アストライア冒険譚   作:ものえの

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8.精霊との邂逅(中編)

 リチャードは仲間と別れた後、目的の酒場である『竜と剣』へと向かう。大通り近くにあるリェイダの繁華街の片隅にその店はあった。護国兵団第一部隊の紋章である黒炎竜に似た看板が掲げられる店の門をくぐると多くの商人や冒険者といった顔ぶれが今日の成果や周辺の噂話で盛り上がっていた。

「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」

店番の若いウエイトレスが笑顔でリチャードを出迎える。

「いや後で4人ほど連れが来る予定だ。それよりおやっさん・・・じゃねぇ、店のマスター、レオンさんを呼んでくれるかい。」

「今日はこの様に日が沈まないうちからほぼ満席の状態でして。マスターにお声掛けしてもお時間を頂くことになると思いますがよろしいですか?」

「俺は護国兵団第一部隊のリチャード=レンカスターだ。そう伝えてもらえればいい。」

「は、はい。すぐにマスターに声をかけますのでお待ちください!」

リチャードの言葉にウェイトレスは飛び跳ねると慌てて厨房の方へと駆けていく。同時に酒場の客全員の目線がリチャードに注がれる。

『護国兵団第一部隊だと?魔女狩りの精鋭兵がリェイダに来たというのか。』

『それにあの男はレンカスターを名乗った。レンカスター公の嫡男は第一兵団に所属していたと聞いているぞ。』

『今は魔女結社のバルダ包囲戦の最中では無かったか?ひょっとすると、魔女の残党がリェイダに流れ込んできたのかもしれん。』

様々な憶測が酒場全体を飛び交う。以前のリチャードであれば怒鳴り散らして場の空気を凍り付かせるところであったが、今は泰然自若として目的の人物が現れるのを待つ余裕が生まれていた。

「おお、本当にあのリチャードか!?」

酒場の人混みをかき分けて現れたのは、やや白髪が混じるがっしりとした体格が一目で分かる壮年の男性だった。

「久しぶりです、おやっさん。繁盛しているようで何よりです。」

「その様子だと観光、という訳では無さそうだな。」

「観光ならこんな目立つ装備で来ませんよ。」

「確かに。ローラ、五人分の席を確保してくれ。アンディ、俺は旧友と少し話をするから店の方は任せるぞ!」

「今日もですか?こっちは人手がカツカツなんで早めに戻ってくださいよ。」

厨房からは男の嘆き声が聞こえるも、客はいつものやりとりだとばかりに一斉に笑い出す。

「今のは婿さん?」

「ああ、少し不器用だが真面目な男さ。」

レオンの案内でリチャードは奥の間にあるテーブルに腰を落ち着ける。

「しかし思った以上の熱気だ。」

「魔女共を東のバルダにまで追い込んだ第一部隊のおかげだよ。」

「二年前はおやっさんだってその黒炎竜部隊の百人隊長だっただろう?」

「もう昔の話だよ。で、このリェイダに来た目的は何だ。」

リチャードはレオンにこれまでの経緯を説明する。レオンは二年前に満期除隊した退役軍人である。そしてリチャードが18才の時、配属された4年間厳しい指導を受けた時の百人隊長でもあった。リチャードにとって全ての事情を気兼ねなく語る事が出来る、そういった心の吐露もあって彼はこの酒場を選択していた。

「しかし驚いたな。あれだけ拘っていた百人隊長の昇格を断るとは。そうなる様に仕向けたエドゥ様

も大概と思うがな。」

レオンの豪快な笑い声が酒場に響き渡る。

「魔女を赦す戦いを成し遂げる為、精霊に助力を得る、か・・・丁度、リェイダからサラゴナ自治区に向かう途中に大精霊シルフが守護する”囁きの森”もある。そのワッチという娘にとって一つの試金石になるだろうな。」

