アストライア冒険譚   作:ものえの

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※次回投稿は、8月3日(日)20:30頃を予定しています。


第三章 『魔女バーバラ』
1.ノバリス地区<欲と汚泥、そして闇>


ワッチ達元気組一行は酒場”一攫千金”を出てノバリス地区へ足を進める。

「そういえばワッチさんはバルダの生まれでしたね。」

オリオンの問いにワッチは明るく答える。

「ワッチでいいよ。確かに育ちはバルダだけど、どこで生まれたかは知らないんだ。」

「大方、グラナダ王国の出自だろ。あっちは褐色人が多いしよ。」

リチャードがぶっきら棒な語り口で二人の会話に入る。グラナダ王国とはアストライア島南部海岸線を支配する五王国の一国である。しかし、その国力は他国と比較しても低く文化産業も未熟な国であった。リチャードにとってグラナダ人とは国境を越えクリスト王国民から略奪を行う唾棄すべき蛮族、それが褐色肌を持つ者に冷淡な態度を取る理由となっていた。

「でも父さんと母さんの肌は白いしとても優しいよ?」

「ならどこかの孤児院で買って来たんじゃねぇのか?」

リチャードの言葉にワッチは一瞬顔を曇らせる。

ゲンガンはワッチの様子をすぐ察知し、膝をつきワッチの右肩に手を置く。

「安心めされい。拙者はお嬢の出自で差別など絶対に致さぬ。」

「う、うん。ありがとうゲンガン。」

ゲンガンはかがんだ姿勢で睨みつけるようにリチャードを見据える。

「何だ、東方人。お前もそのガキと同類か?」

「リチャード、そこまでにしましょう。非は貴方にある。」

後方からオリオンが力のあるまっすぐな青い瞳でリチャードに言い放つ。

オリオンと並びユウナも口を挟む。

「私もオリオンと同意見。出自は才能、性格、価値観とは別に切り離すべき。それとも貴方は出自にしか頼るものが無いの?」

「何を言うか、この魔術師風情が!」

「ほら、また同じ。一体何に怯えているのかしら。」

「二人共そこまでです!」

オリオンが一声高く声を上げ二人を制止する。

「リチャード、貴方は孤児院で買った、と言いましたね。現教皇はその実体を重く見て孤児の売買を前面に禁止し護国卿の助力を得てまでして悪辣な商人を駆逐しました。確かに護国兵団の一員として魔女と戦う貴方は慕われ尊敬される人だ。でも世界をもっとよくその目で見て知った方がいい。」

オリオンから発せらる言葉の重みに耐えかねたか、やがてリチャードはゆっくりと頭を垂れる。

「謝るのは僕にではありませんよ?」

「ああ、分かってる。」

リチャードはワッチの側に近寄るとはっきりとした口調で謝罪の言葉を述べる。

「ワッチ、済まなかった。お前を傷つけてしまった事を謝らせて欲しい。」

「ううん、大丈夫だよ。でも父さんや母さんの事を悪く言うのは絶対ダメだからね?」

「ああ、そう・・そうだな。」

「それにリーダーやるなら仲間の悪口は言わない。そんな人にはリーダーなんて任せないんだから。」

「それは困る。後で隊長に叱られる。」

「エドワードさんの事?」

「ああ、そうだ。冒険者エドワードは仮の姿。護国兵団第一部隊隊長にして『王国の剣』、黒太子エドゥこそがあの方の本当の姿さ。」

「黒・・・太子?ええっ、本物の王子様じゃん!」

「そう・・・なるかな?・・・なるんだろうな。」

そのやりとりを見守りつつゲンガンが立ち上がる。

「では、”のばりす”地区に再び足を進めましょうぞ。」

一行はノバリス地区の闇へと足を踏み入れる。

 

 ノバリス地区。エドゥの策により偽りの魔女による決起場所として指定された場所。商人は常に複数の護衛に囲まれ警戒しつつ仲介人と交渉を進める、そんな光景がこの地区の至る場所で見受けられる。

