夢   作:やど

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ゾヤの夢小説。10歳差ぐらいかなとぼんやりと考えてます。





夏、公園にて。

 

 

「ねえ、お姉さん。どうしたの?」

 

 茹だるような暑さの中。不思議そうに首をかしげる子どもを見て、私は固まってしまった。

 

 三つ編みをした4、5歳ぐらいの子ども。

 色素の薄い髪色。陶器のように白い肌。まるで天使のように愛らしくて、それでいてどこか無機質にも思えた。

 ノースリーブの白い服の胸元には、海のような色のネックレスがつけられていた。小さな子どもがつけるには、どこかアンバランスに見えるそれに気を取られていると、再度声をかけてきた。

 

「ヒモ、切れちゃったの?」

 

 その琥珀色の目は、私の足元へと向けられていた。

 その子の言うとおり、公園の中、僅かな木陰を求めて歩いていた私の靴紐は、蜘蛛の糸のようにいとも容易く千切れてしまった。今まで、だましだまし使っていたけど、もう寿命だったのだろう。

 心配そうにこちらを見るその子の言葉に、私は小さく頷いた。

 

「そっか。ダイヤに結ぼうって思ってたけど……うん、きっと、お姉さんが使うべきだね」

 

 落ち着いた口ぶりで、その子は肩からかけているポシェットから、紐を取り出した。

 それは、私が使うには派手な、明るい紫色のリボン。

 

「待ってね」

 

 紐を手に取った子どもは、ひざまずいて靴に紐を通した。

 本来の用途ではないとは言えど、無事に靴は動くようになった。

 ありがとう。そう伝えると、その子はゆるく、柔らかく微笑んだ。

 

「クッキーの砂糖になれたかな?」

 

 ……その子の例え話は、正直分からなかったけれど。

 それでも、その子なりに励まそうとしていることは伝わってきて。私は自然と嬉しくなって、頷いた。

 

「よかった。ヒモも、暑さで疲れちゃったんだね。ボクも分かる……今、砂漠のアイスの気持ちだよ」

 

 その子は、本当に溶けてしまいそうなぐらい、顔を真っ赤にしてた。

 その子の三つ編みはとても似合っていたけど、下ろしていると暑そうだったから。私はお礼として、髪を結わえてもいいかと尋ねた。

 

「うん、いいよ」

 

 カバンからブラシを取り出し、その子の髪を手に持つ。

 一本一本が絹のように綺麗で、全く突っかかることがない。長いけれど、丁寧に手入れのされた髪の毛だ。きっと、大切に育てられてきたのだろう。それか、この子が頑張ったのか。ゆっくりと梳かしていき、一つにまとめ直した。

 

「あ……」

 

 上で一本に束ねると、白いうなじが姿を覗かせた。

 その子はペタペタと首の後ろを触り、そして顔を綻ばせた。

 

「髪、結いてくれてありがとう。スッキリしたよ。お礼に、お姉さんの髪も結んでもいい?」

 

 お礼のお礼のお礼。そんな、何往復もするものではないと思ったけれど。それでも、どこか楽しそうな表情を見ていると、断ることは出来ない。

 頷いて、髪ゴムを手渡すと、その子は私へと屈むようにジェスチャーをした。

 しゃがんだ私に、その子は慣れた手つきで髪を結わえてくれて。

 

「お揃いだね」

 

 天使のように微笑まれて、私もなんだか嬉しくて頷いた。

 首筋へと手を当てると、スースーと涼しい。お揃い、という響きが嬉しくて、私は自然と心が踊った。

 

「……」

 

 まじまじとこちらを見ているその子が気になって、どうしたのかと尋ねた。

 

「お姉さんって、ケーキのいちごみたい」

 

 どこかぼんやりとした表情のまま、その子はそれこそケーキぐらい甘い声で告げた。

 

「ねえ、お姉さん。ボクともう少し……」

 

 ゾーヤと、誰かを呼ぶ声が聴こえた。その瞬間、その子の表情は少し険しくなった、ように思えた。

 

「……母さんだ、行かないと」

 

 また会えるかな。そんな言葉を口にしてしまったのは、無意識だった。

 言葉は、ふわりとした心のまま音になった。それは、その子の耳に真っ直ぐ届いたらしい。

 

「いいの?」

 

 ねこのように目を丸めたその子の言葉に頷くと、安心したように目を細めた。

 

「また、ここに来るよ。そのときに、お姉さんと会えたら嬉しい。だから……最後に、お姉さんの名前、教えてほしいな」

 

 どこか真剣な表情に気圧されて、私は名前を口にしていた。

 

「ユーリ。ユーリさん……うん、おぼえた」

「ボクは、ゾーヤ。覚えてくれると、嬉しいな」

 

 もちろん、と答えると、その子……ゾーヤの肩は、ほっとしたように下がった。最後に、私に手を振ると、自分の髪を確かめるように触り、広場の方へと歩き出した。

 

 どこか、縋るようにゾーヤを見ていたのは、ゾーヤのお母さんなのだろう。その女性に頭を下げると、彼女もまた小さく頭を下げた。そうして、姿を隠すようにしてひっそりと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

☆

 

 そんなことから、あっという間に月日は流れて。ゾーヤと交流する機会というのは、たくさんあったのだけど。

 小さな子どもと知らない大人が、二人きりで会うというのは、よくよく考えてみると良くないことのようにも思えて。

 それを、ゾーヤ本人に伝えてみることにした。

 

