Stella Break   作:無間ノ海

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ヒルダ

 

 

「ふうぅー………」

 

「キュオオォォー…」

 

 岩山を根こそぎ吹き飛ばした化け物、二体。

 メラメラと燃え滾るような深紅の瞳と、殺意に満ちた蒼金の瞳孔が視線を交わす。

 

 セヅキの胸郭はネクタイで隠れているが、その内側からは、真っ赤に燃えるような光が溢れ出している。

 そこから感じ取れる莫大な神秘に、竜は唸り声をあげて警戒していた。

 

「お、おいなぜじゃ!?なぜ助けた!?」

 

「うん?」

 

 意識を取り戻したらしき博士が、自分を左手に抱き抱え宙に立つ青年に叫んだ。

 竜種特有の大技である魔力の息吹を完全に相殺したセヅキは、ドリクをあの一瞬の前に救出し、自分ごと膨大な魔力でガードしていたのである。

 

 セヅキはふいっと、冷たい目で博士を見遣った。

 

「貴方にはまだ聞かねばならないことがある。ここで満足して死なれては私としても困るのでね。」

 

「ぐぬうっ…くそっ」

 

 やはり死ぬ気だったらしい。

 

 だが駄目だ。ここで死なれても贖罪にはならない。

 以前犯した犯罪行為に加えこの島のこと、まだまだ聞きたいことがあるのだ。情報源として、きっちり守れる限りは守り通す。その後はどうなっても知らないが。

 

 そんな時ふわっと、軽やかに飛んでくる気配があった。

 

「セッちゃん!!」

 

「リンちゃん、無事?」

 

 飛翔してくるは栗色の少女。服に傷や汚れはあるが目立った大怪我はない。

 結果的にはこちらに来て正解だったと胸を撫で下ろした。

 

「う、うん…それよりあの竜って…」

 

「この島の魔獣達を素体にして作られた竜種だよ。強度は多分第二階梯ぐらい。詳しいことはこの人が知ってるはずだから。はいっ。」

 

「えっ?わっ!」

「ぬおっ!」

 

 セヅキは左手に抱えた博士を、リンに雑に投げ渡した。

 

「リンちゃん、急で申し訳ないけど…博士を連れて逃げてくれる?巻き込んじゃうから、いつも通りできるだけ遠くへ。」

 

「…うん、わかった。気をつけて。後でちゃんと説明してね?

――それと無断でソルヴェリアを使ったことについては後でお話があります。お姉ちゃんにも叱ってもらうからね!」

 

「…勘弁してくれないか……」

 

 紅蓮に輝く自分の胸郭を忌々しげに見つめて低い声で唸るリンに、セヅキはため息をつく。

 

 何が気に入らないのかは分からないが、仲間達はこのアーティファクトを昔から忌避し続けているのだ。

 自分にとっては頼りになる最強の牙にして半身なのだが、あいにく仲間達にとってはそうではない。

 摘出がセヅキの死を意味するのでなければ、胸ごとぶち抜いてでも破壊されていただろう。

 

 当然、勝手に起動させた今回もお説教確定である。

 こりゃ帰ってから長くなるな、とセヅキの目が遠くなった。

 

 

 とその時。

 竜が腕を振るった。

 

「おっと。」

「きゃあぁっ!!」

 

 ゾンッッ!!!

 

 宙を引っ掻いた爪を辿るようにして飛来した、魔力を濃く含んだ衝撃波。

 セヅキの軽い左腕の一薙ぎで弾き飛ばされたそれは、島の海岸の一部ごと荒れ始めていた海面を掻っ捌き、四つに引き裂いた。

 

「キュルルル………」

 

 無視するな、と言わんばかりに透き通った唸り声と共にこちらを睨むドラゴン。

 常人なら、その敵意だけで精神を砕かれそうになるその凶相は。

 

 ……しかしどこか、遊び足りない子供の癇癪のようにも見えて。

 

 

 ふっと、青年は笑った。

 

「行って。」

「了解っ!」

「ちょっ…!」

 

 その一瞬で少女が姿を消す。

 

 なんだかんだと優しい子だから、きっと博士を殺したりしないだろう。後顧の憂いはない。

 手から天霊が粒子となって消え、素手になったセヅキが、バキリと拳を鳴らした。

 

「ふふっ、これでもよく院の子供達をあやしてるからね……小さい子の相手は得意なんだ。

 

――満足するまで遊んであげる……!」

 