「初めて来たけど・・・バルダじゃないみたい。」

ワッチの呟きにリチャードが反応する。

「”一攫千金”はガラが悪いといってもあの髭爺の目があったからな。だがここは違う。掃き溜めの集団だ。」

「はきだめ?」

「単純に悪い事で金を儲ける集団、って事さ。」

「じゃあ、やっつけちゃう?」

ワッチの笑顔にリチャードは抑揚を付ける事無く告げる。

「お前の役目はこの紙切れに釣られた冒険者が向かった先を聞き出すんだ。チップは先に渡してやる。」

「あ、その紙リチャードも持ってたんだ!」

「これは元々隊長の発案。ニセの決起文をバラまく事で本物の魔女をあぶり出すのさ。ほら、手を出せ。」

トスン、と重みのある音がワッチの耳に入る。手に落とされたのは小銭入れの袋。ワッチは紐を解き覗き込むと感動の声を上げる。

「き、金貨だぁ!」

「いちいちはしゃぐな。だが慎重に使え。情報を手に入れたら闇市場で合流だ、わかったな!」

「はーい。」

ワッチはリチャードらに手を振ると足早に裏道へと駆けていった。

「拙者はいかが致そう。」

「ゲンガンはそこの魔術師の護衛だ。アンタの威圧感はそれだけで役に立つ。ワッチが気になるだろうが作戦の内だ。理解してくれ。」

「承知した。」

「私は何を?」

ユウナの問いにリチャードは闇市場の建物を指差す。

「アンタはゲンガンと一緒に闇市場の片隅に居を構えていた呪術師ダサハーという人物について調べてくれ。確率は低いだろうがかつてこの男によって造られた地下迷路を探索した誰かの情報が見つかればなお良い。」

「迷路と魔女に関係が?それに聞き覚えの無い名前・・・。」

「情報を照合すればワッチの情報と合致する可能性は高い。ダサハーはかつてノバリス地区を拠点にしたギルドに属さない在野の呪術師の名前だ。金の為なら人を呪い殺し亡者を操り自らの護衛として使役する外道の呼び名に相応しい男。幸いすでにギルドの手で討伐は完了していて本人はノバリスの土に戻ってる。ダサハーは魔女結社と親密な関係にあったとギルドの調査報告書にも記載されている。この男の隠れ家に本物の魔女が潜んでいると考えても不思議な事じゃない。なぁに特に難しい仕事じゃない。露天商等でそれらしい本か巻物を見つけてくれるだけでいい。」

ユウナは頷くと静かに右手のひらをリチャードに差し出す。

「何だ?」

「・・・購入代金。」

「いや、お前王宮育ちのお嬢様だろ?自分の金で・・・。」

「お代。」

有無を言わせぬ言葉にリチャードは嘆息しつつも、代金を渡す。

「余ったらちゃんと返せよな。」

「考えておく。」

「・・・ったく、合流は闇市場だ。何か分かったらすぐ合流だ、いいな?」

スラムの中へと足を向ける二人を見送った後、オリオンは笑みを浮かべながらリチャードを称える。

「最初の時に比べたら進展しましたね。」

「何がだ?」

「色々と、です。でもそろそろ名前で呼んであげても良いのでは?」

「・・・魔女は信用できねぇ。」

「彼女は魔術師であって魔女とは違いますよ。」

「俺には理解不能な分野だ。大した差異は無い。そもそもオリオンの使う神聖魔法の様に人の身体の傷や病を治す訳じゃない。」

「今すぐで無くていいです。少しだけ視野を拡げてみましょう。恐らく彼女の印象が大きく変わるはずです。」

「やけに肩を持つな。惚れたのか?」

やや意地悪さを見せながらリチャードは問い返す。

「まさか。僕にはすでに誓いを立てた方がいます。」

「余裕だな。」

「信頼です。そしてパーティとしてこれから敵と戦ううえで最も重要な事でもあります。」

「確かにオリオンの言う通りだ。でもあの魔術師が簡単に歩み寄るか?」

「その仕事はリーダーであるリチャードの仕事です。頑張ってください。」

「わかったよ。やるだけはやるさ。んじゃ、こっちも始めるか。」

「まだ僕の仕事は聞いてませんが。」

「害虫駆除。行けば分かるさ。」

いつもの自身に満ちた表情で言葉を返すリチャードに安心したかのようにオリオンは頷く。

「分かりました。出来るだけ穏便に済ませましょう。」

 

ノバリス地区裏路地。ワッチは懐から布袋を取り出すとせっせと小石を詰める。

「重さは・・・ん~、このくらいかな。よし、じゃあやるか!」

ワッチは意気揚々とノバリス地区にある酒場へと入っていく。酒場にドレスコードなど存在しないが一定の身なりというものはあるモノだ。しかしこの酒場はそのモラルさえ存在しない、いわば都市の暗部の煮凝りに近い異様さを醸し出していた。

(うわぁ、すっごい格好の人たちばっかり。これじゃあアタシの恰好が一般人に見えちゃうよ。)

周囲に警戒しながらワッチは客の顔色を物色する。

(誰に聞こうかなぁ・・・)

