。」

 

 これまでコンパクトな戦い方を好んでいた男が魔力を大きく練り上げ、地面に強く足を叩きつける。

 

 何か来る。攻撃を悟りリンが構えるが。

 

「へっ?…うわぁ!?」

 

 ()()()()()()()()()()

 これまでとは規模の全く異なる神秘が発動し、戦場としていた半径数百メートルの領域が丸ごと巨大な円柱と化し、リンを巻き込んで何十メートルと隆起した。

 

 瞬く間に完成するは天空の闘技場。

 当然男の魔力が染み込んだ土地は、より容易に【陸動地変】の神秘を引き起こす。

 

 この島そのものを作り出せるほどの魔法使いたる彼にとっては、地の有利を自ら作り出すことも容易い。

 

 かつての暗殺・破壊工作のプロとしての彼であればまず取らない大技戦術。

 だがそれはそれとして一対一で不利を取った際の手札は用意して然るべき。

 

 そして予想以上に敵に手数で上回られている今、その切り時だと男は判断した。

 

「タイマン専用の特注決戦場だ!!是非とも楽しんで逝けよっ!!」

 

「おじさんさっきからキャラ違うんだけど!?」

 

 言い合う間に、さらに大地の魔法がアクションを起こす。

 

 地面のすり鉢がリンを飲み込もうと蠕動し、挟み込む岩盤が押し潰そうとし、その上からさらに落石と岩槍に岩石の回転砲弾が雨霰と降り注ぐ。

 さらに織り交ぜられる銃撃や手榴弾。

 

 闘技場から生成されるこれまでとは文字通り桁が違う物量。

 地面、足場という戦況に直結する領域に手をかけるが故に、地の利を強制的に作り出し、細やかでクレバーな牽制と質量によるゴリ押しを無理なく両立させられることが、彼の魔法の強みだった。

 

「オラオラオラァッ!!」

 

「ぐっ…痛っ!」

 

 何とか回避機動をとるがそれでも限度はある。

 ビシバシと彼女の頬を石弾や銃弾が掠めて血が滲み、爆発が髪を焼き焦がした。

 

 魔力強化を極めた魔法使いにもしっかりと効くよう、神秘を籠めた岩砲弾が放たれ、それをガードした隙に科学兵器の攻撃がすり抜けてくる。

 豊富な戦闘経験と戦勘があって初めて可能となる、極めて無駄のない攻撃布陣だった。

 

(お、思ったより面倒くさい!どうにかして打開しないと、このまま好き勝手に攻められてたまるもんか。)

 

 絶死の畳みかけに、リンが思考を回す。

 

 といっても、相手は相当の巧手と見える。これだけ好き放題攻めて来ているくせに、隙が恐ろしく少ないのだ。

 こういう魔法使いには、得てして搦手が効かない。下手な策は逆効果だ。

 

 だとすれば、取れる手は限られていた。

 

 ひたすら避けてセヅキの援護を待つ?

 一旦距離をとって仕切り直す?

 

 否。

 

(セッちゃんなら、まっすぐ行ってぶっ飛ばすよね!!)

 

 友達であり、憧れ。それを目指す彼女に選択肢などはじめから無かった。

 

 水による様子見は終わりだ。

 

 ここからは、最速の魔法拳士の一端をお見せしよう。

 

「――【変性魔装・雷(ゲノアグラフト・トレイザ)】」

 

 水流がかき消え、代わりにジジッ、ジジッと彼女の周りに火花が散る。

 

 岩塊が襲いかかった。

 

 

 

(…はっ?あの小娘どこに消え――)

「【雷刃疾駆(トレスアキクス)】」

 

 

「ごおっっ!?」

 

 

 バゴンッ!!と男の顎が強かに打ち据えられた。

 

 慌てて迎撃を差し向けようとするが、全く間に合わない。

 

「がっ!?ぐっ!?くそっ!」

 

 バリバリバリィッッ!!

 

 雷を纏う小さな黄色い影。

 もはや瞬間移動に近いほどの速度で闘技場に残影が疾走し、雷撃を放つ拳や蹴りが飛んでくる。

 

 男はそれに対処しきれない。

 最初の一撃でナイフが折られ、続く二撃で腹を殴られ、更なる三撃で銃が砕かれる。

 そしてその全てに凶悪な雷撃が付与され、肌を焼き、神経を狂わせた。

 

 吹き飛ばされ空中を舞う間に、4、5、6789…稲妻のようにジグザグに影が飛翔し、数えきれないほどの連打が男を襲う!

 

(なんだ!?ただの魔力放出じゃねえっ!どうなってやがる!?)

 

 さっきまでのスピードですら様子見だったというのか。

 

 対策を打とうにも速度域が違い過ぎる。

 岩壁でガードした瞬間には背後を取られ拳が叩き込まれるのだからどうしようもない。

 

 

 

 魔法:【変性魔装(ゲノアグラフト)】。

 

 魔力を、彼女の認識できる各種自然現象のエネルギーへと『加工』し、肉体へと鎧のように纏う魔法。

 本来であれば術式を介して相応の神秘を引き起こす魔力を、彼女はダイレクトに望んだ属性という形で出力へと変換できる。

 

 だが戦闘手段として見た場合、この魔法は凄まじく使い勝手が悪かった。

 

 対象を自分にのみとれるが故の、致命的なまでの射程の短さ。

 おまけに自分への防御強化が甘ければ、変換したエネルギーに身体の方が負け、焼き尽くされてしまう。

 

 それゆえに、彼女はこの魔法を『戦技』に仕上げるまでに、弱者として苦悩し続けた。

 

(だから、あたしは遠距離を全部捨てた。クロスレンジに全てを賭けた。)

 

 リンは、その神秘への変換効率と出力に目をつけた。

 

 そして、遠距離攻撃の手段を全て放棄した。

 

 弾丸?魔術?