「ギュルアアァアアアァァァァアアアアアアーー!!」

 

 

 爆音を奏で、咬合と蹴りが衝突した。

 

 

 

 

 

 

「さーてと、それじゃあ洗いざらい喋ってもらおうかな。この島が作られた目的は何?あなたはなんで魔獣たちを改造してたの?どうしてあのドラゴンがこの島で造られたのかな?この島が急に出現した理由は何なの?失踪してたジネドーゴのエースがここにいる理由は?」

 

「近い速い声がでかい!!喋るから落ち着かんか!!」

 

 背中から放出される巨大な雷で地面にヒビを入れながら、笑顔でえげつない圧をかけてくるヤバい女に、思わず後ずさるドリク。

 

 整った顔立ちも相まって、そのにっこり笑顔はまさしく女神のようだ。もっとも敵認定した相手は容赦無くブッ殺す死の女神だが。

 

 生命科学、結界魔術などでは秀でた才能を持つ彼だが、こと戦闘に関してはド素人。流石に強化魔獣すら正面から圧倒できるバケモノ相手では打つ手がない。

 抵抗の気配を見せた瞬間に肉片に変えられるだろう。

 

「あ、ちなみに無回答の時間が20秒経つごとにビンタするから。雷撃付きで。」

 

「おい本当にやめい貴様のハタキなぞ一発でワシの首が粉微塵になるじゃろが!」

 

 岩塊を熱したバターよろしくキレイに抉り取る拳だ。

 素人へ振るうなど拷問すっ飛ばしてただの処刑である。

 

「だよね?死にたくないよね?じゃあ話して。」

 

「ぬうぅ………!」

 

(別に今更命など惜しくもないが、こんなわけのわからん連中に気まぐれで殺されるのはごめんじゃ。惜しい情報などもはやない、ここは時間を稼ぐとしよう。)

 

 深呼吸して心を落ち着かせ、ドリクは訥々と口を開いた。

 

「…とりあえず、この島を作った根本的な理由はあの竜じゃ。ワシの旧友はあやつを『ヒルダ』と名付けた。」

 

「ヒルダ?なんか可愛い名前だね。」

 

 リンは意外なネーミングにちょこんと小首を傾げた。

 なかなかおしゃれで可愛らしい名前である。強さ的には全っ然可愛くないが。

 

「そりゃ雌じゃからな、あやつは。その旧友はワシの研究者としての先達であり、親友じゃった。奴はフェメリス院に所属していたワシに一つの卵を託し、その3日後に惨殺死体で発見された。」

 

「うへぇ、ドラゴンの卵を持ってたってこと?いろいろとすごい人だったんだね。」

 

 竜種の卵は、それ一つの値で街が建つと言われるほどの希少品だ。長寿な上に頂点捕食者の一角である竜は、そもそも産卵の機会がとても少ない。

 

 ――そして何より、愛する卵を奪われた母竜ほど恐ろしいものなどない。件の科学者が惨殺されたのもその辺りの禁忌に触れたからだろう。

 

「その後、ワシは匿ったあやつを孵化させ、実験動物として育てておった。幸い竜種に関するデータはいくらでもあったからな。成長過程において、ワシの望むように成長の方向性を定めることなど造作もない。」

 

 そう語る彼の目は、語り口に反して異様なほどの寂寞に満ちていた。

 それはどこか、遠くを見ていて。

 

 思わずリンは問いかけた。

 

「……その割には名残惜しそうだね。あなたにとっては、ただの実験動物じゃなかったんじゃないの?」

 

「………初めはそのつもりだったんじゃがな。竜種の子は、ワシの研究者としてのテーマを達成しうる最上の素材じゃ。

じゃが、あやつはワシによく懐きおった。腹芸になぞ一切造詣のないワシの腹の内など読めておったじゃろうに、雛鳥よろしくついてきおったよ。結局、ワシはあやつを娘のように扱うことを止められなんだ。」

 

 心底悔いるように、稀代の生物学の権威は語る。

 

 世話になった親友の形見。

 人生を懸けたテーマに手を届かせうるパーツ。

 そして、ただ真理を追求するだけだった男に、初めて出来た愛する家族。

 

 それがドリクという男を歪めてしまった。

 ただ真理を追究するばかりで、彼は愛を知らなかった。血のつながった家族すらもが、その旺盛な知識欲を支えるための駒でしかなかった。

 