するとその時、ワッチを呼びかける野太い声。

「だぁれをお探しかしら?そこのお嬢さん?」

「はいっ?」

ワッチが振り向くと、そこには背の低い髭を綺麗にそろえた人物が優雅にカウンターに座っていた。肌は白くしわが出ないよう化粧で整えられ、大きな唇には真紅の口紅、現代でいうドレッドヘアとも言える奇抜な髪型、そして整られた顎鬚にはキラキラと輝く宝石の数々。身にまとう服は小太りの体刑が優雅に見えるほどの艶やかな緋色のドレス。全てのパーツは明らかに異常者だが繋ぎ合わせればそう考えるしかない、ドワーフ種だと。

「ええっと・・・アタシに何か?」

少々の事では動じないワッチもこの人物の前ではやや引いた面持ちで答えてみせる。

「何かソワソワした様子だったから声をかけてみたの。私の名はシレンマ。この酒場の常連よ。」

「じょ、常連さんなんですね。じゃあ当然ノバリス地区には詳しいですよね。」

「それは私のテリトリーですもの。何か聞きたい?一杯奢っていただけたら嬉しいんだけど。」

(ん~、どうするっかな。結構物知りな感じだし。)

情報収集は時間との勝負でもある。ワッチは思い切って金貨を一枚出しバーテンにシレンマが指定したカクテルを依頼する。

「アタシはワッチと言います。それでですね、この紙切れをご存じですか?」

ワッチは懐から『赤い茨』の檄文を取り出す。

「ええ、最近よく聞かれるわ。」

「じゃあ、ここにある集会場所も知ってます?」

少し喜びの感情を見せるワッチにシレンマは値踏みをするようにワッチを覗き込む。

「アタシは今エメラルドの指輪が欲しくてね。でも手持ちが少ないのよ。」

ややオーバー気味の言動に周囲のならず者たちから笑い声が漏れる。

「・・・いくらぐらいですか。」

「金貨300もあればいい指輪が買えると思うわ。」

ワッチは懐から金貨の入った小袋を取り出す。

「これくらいあれば足りるはずです。情報を売って下さい。」

「結構なお金持ちさんね。でもノバリスを歩くには重すぎるかしら。」

シレンマは小袋に手を伸ばすとワッチはすぐにカウンターから引っ込める。

「情報が先です、シレンマさん。」

「(取り引きという駆け引きをわきまえているようね)・・・いいわ、教えてあげる。」

シレンマは筆記具を取り出すと手早く酒場を中心としたノバリス地区の全体図を描いてみせる。

「うわ・・・凄く上手い。」

「この東側が闇市場。そしてこの通りを南東に抜けて行くと荒れた墓地に行きつくの。ここは手配中の盗賊や禁呪に手を出した呪術師が今でも隠れ家として使っているわ。私が魔女なら決起場所をここにするわ。”木を隠すなら森の中”っていうでしょう?でももしここへ行くのなら十分準備を整えてから行った方がいいわ。ノバリス地区の住人でも近づかない場所ですもの。この情報は特別にサービスで教えてあげる。」

「分かりました!これが報酬の金貨です。」

ワッチはカウンターの地図を手にすると、報酬の固く縛った革袋を替わりに置く。

「取引成立ね。また知りたいことがあればいらっしゃい。」

「はい、それじゃあ!」

ワッチは大急ぎで酒場を後にする。

「最近盛況ですね。」

バーテンが静かな口調でシレンマに語り掛ける。

「どうかしら。」

「あの娘が金貨を置いていったでしょう?」

「フフッ。」

シレンマは微笑むやいなや、腰のナイフで小袋の口を切る。

「これは・・・何と。」

中に入っていたのは道端に転がっているただの石ころだった。

「盗賊の常套手段。でもほぼ違和感なくすり替えたのはあの娘の実力よ。今回は投資って訳。」

「なるほど。また会えると良いですね。」

「来るわよ、きっと。」

 

【挿絵表示】

 

 一方、ユウナとゲンガンは、ノバリス地区でも中央広場と呼べる公園跡地を訪れる。かつては見晴らしの良い緑豊かな公園だったのだろう。しかし今は汚物が至る場所で散乱し目のうつろな浮浪者が徘徊するスラムの一角と化していた。

「・・・これは酷い臭いですな。」

ゲンガンは鼻を布で抑えつつその目を細める。

「その様ね。」

対するユウナは普段と変わりなく悠然と公園跡を散策する。

「ユウナ殿はこの臭いが平気なのでござるか?」

「精霊達に周囲を浄化させているだけ。彼女らもこの惨状に悲しんているわ。」

確かにユウナの進む先の足元は、女神の力で浄化されたかのように清く美しかった。

「これは驚き申した。」

「でもこれはただの付け焼刃。数刻も経てば元に戻る。」

「ユウナ殿は、この地に魔女が潜んでいるとお思いか?」

「この地区の爛れ具合と魔女は関係無いわ。人が集まって街を造る以上、成功し金を得る者があれば失敗しこの様に奈落を彷徨う者もいる。その節理は東方でも変わりの無い話でしょう?」

