異世界の歌姫(ディーヴァ)    作:弾暴

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9章:新たな日常と文化祭

蝉の声が遠のき、朝晩の風に微かな涼しさが混じるようになった頃、僕の高校は文化祭の準備で活気づいていた。先日まで押し寄せていたメディアは飽きたのかあまり見かけなくなり、僕はひとまずの平穏を迎えていた。校舎のあちこちから、クラスTシャツに身を包んだ生徒たちの笑い声や、BGMのリハーサル音が聞こえてくる。僕のクラスは、カフェを出すことになっていた。朱莉は持ち前の明るさで接客担当のリーダーになり、優斗は力仕事を買って出て、重いテーブルや椅子の運搬に汗を流している。僕はといえば、顔バレ騒動の後、一時はどうなることかと思ったけれど、朱莉と優斗が周囲に気を配ってくれたおかげで、以前のような好奇の視線は随分と減っていた。むしろ、真実を打ち明けたことで、彼らとの間に確かな絆が生まれたことが、僕の心を大きく支えていた。

 

「未来、このメニューボード、もうちょっと右に置いた方がバランスいいんじゃない?」

 

朱莉が、僕が手に持っていたメニューボードを覗き込みながら言った。僕が描いたチョークアートのイラストを、彼女はいつも真剣な眼差しで見てくれる。

 

「うんそうだね。じゃあ…、これでどう?」

 

僕が少しずらして見せると、朱莉は満足そうに頷いた。頬には、チョークの粉がうっすらとついていて、それが妙に可愛らしく見えた。

 

「未来って絵もうまいよな。俺、美術の成績、いつも『2』だったから、羨ましいわ」

 

優斗が、近くで荷物を運びながら声をかけてきた。彼のTシャツの首元からは、汗が滲んでいる。

 

「まぁそれでも朱莉『画伯』に比べたら俺の方がマシだろうけど」

 

そう言って笑う優斗に朱莉が「ちょっとどういう意味よ!」とチョーク片手に「なんなら背中に書いてあげようか」と滲みよる。

 

そんな2人のじゃれ合いに自然と笑みがこぼれる。

 

「ほら進まないから優斗も朱莉をあんまりからかわないで。朱莉の絵は……ほら……味があるからいいんだよ」

 

「ちょっと未来それフォローしてるつもり!?」

 

僕はフォローをしたつもりだったが朱莉は不服だったらしい。僕らはそんなふうに自然と3人で笑い合っていた。以前はこんな風に素直に笑い合えることなんて少なかった。僕の中に、少しずつ変化が生まれていることを肌で感じていた。

 

文化祭の準備が進むにつれて、僕の周りには自然と人が集まるようになった。僕が提案したカフェのコンセプトが好評だったり、困っているクラスメイトにそっと手を差し伸べたりするうちに、気づけば僕はクラスの中心にいた。

 

「未来ちゃん、この飾り付けどうしたらもっと可愛くなるかな?」

 

女子たちが、僕の周りに集まって相談してくる。僕は、少し戸惑いながらも、自分なりにアイデアを出した。すると、みんなが目を輝かせて「すごい!」「未来ちゃんってセンスいい!」と褒めてくれる。以前の僕は、こんな時、すぐに壁を作って距離を置こうとしただろう。だけど今は、彼女たちの笑顔が素直に嬉しかった。

そんな変化に、一番早く気づいたのは男子生徒たちだった。

 

「なあ鳴海、今日の放課後ちょっと付き合ってくんない?」

 

クラスの男子が、僕の机に頬杖をついて話しかけてきた。彼の目には明らかに好意の色が宿っている。

 

「ごめん、今日はちょっと用事があって……」

 

僕は曖昧に笑って断った。すると、別の男子生徒が、遠慮なく僕の袖に触れてくる。

 

「鳴海てさ、なんかクールだけど、笑うと可愛いよね。もっと笑えばいいのに」

 

彼らの距離感は、以前の僕であれば決して許さなかったものだ。体中の毛が逆立つような不快感が込み上げたはずだった。だけど、今はそこまでの嫌悪感はなかった。むしろ、彼らの無邪気な好意に対し、どう対応すればいいのか戸惑うばかりだ。鏡に映る自分の顔を、以前のように嫌悪するだけでなく、その奥にある新しい自分を探すように、少しだけ見つめる時間が増えていた。それは、決して心地よいばかりではない複雑な変化だったが、不思議と未来への一歩のように感じられた。

そんな僕の変化を、朱莉と優斗は複雑な表情で見つめていた。朱莉は僕が周囲に馴染んでいくことを心から喜んでくれているけれど、時折、僕に近づく男子生徒たちに、説明できないような眉間のシワを寄せる。優斗に至っては、よりその感情が分かりやすかった。

