ワッチは左手にメイビーを構えジリ、ジリ、とグレムリンとの距離を縮める。
「貴様が貫いたこの左手、この男エンシエの神聖魔法にかかればこの通り。」
グレムリンが聖印を切ると黄金の光が怪物を包み込み瞬く間に左手の傷が癒えていくのが見える。
「これで俺様の体力は全快だ。小娘、貴様の体力はいつまで続くかな?」
だがグレムリンが得意げに口上を述べた先には既にワッチの姿は無かった。
「奴め、何処に消えた。」
次の瞬間、グレムリンの背中からどす黒い血が舞い上がる。ワッチの背後からの一撃(バックス・タブ)はグレムリンの右翼を的確に根元から切り裂いていた。
「ワイヤー・ヴェイン!」
ワッチは時を置かず、右手から緑の蔦を放ち無傷の左翼に巻き付ける。
「何だぁ?俺様と力比べで勝てるとでもいう気か小娘!」
グレムリンはワイヤー・ヴェインを握ると逆にワッチを手元に引きずり込もうと試みる。
「力比べなんてしない。」
ワッチはそういうと自ら屋上から飛び降りる。
「貴様の体重で俺様が動くと思った・・・ぐわぁっ!」
ワッチが飛び降りた瞬間に起きたつむじ風。予期せぬ方角からの突風を受け体勢を崩したグレムリンはワイヤー・ヴェインに引きずられそのまま屋上から落下してしまう。グレムリンの落下を確認したワッチはワイヤー・ヴェインを解除すると、地上に激突し悶絶するグレムリンに対して再度メイビーによる右翼への攻撃を与え、右翼を完全に切断する事に成功する。
「これでお前は片翼を失った。袋小路のミドの街から逃げる手段は無い!」
「ならこの路地で今度こそ貴様を切り刻んでやる!」
グレムリンは再び爪を伸ばすとワッチに襲い掛かる。ワッチは路地から大通りへ誘導するように回避を繰り返す。しかし緊張感の続く戦闘はワッチの集中力を確実に削りつつあった。
「あと・・・もう少し。」
「そらそら、さっきの威勢はどうした!」
グレムリンの爪が徐々にワッチの肌をかすめていく。
「見えた、中央広場への大通り!」
「捉まえたぜ、小娘!」
グレムリンの右爪がワッチの左肩に向かって振り下ろされるその時だった。ワッチは大きく前に踏み込むとグレムリンの攻撃をかいくぐりメイビーを一撃をその右腕に叩き込んだのだった。
「ぎいゃあぁぁ!」
「女神の御名において、今ここに邪悪に対しその真なる姿を暴き闇を照らさん。
―――Lux Malum Revelare (邪悪を暴く光) !」
ワッチの背後から発せられた神聖魔法、その光はグレムリンの姿を顕現させ周囲に明るく照らす。
「ワッチ、よくやった!一旦呼吸を整えろ。それまでの時間は稼いでやる!」
ワッチと入れ替わるようにリチャードが体力十分の状態でグレムリンの前に立ち塞がる。
「護国兵団の兵卒風情が偉そうな事を!」
グレムリンは怒りに満ちた表情でリチャードに襲い掛かろうとする。
「ぎゃああ!?」
だが悲鳴を上げたのはグレムリンの方だった。背後からゲンガンが残った左翼を切り落とさんと一撃を打ち込んだのである。
「闇夜の戦いでは拙者に勝ち目は万に一もあったであろうか。風を味方にした戦い、見事でありましたぞお嬢。」
よろよろと崩れ落ちるワッチをオリオンが優しく救い上げる。
「ありがとう、ワッチ。これでエンシエを救う道筋が見えました。」
オリオンは儀仗杖をかざし、ワッチに大回復の神聖魔法を唱える。
「本当に大したものよ。最後の一仕事、任せてばかりだけどお願いね。」
ユウナはワッチに目線を合わせる事無く、呪文の詠唱を始める。
「我は魔の理でもって汝を縛りその動きを奪う。すでに逃げる事能わず、ただその足を鉛と化す。
―――MONSTRUM LENTUM (スロウ モンスター)!」
ユウナの杖から放たれた光はグレムリンを包むとみるみる内に動きが緩慢になっていく。その状況を見てワッチは拳を強く握りしめる。