「ああ、四大精霊ってヤツか。」

「彼らが守護をする領土はクリスト王国だけでも各地にある。まずはその一属性だけでも協力を得られんと、その先は果てしなく難しかろう。それに・・・。」

「それに?」

「サラゴナ自治区の支配者であるサラゴナ侯は強力な精霊使いと聞いている。四大精霊の一つや二つ従えていても不思議はない。」

「そういえば、サラゴナ侯についてはエドゥ様の口からは何も言われなかった。」

「恐らく、先入観を持たせない為の配慮だろう。俺も酒場から漏れる情報しか持っていないからな、

これ以上は憶測になるから話せんよ。」

「兵団抜けたんですし、少しは後輩を労わりませんか?」

「何をいうか、これまでも十分可愛がってやっただろう。」

「ほぼ鉄拳制裁でしたけどね。」

「お前の境遇を鑑みてそうしただけだ。レンカスター公指揮下の護国兵団だったら俺の首が飛んだろうよ。」

「確かに。」

二人の間にくだらない冗談で笑ったかつての上司と部下の雰囲気が優しく包み込む。

「マスター、リチャード様のお連れ様がいらっしゃいましたぁ。」

ローラの必死な声が奥の間まで伝わる。

「じゃあ、俺は仕事に戻る。宿の方は決めたのか?」

「いや、おやっさんの紹介をアテにして来た。安全で静かな場所をお願いしたい。」

「話にあった、魔術師の娘への配慮か。」

「悪いか?」

「いや、むしろ喜ばしい事。任務を終えたらまた話そう、リチャード。」

「ああ、喜んで。」

 

 最初に姿を見せたのはオリオン、しばらくしてユウナとゲンガンが合流する。しかしワッチだけが4人が合流して2時間以上経過してもなお姿を見せる事は無かった。

「さすがに、遅い。」

リチャードは苛立ちを隠そうともせず、腕組みしたまま右の人差し指で左腕をトントン、と叩き続ける。

「拙者が探しに参ろうか?」

「ゲンガンが行ったら二重遭難になるわ。大人しく待ちましょう。」

ユウナは容赦ない言葉でゲンガンを引き留める。

「そうは言っても心配ですよね。」

「どうせ久しぶりの単独行動で目的を忘れてるんだろうよ。」

リチャードが文句を呟くと同時に店番のローラの声が響き渡る。

「リチャード様、ワッチ様がいらっしゃいました。お通ししますね。」

「やっと来たか、おいワッチ何か収穫はあったか?」

4人の前に姿を見せたのは水に濡れてシナシナになった村娘の服に満面の笑みを見せるワッチ。

「うん、とっても楽しかった!」

ワッチの言葉にリチャードはガックリと肩を落とす。

「お前に期待した俺がバカだったよ。」

「??」

「それにしても、その服はどうされたのです?まさか運河に落ちたとか。」

オリオンの問い掛けにワッチは首を横に振る。

「違うよ、今日アタシ精霊と友達になったんだ!」

ワッチの発言に4人は一様に驚く。

『精霊と友達?』

 

 二時間ほど前の話。ワッチは生まれ育ったバルダの街とはまた違った活気を持つリェイダの街を満喫した後、ウルダフ橋で休憩を取っていた。

「目に映るのはバルダでもよく見た光景のはずなのに、街の風景が変わるだけですごく新鮮に見える。旅って楽しいな。」

そんな浮かれるワッチに一人の老婦人が声を掛ける。

「お嬢ちゃんは旅をしているのかい?」

「へ?あ、はい。キャラバンでお手伝いをしながら旅をしています。」

ワッチはリチャードの指示通り、キャラバンで働く娘を装う。

「そうかい。じゃあ老婆心から教えておくするよ。余りこの橋に近寄らない方がいい。ここ十日ほど不可思議な転落事件が毎日続いているんじゃ。私の倅はタチの悪い愉快犯というがそうは思えなくてねぇ。」

「お婆さんはどう思っているんですか?」

「精霊のイタズラ、とでも言っておこうかね。こういった賑わいのある場所に精霊は余り近付かないと言われるけど、中には遊んで欲しくて水辺から人を呼び寄せる精霊もいる、と聞くよ。」