 

「おいお前、未来にベタベタ触んな」

 

優斗は、僕の袖を掴んでいた男子生徒の肩を、明らかに威圧的な態度で掴んだ。男子生徒は、優斗の迫力に怯んだように慌てて後ずさりする。僕の真実を知ってなお、僕を「守るべき存在」として見ている彼の視線に、僕は戸惑いを隠せなかった。

顔バレ後、ディーヴァとしての活動は大幅に縮小した。以前のように、何百万回も再生されるような動画をアップロードすることはなくなった。けれど、「元の世界の音楽を伝えたい」という想いは、僕の中で決して消えることはなかった。

僕は、本当に心を許せるファンに向けて、限定的なSNSアカウントで、週に一度だけ歌を投稿するようになった。選曲は、以前よりも慎重になった。僕自身の心の機微や、この世界で感じたこと、そして未来への希望を、歌に込めるようになった。

 

「……私の世界を知る人へ」

 

それでも僕は、変わらずそうメッセージを添えて、新しい歌をアップロードした。誰かに届けばいい。この声が、いつか「真の理解者」に届く日が来ることを信じて。

いよいよ文化祭当日。校門には色とりどりの風船が飾られ、生徒たちの活気に満ちた声が響き渡っていた。僕たちのクラスのコンセプトカフェ「彼女カフェ」は、予想以上の大盛況だった。実際制服の上からエプロンをつけているだけの低予算カフェなのだが『家で手作り料理を作る貴方だけの彼女』という後付け設定が妙に刺さったようだ。朱莉はエプロン姿で笑顔を振りまき、テキパキと注文をさばいていく。僕もまた、朱莉に続いて接客担当として、カフェを訪れる客を笑顔で迎え入れていた。優斗は、重いトレーを軽々と運び、カフェの入り口で呼び込み役もこなしていた。ちなみに男子生徒は家にいる彼女のお父さんという設定だ。活気あふれる声が飛び交う中で、僕はふと自分が自然に笑えていることに気づいた。こんなにも誰かと一緒に何かを作り上げる喜びを感じている自分に少し驚いた。朱莉が、遠くから僕に手を振っていてそれに小さく手を振り返した。その笑顔は、僕の心を温かく満たしてくれた。

カフェの賑わいが最高潮に達した頃、少し離れた場所で接客をしていた僕の耳に、朱莉のいつもの弾んだ声とは違う、強張った声が届いた。目を向けると、朱莉の前に大学のサークル仲間らしき男性客が数人立ちはだかり、皆、ニヤニヤと品定めするような視線を朱莉に向けていた。朱莉は困惑した表情で、無理に笑顔を作ろうとしている。

 

「へぇ、この店の子、可愛いじゃん。ねぇ、そこの店員さん、この後、ちょっと文化祭回らない?」

 

男性は、馴れ馴れしく朱莉の顔を覗き込むように言った。朱莉は困惑と不快感に表情を固めながらも、接客の義務感から「ありがとうございます。あの何か……飲みますか……」と戸惑いながら尋ねた。しかし、男性は朱莉の言葉を遮るように、さらに畳み掛ける。

 

「ねぇ俺の彼女なんでしょ?俺彼女の連絡先知らないんだけどそろそろ連絡先交換しない? それでさ俺たちともっと楽しいことしようぜ?」

 

彼女と言うコンセプトに付け込んで下世話な話をしてくる男性客。その言葉とともに、男性が朱莉の手を掴もうと伸ばした。朱莉の顔から笑顔が完全に消え、彼女の瞳が怯えに揺れるのが遠目からでもはっきりと見えた。

僕は考えるよりも早くその場にいた客の間を縫って朱莉の元へ駆け寄った。

 

「っ!」

 

迷わず朱莉の手を掴もうとした男性の手から朱莉を庇った。急に横から現れた僕に男性客は驚いたように手を引っ込め、反射的に僕を睨みつけた。

 

「なんだよお前いきなり!」

 

僕は朱莉を背後にかばうように、彼女の前に立つ。僕の背後で、朱莉は一瞬驚いたように息を呑んだが、すぐに僕の制服の裾をぎゅっと掴み、その指先が微かに震えているのが伝わってきた。睨みつける男性客の視線に、まっすぐ向き合った。僕が彼女を守らなければ。

 

「……うちの妹にちょっかいかけるなら帰ってもらいますよ」

 

少し考えこんな状況でもできる限りコンセプトどおりにカフェの雰囲気を守りたくて咄嗟に家にいる姉という設定を盛り込む。しかし僕の声は、自分でも驚くほど冷たく鋭かった。男性は、美人が二人になったことに興奮したのか、さらに鼻の下を伸ばす。