「やるよ。オリオンの大切な友達、絶対に取り返してみせる!」
ワッチの身体から再び緑の燐光が力強く湧き上がる。彼女の足取りは今まで以上に力強く、低い姿勢を維持したままグレムリンとの戦いに身を投じる。
状況は有利とはいえ、決定打を与えることが出来ない戦いは普段以上の体力を消耗する。それでもリチャードとゲンガンはワッチを信じてグレムリンをその場に釘付けにする。だが戦局がグレムリンに傾きかけようとしたその時だった。背後を取ったワッチのメイビーによる一撃が遂にグレムリンの弱点である心臓を貫いた。
「くそぉ・・・折角手に入れた上等の肉体を・・・。」
「お前に次は無い。メイビーがそれを赦さないと言った。」
ワッチの声はいつもの明朗な声質とは違う、無機質な響きを伴ってメイビーを引き抜く。次の瞬間心臓から溢れ出した瘴気と黒い血がメイビーが取り込んでいき、やがてグレムリンの姿も心臓を失って蒼白となるエンシエの姿へと戻っていく。
「女神よ、かの者を死の淵より救い給え。大回復(マキシマム・ヒール)!」
オリオンの呪文とほぼ同時にユウナも呪文を唱える。
「高速詠唱発動、かの者を石と化せ。Ray of petrification (石化光線)!」
本来は数十秒の呪文詠唱を必要とする強力な状態変化呪文。それをユウナは高速詠唱という離れ業を使ってエンシエを死の手前で石化という形で時間を止めた。当然、咄嗟の反応で行える行動では無い。作戦の立案者であるオリオンが導き出した数秒単位の作戦であった。
「僕は待機中の護国兵団の方々に依頼をしてエンシエを教会に運びます。」
オリオンは勝利の後とは思えない神妙な表情で皆に作戦の終了を伝える。
「オリオン、貴方も休みなさい。この先、エンシエを救えるのは貴方だけなのだから。」
ユウナの言葉にオリオンは素直に言葉を返す。
「大丈夫、教会にエンシエを運び終えたら酒場に合流するつもりだよ。」
その言葉からはもはや作戦前の悲壮感は感じられる事は無く、ユウナはひとまず安心した様に表情を緩める。
その時だった。遂に体力の限界を超えたワッチがドサリ、と中央広場の敷石に倒れ込んでしまった。
「限界を超えた気力の回復は神聖魔法でも難しい。ゲンガン、ワッチを至急宿の方へ!」
オリオンは慌てた様子でゲンガンに指示を行う、が、ゲンガンはワッチを抱き起こすと優しい表情でオリオンに返答する。
「疲れてはおりますが、火急の必要は無いでござるよ。この通り。」
ゲンガンに支えられながらワッチは寝言の様に呟く。
「おなかペコペコでもう動けないよぉ・・・。」
こうして元気組一行はグレムリン討伐を成し遂げ、護国兵団より感謝の言葉を受ける事となったのであった。
翌日。エンシエの蘇生を行う為、オリオンとユウナは再び教会へと向かう。
「それで、何故アナタも付いてきた訳?」
ユウナは後方を歩くリチャードに問い掛ける。
「流石にワッチは今日は一日大人しくしてるだろう。ゲンガンに後を託せば俺の役目は特に無い。
念の為の護衛さ。」
「今回の件も部隊長にまで情報が届くでしょうし、単独行動されるよりは僕も安心出来ます。」
オリオンは昨日の疲労も癒え、普段と変わらない表情でリチャードに語り掛ける。
「どうだろうな。見た限りミドの護国兵団の練度は低い。補助兵団と差が無い程度だ。」
「それがどうかしましたか?」
「俺の知っている第三部隊長『ビッグ・ジョー』は民度は低くても練度の高い兵を好んで鍛える。つまりミドの護国兵団はリェイダの補助兵団と差は無いが待遇は破格の傭兵達・・・サラゴナ侯の私兵だ。サラゴナ自治区には中心都市サラゴナを中心にミドを含めた衛星都市が6つ。明らかに過剰な戦力だ。」
「サラゴナ侯が何らかの決起を画策している可能性は高くなりましたね。」
「まだ想像の範疇の話だ。それよりは目的の完遂が最優先だろう?」
「話を振った張本人が何偉そうに。さっさと行くわよ。」