「全く異論はござらん。ただ拙者はこの爛れが魔女の妖力であるとするならその救い手になれれば・・・そう感じただけで申す。」

「・・・這い上がれない者を救ったところで無意味よ。」

「果たしてそうでしょうか。」

ユウナはゲンガンの言葉には答えず、独り言のように空を見上げ呟く。

「魔女を殺さなければ、魔女として殺される。私はそういう生き物として育った。行きましょう、露天商があるわ。」

やがて二人はある露天商が拡げた品々を観察する。その多くは何の価値も見いだせないガラクタだが心なしかユウナの表情に笑みが浮かんでいる様に見えた。

「・・・楽しそうですな。」

ゲンガンの言葉にユウナは頷く。

「私は10才頃までの記憶が無いの。その後は義母の手で王宮と魔法学院、二つの箱庭で育った。何不自由なく育ったからこういう生きていこうと努力している人と話したり、品物を見たりするのは好き。」

「ならばいっそ全部買ってあげれば良いのでは?」

「それとこれとは話が別。」

呆れ顔のゲンガンを見て、ユウナは堪えきれず少しだけ笑みを浮かべる。

「良い笑顔です。その方が実にユウナ殿らしい。」

少しだけの幸せな時間。だがここは無法者の巣窟ノバリス地区、まるで死体に群がるハイエナの如く二人を4人の男が取り囲む。

「いよう、お姉ちゃん。いい服着てるねぇ。」

「貴族の御令嬢か、金持ちの学生か。一体、ノバリス地区に何の御用で?」

「俺達は情報通だからよ。一緒に案内してやろうか?もちろん護衛代はタダで。」

「遊び場も沢山あるからよ。こんなクソきったない場所より全然楽しめると思うぜ。」

慌てふためく露天商を手で制しゲンガンがゆっくり立ち上がる。

「その必要は無い。」

ユウナの表情が普段の冷めた抑揚の無い表情へ変わる。

「・・・去(い)ね。」

次の瞬間。氷の茨が4人の男を拘束しその自由を奪う。

『ぐげぁっ!』

「そして砕けよ。愚劣なる獣(けだもの)共。」

茨に包まれた4人は瞬く間に凍結し、茨もろとも霧散していった。

「ユウナ殿、なぜ拙者を止め申した?」

「これが本来の私。魔女で無い事を証明するには外敵を排除するしかない。」

「拙者は先ほどの笑顔こそユウナ殿の本当の姿だと信じております。」

ゲンガンの言葉には答えず、ユウナは露天の売り物の一つを手にする。それは一冊の血塗られた手帳だった。サラサラ、と流し読みを終えたユウナは露天商の男に金貨の入った小袋を渡す。

「代金よ。もし立ち直る気があるならノバリスから離れなさい。」

そう言うと踵を返し元に来た道へと向かう。

「どうされ申した!?」

「この手帳、地下迷宮で息絶えた冒険者の記録よ。ここには死者の兵、そして骨と化して魔術を操る呪術師の事が綴られていた。」

「死人が動く、と?」

「東方にそういった妖術があるのかまでは知らないけど、この呪術師ダサハーは自身に死者復活の呪詛をかけ失敗した、その可能性が高いわ。」

「つまり土に還ったのではなく迷宮の主になった、と。」

「仮定の話よ。闇市場に向かいましょう。リチャード達とも合流しておきたいし。」

「そのようですな。」

「・・・あと。」

少し間をおいてユウナはゲンガンに告げる。

「それまでの間は護衛をお願いするわ。」

 

 リチャードとオリオンは彼らより一足早く闇市場へと到着する。白い肌、褐色の肌、黄色い肌のいわくありげな人間達。過半数を占める彼らに対し、浅黒い肌を持つエルフの剣士、細工師のドワーフ、商人の買取を請け負うノームといった他人種までもが少なからず存在していた。

「これは酷い。王都にもバルダの市場にもこの異様さは無かった。」

オリオンは口を手で押さえつつ声を漏らす。当然だろう。この市場では、塩、砂糖といった禁制品の売買、護国兵団装備の横流し品、果てには口封じ、窃盗、強奪といった裏稼業の依頼交渉までが当り前の日常として融け込んでいた。オリオンを横目にリチャードは棘のある言葉で解説する。

「辺境ばかりじゃ都市の裏側を見ることは無いものな。いいか、都市の正常化には潤沢な資金による収支がかみ合って初めて成立する。そしてこの闇市場の支配人はあの髭爺だ。この資金が上納されバルダの統治者グロスター公、そして国庫へと流れ護国兵団の給料となる。」

