作:ユキちゃーーん。

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第二話になります。金バ君側のお話。


第二話「初夏」

 

 

 本日も快晴となるでしょう、の一文で片付けられたニュース番組を流し見ながら、出来立てほやほやの朝食が並ぶ席へと移動する。湯気がたつ味噌汁の椀を置き、あちぃぞ、と言えば、ありがとうお兄ちゃん!と元気な声が返ってくる。

 今日のメニューは何てことない、焼いただけの塩鮭にこれまた茹でただけのブロッコリーに、くし切りされた新鮮なトマト。そして、味噌汁と白米。週末に近づくにつれ、どうしたって冷蔵庫の中身が寂しいことになるのは世の常だ。

二人分の朝食を並べ終えたところで席につき、今日も今日とて最愛の妹と「いただきます!」と手を合わせる。先ずは味噌汁を手に取ったゼンコはふーふーと唇を尖らせながら慎重に、ズズズとそれを飲み込んだ。一呼吸おいて「美味しいー!」と顔を綻ばせる。そーかそーか、兄ちゃんの作った味噌汁は美味いか。よかったなと笑って、俺も味噌汁の椀を手に取った。

 

 ニュースキャスター曰く、その日は本格的な夏に向けて午後から徐々に気温の上昇を伴うとか何とか。一昨日から解放された水泳の授業を思い浮かべながら、ゼンコに日焼け止め塗ってやんなきゃなと、去年はその白い肌を真っ赤にさせて泣きながら皮膚科へ通った事を思い出す。帰りにドラッグストアへ寄るか。それから下校路にあるスーパーが特売日だったはずだ。今日は何が安いのか。

「お兄ちゃん、ハイこれ」

 ぼうっと放課後の予定を決めていた俺の前にゼンコの小さな手が無遠慮に近づく。目の前に広がる『本日の目玉商品!』の文字。

「お、チラシ取ってきてくれてのか、ありがとな」

「私はお兄ちゃんとちがって、あさにつよいから!」

 えっへん!と胸を張る姿に思わず抱きしめたくなるが、先ずは目先の朝食とチラシに集中するとしよう。バクバクと白米を平らげ、ついでに鮭を放り込む。もぐもぐとひたすら噛みながら、ちょっと焼きすぎたか?と皮の切れ端の苦味と共に飲み込んだ。

(なになに、卵と牛乳が大特価?あ、先々週は卵ひとり二パックまでだった癖に、一パックになってやがる!牛乳は……まだあったな、よし)

「ゼンコ、俺ぁガッコー帰りに買い物して帰るからよ。習い事の迎え、少し遅くなるぜ」

「わかった!」

「ちなみに今夜はオムライスだ」

「!ほんと? 約束だよ、バッドお兄ちゃん!」

「おうよ」

 ご馳走様でした!と二人して手を合わせ、後片付けだ。ゼンコはすでに学校へ行く支度を終えたらしく、歯を磨きに洗面台へと消えていく。

 二人分の食器を片した頃、玄関のインターホンと共に「ゼンコちゃーん!」というあどけない声色が響いた。瞬間、カシャカシャとランドセルを鳴らすゼンコが奥から戻ってくる。

「いってきます、お兄ちゃん!」

「おう!あっ待てゼンコ!防犯ブザーは持ったか?怪しいヤツには絶対に近づいちゃダメだからな?それから!」

「もうー、わかってる!ブザーも持ったし、学校おわったら真っ直ぐ習い事行くから!いってきまーす!」

「よし、いってらっしゃい!」

 最後にニコリと笑って、ゼンコは廊下を早足で駆けて行った。その笑顔に膝から崩れ落ちそうになったが、俺もそろそろ身支度しないと本格的にやべぇって事に気づいて何とか耐えた。事情があるにしても、出席日数は何とか確保したい。

 今日くらいは平和に過ぎてくれよと、俺は洗面台へと急いだ。

 

 学校の更衣室にて、遠くから聞こえるセミの大合唱を背景に。「せめて掃除しろ」とセンコーが言うから嫌々ながら体操服に着替えていく。そして馴染みの金属バットをデッキブラシに持ち変えて、プールサイドをだらだらと歩いている時だった。

