作:ユキちゃーーん。

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つづきです。


第八話「告白」

 

 

 まだまだ続いているらしい祭囃子の心地良い喧騒を背に、人気の無い神社の石段をゆっくりと上っていく。その神社は金属バットへの恋心を伝えていたジジイから「ガンバ!」とウィンク付きで渡されていた、穴場スポット一覧メモから選んだ場所だった。そのメモには四人で花火を見ていた高台の場所も記されている。走り書きされた妙に達筆なメモを、もしもの為にと尻ポケットへ忍び込ませておいて正解だった。しかし海の時もそうだが、何でこんなに穴場のデートスポットのような場所を知り尽くしているってのか。

 深く考える事を放棄した俺は有り難く知識だけを拝借する事にして、さっさと階段を踏み締めていく。花火は終わっちまったが『夜景も綺麗だよ』と花丸付きでメモしてあったジジイを信じて、黙って石段を上っていった。そんな俺の後ろを歩く金属バットもただ、黙って付いてきている。

 あの後、特に文句を言うでもなくすんなり待ち合わせ場所に現れた金属バットは、すでに風呂なんかを済ませた後の姿だった。ジャージの下履きに半袖のTシャツ姿で、夜風に揺れる黒髪からは石鹸のような爽やかな匂いが漂ってくる。

 最後の石段を上り切ると、本殿へと続くらしい階段が奥に見えた。左手には東屋のような休憩スペースがあって、とりあえずそこに向かう。後ろから聞こえる砂利を踏み付ける足音が響く度に、俺の心音も跳ね上がっていくようだった。さわさわと木々の葉っぱが擦れる音でさえ、やけに耳について離れない。

 

 木製のベンチに腰を下ろす。少し間をおいて、金属バットは座らずに東屋から見える夜景へと視線を移した。その景色はジジイの言う通りなかなか見事なモノで、遠くからでも祭りの屋台が鮮やかに煌めいて見える。

 しばらく無言でそれらを見つめた。金属バットも同じようにしている。空気がどんどん張り詰めていくのが分かって、俺は無意識に奥歯を噛み締めていた。どう、切り出したもんか。呼び出したまでは良かったが結局、後先の事など考えちゃいないのだ。ただただ、焦りだけが募っていく。この時ばかりは一歳しか違わない年齢差に、年上の余裕なんてもんは皆無だった。

 そんな俺たちの微妙に重苦しい沈黙を破ったのは意外にも、金属バットの方だった。俺を一瞥して「……話があるんじゃねーの」とぶっきらぼうに言い放つ。ここまで文句のひとつも言わずに着いて来たとは言え、その眉間にはくっきりと深いシワが刻まれていた。夜景を見ているはずなのに、その横顔はどこか冷たい印象を与えてくる。