「あぁなるほど彼女の家だから姉ってわけね……お姉さんも可愛いじゃん。ちょうどこっちも二人できてたんだよね。ちょうどいいしダブルデートしようよ。面白い出し物教えてあげるからさ」

男性客の連れが、新たに現れた僕を品定めするように見て、コチラの意図に気づいたのかコンセプト通りに則ってそう言い放った。僕は胃の腑がねじれるような不快感に、表情が硬直する。

 

「お断りします。しつこいようなら……父を呼びます」

 

僕が強い口調で言い返すと、男性客は一瞬ひるんだ。父が指す言葉が不穏であることを感じ取ったようだったがすぐに嘲るような笑みを浮かべた。

 

「生意気じゃん。高校生のお嬢ちゃんが強がんなよ。いいじゃんちょっとくらい抜け出してもさ」

 

男性客が再び僕の方に手を伸ばそうとした、その時だった。

それまで少し離れた場所で様子を見ていた優斗が、にこやかな笑顔を貼り付けたまま、僕たちの前にするりと現れた。彼の右腕には、野球部が使うであろう、使い込まれて手入れのされた金属バットがごく自然に握られている。そのバットは、まるで彼の手の一部であるかのように肩に担いで自身の肩をトントンと叩いていた。優斗は、楽しげに笑っているようにも見えるその顔で、男性客たちをゆっくりと見渡した。

 

「うちの子になにかようで?」

 

優斗の声は、陽気なカフェの喧騒にも負けないほど明るく響いたが、その奥に潜む冷たい響きが、妙に耳にこびりつく。彼の瞳は細められ、一見すると愛想よく見えるが、そこに宿る光は鋭く、まるで獲物をロックオンする肉食動物のようだった。そして、その手で握られた金属バットの鈍い輝きが、彼の穏やかな表情とは裏腹に、雄弁に何かのメッセージを物語っている。男性客たちは、さっきまでの余裕が嘘のように、一瞬で顔色を変えた。優斗の纏う、底知れない威圧感と、手にしたバットの異様な存在感に、彼らは明らかにたじろいでいるのが見て取れた。

 

「あ、いや、えっと、まだ飲み物が決まってなくて……ですね」

 

前にいた男性客が、明らかに怯えながら言葉を濁した。その時、近くで接客をしていた別のクラスメイトが、僕たちの異変に気づき、慌てた様子で廊下を指差し、「先生、先生呼んできます!」と叫びながら走り出した。優斗は彼らを真っ直ぐに見据え、僕と朱莉の肩にそっと手を置いた。

 

「まさか……うちの子達に手を出そうなんて思ってないですよね?」

 

「で……出直します!」

 

男性客たちはそう言い残し、気まずそうにカフェを後にした。優斗は、彼らの背中が見えなくなるまで見送ると、朱莉と僕の顔を心配そうに覗き込んだ。

 

「大丈夫か、二人とも? しつこかっただろ?」

 

朱莉は、まだ少し震える手で僕の肘をつかんで「うん……大丈夫」と小さく頷いた。その時、僕は迷うことなく朱莉の身体を優しく抱きしめた。彼女の震える身体が、僕の腕の中でゆっくりと落ち着いていくのがわかる。朱莉は僕の背中に腕を回し、顔を僕の肩に埋めた。

 

「未来も怖かったよね! 来てくれてありがとね! 未来が来てくれなかったら、どうなっていたか……」

 

僕の腕の中で、朱莉が震える声でそう呟いた。僕は、朱莉を抱きしめたまま、見上げるように優斗に感謝の言葉を伝えた。

 

「うん……優斗も来てくれて助かったよ。ありがとうね」

 

優斗は僕の頭をくしゃっと撫でた。その手のひらの大きさと温かさが、僕の心にじんわりと染み渡る。彼の存在は心強くありがたいものだった。




明日も17時に投稿します!

実は現在12話くらいまで執筆中なのですが、作者の手の中には10話時点で幸せを謳歌している未来が泣きながら懇願する姿が見えます。このまま幸せルートまで駆け抜けようか……しかしながら長年このサイトを読み続けている私は知っています。曇り大好きにちゃにちゃ民が多いという事を。ては運命を左右する……かもしれないアンケートのお時間です。

  • 何いってんだ主人公なんて曇らせるもんだろ
  • 主人公曇るのは当たり前。周りも曇らせろ!
  • 路線変更!知らない内に周りだけが曇ってる
  • 多分選ばれない。みんな幸せハッピーエンド
  • 多次元宇宙!全部書きな(作者にムチ打ち)
  • しらね。作者の好きにしなよ←オススメ★
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