「しかし、これは正しい民の生き方とは言えません。」

「綺麗事だな。オリオン、地母神アストライアは確かに奇跡を起こす。お前が神官戦士で奇跡の代行者である事も認める。だが、護国兵団全8部隊、補助兵含めて約一万の兵を奇跡の力で食べさせられるのか?」

「不可能ですね。」

オリオンの即答にリチャードはやや驚くも再び問いかける。

「ならどうやってこの性根の腐った連中を導く?」

「それは言葉でなく行動で示しましょう。ところで『害虫駆除』の件はどうしましたか?」

「うぁ、やべ・・・。」

その言葉を聞きリチャードは慌てて闇市場を走る。彼の着る黒炎竜装備は市井の者でも耳に聞く魔女狩りの精鋭である証。人々のざわめきが徐々に大きくなっていく。

「注目の的ですよ。」

「最初からそれが目的だ・・・って。」

リチャードの視線の先にあったのは一人の女性。身長は170㎝はあるだろうか。黄金色に輝くロングカールの髪、白と鮮やかな青が特徴的な海賊とも踊り子とも取れる出で立ち、その端整な顔立ちに宿る深い紫色の瞳、だが何よりも人々の目を奪ったのはクリスト王国では珍しい曲刀、シャムシールの美しさだった。美女の周囲には5人ほどのごろつきが赤い海に沈んでおり、さながら名画の一部を切り取ったかの様に、人々の関心を集めていた。

 

「ネッセ、何やってんだ?」

「どうも早く着きすぎちゃってさ。観光してたら絡んできた。」

「いや、害虫駆除は俺の役だろ。お前がヤってどうすんだよ。」

「この私に惹かれる男ならいくらでもいるでしょ?」

「ちなみにこの地面の連中、何分で片付けた?」

「う~ん、3分くらいかな。」

「で、そんな貴女に惹かれる男は?」

「ホラ、隣の神官戦士さんとかさ?」

ネッセと呼ばれた女性はオリオンに笑顔で手を振る。

「あのぅ、状況が全く読めないのですが。」

頬を指で掻くオリオンにリチャードは覚悟を決めて答える。

「あの女は、ネッセ=クーリュ。護国兵団第一部隊百人隊長。そして俺の試験官だ。」

「試験官?」

「この依頼は俺が百人隊長に相応しいかを試す試験。全ての行動がネッセを通じて隊長に報告される。俺が昇格したら新しいリーダーがこのパーティに補充される予定だ。」

「ああ、色々納得しました。」

「ちょっと、男同士でいちゃつかないで私も混ぜなさいよ。」

「お前が混ざると色々面倒なんだよ、少しは待ってろ!」

「・・・上官の割には仲いいですね。」

「元海賊の頭領だからな。クリスト王国の家柄なんて意味がないからこっちも対等に喋れる。」

「それであの曲刀ですか。」

「だから何を話してるのさ?」

蠱惑的な笑顔でネッセは二人に近づく。

「お前がチャーミングだってよ、神官さんが。」

「ちょっ?!」

「あらぁ、お堅い人だと思ったけどそうでもないかしら?」

「リ、リチャード、誤解を招く様な発言は・・・。」

「ええぇ、私、そんな魅力ないかしら。」

オリオンの救援に応じる事無く、リチャードはただ無言で二人のやり取りを愉しむ。

「私の名前はオリオン=ヘテロギウス。国教会より派遣された神官戦士です。現在はリチャードと共にノバリス地区の調査を行っています。」

「私の名前は、ってもうリチャードから聞いてたか。ネッセで良くてよ。」

さすがは護国兵団第一部隊の百人隊長。切り替えの速さにオリオンは胸を撫でおろす。

「もう終わりかよ。つまんねぇな。」

「それ試験官に向かって言う?」

「お前は私情で判断しない性格だからな。こっちも好きに動ける。」

「じゃあ、さっさと試験終わらせなさい。隊長不足は護国兵団全体の問題。こっちも早く楽させてよ。

「リチャード、ちょっといいかい?」

二人の会話にオリオンが口を挟む。

「君の言った通り、このノバリス地区の住民を全て正しい道へ導くのは不可能だと思う。それでもね。

オリオンは地面に手を当てるとゆっくりと呪文を唱える。

「女神アストライアよ。その奇跡今ここにもたらさん。渇き者、病める者全てに祝福を。”泉の奇跡”(ミラクルオブザスプリング)!」

オリオンが詠唱を終えると大地から清らかな輝きを放つ泉が吹き出す。最初は怯えていた闇市場の人々もその効果を知ると歓喜の輪となって泉に集まる。

「人は善性であると僕は信じている。欲に塗れた彼らでさえ見せた一瞬の笑顔。その為にも守り戦う。」

(へぇ~。思ったより骨がありそうね、彼。)