「ダメじゃないよ。ユーリさんは知らない人じゃない」

 

「ユーリさんも、まだ大人じゃないでしょ?」

 

「ボク、人を見る目には自信があるんだ」

 

 最終的には、ゾーヤのお母さんへと挨拶することになり。これでもう知らない人じゃないよね、と有無を言わせず伝えてきたゾーヤに、私は頷くばかりだった。

 

 

 だから、しばらく、ゾーヤとの交流は続いていた。

 ゾーヤの個性的な同級生のお話を聞くのは楽しかった。美味しいおやつの話を聞くのだって新鮮で、時間はいつだってあっという間に過ぎていった。

 

 交流を重ねてから、家庭の事情を教えてくれた。その話を託してくれたのは、多少なりとも私を信頼してくれているのだろう。私は、ゾーヤにとって頼ってもいい存在でありたかったから、だから嬉しくて。その境遇に強く共感もして、ぎゅっと抱きしめた。

 

「……ユーリさんは、どこにもいかないで」

 

 か細く伝えられた言葉に、私はただ頷いた。

 

 とはいえ。

 自然と会う機会は減っていった。そもそも、いつ会おうなんて約束は、一回だってしたことがなかったのだ。ゾーヤには、ゾーヤの付き合いがある。たまに、友だちと仲良く話している姿だって目にすることがある。私は、その付き合いを大切にしてほしいと、強く思ったのだ。

 

 ゾーヤが4年生ぐらいになる頃には、私は受験に追われるようになっていたし、ゾーヤもまたとても充実しているように見えたから。

 

「……また、大きくなったら、会ってね」

 

 寂しそうに、それでもゾーヤは納得してくれた。

 ゾーヤだって、部活や委員会で忙しくなるだろう。もしかしたら、恋人だって出来るのかもしれない。

 そうすれば、私はきっとお邪魔になるから。

 

 チクリと痛む胸に気づかないフリをして、私は進路や勉強について考えていて。怒涛に押し寄せる日常生活に、疎遠になっていた。

 

 

 

 

☆

 

 

 そんな出来事から、何年が経ったのだろう?

 小学生だったゾーヤはもう高校生になってはずで、私は立派な社会人……になっているべきだ。

 たまたま寄った公園は、あの楽しかった日々を思い出させてくれる。ふらりと散策し、そして、ある一点に目が止まった。

 

 子猫が、木の上で震えていた。

 きっと、降りられなくなってしまったのだろう。

 

 こんなことをしている場合だったっけ?

 今の自分の人生の迷いっぷりを考えていると、これは一種の現実逃避のようにも思えた。だけど、この子を助けたら……何か、自分の中で整理がつくような気がした。

 

 それでも、目の前のネコを助けようにも、木登りなんてマトモにしたことがなくて。慣れない手つきで、木を触った瞬間。

 

「ボクが登るよ」

 

 隣から低い声が聴こえてきたと思ったら、すぐに姿が見えなくなった。どうやら、すぐに木の上へとたどり着いたようだ。

 

「下にいてほしい」

 

 身軽な動きで、子猫を抱えて青年は下へと降りる。

 そしてそっと子猫を地面へと下ろすと、子猫はみゃあと小さく鳴いて公園の中を駆けていった。

 

「助けられてよかった。……ユーリさん」

 

 下に降りてきた青年は、かつての面影がある。

 

「ボクのこと、覚えてる?」

 

 ゾーヤ? そう、口にした。

 

「そうだよ……忘れられてなかったんだね」

 

 しばらくぶりに見たゾーヤは、とっても大きくなっていた。

 女の子だとずっと思ってたけど、その背丈は、体つきは男性らしいものに変わっていた。

 

「ボクはゾーヤ。フルネームは……」

 

 ああ、やっぱりハーフだったのかな、とか。なんだかカッコイイ名前だな、なんて思えて。似合ってるね、なんて彼に伝えた。

 

「……ボクは……うん、ボクも自分の名前気に入ってるよ」

 

 少し寂しげに伝えると、ゾーヤは空へと目を向けた。外は、彼と初めて会ったときのように暑い。蝉は暑さに負けずに鳴いているが、私たち人間は燃え尽きてしまいそうなほどの異常気象だ。彼は、少し苦笑した。

 

「良かったら、近くのファミレスで話さない?」

 

 それからは、ファミレスに移動をして。お互いに近況を話し合って。そうして、時間はゆっくりと溶けていった。

 

「ユーリさんも、迷うことがあるんだね」

「ボクも迷い続けてるんだ。ずっとずっと、迷子みたいで……でも、きっと大丈夫だってわかったから」

 

 憂いを帯びた瞳で、ゾーヤは微笑む。

 

「……ユーリさん。まだまだ話したいことがたくさんあるんだ」

 

 恥ずかしがることもなく彼はそんな言葉を伝えて、私の髪へと手を伸ばした。

 

「……それに、ユーリさんと新しい思い出をいっぱい作りたい。どうかな?」

 

 年月を経て、彼の言葉は今までよりももっとストレートで、甘いものになっていて。私は、顔が熱くなっているのを自覚して、ゆっくりと彼の言葉に頷いた。

 

 

 

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