作:ユキちゃーーん。

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第三話「変化」

 

 

 初夏といっても、気温は本格的な夏と変わらずに日々、上昇していく。

 それは家に居ても暑いし暇だと言う、夏休みに入ったばかりのゼンコを連れてプールに向かっている時の出来事だった。

「あ、」

「あっ」

 遠くからでも目立つスラリとした長身に、なびく銀髪。横に連れた子供が不安気に俺と男とを交互に見上げている。互いの顔を認識した瞬間カッと目くじらを立てて前に出た俺たちは、今日も今日とて平和的にメンチを切り合う。

「暇なのかヒーロー様はよぉ!」

「テメェこそ働けヒーロー狩り崩れ!」

「ああ?!」

「なンだコラァ!!」

 やめなよお兄ちゃん!とゼンコに手を引かれる。ダメだよおじさん!と言う制止の声に反応したヤツと共に、とりあえずは深呼吸をして距離を保った。

 ガルルと睨み合う俺たちを余所に、いつの間にか仲良くなったらしいゼンコと、ヤツの隣の子供……タレオは元気よく挨拶を交わして「奇遇だね!」と笑い合う。

「久しぶりゼンコちゃん、夏休み前に会ったきりだよね?」

「そうだね!わたしたち、今からお兄ちゃんとプールに行くの。もしかしてタレオくんたちも?」

「うん!おじさんがおっきいプールに連れてってくれるって約束してくれたんだ!」

「わたしたちもだよ!せっかくだし一緒にいこーよ!みんなで遊んだほうが、ぜったいに楽しもん!」

「え、い、いいの?」

 ギョッとして勢いよくゼンコを見ると同時に、二人の不安気な瞳が見上げてくる。おいおいおい、ゼンコ、今日は兄ちゃんと二人で遊ぶって話だったろ、そりゃないぜ、とは思うものの、せっかく出来た無害な男友達との時間を邪魔して良いものなのか。

 癪だったが、ヤツに確認の意味も込めてジトっとした視線を向ける。肩をすくめたヤツは「いーんじゃねーの?」と二人に声をかける。勝手に了承してんなよ。数秒の睨み合いの末、下からの涙ぐましい視線に耐えられずハァと溜め息混じりに頭を掻いた。

「……今回だけだぜ」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「あ、ありがとうございます!金属バットさん!」

「ハハっ、金属バットも妹には形無しだなぁ?」

「やかましい!」

 またもや目くじらを立てた俺を余所に、ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねて喜ぶゼンコと、素直に頭を下げて礼を述べるタレオ。そして案外優しい目つきで「良かったな」とタレオを見つめるガロウ。そんな三人に対して府には落ちていないし、もちろん癪なのは変わらないが。

「楽しみだねタレオくん!」

「うん!」

 けっきょくゼンコが笑ってくれンなら、何でもいいんだ、俺は。

 

 

 あの日、スーパーの卵コーナーで様子のおかしかった俺たちは、今ではすっかり元通り、所謂『犬猿の仲』ってやつに収まっていた。

 苛立ちから不恰好になってしまったオムライスを前に「味は一緒だよ!」と笑ってくれたゼンコの優しさに、泣きそうになりながら謝った、あの夜。寝る寸前までヤツの顔を思い出し、ぐるぐると考え込んでいたが……けっきょく悩むことがバカらしくなった俺は、次会った時でも変わらない態度だったら一発くらわせてやる!と意気込み、その日は眠りについた。

 そもそもヤツの心境なんざ考えたって、分かるわけねーんだ。言いたい事すらまともに言えないヤツが悪い。そんな事を考えながら、全ての責任をヤツに押し付けてやった。

 あれから今日に至るまで数回、ヤツとは様々な場面で出くわした。

 通学中、パトロール中、怪人と戦闘中、ゼンコと買い物中……出会う度に身構える俺とは裏腹に、ヤツは普段通りの悪態でもって絡んでくるもんだから、何だか拍子抜けすると共にやっぱり、ほんの少しだけ腹がたった。俺だけが意識しているようで、そんな自分がひどく滑稽でバカみたいじゃねーか、と。

