朝、と呼ぶには少しばかり薄暗い道場内で一人、座禅を組む。
目を閉じると、さっきまで確かにこの手に収まっていた温もりを思い出す。何かを訴えるような瞳と、震えていた身体。それはまるでエンドロールを迎えられずにカラカラと同じ場面を回り続ける映写機のように、延々と。俺の頭の中を支配し続けていた。
「後悔してるって顔だよ」
その言葉で確信を突いた自信はあったし、あのバカ正直な男が自ら否定しなかった事が何よりの『事実』だ。
しかし、その後の金属バットの反応ときたら呆然と俺を見上げるばかりで。そんなヤツの顔をこれ以上見ていられなくて、逃げるように道場へと駆け込んだのが数時間前の事だった。それから一睡も出来ずに、今に至っている。
あそこで追い打ちを掛けることが出来たなら、今頃ここまで悩む必要もなかったのだろうか。我ながら、とことん情けない。いやしかし、今回に限ってはヤツにも非はあるハズだ。泣きそうな……まるで縋りつくような瞳が再び脳裏を過って、煮え切らない展開に舌打ちが溢れた。
いっそのこと気持ちよくフッてくれたのなら、諦めもついた。
男同士だから。嫌いだから。恋愛に興味がないから……思い浮かぶだけでもこれだけある理由の中から、アイツなりの言葉で伝えてくれたなら。そして真剣に考えてくれたのなら、俺はどんな結果だろうと受け入れる覚悟もしていたってのに。なのに、あの野郎ときたら。
「……不器用なやつ」
座禅を解いて、吐き捨てるように呟いた。
これ以上はいくら瞑想したって、ぐるぐると余計な思考に巻かれちまうだけなのは明白だ。それよりも今は別に考えるべき事がある。
何かに耐えるような表情と、不安げに揺れた濡れた瞳。それと、もう一つ。
「…………ッ、やっちまった……!」
馴染みのある体温と、それとは対照的に少し冷たかった唇の感触。すぐに離れたとはいえ、だ。
それは完全なる無意識での行動だった。己の軽率さに頭が痛くなる。硬派なヤツの事だ、今頃キレ散らかして額の血管の数本くらいは破裂させているかもしれない。いや、だが、それよりも先ずは。
「そういや……初めてか」
言葉にした瞬間、全身の毛が逆立つような興奮を覚えた。ざわざわと胸が高鳴って、単純過ぎる己の思考にほとほと呆れて、そしてバカらしくなる。冷静になればなるほど、その光景が網膜の裏にまで貼り付けられたように。そして鮮明な記憶を遡るほど、罪悪感と少しの邪な気持ちが募っていく。
何が起きたか理解できない様子だった金属バットの、少し小ぶりな唇を思い出してムズムズとした背徳感が全身に広がっていった。突き付けられた答えは「ノー」だったはずなのに、心からの渇望が治る様子は微塵もない。まさか自分が、ここまで強欲だとは。
そして悲しいかな、「アイツも初めてだったらな」なんて考えちまう俺はどうしたってもう、金属バットの曖昧な返事から目を背けるしか出来なくなるんだ。
おわり