「あー……話っつーかよ」

「おう」

「何つーか……世間、話とか」

「世間話だぁ?」

 苦し紛れの言葉に、呆れた瞳が振り返る。不機嫌を隠そうともしないその顔にはデカデカと「ふざけるな」の文字が浮かんで見えた。

「テメェと俺は楽しく世間話するような仲だったか?」

「……違ったか?」

「ちげぇだろ!」

 不満そうに歪んだ口にピシャリと言い切られてしまう。確かに親しいかと言われりゃ素直に頷けないかもしれないが、その言い草もどうなんだ。

「だったら、今から親しくなりゃ問題ねーだろ」

「はぁ?」

「プールも海も、祭りだって一緒に行ってんだからよ」

「そ、それは……ゼンコに頼まれて、仕方なくだな……だ、だいたいテメェだって、タレオが居なかったらこんな妙な関係にはなってねぇハズだ!」

「おまえ俺を何だと思ってんだよ……別に、おまえに誘われりゃ海でも何でも行くっての」

「な、なに言ってんだおまえ……?」

「それよかこないだデケェ怪人とやり合ってたろ。アレ、結局はおまえ一人で倒したのか」

「はぁ? ニュース?」

 コロコロと変わる話題に呆れながらもそれに付き合ってしまう辺り、やはり面倒見の良い男なんだと改めて納得してしまう。

「……怪人? いつの話してンだ」

「こないだ公園で偶然、会ったろ。その少し前の……」

「ああ? あー……アレはまあ、デケェだけの木偶の坊みてぇな怪人だったから……ソッコー倒してゼンコと買い物行った」

「ほー、伊達にS級は名乗っちゃいねぇって事か」

「チッ……ニュースなんか見てンなよ、似合わねぇ」

「そう、つんけんするなよ……こう見えて、心配したんぜ」

 黒い瞳がギョッとして俺を振り返る。かすかに揺れた虹彩が極まり悪そうに歪んだその直後、これまた極まり悪そうに舌打ちを漏らして、すぐさま夜景にそっぽを向いてしまった。

「……こちとらテメェにされるような心配事、持ち合わせてねぇよ」

 また、舌打ちが漏れる。可愛げのない返事に、らしいなと苦笑を零した。

「おまえよ、そんなに気ぃ張ってて疲れねーの?」

「なんだ、いきなり……テメェにゃ関係ねーだろ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てた言葉にはトゲが見え隠れしていて、本心からの言葉だってのが痛いほど伝わってくる。

 確かにコイツからすりゃ俺の気持ちなんて知ったこっちゃないんだろう。だが、俺にとっては違う。例え本人だろうが、惚れた相手を心配するこの気持ちを、否定される謂れはないんだ。

「妹もヒーロー活動も、一人で背負い込んでよ。いつか耐えられなくなったら、どうするつもりなんだ」

「ああ? 何だよ、なんの話だ」

 鋭い瞳は真っ直ぐと、いったい何を見据えているってのか。ヒーローとしての覚悟、妹を守ると決めた覚悟……きっと他にも、色んな覚悟をその背中で背負ってるんだろう。

「何が言いたいのか知りたくもねーけどよ、どんな状況になったって俺のする事は変わらねぇ……全部まとめて、ぶん殴るだけだ」

「……おまえらしいぜ、金属バット」

 何度でも立ち上がって、悪を討つ。絶対的な怪人になろうとしてた俺が求め続けた、心のど真ん中に一本の芯を持ったヒーロー。

 そうだ、いつだってそれを体現してきたコイツだからこそ、俺は金属バットに惚れ込んだのかもしれない。

 不器用ながらも優しい心根に触れてしまったから、時折見せる俺への『隙』のような一面を、知ってしまったから。あの体温が、あの横顔が、脳裏に焼き付けてしまったから。だからこそ俺は本能で選んだんだ。コイツが良いと、心の底から焦がれてしまったんだ。

「そんな危なっかしい覚悟なんて、捨てちまえよ」

 言ってしまった瞬間、訝し気に俺を見上げてきた瞳がギラリと光った。分かっている。これは俺のエゴで、余計なお世話ってやつだ。コイツはそんな事、微塵も望んじゃいない。

 案の定、さっきよりも凄みの増した表情で距離を詰めて、俺の胸ぐらを掴み、睨み上げてくる。

「さっきから意味の分からねぇ事をごちゃごちゃと……! 何が言いてーんだっ」

 鋭い瞳に射抜かれるが、ハッと鼻を鳴らしてその瞳を真っ直ぐに受け止めた。

「そういうところだぜ、金属バット……!」

 理不尽に抗おうとなりふりなんて構っていられなかった昔の自分がどうしても、金属バットの無意識な危うさと重なってしまう。十七歳の、ましてやまだ学生のコイツがここまでの覚悟で背負った理由は、いったい何だってのか。

「この世の中にはな、理屈だけじゃ守れないもんが確かにあるんだよ!」

 諭すように語尾を荒げた事が気に入らなかったのか、俺から距離を取って身構えた瞳には確かな怒りが見て取れる。

「何が言いてーんだ……説教垂れようってンならブッ飛ばすぞ!」

「そうじゃねぇ!」

「ッ、あぁ……?」

「ご自慢の筋肉だけじゃ、世の中渡りきれねぇって言ってんだよ、俺は」

「は、はあ? さっきから何様だテメェ!」

 強気な態度とは裏腹に、俺の言葉を伺うようにして揺れる瞳は不安気だった。明らかなる動揺だ。同時に、鳩尾辺りから迫り上がってきた緊張感とじんわりとした暑さが、余裕のなくなった思考を更に鈍らせていく。