 そして、行く先々に現れるヤツに毎回キレ散らかすのにも疲れてきた頃に出会ったのが、タレオだった。とある公園にて、手を繋いで散歩していたゼンコと俺はベンチに座り、何やら子供と話し込む見慣れた銀髪の男を見つけて顔を見合わせる。本を片手にどうやら談笑しているらしいが。

 道を変えようか一瞬だけ迷ったが、どうして俺が譲らにゃならんのだと意を決してゼンコの手を引いて歩みを進めた。妙に息巻く俺に「大丈夫なのる」と呆れ顔でゼンコが続ける。

「ダメだからね、お兄ちゃん!」

「わ、わかってるよ」

「そんなこと言って、いつもガロウさんとケンカしちゃうんだから!」

「しない!喧嘩しないから!」

 自然と眉間が寄っていた俺に気づいたらしいゼンコに釘を刺され、身振り手振りで慌てて『喧嘩』という言葉を否定する。それでも信用ならなかったのか握られた小さな手には力が籠っていて、いつでも俺を制止できるように身構えている。こんなところで気苦労をかけるつもりは無かったと弁解しようと口を開きかけた、その時だった。

 不意に、男が顔を上げた。俺たちを認識したのか少し驚いた様子だったが、特に声を荒げる事もせず、よお、と口の動きだけで挨拶を交わして静かに片手を上げている。不意打ちで見てしまった優しい表情におもわず、またもゼンコと顔を見合わせる。どうやらヤツは機嫌が良いらしく纏う雰囲気はいつもより幾分、穏やかだ。

 絡んでこないってンなら、俺だって無駄な争いは好まない。ぶっきらぼうにケッと顔を逸らして、ゼンコの小さな手を握り直した。クククと肩を震わせるヤツに、隣に座る子供が不思議そうに首を傾けている。背を向けているせいか、背後から近づく俺たちには気づいていないようだ。そんな中、ヤツがゆっくりと俺に向かって人差し指を向ける。

「タレオ、ほら……ヒーロー様だぜ」

 ヒーローという言葉に反応して、子供が勢いよく振り返る。

 ヤツと連むような子供だ。もしかするとゼンコの教育に良くないような、常識外れのクソガキかもしれない。よく見ると、ゼンコと歳もそう変わらないじゃねーか。妹に手ぇ出しやがったらタダじゃおかねぇぞ。

 だが意気込む俺の予想とは裏腹に、振り返った子供は目をまん丸にして口を開く。

「……き、金属バット?!」

 俺だと分かった途端、目を輝かせてベンチから立ち上がる。

「あ、あの!」

 そして差し出された本……どうやらヤツと見ていたらしいヒーロー図鑑の俺が載っているページを勢いよく開いて、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「こ、ここにサインください!!」

 ズル、と肩にかけていた学ランがずり落ちる。

 なんだ、良いやつじゃねーか、タレオ。

 

 流れるプールにて、ヤツとは背中合わせに浮き輪に捕まるゼンコを支える。ヤツも同じようにタレオの浮き輪を掴みながら、時には水飛沫をかけてタレオをからかっている。

 やめてよおじさん!誰がおじさんだ!なんていつものやりとりも見慣れたもんで、相変わらず仲は良いらしい。なんだこの状況、と思わなくもないが……俺越しに二人を眺めながら笑っているゼンコを見ると、もうどうにでもなれという気持ちになってしまう。