 そうであったが故に、初めて自覚した愛は、彼の在り方そのものを歪めた劇毒だった。

 

「ヒルダは純血の竜種じゃが、孵化したばかりのあやつはまだ幼く力もなかった。竜種の成長速度を考えれば、あやつが一人前になるよりもワシがくたばるほうが早い。おまけに人馴れした扱いやすい竜の子など、好事家どもからすれば垂涎の的じゃ。ゆえに、ワシの代わりに何としてでもあやつを守る術を見つけださねばならんかった。」

 

「野生には返さなかったの?場所がわかってる竜の巣ならいくつかあるでしょ?」

 

 リンが疑問符を浮かべた。

 

 竜の巣。

 誇り高さが故に群れることの少ない竜たちが、例外的に作るコロニーだ。

 

 彼らは巣として一帯の山脈や大峡谷を乗っ取り、丸ごと根城とする。そこには数百にも及ぶ純血・亜種のドラゴンたちが集まり、仲間や子供たちと共に住むという。

 もちろん数こそ少ないが、世界中探せば10や20はあったはずだ。

 

「竜は誇り高い種族じゃ。少なくとも、自分たち以外の種族に慣れてしまった者を、奴らが同族と認めることはない。」

 

 知識を披露しているだけにしては、えらく苛立たしげな声だった。

 

 一度は試したのかもしれない。きっと一縷の望みを懸けて竜の巣に乗り込み、巣の主の怒りを買って命からがら逃げ馳せたのだろう。

 

「結局のところ、ワシに打てる手など一つしかなかった。それが、」

 

「…あの子を強制的に強くする。他ならない、自分の手で。そういうことなんでしょ。」

 

にいと、生物学の権威が唇を釣り上げた。

 

「『王血の資格』。そう呼ばれる現象がある。魔獣が一定以上の魔獣を殺し、その遺伝子を体内に取り込んだ際に血が変質する現象じゃ。そして、竜種はこの資格を持つものに絶対的に服従し、その周りに集いコロニーを作る。それこそが、竜の巣じゃ。」

 

 竜の巣を作れるほどの資格があれば、周りの竜種もヒルダを排斥することなどできない。むしろその強さに惚れ込み従うか、逃げ出すかの二択だ。

 

 そこまでいけば、もはや彼女に手を出すものなどいなくなる。

 数多の仲間を従えた竜の巣の主。それに手を出すなど大国の全戦力を相手にするようなものだ。

 いくら欲望に狂った好事家でも、街ごと灰にされることがわかっていて喧嘩を売るようなバカはいまい。

 

「無論、竜種の血を王血に目覚めさせるには、相当の魔力濃度を持った魔獣が山ほど必要じゃ。本来なら、敵である同格の竜種を殺してようやく手に入る資格じゃからな。

だがワシならばできる!進化した魔獣から抽出した因子をヒルダに組み込み、その血を覚醒させることがなっ!」

 

 ヒルダを休眠させ、抽出した因子をひたすら彼女に馴染ませる。

 ここは、そのための実験場。

 

「だからこそ、ワシはあらかじめ所有していた無人島をあの傭兵に分離・改造させ、自由に海遊を可能とするこの島を作らせた。人為的に望ましい過酷な環境を構築し、魔獣どもに淘汰圧をかけて進化させるためにな。」

 

「…そっか、じゃあこの島はあなたの実験場兼、魔獣たちとヒルダちゃんの育成場ってことか。すごいこと考えるね。」

 

 確かにあの傭兵の能力なら、無人島を海底から分離させて人工島を作ることも不可能ではないだろう。

 地面を操る力。自然環境の改造なんてお手のものだ。

 

 そこで、リンは首をひねった。

 

「んっ?じゃあ、なんで今さら姿を現したの?ずっと隠れて研究を続けてたのに。」

 

 そう。

 元はと言えば、何故かこの島が急に姿を出現させたのが原因だ。

 

 話の流れからして、この島を現出させる理由はないはずである。補給でもしたかったのだろうか。

 その問いに、ドリクは別にどうということはないとでもいわんばかりに言った。

 

「あぁ、それか。何のことは無い、ただ隠蔽用の歪曲フィールドを稼働させていた術式陣がエラーを起こしただけじゃよ。アレが動く限り一定以上島に近づくことも観測することもできんが、先日ウルジア大陸への移動中に機能不全を起こしたのでな、現在は停止しておる。」

 

 その言葉に、リンは胸を撫でおろした。

 