 その時、警戒する金属バットの首筋を伝って汗が一筋、ゆっくりと流れ落ちて行った。白いシャツの襟元へ吸い込まれていったソレは月明かりと夜景のみに照らされていたはずなのに、やけにハッキリと目につきやがる。その光景が海と、花火を見上げていた横顔と重なってもう、限界だった。

「テメェが一人で背負ってるもん、寄越せなんて言わねーよ……けどな、横に並ぶくらいはさせろって、言ってんだよ!」

「は? ッ、お、おい……?」

 言葉にしたが最後、タガでも外れたかのような動きで咄嗟に、胸ぐらを掴み続けていたヤツの両手を握り返していた。思いきり見開かれた黒目が睨みつけてくるが、その手が振り払われる事はない。ただ黙って俺を見上げ、戸惑うように見上げてくる。まるで何も分かっちゃいないくせに、何故か待ち構えるかのようなその瞳に、ごくりと喉が鳴った。

 ダメだと分かっている。これ以上の言葉はきっと、コイツの覚悟の邪魔になる。それでも、言わないなんて選択肢はもう考えられなかった。

「いいか、俺はおまえをバカにしてるわけでも、からかってるわけでも…………ましてやこんな事、酔狂で言えるわけもねぇ!」

 腕に力を込めたその瞬間、今まで睨み付けてくるだけだった瞳に緊張の色が浮かんだ。瞬時に引こうとした手に、これでもかってくらい力を込めて睨み返す。

 思いばかりが先走って、握った手が震えてしまう。それと同時に金属バットの顔もだんだんと歪んでいって、まるで泣く事を我慢するような表情にまた胸を締め付けられた。短くなる呼吸を落ち着かせる為に深く、細い深呼吸を繰り返す。

 友人にも、好敵手にも、なってはやれない。ここまでを許してきたコイツに多くを望まないなんて、もう無理な話だったんだ。覚悟を決めて、困ったように顔を顰める男の顔を真っ直ぐと見据えた。

「俺は、おまえに惚れてる」

「は……?」

「好きだ、金属バット……!」

 唖然とする金属バットが目を見開いて、もう一度「は?」と繰り返した。次第にその視線は逸れて、地面を睨み付けながら俺の言葉をゆっくりと、噛み砕くようにして飲み込んでいるのが分かった。

 何かを言いかけて、口を閉ざす。それを何度も繰り返して、これでもかってくらいに眉を寄せて考え込んでいる。そしてゆっくりと俺に向き直り「なに、言ってんだ」と。

 ようやく絞り出した言葉と声色には分かりやすい動揺が見て取れたが、もう、逃してはやれないんだ。

「好きだって、言ってんだよ」

「ッ、だから、何を……!」

 振り払おうと力が籠る右手を一層、強く握りしめて自身の胸元へと押さえつける。

「テメッ、離せっ」

「分かるだろ!」

「ッ!」

 ドクドクと激しく循環し続ける心臓が、俺の言葉が嘘ではないと証明してくれる。

「本気だ……!」

 顔を引き攣らせた金属バットがたじろぐように右腕を引くが、逃すまいと力を込めて留まらせる。

「っ、は、離せって!」

「離したら逃げるだろ!」

「にっ……逃げねー、から……っ!」

「このまま聞けよ! 俺はテメェに……そういう意味で、惚れてる!」

「ッ、い、いい加減にしろ!」

 俯いて肩で息をする金属バットがゆっくりと顔を上げる。言葉通り逃げずに留まってはいるが、頬にかかった前髪から覗く瞳がしっかりと俺を睨み付けているのが分かって、背筋を冷汗が流れていった。

「……マジか、テメェ」

 ゆっくりと息を吐いて、震える声で続ける。

「意味、分かンねぇだろ……こんなっ……す、好きとか……!」

 ほんのり赤く染まった頬は引き攣っているものの、明確な拒絶は見られなかった。気持ち悪いと罵られる覚悟はしていたが、どうにも煮え切らない態度にポカンとその様子を眺めて、相手の反応を伺ってしまう。

