放課後のチャイムが鳴り響き、校舎から生徒たちのざわめきが遠ざかっていく。屋上へと続く階段を一段一段上るたびに、冷たい空気が肌を刺した。秋の終わりを告げる風は、いつの間にか冬の気配を濃厚に纏っている。空は鈍色の雲に覆われ、屋上の扉を開くと、白い息が視界を遮る。
そこに優斗が立っていた。いつも通りの、少しだけ伏し目がちな横顔。彼の佇まいからは、僕を待っていた時間の長さと、静かな覚悟がにじみ出ていた。僕の心臓は、冬の寒さとは別の意味で、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。彼に伝えなければならない言葉はあまりにも重く、そして僕自身の身勝手さを浮き彫りにする。
「優斗、待たせてごめん」
僕の声は、凍える空気の中でわずかに震えた。優斗はゆっくりと振り返り、いつもの優しい笑顔を僕に向けた。しかし、その瞳の奥には、どこか諦めにも似た寂しさが揺らめいているように見えた。
「いや大丈夫だよ。未来こそ寒いのにわざわざごめんな」
その気遣いの言葉が、かえって僕の胸を締め付けた。優斗は、いつだって僕を優先してくれた。僕の痛みや苦しみに寄り添い、どんな時も僕の味方でいてくれた。この世界で、僕が「鳴海未来」として生きていく上で、彼がどれほど大きな存在だったか。そのことを思うと、感謝の気持ちと同時に、彼を傷つけてしまうことへの罪悪感が波のように押し寄せた。
「優斗……私、話があるの」
一歩、優斗に近づく。足元のコンクリートが、僕の決意を固めるかのように、冷たく感じられた。優斗は何も言わず、ただ静かに僕の次の言葉を待っていた。その沈黙が、僕の言葉をより重く感じさせた。
「優斗には……本当に感謝しているんだ。私がこの世界に来てから、ずっと傍で支えてくれて、どれだけ救われたか分からない。優斗がいなかったら、きっと私はここまで来られなかった」
僕は、心からの感謝を込めて伝えた。優斗の瞳が、一瞬だけ揺らぐ。彼の顔に浮かぶ、僅かな期待の光。それが僕の胸をさらに締め付ける。
「優斗の気持ちも、ちゃんと分かっているつもりだよ。私にとって、優斗は、本当に大切で、かけがえのない人だよ。だけど……」
一度言葉を切り、深く息を吐き出す。冬の冷たい空気が、僕の肺を満たし、決意を促す。
「だけど、私は、朱莉が好きなんだ。朱莉と……生きていきたいと思っている」
僕の言葉に、優斗の顔から表情が消えた。彼の瞳の奥に揺らいでいた小さな光が、ふっと消えるのを感じた。屋上を吹き抜ける風が、まるで僕の告白の余韻をかき消すように、強く音を立てる。
僕は、朱莉に打ち明けた自身の秘密についても、全てを優斗に話した。男として生きていたこと。妻子がいたこと。この世界が「偽物」だと感じていたこと。響先輩に裏切られた時に助けてくれた優斗への感謝の気持ち。そして、朱莉が僕の全てを受け入れてくれたこと。
優斗は、僕の話を、一言も遮ることなく、ただ静かに聞いていた。時折、視線を宙に向け、遠くの街並みをぼんやりと眺める。彼の表情からは、感情の読めない静けさだけが漂っていた。僕の心は、彼の沈黙に耐えきれず、張り裂けそうだった。
やがて、優斗はゆっくりと息を吐き、僕の方を向いた。そして、その表情に、いつもの、けれど少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
「そっか……。未来、全部話してくれてありがとう」
その言葉に、僕の胸は締め付けられた。彼は、何もかもを受け入れてくれた。僕の荒唐無稽な秘密も、そして僕が彼を選ばなかったことも。
「正直さ……ちょっとだけ、期待してたんだ。未来が、俺の方を向いてくれるんじゃないかって。俺を選んでくれるんじゃないかって。でも、未来が俺に隠し事をしなくなった今、分かったよ。未来の気持ちは、ちゃんと朱莉に向いてるんだな」