「もしかして、お婆さんも精霊が見えたりするんですか?」

思わず喜びを隠しきれなくなったワッチは前のめりになって老婦人に問い掛ける。

「遠い昔の事だよ。家族に恵まれリェイダの民として暮らす内に気が付けば精霊は遠い存在になってしまった。」

「寂しく・・・ないですか?」

「そんな事は無いさ。今はこうして散歩しながら新しい友人と出会えるからね。」

「私、ワッチって言います。またお会いできますか?」

「ワッチ、旅の友人には名乗らぬのも通、というものを覚えておきなさい。じゃあ、お邪魔したね。」

老婦人はワッチに一礼するとリェイダの街へと戻っていった。

「精霊のイタズラかぁ・・・。」

ワッチは橋の欄干に身体を預ける様にもたれると、ふと浅瀬になった川を覗き込む。

「え・・・あれって?」

彼女が目にしたのは青白い燐光をその身から放つ蒼い毛並みを持つ一頭の美しい仔馬。その色合いからして通常の馬で無い事は明白であり、象徴的な部位として魚の尾ひれと同じ形状の尾はこの馬が精霊の一種である事をワッチに確信させるには十分であった。ワッチは急いで橋下の川辺に移動して仔馬に呼びかける。

「ねぇ、君精霊でしょう?一緒に遊ぼう!」

ワッチの声に仔馬は一瞬立ち止まる。すると次の瞬間にはワッチに向かって猛然と突進を始める。

「わっ、早い早い!」

ワッチは慌てて仔馬を避けようとするが、仔馬の方は速度を緩め、その鼻をワッチの顔に擦り付ける。」

「わはっ、冷たいよ。君は水の精霊なの?」

残念ながらワッチの言葉は仔馬には通じず、仔馬は不思議そうに首を傾げる。

「じゃあ、水のかけっこをしよう!それっ。」

ワッチは川辺に足を踏み入れると水を掬って仔馬にかける。仔馬も楽しそうに足を踏み鳴らしてワッチに水をあびせる。

 

【挿絵表示】

 

「やったな、次はこうだっ。」

ワッチと仔馬の楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付いた時には夕暮れが近付いていた。

「うわぁ、合流の時間だぁ。」

慌てて身支度を整えるワッチの裾を仔馬がねだるように引っ張って離さない仕草を見せる。ワッチは後ろ髪を引かれる思いを堪えつつ、仔馬に話しかける。

「ごめんね。今日はもう時間なんだ。そうだ、最後に君に名前を付けてあげる。”クイックス”。素早い君にピッタリだと思うけどどうかな?」

クイックスと呼ばれた精霊は高くいななき、ワッチに対して喜びを露わにする。

「じゃあ、また明日。大人しく待ってるんだよ!」

 

 ワッチの楽し気に喋る姿に相反する様に4人は静かに彼女の語りに耳を傾ける。

「・・・みんな、どうしたの?」

ワッチの問いにリチャードが切り出す。

「お前を待っている間に3人の話を聞いたんだ。老婦人の話の時にしていただろう?連続落下死の件。」

「うん。」

「その死体にはもれなく首元に馬の蹄で踏み抜かれた痕跡があったらしい。これはオリオンからの情報だ。」

「クイックスはそんな酷い事しないよ!」

「たった一日、精霊と親睦を深めて全てを理解した気でいるの?」

何時に無く厳しい口調でユウナが口を挟む。

「どういう事?」

「貴女の言う精霊の仔馬・・・その形状から『ケルピー』である事は間違いないわ。そしてこの水棲の駿馬は主に湖沼を棲息域としている。だから浅瀬の川に出没する事はありえないの。あるとしたら、〈迷い子〉になってしまった場合のみ。」

「迷い・・子?」

ワッチの不安そうな声に特に反応を示さず、ユウナは冷淡に自説を続ける。

「〈迷い子〉は群れからはぐれてしまったり、魔術師に召喚された際の魔術の失敗等で本来の棲み処である『精霊界』への帰り道を失ってしまった精霊を指す名称。彼らは力の源泉・・・この場合は浅瀬の川ね、この力があれば制約はあっても肉体の消失はしない。でもその姿を認識出来るのは私や貴女のような”魔女”の素養を持つ者だけ。もし悪意のある者が貴女の呼ぶクイックスを使役した場合、このケルピーは私達の討伐対象となるわ。」

「そんなの嫌だよ。ユウナ、アタシどうすればいいの?」

笑顔から一転、泣き顔になるワッチにユウナは告げる。

「〈迷い子〉と縁を切りなさい。名前を与えた、のであればその『ケルピー』は貴女の言葉に忠実に従うはず。明日、別れの言葉を告げて来る事ね。もし今日、連続転落死事件が止まるのなら私も『ケルピー』については目を瞑る。真犯人が第三者の可能性があるから、後は補助兵団に一任しましょう。私達は一日、様子を見て明後日にはリェイダ出立で良いと思うわ。」

