作:ユキちゃーーん。

12 / 15
八話の小話です。


シリーズ小話「思考停止」

 

 

 「ふざけんな!」と心の中で叫びながら、祭りの帰りでごった返す人混みを駆け抜けた。もしかすると声に出ていたかもしれないが、そんな事を気にしている余裕なんて無い。

 さっきからバクバクとうるさい心音がやけに耳に付いて、血が巡りすぎて痛みすら感じてきた。走り抜ける最中もヤツに掴まれていた手首に感じた違和感の正体に気づいちまって、それすら疎ましい。視界を掠めた手首にはくっきりと手形が残っていて、それを認識してまた頭に血が昇ってしまう。

(ッ、ふざけンなよ、あの野郎っ……!)

 もう、何処が痛いのかも分からねぇ。一刻も早くこの人混みから抜け出したい。

 その一心で、無我夢中で地面を蹴り抜いた。

 

 ゆっくりと鍵を回して、ゼンコが起きないように細心の注意を払って玄関を潜った。リビングに続く廊下は見慣れた橙色の常夜灯に照らされていて、そこでようやくホッと息を吐き出す。

 なるべく足音を立てないよう足早にキッチンへ移動して、冷蔵庫から作り置きの麦茶が入ったボトルを取り出した。一気にグラスへ注いで、キンキンに冷えたそれを喉の奥へ流し込む。喉を通る冷たい感触がやけに心地よくすぐに飲み終わってしまうが、湯だったように火照る身体にはちょうど良い。

「あっちぃ……」

 グラスを流しにを置いて、そのままもたれ掛かるように項垂れた。そこでようやく、異様に身体が強張っていた事を自覚する。そりゃそうだ。さっきまで俺を取り巻いていた現実はあまりにも、理解し難い。

「…………ッ、」

 ようやく落ち着いて来た体温に安堵しかけたと同時、夜景をバックに繰り広げられたクソみたいな光景が脳裏を過っていった。

 あの後、ひとしきり境内を追いかけ回したが結局、最後までヤツをブン殴る事は出来なかった。人が必死に走っている合間も「好きだ!」とほざき続けるヤツの、どこか清々しい顔に腹が立って仕方なかった。そして、とうとう走り回る事が馬鹿らしくなってきた頃。おまけとばかりにもう一度「好きだぜ!」と叫んだその姿が颯爽と階段を飛び降りて行ってしまう。答えを寄越せと宣いながら、けっきょくヤツは言い逃げしたのだ。とことんふざけているし、やるせ無いこの感情の落とし所が見えない事にも腹が立つ。

 こんなの、俺が死ぬ間際に見る走馬灯に絶対出てくるじゃねーか、マジでふざけんなよ。ずるずると流しにもたれ掛かるようにその場にしゃがみ込む。冷静になればなるほど、怒りよりも情けなさが込み上げていった。終いには「好きだ」というヤツの声が耳に纏わりついて、追い討ちをかけてきやがるのだ。不愉快だ。じわじわと押し寄せる不安感が、あの時のガロウの真剣な瞳を思い出させた。掴まれた右手が未だに熱を持って、煩わしいったらないぜ。

 明確な答えは出せなかったが、現状、ヤツを嫌ってはいない。不意打ちのように溢れてしまった言葉もおそらく本心だ。でもだからと言って、ヤツからの気持ちに今すぐ応えてやれるほど現状を受け止めきれない事も事実なんだ。その証拠に、未だに心臓は痛いほどバクバクと振動を繰り返している。

 ある日から自覚してしまったヤツからの意味ありげな視線に、もしやと考えなくも無かった。ただ、それはあまりにも現実的ではない答えだったから。だから、判断を鈍らせてしまったんだ。

「ッ、どうしろってんだよ、くそっ……!」

 揺れる金色の瞳が不安気に揺れていた。抱きしめられた瞬間の、意外と高い体温が全身にまとわり付くようだった。その居心地が悪くなかったなんて事実、どうやって受け入れろってんだ。

 こうして思い悩む間も脳裏に居座り続ける銀色が目障りで、おもわず頭を抱えてしまう。情けない声色は深夜にも近い静まり返ったリビングにはよく響いた。それが一層、今の自分の現状を表しているようでやりきれない。最近の煮え切らない態度の真相が知れるからと、のこのことヤツに着いて行ってしまった自分の浅はかさにも反吐が出そうだった。だが、どこか覚悟を決めたように「時間はあるか」と見下ろしてきた金色を放っておけなかった事もまた、事実なんだよ。

「嫌いじゃ、ねぇ……」

 首筋に顔を埋められた瞬間を鮮明に思い出して、ぶるりと身体が震えた。仮にもプロヒーローである俺が、ヤツがあそこまで近づく事を許した事実も受け入れ難い。それも、無意識に。

「あっ、無理だ」

 そこまで考えて、思考を停止させた。これ以上は気づきたくない事にまで理解が及びそうで、恐怖心から考えを放棄した。軽く頭を振って立ち上がる。流しのグラスは明日洗うとして、今日はもう、寝ちまおう。

 リビングを突っ切って自室のベッドへ急いだ。とにかく今は、何も考えたくない。ヤツが本気である限り、けっきょく俺はその気持ちに答えなきゃならないんだ。

 きっと答えなんて、いつだって単純で明快なんだろう。己が抱いた感情の意味はまだ分からなかったが、全力で来る相手には手を抜かねぇって、ただそれだけだ。

 そうして布団を頭まで被って、やけくそのように睡眠の入口を探し続けた。このふざけた悪夢と共に、直に夏も終わるはずだと願いを込めて。

 

 

 

つづく

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。