Stella Break   作:無間ノ海

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安息の内に、翼を墜とす

 

 

 

 

「ギュルルオォ!」

 

天竜咆哮。大地転震。

 

竜が殴り、島が揺れる。

 

 

 超音速で飛行する竜は蹄を、顎を、そして巨大なその体躯の全てを用いて、空へ攻撃を繰り出す。

 

 その全てが余波だけで大気をめちゃくちゃに掻き混ぜ、島全体に地震を引き起こし、空間そのものを捻じ曲げるだけの神秘の出力を誇っていた。

 天候は崩壊した気圧により巨大な雷雲へと変化している。

 標的()が被害を抑えるために上空に移動していなければ、この島は跡形も残っていなかったはずだ。

 

 

 ならば、なぜ倒れていない?

 

 竜にとっては豆粒以下の重さしか持たない矮小な存在は、なぜ今も無傷で空を駆けている?

 

 

「まったく、本当に元気な子だね…暴れっぷりといい、昔のお師匠みたいだ、なっ!」

 

 青年はその攻撃の全てを捌いていた。

 攻撃が飛んでくるたびに瞬間移動のような速度でその体が消えて回避し、あるいは彼の腕やつま先がブレる度に竜の攻撃が明後日の方向に吹き飛ばされ海が抉られる。

 

 元のそれからは、桁どころか次元が違うレベルまで強化された身体能力の大元は、やはりその胸郭で輝くクリスタル(ソルヴェリア・コア)

 

 シンプルな運動エネルギーとして放てば、それこそ国を根こそぎ消し飛ばせるほどの魔力(エネルギー)出力。それを、肉体を核として鎧のように纏うことで、魔力強化の倍率を跳ね上げているのだ。

 底上げされたパワーで空を踏み締め、魔力の拡散をロケットエンジン代わりにして宙を舞う。

 

 結果、人間が(さいがい)と渡り合うという夢物語が実現していた。

 

「ギャアアォ!!」

 

「来るか――おいで。」

 

 突進の直後、ヒルダの視界から外れたその隙。

 

 一瞬で距離を詰めたセヅキがその横っ腹を盛大に殴りつけた。

 

「【穿鎚】」

「キャルルゥッ!?」

 

 戦艦砲に匹敵する威力の拳が、ヒルダの横っ腹に突き刺さる。

 

 鋼など比にならない強度を誇る神秘の鱗は、その凄まじい迫撃すらをもかすり傷で済ませたが、内臓の方はそうもいかない。

 貫通した衝撃が竜を身悶えさせる。

 

 その隙を見逃すセヅキではない。

 

「ふっ、ぜいっ、はっ!」

 

 隙を見逃さず、顎下、大腿部、背中と蹴りを見舞う。

 その全てが鈍い痛みを竜の脳に伝えてくる。

 

「ギュ、ギュルゥ!?」

 

 どれだけ強力な能力を持っていても、ヒルダの思考は未だ産まれたばかりの赤ん坊に等しい。

 

 ただ本能のままに暴れることしかできず、故に意味不明な現実を受け入れ、対策を立てるだけの思考を持てていなかった。

 

 ……故に、竜の幼子は、ただ暴れ狂う。

 

「キャルオオォッ!!」

 

 ヒルダの喉が透き通った声をあげて、暴風をともなって顎門に強烈なエネルギーを集束させる。

 気圧がさらに激減し、海が荒れ狂った。

 

(さっきのブレスの焼き直し…いや違うな、空気の量が多すぎる。)

 

 それはまさしく、草原で味わった。

 

 

「――ギュウウアッ!!」

 

 

 あの歴戦の銀獅子の咆哮であった。

 

 最初の一撃で魔力による力比べは分が悪いと思ったのだろう。大気を介した間接的な攻撃に切り替えたのだ。

 

 魔力を練り込んだ特大の空圧グレネードが迫る。直撃と同時に解放された気圧で広範囲を吹き飛ばすそれは、確かに対空攻撃にはうってつけだ。

 

「なるほど、考えるねっ………!」

 

 それを見るや否や、セヅキは即時右手に天霊を召喚。

 

 正面から高く掲げた愛刀を、体重をかけて思いっきり振り下ろし

 ――断雲。

 

 気圧の砲弾を、真っ向から二つに叩き切った。

 

 ボ ン ッッ!!