 

 ひょい、ひょい、と野次馬の頭を飛び越えてワッチがリチャード達と合流する。

「やっぱりココだった。」

「嘘つけ、お前も野次馬目当てだろう?」

「バレてた。」

ワッチは舌を出して頭を掻く。オリオンはその二人の会話を微笑ましく見つめる。

「オリオン君、この子もパーティの仲間なの?」

「オリオンで構いませんよ。彼女の名はワッチ。素早い動きを得意とする盗賊(ローグ)です。

「見た目通り、という訳ね。確かに斥候役としては重宝しそうだけど、魔女と戦えるの?」

「確かに彼女の力は未知数です。でもエドゥ様から一瞬でも完全に背後を取られた、と伺いました。」

「マジ?!、それ。」

ネッセの驚きと喜びが入り混じった声。そしてオリオンに向かって笑顔でお礼を言う。

「貴重な情報ありがとう。ちょっとワッチちゃんに挨拶してくるわ。」

(あ、これ絶対悪い事思いついた顔だ)

 

【挿絵表示】

 

「ハぁい、こんにちはお嬢さん。」

「こんに・・・うわぁ、すっごい美人!」

「見た目はな、見た目は。」

「アタシの名前はネッセ=クーリュ。隣りのリチャードとはちょっとした知り合いなの。」

「そうだったんですか。」

「ワッチちゃんは今回が初仕事?」

「ワッチでいいです。はい、今回が初仕事です。」

ワッチは目を輝かせつつ、彼女が着こなす踊り子とも海賊とも取れる艶やかな姿を見つめる。

「その服素敵ですね。とてもネッセさんに似合っています!」

ワッチの素朴で素直な言葉にネッセは笑顔で答える。

「ありがと。良ければワッチにも一着頼んであげようか?この依頼が完了したら、の条件は付けるけど。」

「本当ですか?!やります、絶対に成功させます。」

喜びに打ち震えるワッチを横目にリチャードがネッセに釘を刺す。

「何のつもりだ?まさか護国兵団に引き抜く、とか言うんじゃねぇだろうな。」

「アンタが聞かされている査定の一つに『パーティ全員がギルドに帰着する』があったの覚えてる?」

「・・・お前!」

不意にネッセから発せられる殺気。素人でも感じ取れるその怒気は野次馬の輪を瞬く間に拡大させる。

「ネッセ・・・さん?」

突然の変貌にワッチでさえ動揺を隠せない。

「オリオンから聞いたよ。アンタ、黒太子エドゥから背後を取ったんだって?」

「あれはただ無我夢中で・・・。それにあの時は手合わせだ、って。」

「冗談言うんじゃないよ。あの男が簡単に背後を譲るものか。・・・最近、ごろつきや魔女やらで腕の立つ相手とはご無沙汰でね。」

ネッセの曲刀がわずかな金属音と元にその刀身をワッチの前にさらけ出す。

「相手をしてもらうよ。」

「な、何で・・」

有無を言わさずネッセがワッチの前に踏み込む。メイビーの抜刀が間に合わないと直感したワッチは後方へのステップで曲刀の刃先を躱す。だか、同時にワッチの左頬から赤い雫が零れ落ちる。

「その程度かい?アンタの速度は。それとも実力を出さずにアタシに勝てるとでも?」

「違います!アタシはただネッセさんと仲良く・・・。」

ワッチの悲鳴に近い言葉。しかしネッセは容赦無く次の連撃を打ち込む。曲刀の長点である切れの鋭さを十分に理解したその動きはまさに『剣の舞』と呼ぶにふさわしい一つの芸術とも言えた。一つ、二つとワッチの傷口が増えていく。だがそのどれもが致命的な傷で無い理由は果たしてワッチの力なのか、ネッセの見下した態度なのか。

「ネッセさん、もういいでしょう。ワッチは私達の大切な仲間です。どうか剣をお引きください!」

オリオンがネッセに対し大声で説得を試みる。が、その言葉に応じる様子も見せず、次の斬撃をワッチに繰り出す。

「・・・だんだん、見えて来た。」

円形状の闘技場と化した闇市場で始まった女戦士二人の決闘。次第に歓声も大きくなりどちらが勝つかの賭けまでもが始まる。

「そういう事か。」

リチャードは訳ありげな口調で一言呟く。

「何がです?」

オリオンの問いにリチャードは二人の戦いに目は外さず、言葉を続ける。

「ワッチは天性のローグかも知れないが戦闘は素人だ。そして最も死亡の可能性が高い。さっきも聞いただろう?『 パーティ全員がギルドに帰着する』が査定の一つだと。もちろん任務の完遂が査定のウエイトを占める割合は大きい。だが全員の生還はリーダーとしての資質を問われる課題。ハンクとケントが引き抜かれたのもそういった隊長の意図があっての可能性がある。だが、メンバーの自発的離脱となれば話は別だ。」

