異世界の歌姫(ディーヴァ)    作:弾暴

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13章:涙と告白の果てに

僕の唇が朱莉の唇に重なる。それは先ほどの朱莉からの衝動的なキスとは違い、僕の全ての気持ちを込めた、確かな口づけだった。朱莉はふわりと目を閉じ、僕の背中にそっと手を回した。甘く、そしてどこか切ない時間が二人の間を流れる。窓の外は、すっかり夜の帳が降り、街の光が遠くまたたいていた。秋の終わりを告げるような澄んだ空気が、少しだけ肌寒さを伴って窓の隙間から忍び込む。

どれくらいの時間が経っただろうか。朱莉がゆっくりと唇を離した。彼女の瞳はまだ少し潤んでいたけれど、その奥には、安堵と僕への確かな愛情、そしてほんの少しだけ、いたずらっぽい怒りの残滓が宿っているのが見て取れた。僕の心臓は、まだ高鳴りを抑えきれないでいた。

 

「……未来、もう、隠し事はなしね」

 

朱莉の声は、さっきまでの怒りを含んだ調子とは打って変わって、どこか甘く、そして僕の心に深く染み渡った。その響きは、冷えた夜の空気にそっと溶け込む温かい吐息のようだった。僕は、ゆっくりと頷いた。もうこれ以上、彼女に秘密を抱え続けることはできない。全てを話す時が来たのだと、強く感じた。

リビングのソファに朱莉と並んで座り直し、僕は深く息を吸い込んだ。喉の奥が乾き、心臓が大きく脈打つ。緊張と、しかし隠し通す必要がないという解放感が入り混じっていた。僕は、ゆっくりと、しかし淀みなく話し始めた。

 

「私には……みんなが知ってるこの世界とは、似てるけど少し違う世界の記憶があるって前に言ったよね」

 

朱莉は、僕の言葉を真剣な表情で聞いていた。眉を少しひそめ、驚きがその瞳に宿る。彼女の表情は、まるでSF小説でも聞いているかのような、純粋な好奇心に満ちていた。

 

「そしてその世界では、私、男として生きてた。結婚してて、妻と娘もいたんだよ。でも、ある事故に遭って……目を覚ましたら、この世界に今のこの体でいたの。性別のことや、元の世界への郷愁でずっと苦しかった」

 

朱莉は息を呑んだ。彼女の瞳は驚きに大きく見開かれていたが、それでも僕の言葉を遮ることはなかった。ただ、じっと僕の顔を見つめ、僕の心の奥底を探るようにその視線を向けていた。僕の言葉一つ一つが、彼女の心に深く刻まれていくのが伝わってくるようだった。

 

「『ディーヴァ』としての歌は、全部その世界の歌なんだ。そして、私のメッセージ『私の世界を知る人へ』っていうのは、元の世界にいた家族が私の妄想じゃないんだって、誰かに証明してほしかったからなんだ」

 

僕は、響先輩に裏切られたこと、その絶望の淵にいたこと、そして、優斗と朱莉が僕を救ってくれたことを全て話した。話すうちに、あの時の感情が蘇り、声が震えそうになった。喉の奥から込み上げる嗚咽を必死に堪えた。あの時の孤独と絶望が、再び僕を飲み込もうとする。けれど、朱莉がそっと僕の手を握ってくれたことで、僕は最後まで話し続けることができた。彼女の温かい手のひらが、僕の不安をゆっくりと溶かしていくのを感じた。それはまるで、凍えそうな体に温かい陽光が差し込むような感覚だった。

話し終えた時、どれくらいの時間が経っていたのか分からなかった。部屋の中は、すっかり静まり返っていた。外からは、秋の虫の声さえ聞こえず、冬の訪れを予感させるような静寂が漂う。朱莉は、僕の話を、一言も遮ることなく、ただ真剣な眼差しで聞いていた。その瞳は、驚きと、そして僕への深い理解の光を宿しているように見えた。

朱莉は、深く息を吐いた。その吐息は、長年の秘密を共有したことで、彼女自身もまた大きな安堵を感じているかのようだった。そして、僕の顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 

「なるほどね……そっか……そういうことだったんだ」

 

彼女の声は、僕の想像していたよりもずっと穏やかで、僕の心に温かく響いた。僕は、泣いて怒鳴られることも、気持ち悪がられることも覚悟していたのに、朱莉の拍子抜けするような反応に思わず目を見開いた。心のどこかで、これまでの苦しみを全てぶつけられるのではないかと恐れていた自分に気づき、安堵の息を漏らした。