ユウナは呆れた表情でリチャードの話を両断すると教会へ歩みを進める。
教会内、司祭の部屋。石化したエンシエを前にオリオンは儀仗杖を掲げ神聖魔法による領域展開の一つ、聖域(サンクチュアリ)を詠唱する。
「これでほぼ一日、エンシエの肉体には持続的な癒しの加護が付与されます。」
「次は私ね。」
ユウナは魔導書を開き、杖を掲げる。するとオリオンを中心とした青白い魔法陣が浮かび上がる。
「精神力回復効果のある魔法陣。無いよりはマシな程度だけど・・・・じゃあ、始めるわよ。」
「お願いします。」
ユウナの魔法がエンシエを石化から解放する。その瞬間、吹き出すはずの血はふわりと空中に漂い、癒しの加護が彼の死を緩やかなものへと変化させる。
「女神アストライアよ。かの者が失いし血肉、今ひとたび再生させ死の淵より救いたまえ。
―――regeneration(再生)!」
オリオンの輝く両手がエンシエの胸の大穴にあてがわれる。やがてその光から黄金の心臓が形作られ、
空中に舞う血液が心臓に吸い込まれていく。
「エンシエ、目を開けろ!」
オリオンの言葉に反応するかの様にエンシエの身体が大きく跳ね上がる。
「君の心臓は女神によって新たな形となって息づいた。聞こえるはずだ、自分の鼓動が!」
ドクン、ドクン、と黄金の心臓が規則正しく脈動し始める。
「僕のいる世界へ戻れ、エンシエ!君は犯した罪を償う為に生きなければならない。『陽』に生きる者として!」
オリオンの呪文によって破壊された組織が徐々に再生に傷口がふさがっていく。
「オリ・・オン・・・なのか。」
「そうだ、僕だ。君の傷の完治にはまだ時間がかかる。意識だけはしっかり保て!」
オリオンは一瞬だけ安堵の笑みを浮かべたが再び魔法に集中する。
「なぁ、この呪文ほぼ一日かかる、って言ってたよな?」
リチャードがユウナに尋ねる。
「そうね。これ以上は私達には出来る事は無いから戻りましょう。」
ユウナは尚も懸命に呪文を続けるオリオンに背を向け司祭の部屋を退出する。
「それもそうだな。」
リチャードもまたオリオンを残し部屋を退出していく。
オリオンとっての長い長い戦い。そして彼はエンシエの傷を完全に癒して死の淵からの救出を成功させる。
「・・・何故ここまで私に手を差し伸べた?」
やつれた表情のエンシエは同じく疲労で片膝を付くオリオンに問い掛ける。
「罪を犯したからといって、死に逃げなどは僕が許さない。君のその知性は君がグレムリンとして奪った命の何倍もの数を救える。それが君に与えられるべき罰だ。」
「『陽』として生きよ、という事か。」
「そうだ。僕の仲間に迷いながらも”魔女を赦す”旅を続ける子がいる。僕の呪文はそんな仲間に手を差し述べる為のもの。これは辺境警備隊の十年で腕を、足を、血肉を怪物によって奪われた兵士達によって磨かれた呪文だ。1日かけて一人の肉体を再生させる、それは相手が君だからというだけの話ではない、救える命だから僕は救ったんだ。」
肩で息をしながらも、目線はそらさず決意に満ちた瞳でオリオンはエンシエを見やる。
「なるほど。私が浅はかだった。君も確かに死という重圧と戦っていたのだな。そして今ここにいる。
女王陛下の心配は杞憂だったか。」
「あの方にとっては私は幼い小姓のままでしょう。エンシエ、君はこれからどうする?」
「まずはミドの街の住民に安寧を与えるよう努力する。時が来たら教皇庁へ全てを告白しよう。」
「ならその告白は取りやめるんだ。教会法にしろ国法にしろ君は邪霊と契約を交わした”魔女”に該当する。僕は”魔女を赦す”少女ワッチと同様に、君を赦す。」
「了解した。その十字架、喜んで背負わせてもらおう。」
エンシエは完治した胸に手を当て女神への祈りを捧げる。そして命の恩人であるオリオンに対し決して違わぬ友情を誓うのであった。