「つまり、ワッチの自信を奪い今回の件を諦めさせる為に?」

「ネッセは苛烈な女だが無慈悲じゃねぇ。盗賊の才能を求める仕事は他にもある。だから今回は諦めろ、って教えたいのさ。」

「さすが護国兵団の百人隊長ですね。」

「嫌味か?」

「いいえ、とんでもない。」

リチャードとオリオンの会話のさ中も戦闘は引き続きネッセ優勢で進んでいた。があくまでも手数という攻撃回数での優勢でありワッチの傷から赤い雫が流れ落ちる事は無くなっていた。

(メイビーを使う?ダメ、この人は傷つけられない!)

ワッチの苦悩を読み取ったかのように、ネッセは甘い声で語り掛ける。

「アタシを傷つけたくない、とでも考えていたかい?そろそろフィナーレ、この舞いも躱せるかい?」

ネッセの放った斬撃は左わき腹へ横一線の払い。避けきれないと察したワッチは咄嗟に短刀を抜き衝撃に備える。が放たれた筈の斬撃をワッチは受ける事は無かった。ネッセは自ら手を放して曲刀を投げ、その回転力を利用してワッチを両足ごと払い転倒させたのだった。いわゆる水平蹴りである。濃厚で情熱的な舞いの終幕に観客は大いに沸いた。

「く・・・うっ!」

「あれだけ頭撃ったのにまだ意識があるのかい。」

先ほどの殺気は消えうせ、ネッセは自らの曲刀を拾い鞘に収める。

「まだ、終わってません。」

「野次馬の反応見ただろう?ワッチ、アンタの敗けさ。」

「終わってません!」

ワッチは右手で土を掴むとネッセに投げつける。

「ちっ、これ以上続けたら本当に死ぬよ!」

ネッセは土を払い除けワッチが居た場所を見るが、すでに姿は消えていた。

観客さえも見失う彼女の疾走。向かう先は闇市場に立つ天幕用の高い支柱。ワッチはそのままほぼ垂直に近い角度を走り抜け、ネッセの背後目掛け大きく飛び跳ねる。

ネッセの一瞬の隙をついた背後からの強襲。短刀の一撃があればネッセでも危うかっただろう。しかしワッチはただ地面に降り立ったのみで短刀を抜く事は無かった。曲刀を捨て降参の意を示すネッセに対しワッチは問う。

「これでもアタシ、弱いですか?」

彼女の頬を伝う一筋の光。それは強い人に認めてもらいたい、という彼女の純粋な心が流した涙であった。ネッセの気分屋気質は護国兵団では異色と言ってよい。だが、人の潜在能力は追い詰められた時こそその片鱗を見せる。ここまでワッチを追い込んでしまった事に罪悪感を感じつつネッセは優しい声でワッチに話しかける。

「見誤ったのはアタシの方だったよ。ワッチ、アンタは強い。エドゥ様もそれを見抜いていたんだろうね。」

元の優しい表情に戻ったネッセを見てワッチはホッと胸を撫でおろす。

「初仕事頑張りな。しばらくは会えないだろうけど、ワッチに合う装備ちゃんと用意しておくから。」

「はい!ネッセさんもお元気で。」

ネッセはワッチの頭を軽く撫でるとリチャードとオリオンの方へに向かって立ち去って行く。熱演を演じ威風堂々と広場を去るネッセの後ろ姿は、ワッチの思い描く理想の冒険者像として強く心に刻まれる光景となった。