 せめて答えくらいは寄越せよって意味も込めて、いつまでも項垂れる金属バットの肩を引き寄せてその顔を覗き込むと、ギクリと肩をびくつかせて顔を背けやがった。

「おい、こっち向け、逃げんな」

「にっ、逃げてはねーだろ!」

「だったら返事、寄越せよ」

「ッ、いきなりこんなん言われて、分かるワケねぇって言ってんだろクソが!」

「ああ? こんなもん、好きか嫌いかしかねーだろ!」

「き、嫌いじゃねーからこっちも困ってんだろうが、クソっ…………あっ」

 売り言葉に買い言葉よろしく、すぐに自分の失言に気づいた金属バットが口元を押さえて固まった。明らかに勢いで出た言葉だったが、俺を煽るには十分だ。目を泳がす男を正面から捉えて一歩、近づく。

「言ったなテメェ」

「い、今のは言葉のアヤだろ! そういう意味じゃねーぞ!!」

「もう遅い! テメェの気持ちはよく分かったぜ!」

「ッ!」

 固まるヤツの隙をついて、そのまま思い切り懐に飛び込んだ。多少の強引さは否めなかったが、こうでもしないとこの野郎、自分のことは棚に上げて意地でも俺の本気を受け止めやがらねぇ。

「なっ、なにしてンだテメッ……!!」

「おっと!」

 震える身体を強く抱きしめてピタリと密着する。案外収まりの良い身体の体温に、スーパーで初めて触れた時のことを思い出して「なんだよ、やっぱりあの時には惚れてたんだな」って妙に嬉しい気持ちが大きくなった。そのまま、怒りに震える首筋に顔を埋める。爽やかな石鹸の匂いに誘われるがまま思い切り吸い込んでやると、それまで暴れていた金属バットの身体がカチンッと強張った。

「なっ、なっなに、して!?」

「シャンプーか? あと汗」

「アア?!!」

「おまえの匂い、けっこう好きだぜ」

「---ッッ!」

 次の瞬間、ブゥン! と拳が空を切る鋭い音が鼻先を掠めた。

 寸でのところで避けたその勢いのまま数歩、金属バットから距離を取る。高めの体温が名残惜しくもあったが、真っ赤に震える金属バットを見て僅かな可能性を見出しちまった事は必然なんじゃねーか。

「へへ、隙ありってな!」

「ふ、ふざけてンのかテメェ!」

「うおっ、あぶねーなぁ!」

「このッ……避けんなッ!」

 いつもの調子に戻ったこの掛け合いだって、コイツに惚れた一因だって思えば心がじんわりと温かくなる。

 きっと俺たちには、これくらいがお似合いなのかもしれない。意地もなく、コイツの中の「嫌いじゃない理由」を明確に出来たその時なら、その答えも固まるんじゃないか。

 そう考えると、妙に息がしやすくなった。さっきまでの息苦しさが嘘みたいに、俺は真っ直ぐとヤツを見据えて、その名前を呼んでいたんだ。

「金属バット!」

「アア?!」

「マジで好きだぜ!」

「は?!」

「ワケ分かンねぇってんなら、分かるまで言ってやる!!」

「や、やめろバカ!」

「好きだ! 金属バット!」

「開き直ってんじゃーねよバカヤロウッッ!」

「ハハ!」

「待てやコラァ!」

 数分前のしおらしい雰囲気なんて微塵もなく、まるで俺の告白もクソも無かったかのように。俺たちはいつものように境内を仲良く暴れ回った。真っ赤に染まった顔で目くじら立てる様子に、思わず心からの笑いが溢れる始末だ。

「てめぇ今日こそ殺す!」

「出来るもんならやってみな!」

 それでも、どんな結果になったって。アイツも俺も最後にはいつも通りこうやって、笑って喧嘩してる未来が訪れりゃいいよな。

 心の底からそう、願ったんだ。

 

 

つづく

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