 必要ない。寄ってぶん殴れば済む話だ。

 

 得られる属性エネルギーを肉体各部に過剰に充填・圧縮し、それを放出することでブースターとして稼働させる。

 身体中に属性神秘を仕込んで爆発させ、その反動を身体に叩き込み、自身を人間ロケットとして打ち出すことで、徒手空拳の破壊力を限界まで極める。

 

 無論一歩間違えば死ぬのは自分だ。

 だからそれを抑えるために、肉体と魔力制御の全てを、文字通り死ぬほど磨き上げた。

 

(いっぱい吐いたし、いっぱい死にかけたし、いっぱい泣いた。でも――それだけ、いまのあたしは強いんだ。)

 

 結果として、曙海リンは。

 

 超速度で自身を砲弾として振り回し、ただその格闘術と速度というパラメータのみで敵を圧倒する、狂気のハイスピードアタッカーと化したのだ。

 

 

 

 一本の白雷と化して空を引き裂きながら、眼下の敵を見据える。

 今は自分が追い詰めているが、相手は自分よりも対人戦に長けたプロだ。

 

 今もなお、こちらにカウンターを打ち込む算段を立てているかもしれない。

 もし逃してしまったら、ここに来ているもう一人の友達にまでその毒牙が向けられるかもしれない。

 

 そんなのは、受け入れられない。

 

「だから………あなたはここで斃すっ!!!」

 

 空を舞う輝きがさらに増した。

 

「ぐっ………調子に乗んじゃねえ!!」

(やべぇアレを喰らったら死ぬっ!!)

 

 男の戦闘勘がこれまでで一番大きな警告を鳴らし、地面から壁が隆起し男を囲う。反撃を捨てた全方位防御。

 全力で壁を張った瞬間に。

 

 

 ザギャァッッ!!

 

 

 超加速された雷光の鉄拳。

 それは男の渾身の岩壁を、その厚みの九割ほどを抉り飛ばし、貫通したところで停止した。

 

「――降参してくれる気になった?」

 

「バケモンめ………いいや、まだだ。もとより、契約がある限り俺は相手が誰だろうと降参する気はねえ。傭兵ってなぁ信用商売なんでな。」

 

 ガラガラと壁が崩壊する。

 大小さまざまな傷を負えど、まだ男の戦意は衰えていない。

 鍛え上げた肉体の強度は裏切らず、恐るべき頑強さを見せつけている。

 

 少女は鋭い目を崩さず呼気と共に魔力を吐き出す。パリパリとスパークが散った。

 

 炎、水、そして雷。

 戦闘経験豊富な男であっても、それだけの属性神秘を自由に扱いこなし、さらに極超音速戦闘でも気軽に振るえる人間なぞ初めて見た。

 というかその領域は常人が踏み込んではいけない速度域である。

 

「テメェ、あとどれだけ手札を隠し持ってやがる。」

 

「挑発には乗らないよ。そういうのには答えちゃ駄目って言われてるもの。」

 

「ハッ、そうかい。何ともお優しい仲間だこって。忠告したのはあの黒髪の坊主か。先にヤッとくべきだったな。」

 

 その言葉に、リンの視界が真っ赤に染まった。

 ぎちり、と歯を噛み締める音がした。

 

 うるさい、うるさいうるさいうるさい!!

 何も知らない奴が、彼のことを容易く口にするな!

 彼を殺すなどと……誰がお前にそれを許した!?

 

「ッ……あの人のことを気安く呼ばないでよっ…!!」

 

「チッ。」

 

 純朴で、武人としての姿勢を好みそうなこの少女なら答えてくれると思ったが、生憎そうもいかないようだ。

 むしろ地雷を踏んだらしい、怒り狂った少女の、地獄の底から響くような低い声が男を突き刺す。

 蒼い瞳は、地獄の蒼炎を彷彿とさせるほどにぎらめいていた。

 

 無駄話は終わりだ。そう言わんばかりに雷光がいや増した。

 

 会話の隙に魔法を闘技場に仕込んだ男は、それを頼りに勝算を引っ張り上げようと………

 

 どちらの目にも油断は無く、再びの号砲が放たれようとした時だった。

 

 

 

 

 

――ボガアアァァァンンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 山が吹っ飛んだ。

 

 

「は…!?」

「うえぇ!?」

 

 理解不能。

 

 目の前の光景に、歴戦の両者の、戦闘用に加速した思考回路が一瞬だけ停止する。

 核兵器でも使ったのかという規模の爆発と共に岩山が砕け散り、噴煙がキノコ雲を作り出す。

 

 続いてその方角から、さっきまで暴れまわっていた二人を嘲笑えるほどのとんでもない魔力が、()()湧き上がった。

 

「はっ?こいつはまさか………おいやめろドクター!!島ごと消し飛ばす気かテメェ!!」

 

「ちょっ、セッちゃーんっ!?なんでソレ使っちゃったの!!」

 

 どうも魔力の根源に思い当たる節がある二人から絶叫が飛び出した瞬間。

 

 砕け散った岩山から噴き上げる噴煙が晴れ。

 

 

 その先には、巨大な翼持つ怪物と、黒赤の青年。

 

 

 大きさは全く異なれど、どちらも異常極まりない存在感をまき散らす二体の怪物が空に立っていた。

 

 

 

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