 蓋を開ければ何のことは無い、ただの結界のエラーである。少なくとも島を丸ごと転移させたとかではなかったらしい。

 

「なんだそんなことだったんだ。じゃあわざわざ大急ぎで飛んでくることもなかったのかな。」

 

「………もしや貴様ら、まさかそのためだけにここに来おったのか!?ワシや傭兵を追ってきたわけではなく、島が現れたというだけでか!?」

 

 本当に何なんだこいつら。ドリクは目を白黒させた。

 

 はじめは彼がもともと所属していたゼスカ帝国の精鋭部隊か何かかと思ったが、振る舞いからしてそうではない。そもそも目的が自分や傭兵の捕縛ではなく、島の調査という時点で意味不明だ。

 

 なら地形を調べる地質学者の類かと考えたが、それにしては単純に強すぎである。賞金9桁の特級の傭兵を片手間で捻り潰せる学者がいてたまるか。

 

 その時、ドリクの頭が回転を始める。

 

「んっ……?戦闘に優れた強力な魔法使いで、神秘現象を調べていて?かつ若者…?」

 

 

 ―――ぞおっ。

 

 血の気が引いた。

 

 

「ッッ!!まさか貴様ら!ほ、【星見屋】の『滅相者』どもっ………!!」

 

「あっ、気づいちゃった?」

 

 あちゃーバレちゃったかー。

 可愛らしく舌をぺろっと出すリンの気軽な振る舞いに反して、ドリクの顔はどんどん青褪めていく。冷や汗が白衣をびっしょりと濡らした。

 

(まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいっ!!なぜよりにもよってこの化け物どもがこんなところに………!!)

 

 考えうる限り、最悪の相手だった。

 

 それは、世界中の裏社会に住む者にとって、等しき絶望の象徴たる秘密結社。

 地球の何処に居ようとも、神秘を用いた犯罪を犯せば、それだけで問答無用で叩き潰しにくる恐怖の武力組織。

 

 彼らには金も権力も通用しない。

 ただ多くの人間を護るためだけに法すらもかなぐり捨て、自分勝手に敵という敵を血の一滴に至るまで虐滅する狂人の集まりだ。

 

 帝国の刺客の方がまだマシだった。

 こいつらは最悪、自分達はおろかこの島自体を滅ぼしかねない。その規格外の打撃力と、敵対者を地獄の底まで殺しにくる苛烈さは、万人にとっての恐怖の対象だった。

 

 思わず、叫ぶ。

 

「ワ、ワシらを消しに来たのかっ!待て、ワシらは"神秘災害"までは起こしておらんっ!ヒルダを含め無関係だ!」

 

「わわっ?」

 

 冷や汗だらっだらで詰め寄るドリクに、思わずリンが後ずさった。

 

 老爺がガンギマッた目で詰め寄る絵面は、控えめに言ってもホラーなのでやめてほしいと思う。

 

「もう、落ち着いてよ。もともとこの島が人工的に転移してるって疑惑があって、他の陸地とかにぶつかったらまずいから止めに来ただけだよ。あなたたちさえおとなしくしててくれれば、他の魔獣たちに手は出さないから。」

 

 慌てて弁明すると、ドリクがすごく疑わしげな目を向けてきた。

 

「……本当じゃろうな。貴様らが他人に情けをかけるとは思えんが。貴様らは何千年も裏の連中を殺し尽くしてきた殺し屋じゃろう。国を滅ぼしたことすらあると聞くが。」

 

「誓ってほんとーです!」

 

 全く失礼な!

 

 一体どんなイメージを持たれているというのか。自分たちが手にかけるのはどう足掻いても交渉不可能な極悪人か……そもそも「成り果てた」手遅れな人たちだけだ。

 そういう連中は容赦無く殺すが、逆にそうでなければ何があろうとも死なせない。ウチのモットーである。

 

「ただし、それはあなたがいうことを聞いてくれれば、だからね!とりあえずこの島の航行システムのところに案内して。この島の動きを封じない限り、私たちも安心できないから。」

 

「……拒否したらどうなる。」

 

「そのときは力技で止める羽目になるよ。あたしもそれは遠慮したいけど。」

 

 その力技がどれほどの規模になるか、想像したくもない。

 万事休すとみたドリクは、首を縦に振るしかなかった。

 

「……はあ、いいじゃろう。こっちじゃ、着いてこい。」

 

 

 

 

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