優斗はそう言って、少しだけ自嘲するように笑った。その笑顔は、どこか諦めと、そして優しさで満ちていた。彼の言葉は、僕の心を深くえぐった。自分がどれほど彼を傷つけてしまったのか、まざまざと突きつけられたようだった。
「別にさ、未来が俺を振った形になったけど俺嬉しいんだ」
優斗は、空を見上げ、薄く笑った。その瞳には、一瞬だけ微かな光が宿る。
「俺たち3人ずっと仲良かっただろ?正直未来と朱莉どちらかと付き合う事になるんじゃないかって少し期待してたんだ」
優斗は自嘲するように笑って続けた。
「俺さ勝手にどちらか一方と付き合ったらどちらか一人が悲しむんじゃないかなんて自惚れた事思ったりしてさ。でもさよく考えたら二人が一緒になるなら未来と朱莉が二人とも幸せになるってことだろ?てことは二人幼馴染の幸せを見れる俺も最高に幸せじゃん。ほらやっぱりみんな幸せでこれが最高の形だ!こんな嬉しい事ないだろ?」
優斗は心の底から僕たちを祝福するように明るくそう言った。
彼の言葉に、僕の目から止めどなく涙が溢れ出した。冬の冷たい風が頬を撫でるが、涙の熱さは変わらない。こんなにも優しくて、僕の幸せを第一に考えてくれる優斗を、僕は傷つけてしまった。彼の言葉は、僕の心を温かく包み込むと同時に、深い切なさで満たしていった。
「ほら未来、流石にもう寒いだろ?風邪ひかないうちに先に戻りなよ」
優斗は、僕の背中をそっと押した。その手は、いつも通りの温かさだった。
「俺はもう少し、ここにいるよ。もうちょっとだけこの空気を吸っていたいからさ……なんて、ちょっとカッコつけ過ぎか?」
彼の言葉に、僕は何も言えなかった。これ以上言葉を重ねれば、彼の優しさに甘えてしまう。そして、彼の心の傷をさらに深くえぐってしまう気がした。
僕は優斗に背を向けた。僕が屋上の扉へ向かい始めたその時、空から、はらはらと白いものが舞い落ちてきた。初雪だ。まだ粒は小さく、すぐに消えてしまうほどか弱いけれど、確かに冬の訪れを告げる雪だった。冷たい雪が僕の頬に触れ、涙と混じり合った。
僕は優斗に背を向けて、屋上の扉へと歩を進めた。振り返りたい衝動に駆られたけれど、ぐっと堪えた。それでも扉に手をかけた時、せめて一言だけでもお礼を言いたいと、もう一度だけ振り返った。
優斗は、遠くの街並みのほうを向いて空を仰いでいた。その背中には、音もなく降り始めた初雪が、薄く積もり始めていた。彼の背中は、どこか小さく、そして僕には計り知れないほどの寂しさを纏っているように見えた。彼が何を考えているのか、彼の表情を見ることはできなかった。けれど、その姿は、僕の心に深く焼き付いた。
僕は何も言わずに屋上の扉を静かに閉めた。
扉の向こうでは、朱莉が心配そうな顔で待っていてくれた。僕の顔を見た途端、彼女の瞳が大きく見開かれる。僕の目から溢れる涙と、肩にうっすらと積もった雪を見た瞬間、朱莉は何も言わず、ただそっと僕を抱きしめた。彼女の腕は温かく、僕の震える体を優しく包み込む。朱莉の温もりが、僕の心をじんわりと解かしていく。
冬の始まりの凍える屋上で、僕の心は、優斗への感謝と、朱莉への深い愛情、そして一人の親友を傷つけてしまった痛みで満たされていた。しかし、その痛みの中にも、確かに未来への希望の光が灯っているのを感じた。
明日は15時頃投稿します
幼馴染3人の関係性が変わりましたね。コレから2人の甘々の日々が……
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見たい!
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見たくない!
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優斗に!優斗に慈悲を!