 

「……信じてくれるの?」

 

僕が戸惑いながら尋ねると、朱莉は笑って言った。その笑顔は、冬の澄んだ空気を一瞬で暖める陽だまりのようだった。

 

「うん信じるよ。だって未来が嘘ついてるなんて思えないもん。それに未来の歌声、本当に心を揺さぶるもんね。あれは、きっと未来の、その……『世界への思い』が込められてるからなんだね」

 

朱莉の言葉に、僕の胸に温かいものが広がった。彼女は、僕の荒唐無稽な話を、僕自身を信じて、受け入れてくれたのだ。まるで、冷たい冬の風が吹き荒れる中、温かい毛布に包まれたような心地だった。彼女の信頼が、僕の心を深く癒やしていく。

 

優しい空気が流れる中不意に朱莉が空気を裂くように手を叩いた。

 

「それにしても、未来。クールぶって、いつも澄ましてるけど、実はけっこう抜けてるとこあるよね?たまにボーッとしてて、時々変なこと言うし。それに私のこと、こっそりいやらしい目で見てるし?」

 

朱莉はそう言って意地悪な笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込んできた。彼女の瞳は、からかうような光を宿している。僕は思わず、顔を赤らめた。心臓がドクンと跳ねた。見破られていた恥ずかしさとからかわれることへの照れが入り混じる。

 

「な、なな、なに、急に……!」

 

「とぼけないで! さっきもいったけど気づいてたんだからね? 周りはみんな未来の表面的な見た目に騙されてるわね、ほんとはダメダメでムッツリスケベなのにね」

 

朱莉は腕を組み、一人で勝手に納得すると、楽しそうに笑った。その表情は、僕の秘密を知って、さらに僕との距離が縮まったことを心から喜んでいるかのようだった。その笑顔に、僕の心の氷が溶けていくのが分かった。朱莉の明るい笑い声が、静まり返っていた部屋に響き渡る。

 

「なっ朱莉こそ! 周りはみんな、朱莉のこと、明るくて優しくて、裏表のない子だって思ってるけど、実際は朝起きるの遅いし、部屋は散らかってるし、えっとあと…あと!いきなりあんなキスしてく……るし……」

 

僕も負けじと、朱莉の隠された一面を暴露するように言い返そうとした。ただし、自分自身が何を言っているのか分からなくなり、先ほどの出来事が咄嗟に口から出てしまい、急に恥ずかしくなり自ら尻すぼみになっていく。顔が熱くなるのを感じた。朱莉の目を見ると、さらにからかいの色が深まっているのが分かった。

 

「ふふっ……やっぱりいやらしいこと考えてたんだ?」

 

朱莉はからかうようにそう言って、頬を少し赤らめた。先程の行動を思い出して朱莉自身も少し恥ずかしかったようだ。ただその顔は、僕の反論を嬉しそうに受け止めているようにも見えた。

僕が何も言い返せず口をパクパクとさせると、朱莉がプッと吹き出し笑った。その笑顔につられて、僕も笑い出す。僕たちの間に、軽快な笑い声が響き渡る。今までなかった冗談めかした口調で互いの事を指摘し合ううちに、僕の心は、これまでにないほど温かい感情に満たされていた。朱莉は、僕の全てを受け入れ、僕の苦悩さえも、からかいに変えてしまうような、とてつもない「強さ」を持っていた。僕が男として「守ってあげたい」と思っていた彼女は、実は僕が思っていたよりもずっと強く、そして僕を包み込んでくれるような存在だったのだ。

僕が彼女を守るだなんて、烏滸がましいにも程がある。知らない内に僕の方がずっと守られていた。その事実に僕は心の中で深く反省した。同時に、彼女への愛情がさらに深く僕の心に根付いていくのを感じた。

 

実は現在12話くらいまで執筆中なのですが、作者の手の中には10話時点で幸せを謳歌している未来が泣きながら懇願する姿が見えます。このまま幸せルートまで駆け抜けようか……しかしながら長年このサイトを読み続けている私は知っています。曇り大好きにちゃにちゃ民が多いという事を。ては運命を左右する……かもしれないアンケートのお時間です。

  • 何いってんだ主人公なんて曇らせるもんだろ
  • 主人公曇るのは当たり前。周りも曇らせろ!
  • 路線変更!知らない内に周りだけが曇ってる
  • 多分選ばれない。みんな幸せハッピーエンド
  • 多次元宇宙!全部書きな(作者にムチ打ち)
  • しらね。作者の好きにしなよ←オススメ★
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