 

 天地を引き裂く唐竹が、半透明の歪曲した砲弾型をかっ捌く。

 

 セヅキの隣を掠めたそれは、爆発によって海面を抉り竜巻のように巻き上げた。

 とんでもない威力だ。あの白銀ライオンのオリジナル版から、さらに強化されている。

 

(因子と収斂進化という言葉から予想はしていたけど…やはりこの島の動物たちが進化過程で得た身体機能を宿していると見ていいだろう……っと)

 

「グウァァァオオオッッ!!」

 

 一際大きく翼を羽ばたかせたヒルダが一瞬で距離を詰め、竜の鉄拳が振るわれる。

 それを交差させた腕でガードする、が。

 

 ――熊×亀×蝦蛄。

 

 ガゴン!!

 

「むっ!!」

 

 先ほどまでとは全然異なる硬さと重さ。

 見事に直撃を喰らったセヅキが、その予想外の威力で大きく吹き飛ばされる。

 

 さらに、もう一発!

 

「ギュウウウゥゥゥ――オオオアァァ!!」

 

 空圧砲ではない。

 今度こそ間違いなく竜種の切り札――竜の息吹。

 

 しかしその色は、先ほどの純粋な破壊を示す白ではなく。

 触れるものを腐食する、毒々しい紫色。

 

 ――竜×食性植物(マンイーター)×蛇。

 

 竜の毒息(ドラゴンブレス・ヴェノムフォール)!!

 

(これは……まずい!)

 

 その凄まじい毒性を見ただけで察知したセヅキは、即座に天霊を呼び出す。

 まともに受ければ即死と判断したのだ。

 

 天霊に途方もない密度の魔力が流し込まれ、純白の刀身が仄かに赤熱する。

 毒息の到達する瞬間に、抜刀。

 

「焦熱よ、来たれ……!!」

 

 その一振りで、灼熱の嵐が巻き起こる。

 

 刀身から吹き荒れた魔力と業熱の波濤が、迫る毒息の分子を分解し、さらに圧倒的な圧力で弾き飛ばす。

 球体型に膨れ上がった膨大な魔力が壁となり、島へ届こうとしていた毒息の余波も拡散で無力化させる。

 

 毒の竜種の攻撃にも引けを取らない狂死の一撃を、人型の恒星兵器は反射で軽々と迎撃してのけた。

 

 とはいえ危険極まりないのは事実。

 たらりと冷や汗が垂れた。

 

「あっぶなかった……無毒化しなかったら島が死んでたよ、というか私が死んでた……うん?」

 

 その時だ。

 

 キイィ……ン、と。

 その蒼い竜眼のなかに輝く、星座を成した星空の模様。

 

 魔法の根源。星辰だ。

 

 どうやら、セヅキの読みは当たっていたらしい。

 それを認めて、青年は苦く微笑んだ。

 

「やはり魔法だったか。どうやらドクター・ドリクは、殊更君に常軌を逸した生体改造を施していたと見える。」

 

 ――【命饌喰らう牙翼(ヴェガ・ラピナドット)

 

 己の身体を流れる『王血』に内包される、魔獣の特技。

 それを、()()()()()()()()()強制的に再現する。

 

 ネコ科の柔軟・俊敏性。亀の防御力。猛禽類の飛行能力から、植物の不死性・毒まで。

 その生物の因子を取り込み支配下に置きさえすれば、その能力をドラゴンのスペックで無理矢理コピーできるのだ。

 

 本当ならば、他の生物の能力のコピーなど容易いことではない。何故なら彼らは、それ専用の生態や身体機能を保有しているからこそ、固有の能力を持つのだ。

 

 普通ならそれを直接コピーなどできやしない。例えば出力重量比が圧倒的に高いネコ科に、人間が短距離走で挑んでも勝てるわけないのである。

 

 ――だが、魔法ならば話は変わる。

 世界の法則そのものを無視する異常能力に、常識は役に立たないのだから。

 

