刀奈サイド
三限目が終わった休み時間。私は次の授業の準備を済ませて、窓の外の晴れ渡った春の空を眺めていると、メールが入った。相手は……本音ちゃんから。
布仏本音ちゃんは私の専属従者である、虚ちゃんの妹で私の幼馴染の一人。私の恋人でもある、イサムとは同じクラスになっている。
そんな本音ちゃんからのメールの内容はこんな感じだった。
『いーさーが怒った頭を冷やすためにどっかいっちゃった。なっちゃん所連れてくの難しいかも』
いーさーというのはイサムの事だろう。本音ちゃんは知り合った人をあだ名で呼ぶ癖がある。彼女なりの法則が有って、気に入ったと思った人は名前からあだ名を、それ以外は苗字からあだ名を付ける。イサムに関しては「なっちゃんの大事な人だから、私も仲良くなりたいし~」って言ってたから、名前から取ったのだろう。
アルトやシェリルの話では昔は短気だったけど、スカルで訓練するようになってからはそれを矯正して滅多にはキレないって言ってたんだけど……。何が原因だったんだろ? その辺、本音ちゃんは分かるかな? 聞くためにメールを返したら、返事はすぐに来た。
『クラス代表を決める時に、オルコットさんがなっちゃんをバカにするような言葉を言ったから怒ったんだよ~。何かしようとしていたけど、未然に織斑先生が防いだから問題にはならなかったみたい。愛されてるね~、なっちゃん』
本音ちゃんもその言葉に怒ってるみたいね。彼女が逆に人を苗字呼びする事はほとんど無い(先生などの目上の人は除く)。よっぽど第一印象が悪くない限り、あだ名で呼ぶ子なので、今回はよっぽど許せないのだろう。
それと本音ちゃんのメールで嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなるのと頬が緩むのが分かる。これは、見られると面倒な事に……
「おおっ⁉ なっちゃんの方から、ラヴ臭が!」
この状況で一番面倒な人こと、IS学園新聞部副部長の黛『パパラッチ』薫子ちゃんに見つかった。
「……薫子、ラヴ臭ってなんスか。後、テンション高いッスね」
「ラヴ臭は文字通り、甘酸っぱい青春の恋の香りよ! 後、フォルテはテンション低いわね~」
「皆、私がめんどくさがりなの知ってるのにクラス代表押し付けるからッスよ! 押し付けれそうな、刀奈は生徒会長で無理だし!」
うがーと唸りながらそう言うフォルテちゃん。まあ、学校屈指の実力者である事は間違いないし、妥当ではあると思う。
「そんな事はどうでもいいのよ! 今はなっちゃんのラヴ臭の正体を探るのが先よ! さあ、ちゃっちゃと吐け!」
薫子ちゃんは新聞部だけど、これは完全に刑事の尋問よね? かつ丼が欲しくなる感じね。
「……流石に大声で言うのは恥ずかしいから、ちょっと、耳を貸して?」
私の言葉を聞いて、二人は、耳を寄せる。私はイサムと付き合ってる事と付き合うまでの経緯を簡単に説明した。
「……なんか、なっちゃんが思った以上に純愛だった」
「そうッスね~。一目惚れの初恋の相手に10年以上ぶりに会って、二人は結ばれるって、どんだけ王道なラブストーリーやってるんッスか」
「そ、そんな事言われても……」
物語のような話だとは自分でも思っていたけど、面と向かって言われると流石に恥ずかしい。
「薫子、なんだか刀奈が可愛く感じるッス」
「奇遇ね、私もそう思うわ。恋が人を変えるのは本当ね。……まあ、友達として言えるのは、おめでとう! だね」
「そうッスね、私からもおめでとうを送らせてもらうッス」
「ありがと、二人とも」
こうやって祝ってくれる友達と出会えた事はここに入って一番大きい事だと思う。フォルテちゃんは別の国だけど、同じ道を進むライバルとして、薫子ちゃんは私のパートナーを預けれる、信頼できる人間として、そして何より友達として、この出会いに感謝だね。
「って、事はさっきのメールの相手は件の彼氏からなの?」
「ううん、イサムのクラスメイトになった、幼馴染の本音ちゃん、あっ、本音ちゃんっていうのは虚ちゃんの妹ね。その子からの連絡だったの」
「へえー、虚先輩に妹さんが居たのね」
「先輩は整備や色んな事でお世話になってるッスから、一度会いたいッスね~」