「ねぇ、タレオくんは夏休み何するの?」

「ぼく、自由研究でヒーローのことしらべるんだぁ!ゼンコちゃんは?」

「わたしはね、ピアノのお稽古でしょ?あと学校の友達とお買い物にもいくし、それから……あ、海も行くんだよ!」

「え、海!?いいなぁ!」

「お兄ちゃんが毎年つれてってくれるの」

「へぇ!ぼく、海って行ったことないから……」

「すっごく楽しいよ!お兄ちゃんと一緒にお魚さんのいるところまで泳いだり、うみの家っていうところでかき氷たべたりね、それと、帰りはいつもラーメン食べるのよ!」

 いいなぁ!とタレオは目を輝かせる。海の家やラーメンなんて夏の定番な気もするが……行った事がないってんなら、さぞ真新しく楽し気に聞こえているんだろう。ゼンコによる海での思い出話に、いーなぁ!スゴイなぁ!と大袈裟に返すその様子を見かねたのか、背後で動く気配がした。何となく気になって、伺うようにヤツを振り返る。そしてタレオの浮き輪を自分に寄せて、一言。

「タレオ、海、行ってみたいか?」

 どこか真剣な声色だなと横目で眺めてみる。表情はあまり変わらなかったが、少しだけスーパーでのあの日のヤツを連想しちまうような、そんな瞳でタレオの顔を覗き込んでいた。対するタレオは困ったような顔でただ、ヤツを見上げている。

 十歳やそこらの子供が一度も海に行ったことがないなんて、相当我慢しなきゃならねぇ家庭の事情でもあるのか、何なのか。俺がとやかく言う事でもないし、少なくとも今のタレオにはヤツがついている。そう、無理矢理にでも納得しようとして、そういや平日の真昼間から保護者でもない男と二人きりでプールって何なんだ、と不意に思う。親御さんは了承してんのか。

 ぼんやりとだが、タレオが抱える背景を垣間見た気がして、そして、いつだってタレオを守るようにして側に立つヤツの心根を、覗いてしまったような気がしてならない。

 

 ヤツの質問に一瞬、言い淀んだような素振りを見せたタレオだったが、次の瞬間には、意を決したような明るい顔で、うん!と返していた。

「ぼく、海水ってほんとにしょっぱいのか、確かめてみたい!」

 笑って言ってみせたタレオに、案外この子供はもう、色々と乗り越えた後なのかもしれないと、そんな事を考える。

 ヤツも思うところがあったのか少し悩むそぶりを見せた後、俺とゼンコを振り返った。バチっと、感情の読めない金色の瞳が俺を見据える。一体何を考えているのか理解は出来なかったが。目が合った瞬間、嫌な予感が背筋を駆け上がっていった。ヤツからの視線に訝し気な視線を向ける俺に対して、フム、と何かを納得したヤツはタレオへ向き直る。そして何でもないような声色で、あっけらかんと言い放った。

「じゃあ、行くか……四人で」

 ヤツの言葉を聞いたタレオが、えっ?と驚いた声をあげた。次いでゼンコも、ええ?とヤツを見上げる。そして俺はと言うと、唖然として、ただただその言葉に驚いて固まってしまう。

(今なんつった?四人?この四人でか?海に?ヤツと、俺が……海水浴?)

 今のこの状況だって信じられないってのに、正気か?そういう意味も込めて睨み付けるが、純粋に喜ぶタレオと、いいの?!と目を輝かせるゼンコが目に入ってしまい、どうにも強く出れずに尻込んでしまう。

「おい、おまえらの予定は?」

 不意に向けられた優しい視線にギクリとした。忘れかけていたあの日の熱を思い出しそうになり、これはヤバいと、慌てて捲し立てる。

「な、なに勝手に決めてんだ!俺とゼンコは二人でっ、」

「ええ!?」

「ゼ、ゼンコ?」

「わたし、タレオくんとガロウさんと、それからお兄ちゃんと!海に!四人で、行きたいよぉ!」

「ぐっ……!」

 バシャバシャと、駄々をこねるように水面を叩く。やめろゼンコ!俺はいつだって、その潤んだ上目遣いに弱いんだ!