 それこそが、あの天才が最高傑作だと告げた理由。

 確かにただでさえ強い魔獣をさらに改造した上で生存競争の中で進化させ、その能力を抽出して、魔法を介して竜種という最上位種族に上乗せしたのだ。そりゃ滅茶苦茶強いに決まっていた。

 

 あのマッドサイエンティストめ、どれほどの無茶な改造を施したんだと言いたくなる。

 

 

「ギュルルルゥ……!!」

 

 ヒルダはこちらを慎重に伺っている。

 次に出すべき手は何か。こちらが打ってくる手は何か。

 

 此方の動きを伺いつつ、その対策を己の手札と相談しているのだろう。目覚めたばかりのその未熟さ故に、ヒルダは凄まじい速度で成長を続けていた。

 

(とは言っても、正直こっちが打てる手なんてほぼ無いに等しいんだけどな。さてどうしたものか。この子に罪はないのだし、殺すだって気が引けちゃうな。)

 

 セヅキは溜息をついた。

 

 これこそが普段ソルヴェリアを起動しない理由の一つだ。天災規模の馬鹿げたエネルギーは、はっきり言って全く制御が効かない。

 最低限の魔力強化とエネルギーとしての放出が精一杯であり、普段扱う細やかな魔術操作などもってのほかだった。

 

 リンや同僚の皆であれば切れる手札は無数にあるのだが……こういう時何でロクに手を打てないんだと、自分の不器用さにイライラしてくる。

 結局、今の彼に出来ることなど一つだけ。

 

「殴って、蹴って、ぶっ飛ばす!」

 

 格下ならば力押しで、格上ならばど根性で。

 身体を裂かれようが心臓を砕かれようが、己が身一つと精神力だけでただひたすら真っ向からぶち破る。昔から、それしか彼にはできなかった。

 

「せめて苦しめないようにするから――大人しくしててくれるかなっ!」

 

 そう告げて、魔力出力のギアを一段引き上げる。

 ワンアクションで地形を砕ける身体能力がさらに桁を上げた。

 

 コアの回転と輝きが一回り強くなり、紅蓮色のオーラが吹き荒れる。

 膨れ上がったエネルギーの余波が、海面をグラグラと揺らがし荒波を逆立てた。

 

「キャリュオオォオッ!!」

 

 対してヒルダが繰り出すは、さらなる因子の覚醒とそれにより得られる異種の能力を結集した奥義。彼女が今持つ最も大きな手札。

 

 ――鰐×美州豹×獅子。

 

 ライオンの魔力強化を兼ね備えた突進をジャガーのしなやかさで変則的に繰り出し、さらにワニの凄まじい咬合力で噛み砕く。

 

 ドラゴンの身体能力にさらに魔獣たちの武器を上乗せした、山すら噛み砕く必殺の顎が青年に向けられた。

 

 

 対して、彼は。

 ただ、手を大きく引いて。

 

 そして突いた。

 

「――【天道鏑】……!」

 

 

 その手刀は、衝撃波であり、光の大槍であり、神秘の弩弓であり。

 つまるところ技とも称せぬ、とてもシンプルな貫手であり。

 

 

 されどそれゆえの、単純な破壊力は。

 

 ――雲海を裂き、竜の両翼に大穴を開くに至る…!

 

 

「…………!!!」

 

 機動力を奪うための、一撃で沈めるための前座。

 ヒルダの目にすら映らぬ神速の貫手は見事にその両翼を千切り離した。

 

(ごめんね。)

 

 心苦しく思いながらも、誇り高き貴種を鎮めるには足を潰すことが必須だった。

 

 産まれて初めての大怪我。されど竜種の肉体にとってはこれすらも少し大きなかすり傷にすぎない。きっと数日すれば完全に再生して元通りだ。

 

 だが、まだ産まれたばかりの子にとってその苦痛は想像を絶すだろう。

 痛い。そう表現することすらできない幼子にとってはきっと地獄の苦しみ。

 

 

 だから、その痛みが脳に届く前に。

 神経細胞を駆け抜ける信号が到達する、その刹那。

 

「おやすみ、よく頑張ったね。――だから今だけは、ゆっくりお眠り。」

 

 優しくヒルダの顎に触れた掌底が衝撃を放ち、竜の意識を瞬断した。

 

 

 

 

 

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