 バシャン!!と一際大きな飛沫をあげて、クラスメイトである男が「たずげてっっ」と声をあげる。あン?と顔を上げた先にはばしゃばしゃと空を掻く手が沈みかけていて、俺は考えるよりも先にデッキブラシを放り投げる。そして騒然とするプールサイドを横切り、着の身着のままでプールへと飛び込んでいた。

 

「ほんっっとーにありがとう、バッドくん!」

 解放されている屋上の影で座り込み涼んでいると、俺がここにいる事をどこから嗅ぎつけたのか、男はキラキラとした瞳でそう叫んだ。

 本日何度目になるか分からない感謝の言葉は、普段からヒーローやってる身としては馴染みのあるものだったが……こうも何度も拝まれちゃあ有り難みも減るってもんだ。それでも目の前で頭を下げる、体育の授業で見事に溺れてみせた男は昼休みになっても俺の後をついて回って「ありがとう」を繰り返しやがる。

「しつけーなぁオメェも。足はもういいのか?」

「おかげさまで、もう大丈夫!」

「そりゃ良かったな」

「いやぁ、僕の事助けるために飛び込んでくれたバッドくん、本当にかっこよかったよ!みんな動けなかったのに、やっぱりヒーローは違うなぁ」

「わーったから、もういいよ!次からしっかり準備体操しろよな!」

「あはは、ほんと、肝に銘じます」

 男はキマリ悪そうに頭を掻いた。なんだか気が抜ける野郎だ。無事ならそれでいーんだ、ほらもう行けよ、と手を払う仕草をすれば、最後にもう一度だけ「ありがとう!」と残して笑顔で去って行く。そして出口まで何度も振り返り、扉を閉めるその瞬間まで、ありがとう!と手を振っていた。律儀なんだか単純なんだか。

 ハァ、と一息つき、紙パックのりんごジュースを啜った。風にそよぐ前髪は鬱陶しいことこの上ないが、残念ながら愛用の整髪料は今朝、鞄に入れ忘れている。

 命でもあるリーゼントが崩れる事が我慢ならないからと、テキトーな理由でサボろうとした水泳の授業中。足を攣ったクラスメイトを助けただけの、それはそれは奇妙なほどに平和な午後だった。怪人の出現情報もなく、怖いくらいに事が進む。おかげで久しぶりに普通のガクセーってやつを全うしてはいるが。

(帰りに、日焼け止めと……たま、ご……)

 初夏と呼ぶには少し暑すぎる気温だが、屋上の日陰は風通しも良く快適だ。あまりにも平和すぎる事に対して少しの不安を抱えながら、遠くで聞こえた昼休みの終わりを告げるチャイムと同時に、カクン、と俺は意識を手放した。

 

 ぼんやりと、意識が浮上する。遠くで鳴っていたはずのチャイムがだんだん近づいてくる感覚にハッとして、瞼を持ち上げた。夕方と呼ぶには少しばかり元気すぎる太陽が、ギラギラと俺を照らしている。

 フェンス越しに振り返れば、下校する帰宅部がちらほら正門に向かって歩いている。しまった、と一瞬、出勤日数のことが頭を過ったが、次の瞬間には今朝の特売日のチラシで頭は埋め尽くされていった。たまごまたご!と繰り返しながら勢いよく立ち上がり、階段を駆け降りる。そしてまばらに人が残る教室にたどり着いた時、不意に思い出す。たまごの前に、ドラッグストアだ。

 

 ドラッグストアで目当ての日焼け止めを買い、スーパーでも卵を手にいれて、今日は平和な一日になりましたとさ、大満足。とはいかず、人通りの多い商店街を苛立ちながら足早に駆け抜けるが、スーパーで出会ってしまったヤツを思い出して舌打ちが漏れる。

 普段から仲が良いってわけでもねぇし、むしろ見かけるたびに、お互い目くじら立てて絡んでいくような関係だった。今日だって出会い頭はテンポの良い悪態を吐いていた、はずだったのに。

 スーパーの卵コーナーなんていう陳腐な場所で、人の周りをウロチョロするヤツを思い出してピキッと眉間に青筋が立っていく。俺も毒気が抜かれてた事は認めてやるが、あからさまに様子のおかしかったヤツにこそ、この苛立ちの原因はあるんだ!