「じゃあ、一緒にお昼食べる? 元々、本音ちゃんに言ってイサムを連れて来てもらう予定だったし」
「? なんで、なっちゃんが直接言わないの?」
「いやー……実は再会した日、余りにもテンパっちゃって、連絡先の交換忘れちゃってたんだよね~。あはは……」
それを気付いたのは、イサムと別れて生徒会の仕事をしていた時だ。気付いた時はもう遅く、虚ちゃんの胸で泣いたのは記憶に新しい。
「余裕なさすぎッスよ」
「ていうか、よく考えると順番がおかしいよね。普通、一番最初にやる事でしょ。いきなり思いの丈ぶつけるって、お互い、どんだけ不器用なんだか」
「後で思うとそうなんだけど、あの時は何も考えず、自分がやりたい事、気持ちをぶつける事をやってたからね」
「熱いッスね~」
「案外情熱的ね~」
情熱的ね……。好きって感情は熱量の塊みたいなものだから、あながち間違ってないのかも。
「そろそろチャイムが鳴るから、二人とも席に戻った方が良いわよ?」
「確かにそうッスね。次の授業はあの『氷の女帝』ッスから、ちゃんと席に着いてる方が身の為ッス」
『氷の女帝』とは、去年の終わりから特別講師でIS学園に来ている、現ロシア国家代表、ノーラ・ポリャンスキー。織斑千冬、ミリア・ファリーナ・ジーナスと互角の乗り手と言われ、二人が引退した今、事実上の『世界最強』と目される凄腕のIS乗りである。ただ、今まで行われた二回のモンドグロッソを途中で棄権しているので『無冠の女帝』とも呼ばれている。
実際に会ってみるまで何で棄権したんだろうと私を含めて皆思っていたけど、「面倒だから自習」と三回に二回は言う性格で皆が察した。ああ、ただ面倒なだけだったのだろうと。
「そうね~。まあ、今日の授業はこれで終わりだし、この話は後でじっっっっっくり聞きましょう」
これは……根掘り葉掘り聞かれるわね。まあ、私とイサムが付き合ってるってばらした方が、邪魔も他の子のイサムへの誘惑も無くなるかな?
「……分かったわ。お昼食べながら話すわよ」
「絶対よ!」
それだけ言って薫子ちゃんは自分の席に戻っていった。フォルテちゃんはそんな薫子ちゃんを見ながら苦笑いを浮かべつつ、席に戻る。
さて、あと一つの授業、頑張りましょうか!
授業が終わり、私は薫子ちゃんとフォルテちゃんの二人と一緒に、一年の教室のあるフロアに向かった。
例年なら多分目立つんだろうけど、今年は二人の男性操縦者見たさで二、三年もいるのでそこまで目立たない。
「盛況ッスね~」
「ホントね。タイミングを見計らって取材しないと」
「あっ、いたいた、なっちゃ~ん」
私の名前を呼ぶ声が聞こえたから、その声の主の方を見ると、ダボダボの袖を振る女の子がいた。
「本音ちゃん、待たせた?」
「だいじょ~ぶ、そんな待ってないよ~」
「良かった、廊下がこれだから、少し来るのに手間取ったんだ。それで、後ろの子たちは?」
「いーさーの友達だって~」
「えーっと、始めまして。会社の同僚で、アイシャ・ブランシェットです。元々、ここにはISの整備の勉強に来たんですけど、イサムの専用機の整備がここでの仕事になりました」
ピンク髪の子がそう言う。イサムの同僚という事は新星インダストリー所属って事か。新星インダストリーは美星学園という直営の中高一貫の人材育成校を持っていて、能力が認められれば中学の頃から業務に関わっているらしい。その中でこの年齢で専用機の整備を任せられるのだから、能力的に素晴らしい物を持っているのだろう。
「更識刀奈よ。ここの生徒会長で日本の代表候補生をやらせてもらっているわ。……いきなりで悪いけど、機会が有れば私の子も診てあげて欲しいんだけど……」
「是非! 色々な技術に触れられるので願っても無いです。更識先輩!」
「そんな硬い呼び方じゃなくて下の名前でOKよ。もしくはなっちゃんで。私もアイシャちゃんって呼ぶから」
「よろしくです、刀奈先輩! それで、私の横に居るのが……」
「マリアじゃないッスか」
「お久しぶりです、フォルテさん。ここでは先輩ですね」
アイシャちゃんの紹介の前にフォルテちゃんがその子の名前を呼ぶ。