言うべき事は言った、とばかりにユウナは視線をリチャードへ戻す。

「一日行程を無駄にするけど仕方ねぇな。だがもし今夜、同様の事件が起きたら場合元気組としても見逃して置く訳にはいかねぇ。それだけは覚えておいてくれ。」

「アタシ、クイックスと戦うなんて出来ない・・・。」

動揺が収まらないワッチの手をゲンガンが優しく握る。

「その場合は我々の手で善処します。そもそも精霊討伐はお嬢の役目ではござらん。ですが、捨て置けぬ事件の解決は護国兵団たるリチャード殿の努め。リチャード殿もユウナ殿もお嬢を責めている訳では無い事だけはどうか理解してくだされ。」

「うん、ギブスンさんにも頼んでみる。クイックスを怖がらせないでって。」

「ああ、補助兵団の方でしたね。確かにその一言があれば何か変わるきっかけになると思いますよ。」

オリオンがゲンガンのフォローをする形でワッチに諭すように優しく語り掛ける。

「じゃあ、後は食って飲んで明日に備えようぜ。おやっさん、オーダー頼むわ!」

リチャードが景気のいい声を皮切りにリェイダのご当地料理がテーブルに続々と運ばれる。皆が祝杯を上げる中、ただ一人気の晴れないワッチがポツン、と席に佇んでいた。

 

 翌朝、リェイダの街に明るい話題が広まる。連続転落殺人犯の逮捕、そして十日余り続いた転落死事件が初めて止まったのである。その話を聞いたワッチもクイックスの疑いが晴れた事で明るさを取り戻し、ギブスンの警護していた大通りの一角を訪れる。

「こんに・・・あれ、ギブスンさんは?」

話しかけた相手は補助兵団のサーコートを着用していたが、全くの別人だった。

「おや、そうなると君がワッチちゃんかい?」

「うん!」

「実は今日のギブスンは夜勤でね。今は待機中なんだ。」

「えー、そうなんだ。」

「でも明日のデートはアイツも楽しみにしているようだったよ。」

「で、デートだなんてそんな。」

「ハハっ。例の転落死事件もこれで解決したようだし、俺達も正直ホッとしてるよ。魔術師の呪文も意外にアテにならないものだ。」

ワッチは衛兵の最後の言葉が少し引っかかったものの、その足でクイックスの居た川辺へと足を運ぶ。

少し姿が曖昧になってはいたが、クイックスはワッチを見つけるとすぐに寄って来て顔を摺り寄せる。

「あはは。この時間は君の姿は自然に溶けているんだ。・・・アタシね、明日でリェイダを発つんだ。

会ったばかりでお別れになるのは寂しいけど。クイックスの名前は君にあげるよ。」

キュウン、キュウンとクイックスは切ない鳴き声を上げる。

「ごめんね、ごめんね。」

ワッチは泣き叫ぶクイックスをしっかりと抱きしめようと両手でその首を抱きかかえる。しかし無情にも日の明かりはクイックスの実体を完全に奪っていった。

ワッチはクイックスが姿を消して数刻、川辺から動けずただ立ちすくんでいた。

 

 翌日の朝、元気組の宿泊する宿に補助兵団の一団が訪れる。彼らの表情から何らかの事件が起きたのは明らかだった。

「この宿に女性の魔術師と東方の用心棒の方が宿泊されていると聞いたのだが。」

「へぇ、確かに宿泊されていますがどうされましたかな。」

宿の主人がやんわりとした口調で団員に問い返す。

「緊急の事案だ。お目通りを願いたい。」

「私の事みたいね。おはよう、補助兵団の皆さん。」

「おお、魔術師殿。どうかお力をお貸しいただきたい。今朝、ウルダフ橋下で死体が発見されました。

首にはあの蹄の跡も確認されました。」

「事件は解決しなかった、という訳ね。でも私が介入しても支障は無くて?」

「はい。今回は仲間の仇でもあります。」

「補助兵団の団員が被害者?」

「そうです。名前はジョゼフ=ギブスン。まだ若い、未来ある団員でした。」

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