「ッ---こ、今回だけだぞっ……!」

 歯を食いしばりながら、精一杯の優しい声色で言うと、やったー!とタレオと二人して大はしゃぎだ。矛先のない苛立ちに震えていると、嫌な視線を感じてハッとしてヤツを振り返る。さっきまでの優しい瞳は何処へやら、ニヤニヤと口角をあげる顔と目が合いたまらずに水飛沫を飛ばして、そのムカつく顔面に拳を繰り出してやった。ひらりと交わされても尚、大きな波を作ってヤツに拳を振りかざす。

「笑ってンなよ!」

「照れんなよ、お兄ちゃんよぉ!」

 二人とも暴れないでよー!と制止するゼンコに後ろ髪を掴まれつつ、俺たちは睨み合いながらプールを後にした。

 

 帰り道、約束だよー!と手を振るタレオに別れを告げ、ゼンコの手を引いて帰路に着いた。

「海、楽しみだなぁ!」

「マジで行くのか?タレオはともかくよぉ……」

「ダメだよ、ガロウさんも一緒に行くの!」

「ハァ……」

 困り果てる俺を余所に、ふふんと満足気に笑ったゼンコのその仕草は可愛いんだが、何だかなぁ。

 ため息と共に、更衣室でヤツから強引に渡された一枚の紙切れをポケットの中で弄ぶ。それは意外にも読みやすいと感じた数字の羅列。予定合わせてやるから連絡しろ、なんてムカつく言い草だったが、まぁ、今はとりあえず仕方ねぇか。一応、乱暴に二つ折りしてポケットの奥底へと押し込んでいく。

 この紙切れを渡された時、今まで何となく見ないようにしていたヤツの本性に触れてしまった気がして、内心では舌打ちを連発した。あの男が、俺に心を開こうとしている。こちとら、仲良くする気なんて毛頭もなかったってのに。そう、無かった、はずだったのに。

 あの日からヤツの色んな表情を見る機会が増えたように思う。感情を読み取ったり、纏う雰囲気の違いなんかも分かるようになってきた。今までとは明らかにヤツからの絡み方も違う。今日だって、俺はヤツに振り回されてばかりだった。

 そしてこれまた非常に不愉快なことだが、俺はこんな関係も悪くはないと思ってしまっている節がある。その理由が何なのかまでは考えたく無かったが、確実に侵食されていく心の中には『不愉快』って感情の他に確固たるヤツへの信頼のようなものが出来上がっていた。非常に、不愉快ではあるが。

 

 しばらくすると、全力でプールを楽しんだらしいゼンコは弱々しく俺の手を掴みながら俯いてしまった。今日は楽しかったね、と呟きながらかろうじて歩いているような状況だ。自然と口が綻んで、ゼンコ、と優しく声をかけた。

「なぁに、お兄ちゃん」

「ほら」

「ん……自分で歩けるよぉ」

「ちげぇよ、兄ちゃんプールで冷えちまったから、ゼンコが背中あっためてくれ」

「えー?しょうがないなぁ」

 フフフと笑ったゼンコから荷物を受け取り背中を向けてしゃがんでやると、勢いの良い体当たり付きで俺にしがみついてきた。あったかい?と後ろから無邪気な声が届く。おう、と返した数秒後には、穏やかな寝息が背中越しに伝わる。

(もしかすると今ごろ、ヤツも疲れたタレオを背負ってやってるかもな……)

 自分で歩け!と嫌なフリをして、それでもぶっきらぼうな優しい手つきでおんぶしているヤツが脳裏に浮かんだ。案外、面倒見は良いらしいって事は把握済みなんだよ。

 一連の流れを想像して、ふっと鼻で笑ってやる。ヤツのことは今だって気にくわないが、子供が我慢しなきゃいけない世の中なんて、馬鹿らしいじゃねーか。

 

 夕焼けを背に、見慣れた街並みをゆっくりと歩く。

 担ぎ直したこの温もりの尊さをヤツも知ればいいと、何故か本気で思った。

 

 

 

つづく

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