「案外、ちゃんとヒーローやってるよなぁ、おまえ」

 苛立ちがピークを迎えた頃。細めれた金色と普段のヤツからは想像もつかない程の優しい声色に、おもわず面食らって「ハァ?」と素っ頓狂な返ししか出来なかった。

(褒めた……?誰が、誰を……?)

 数秒固まった後、普段ならばありえない現状を自覚してしまう。瞬間、自分でも分かるくらい顔に熱が集まった。照れ隠しから、どーいう意味だ!と捲し立ててやろうとして、案外真剣だったヤツの瞳と視線がかち合ってしまい、おもわず声を引っ込める。普段とは明らかに違う雰囲気が、今の俺たちの間には蔓延している。この顔の熱さは、屋上で寝過ごして出来た日焼けのせいだけじゃない。

 気恥ずかしさと、嬉しいんだが腹立たしいんだか、何だかよく分からない感情が一気に体中を駆け巡った。

(何だこれ、どうしたってんだ、俺)

情けない顔を見られたくなくて、慌てて踵を返した。だがそれは、咄嗟に掴まれた右手によって叶わない。勢いよくヤツを振り返る。眉尻を下げた顔が慌てて「待てよ」と俺の右手を握り締めていた。

 妙に熱を持った金色と並行するように、握られた右手も熱を持つ。その居心地の悪さから離せと文句を言いかけて、それでも言葉に出来なかったのは、普段は不敵に見つめてくるだけだった金色がまるで、熱の籠った中にも縋るような色を含んでいたからだ。

 全てが見慣れない表情だった。明らかに様子もおかしかったし、歯切れの悪い引き留めの言葉も煩わしかった。何か後ろめたい事でもあるかのような表情と、縋るような瞳と、そしてヤツの行動全てが頭の中でぐるぐるごちゃごちゃと募っていく。何より煩わしいのは、あの手に込められた力強さと感触が、今でも鮮明に残っていやがる事だった。ジンジンと熱を持っているような感覚がとにかく鬱陶しい。どうか、日焼けのせいであってくれと切に願う。なんだ、これは。

「くそっ、なんだってんだ……!」

 街灯が照らす夜道に、俺の叫びは小さくこだました。そんな商店街を抜けた住宅地の更に奥、ゼンコが通うピアノ教室が入る雑居ビルに向かって早足で抜けていく。

 ヤツと会うまでは、それはそれは平和な一日だったってのに。幾分か穏やかな心で、一日を終えようとしていたってのにっ。目くじらをたて、苛立ちを隠そうともしない俺を避けて、通行人が道を譲っていく。ズンズンと柄も態度も悪く突き進んだところでやっぱりヤツとの事が過り、一層、腹をたてる。

「あーー!!!くそ!!頭ん中こんがらがってきたぜ、うっっとーしい!」

 ぐしゃり。叫んだ瞬間、聞こえた音にハッとして、おそるおそる右手に視線を落とす。

「た、卵がッッ……!」

 無意識に握りしめてしまった右手。十個入りのパックに入ったそれが、ものの見事に握りつぶされている。買い物袋をケチった結果、ポタポタと滴る潰れた黄身が気持ちわりぃ事この上ない。

 ゼンコには今夜、オムライスだと伝えてしまっている。約束だよ!と笑顔を綻ばせた今朝を思い出し、この後迎えに行くはずの最愛の妹がこの卵を見て悲しむところまで想像してしまう。

 尻ポケットに突っ込んであった携帯を取りだして時間を確認すれば、スーパーの特売が終わるまで幾らばかりの猶予はあった。全力で走ればイケるか。

 ぐるぐると思考する中、どうにか高揚する気持ちを抑え付ける為にハァ、とらしくないため息を吐いた。次は買い物袋必須だなと意気込んで、踵を返す。

「くそったれ!全部アイツのせいだ!待ってろよ、ゼンコォーー!!」

 最後の最後で、散々な一日だ!と。

 俺はもう一度、スーパーへの道を全力疾走したのだった。

 

 

 

つづく

 

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