「オリオン、ワッチの手当てを。リチャード、お前には伝える事がある。」

「分かりました。では私はこれで。」

オリオンが足早にワッチの方に駆け寄るのを見届けるとリチャードはネッセに問いかける。

「で、話って何だ。」

「ワッチの適性は盗賊(ローグ)じゃない。アタシの背後を奪った一連の動き、あれはレンジャーだ。」

「レンジャー・・・確か森の守護者とか呼ばれ自然との共存を謳う孤高の存在。ネッセ、お前も頭ぶつけたか?」

「冗談で済む話なら良かっただろうね。最後の動き、見てただろ?」

「すまん、速くて見えてなかった。」

「彼女が着地した場所はアタシの死角からの背後。あの場所に急降下するなら天幕を引き上げる支柱に登る以外手段は無い。」

「それだとワッチの行動が成り立たないだろう。魔女でも無い・・・まさか?」

「そんな短絡に結びつけない。さっきの話に戻るけれど、レンジャーにはもう一つの異名がある。知ってる?」

「いや、さっぱり。」

「まぁそんなところよね。『精霊の守り人』これがレンジャーの異名。」

「精霊?」

「そのウチに分かるさ。じゃあ、任務頑張りな。査定に色を付けるつもりだったけどエドゥ様の慧眼が一枚上手だったよ。」

そう言い残し、ネッセは手を振り雑踏の中へ消えていった。」

「精霊、か。」

一人呟くリチャードの前に治療を終えたワッチ、オリオンが駆け寄る。

「リチャードも見てた?ネッセさん素敵だったよね!」

「立ち直り早えな、お前。」

リチャードはやや呆れた調子でワッチを見やる。が、以前のような相手を見下す厳しい目つきは消えていた。

「オリオン、ワッチの怪我は?」

「問題無いです。ネッセさんの妙技のお陰でしょう。下位の司祭が使用する治癒魔法で傷もすぐ癒えました。」

「報告ありがとう。で、後は二人だけか。」

リチャードの言葉にワッチとオリオンは目を合わせにっこりと微笑む。その二人の様子にリチャードは気付く事無く、雑踏の中を進む大男、そしてその右肩に腰を下ろす銀髪の女性の姿を発見する。

「おい、こっちだ。」

ゲンガンはリチャードの声を聞くと急ぎ向きを変えリチャード達と合流する。

「あー、いいなぁ。ユウナばかり。」

「お嬢にはいつも肩車をしておりますのでご容赦を。実際このような雑踏では女人が一人歩くのは危険と思いまして。」

「ゲンガンの申し出を私が承諾した。楽しかったわ。」

ゲンガンとユウナが目を合わせ微笑みを返す。

「それは良いとして、情報の方はどうなってる。」

「こっちはバッチリ!」

ワッチはVサインでリチャードにアピールしてみせる。

「説得力の欠片も無いが、今は信用しておく。ゲンガン、そっちの方は?」

「ユウナ殿がリチャード殿にお見せしたい手記があるとの事。」

「手記?」

「それより先に移動しましょう。群衆の視線がこちらに集中してる。」

ユウナの指摘にオリオンが答える。

「そのようですね。ではどこに移動します?」

「アタシ、知ってる酒場あるよ。」

「いや、探しているのは宿だ、ワッチ。」

リチャードの冷静なツッコミにワッチは首をうなだれる。

「ノバリス地区の不潔な宿なんてこちらから願い下げよ。」

「それならは、ギルドまで一度引き返すのが得策かと。」

「いや、それだと移動の時間が勿体ねぇ。不潔や何やは自分で何とかしろ。」

リチャードの命令的な発言の後、冷めた口調でユウナが一行に告げる。

「付いてきて。宿なら当てがあるから。」

 ユウナが一行を連れて向かった先、そこは闇市場の一角にある寂れた通りだった。

「何だ、野宿にでもするのか。」

「このノバリス地区では多少値を張っても宿を選択する方が良策ではないかと。」

オリオンもリチャード同様、懐疑的な意見をユウナに告げる。

「この辺りか・・。」

ユウナは懐から一本の長めの巻物(スクロール)を取り出す。そしておもむろに石壁にスクロールを張り付ける。描かれていたのは丁度人間一人が通れるほどの大きさの金の装飾が施された赤い扉だった。

ユウナは一言呪文を唱えると、ドアのノブに手を当て前へ押し込む。するとどうだろう、絵と思われていた扉が開き、奥から温かい食べ物の香りが漂ってくるでは無いか。

「来る?私はどっちでも構わないけど。」

「うん、行く行く!」

「拙者も異論はござらん。」

「僕も、お邪魔させてもらいます。」

全員の視線がリチャードに集まる。

「折角の招待を断る訳にもいかねぇだろう。この『元気組!』総意の答えだ。」

リチャードの言葉に安心した表情を見せた後、一行は不思議な空間へと足を踏み入れる。

張られた巻物はしばらく後に石壁と同化しかのように姿を消す。

後はただ、鬱蒼としたノバリスの風がこの寂れた路地裏を漂っていた。




==次回予告==
ユウナの案内で、魔法の扉の奥へと足を踏み入れた元気組一同。
その温かな空間で彼らを迎えたのは、一匹の執事であった。

次回
2. 猫のひとりごと
どうぞお楽しみに!

※今回の挿絵はネッセ。
当初はモブの予定だったのですが、想像以上によく動き、よく喋る。
書きながら「この人、華があるな」と感じました。
皆さんの目にはどう映ったでしょうか?
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