「知り合いなの? フォルテ」
「お隣の代表候補生ッスから、そこそこ交流があるッス」
「カナダの隣だから……アメリカ?」
「はい。アメリカの代表候補生、コミリア・マリア・ファリーナです。マリアと呼んでください。先輩方」
「マリア、フルネームで名乗らないんッスか?」
「あの名前はここでは大きいですから。私として評価してほしいので、当分はこれで行くつもりです」
「なるほど、納得ッス」
「「どういう事なの、フォルテ? (ちゃん?)」」
「話して大丈夫ッスか?」
「フォルテさんが、お二方を信頼出来るっていうなら、信じます」
事情を理解していない私と薫子ちゃんはフォルテちゃんにそう尋ねた。フォルテちゃんは周りを気にして私達に顔を近付けてから話し出す。
「マリアのフルネームはコミリア・マリア・ファリーナ・ジーナス。察しの良い二人なら分かるッスね?」
「……つまりマリアちゃんは『ミセス・ヴァルキリー』の娘って事?」
「正解ッス、薫子」
「なるほどね。彼女自身が正当な評価を受けるには、大きい名前ね」
親や身内の名前が大きいと他の身内が苦労をする。良くある話だ。私のお父さんである、更識家現当主、十六代楯無は『歴代最高の当主』と呼ばれていて、子どもの頃は周りから『どうしてできない』『出来て当たり前』と言われ続けてきた。私自身の良さをちゃんと見てくれたのはお父さんとお母さん、布仏のおじさん、おばさん位だろう。
この感覚を相談できたのはアルトだけだ。
彼も『当代最高の役者』と名高い父親を持ち、その若手時代に演じた役を演じれば常に比較され続けた。アルトの場合、「役者としては『親父』というより『師匠』という感じだから、凄い人の元で学べているって思っていた」と言っていた。それに合わせて「四六時中最高の手本がある、最高の環境だ。確かに名は大きいけど、俺は親父じゃない。俺は俺の芝居を探すだけさ」とも。
それが有ったから、私は周りの言葉や評価を気にせず来れたと思う。
「……記事のネタにはなりそうだけど、分かったわ。本人の望まない事を言いふらすのはジャーナリズムに反するし。マリアちゃんで良いかしら?」
「私もそう呼ぶわ。マリアちゃんも時間が合ったら一緒に練習しましょう?」
「よろしくお願いします!」
「そう言えば、私達も挨拶しないと。私は黛薫子。二年の整備課だから、機体の相談ならいつでも乗るわよ。対価は男性操縦者の情報で」
「私はフォルテ・サファイア。カナダの代表候補生で専用機『コールド・ブラット』の専属操縦士ッス。よろしくッス、後輩諸君」
薫子ちゃんとフォルテちゃんは簡単に自己紹介をした。
「さて、事情は本音ちゃんから聞いてるけど、イサムは結局帰ってきてないの?」
「うん、戻って来てないよ~」
「事情? 何かあったの?」
事情を知らない、薫子ちゃんが聞いてきた。なので、アイシャちゃんと本音ちゃんが簡単に説明をする。
事情を聞いた薫子ちゃんは、
「愛されてるね~なっちゃん」
と私を肘でつっつき、二人の代表候補生は、
「バカですかね?」
「バカッスね。サラを始めとした、イギリスの子達が可哀そうッス」
と率直に厳しい言葉を言っている。
サラというのは私達の同級生でイギリスの代表候補生サラ・ウェルキンの事だ。つまりオルコットさんの直属の先輩になる人だ。それ以外にも一、二、三年にはイギリス出身者が何人もいる。その子達も噂が広がるにつれ、肩身の狭い思いをするだろう。代表候補生の言葉はそれほど重いのだ。二、三年はそこまで長い間一緒の時間を過ごして、人柄とかを知っているから心配ないと思うけど、一年の子達はいじめとか起こらないか少し心配だ。
「少しイサムを探してくるわ。皆はどこかで待っててくれる?」
「じゃあ、私と薫子で三人を学園内の案内でもしてるッス」
「早く学園に慣れてほしいし、オリエンテーションの代わりね」
「お願いね~」
そう言って、私は一人でイサムを探しに動き出した。と言っても、大体の見当は付けている。
私は階段を上っていく。目指すのは屋上。空が好きなイサムなら絶対にここに居る。私は確信を持って言える。
ロシア代表=ノーラを思いついたから、刀奈を日本代表候補生に変えました。