異世界の歌姫(ディーヴァ)    作:弾暴

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ここから2話優斗への慈悲回。
優斗には男を見せてもらったのでご褒美ですね。


第19章:再会、歪んだ旋律

冬の澄んだ空気が、少しずつ春の匂いを運び始めていた。新しい学期が始まってから一週間。僕の心は穏やかで、放課後、朱莉を待つ時間も心待ちにするようになった。今日は音楽室で待つことにした。誰もいない静かな空間は、僕が心を解放できる唯一の場所だった。古いピアノの前に腰を下ろし、そっと鍵盤に指を置く。乾いた木と象牙の匂いが、冬の窓から差し込む夕陽の光に溶けていく。

以前なら、音楽室の扉は僕の世界から外界を隔てる壁だった。けれど今は、朱莉や玲奈先輩との出会いを通じて、もうここは僕だけの世界じゃないと思える。そんな温かい気持ちを込めて、僕は一曲、歌い始めた。妻がよく口ずさんでいた、懐かしい旋律。優しくて、切なくて、それでも前を向く強さを持った歌。窓の外、茜色に染まる空をぼんやりと眺めながら、僕の歌声が音楽室に響き渡る。

そのメロディーに身を任せていると、ふと、背後の扉が開く音がした。朱莉が来たのかな、と振り返ろうとしたその瞬間、冷たい声が僕の名前を呼んだ。

 

「鳴海未来…いや、ディーヴァ」

 

その声に、僕は全身の血の気が引くのを感じた。心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、僕の顔写真を流出させ、僕の心を深く傷つけた響先輩だった。彼の顔は以前よりもやつれ、目に宿る光は憎しみと嫉妬で歪んでいる。

 

「まさか、お前みたいな裏切り者が、まだのうのうと学校にいるとはな。しかも、音楽から逃げたかと思えば、またこんな場所で歌ってやがる。お前のせいで…俺は…!」

 

彼は僕を指差して喚き散らす。その言葉は、まるで鋭い刃物のように僕の心に突き刺さった。彼の逆恨みの矛先が僕に向いていることは理解できた。僕の歌声を「元の世界を知る者」と偽って近づき、僕を騙し、信頼を踏みにじった。その結果、自分が満たされないと知った彼の歪んだ感情が、僕の存在を許せないのだ。僕は何も言えず立ち上がり距離を取るように後ずさると、ただ手を握りしめることしかできなかった。

響先輩が僕に向かって一歩踏み出した、その時だった。

 

「響先輩、そこで止まってください」

 

音楽室の正面の扉がゆっくりと開き、そこに立っていたのは優斗だった。彼はいつもの柔和な笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には、鋭い光が宿っている。優斗は僕の方を一瞥することなく、まっすぐ響先輩を見据えていた。夕陽が優斗の横顔を照らし、そのシルエットを際立たせる。

 

「どういうつもりですか?こんな場所で、今更未来に何を話しているんですか?」

 

優斗の声は静かだが、有無を言わせぬ威圧感があった。響先輩は優斗の姿に一瞬怯んだものの、すぐに嘲笑を浮かべた。

 

「なんだ騎士気取りの腰巾着か。お前、まだこんな女の味方をするのか?コイツは…」

 

響先輩が口を開きかけた瞬間、優斗は静かに、しかし強く言い放った。

 

「響先輩。俺が言いたいのは、未来に近寄らないでほしい、ということだけです。俺はあなたの口から未来の名前を聞きたくない」

 

優斗は一歩、響先輩に近づいた。その間合いは絶妙で、響先輩をこれ以上錯乱させないよう、ぎりぎりの距離を保っている。優斗の言葉に、響先輩は怒りで顔を赤くし、未来への罵詈雑言を続けた。

 

「ふざけんな!コイツは俺を騙したんだ!ディーヴァだかなんだか知らねえが、あの歌だって俺のほうが!俺の才能を食い物にして、裏でコソコソと…!コイツのせいで俺は…!」

 

響先輩の言葉が、支離滅裂で聞くに堪えないものへとエスカレートしていく。僕の心は、再び冷たい水の中に沈んでいくようだった。窓の外の空は、もう深い藍色に変わり始めている。そんな僕を、響先輩は勝ち誇ったような顔で見つめている。

その時、背後から乾いた、しかし強い声が響いた。

 

「あーもうほんと、マジで聞くに耐えない。耳が腐るから黙ってくんない?」

 

その声に、響先輩は僕から視線を外し、振り返った。音楽室の後方の扉が開いており、そこに立っていたのは、金髪を揺らす玲奈先輩だった。彼女は腕組みをして、心底呆れたような表情で響先輩を見つめている。

 

「あーもう、本当に頭悪すぎない?自分勝手に裏切られたって騒いでるだけじゃん。俺の才能とか……ぷっミクたんの才能にこびり付いてたゴミの分際でマジウケる。そういうのをお門違いって言うの。ダサいしキモっ」

 

玲奈先輩は、響先輩の醜態を心底見下したような口調で言った。響先輩は、玲奈先輩の挑発的な言葉に怒りを爆発させた。

 

「てめぇ…!誰に向かって口きいてやがる!」

 

響先輩は玲奈先輩に向かって、怒りに任せて走り寄った。しかし玲奈先輩は、その勢いに全く動じた様子はない。優斗は咄嗟に庇おう「危ないっ!」と言い走り寄ろうとしたが位置的にどうあがいても響先輩が先に玲奈先輩と接敵する。

 

「引き際も知らない悪役とか全然ダメじゃん?そんなんで未来ちゃんに手出そうとか、マジで笑わせないでよ」

 

だが玲奈先輩は、響先輩が目の前まで来た瞬間、スッと体を回転させ、華麗な回し蹴りを放った。その蹴りは、空気を切り裂くような鋭い音を立て、正確に響先輩の顔面を捉えた。一瞬だけスカートが翻り紫色が見えた。彼は呻き声と共に、勢いよく音楽室の床を滑っていく。

 

「あんたの出番はだいぶ前に終わったの。さっさと退場しな」

 

響先輩は、床に倒れ込んだまま動けない。玲奈先輩はつまらなそうにため息をつくと、優雅な仕草で足元のスニーカーの埃を払った。

 

「ったく、本当になんなのあいつ。せっかくいい気分で歌聴いてたのに、ぶち壊しじゃん。まあ、ちょっとスッキリしたからいっか」

 

玲奈先輩はそう言って、僕の隣に駆け寄ってきた。彼女の表情は、いつもの明るい笑顔に戻っている。

 

「ミクたん、大丈夫?」

 

玲奈先輩は、僕の肩を抱き寄せ、温かい声をかけてくれた。僕は、ただ呆然と彼女を見つめることしかできなかった。優斗もまた、事態の急展開に目を丸くしている。

こうして、僕の心にまた一つ、新たな旋律が刻まれた。それは、過去の苦い思い出を断ち切り、僕を救ってくれた、二人の大切な友人との、新しい絆を象徴する音だった。そして、窓の外はすっかり夜の闇に包まれ、街の光がより一層強く輝いていた。

 




明日も14時に投稿します。
次の話は優斗視点です。
もしかして主人公出てこないの初では?
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