ゴーント家の長女、弟を溺愛する。   作:八重歯

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13 横丁でお買い物

 

 

 買い物に出かけるのは久しぶりだった。

 

 モーフィンが古びたローブの裾を引きずりながら歩き、私とトムはその後ろをついていく。目の前には、マグルの喧騒が広がっていた。商店街の通りには野菜の屋台が並び、マグルたちが忙しなく行き交っている。

 

 その中を抜け、人気のない裏路地へと進む。路地は石畳がひび割れ、壁はすすけて黒ずんでいた。突き当たりに、埃まみれの木製の扉がぽつんと佇んでいる。マグル達は見向きもしない扉だ。

 

 

「この先が、魔法族の商店街──ミルデン横丁よ。ちょっと閑散としてるけどね」

 

 

 肩を竦めて言えば、トムは興味津々に扉を見上げた。モーフィンはちらりとトムを見下ろし、その灰色の目にあるキラキラとした光を目を細めて見ていたが、鼻を鳴らして取っ手に手をかけた。

 

 

「行くぞ」

 

 

 乾いた音がして、扉が軋みながら開く。

 私たちは扉をくぐり抜けた。

 

 カラン──と古びたベルが鳴り、薄暗いパブの空気が肌にまとわりつく。煤けた天井から蜘蛛の巣が垂れ下がり、カウンターには不機嫌そうな老人が肘をついて座っていた。

 

 店主の目がモーフィンに向き、それから私たちの後ろにいたトムに目を留める。

 

 

「おいおい、モーフィン。一匹増えてるじゃねぇか!」

 

 

 ざらついた笑い声が響く。店主はぼろぼろのローブをまとい、爪の隙間は真っ黒に汚れている。

 トムが思わず嫌そうに眉をひそめた。私は小さく笑いながら、さりげなくトムを自分のローブで隠す。

 

 

「ああ、余計な鼠が増えたぜ」

 

 

 モーフィンが皮肉っぽく応じ、無精髭の顎をしゃくった。

 パブの中は煙たく、片隅の魔女が何か得体の知れない液体をすすっていた。床はべたつき、座っている魔法使いも、どこか怪しげな雰囲気を漂わせている。

 

 私たちは足早にパブの裏手へ抜けた。

 

 

 重たい扉を押し開けた瞬間、ぱっと視界が開けた。

 

 

 中央の枯れた噴水とその周りを囲むよう五つの古びた店舗。空は灰色の雲に覆われていたけれど、広場に出た途端、トムは眩しそうに目を細めた。

 

 そして──目を輝かせた。

 

 魔法界の景色に触れたその瞳は、まるで知らない世界を初めて見つけた子供のように、期待と好奇心に満ちていた。

 

 あまりにも微笑ましくてくすりと笑えば、トムはぱっと顔を上げ──はにかむように笑い、私の袖を掴んだ。

 

 

「トム、ここがあなたが生きていく世界なのよ」

 

 

 優しく言えば、トムの視線はまた広場へと向く。白い頬がうっすら赤くなり、こくり、と小さく頷いた。

 

 

 モーフィンはトムが感動して動けないのを知りながら無視してどんどん進んでいく。

 「足場が悪いから、気をつけてね」と言いながらそっとトムの背を押して促せば、トムはゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 広場に出た私たちの足元には、ひび割れた石畳が広がっていた。中央には、今は水の流れない枯れた噴水がぽつんと佇んでいる。苔がこびりつき、噴水の彫像はかろうじて翼の生えた生物らしき輪郭を留めていた。

 

 広場を囲むように五つの店が並んでいるが、客の姿はまばらだった。時折、三角帽子を深く被り表情の見えない魔法使いが静かに行き交うが、どこかくたびれた雰囲気が漂っている。

 

 

「ここがミルデン横丁っていうのよ」

 

 

 私はトムの隣で囁くように言った。

 

 

「さっき通った場所がカラス亭。パブだけど……正直、食べ物は期待しない方がいいわ」

 

 

 私は小さく首を振り、こっそり口元に手を当てる。トムはちらりと後ろを振り返り、古びたパブの扉を見た。

 

 

「それで、あっちがスティル屋。魔法薬店よ」

 

 

 私は噴水の右手側、煤けた看板がぶら下がる店を指さす。扉の横には薬瓶がずらりと並び、奥から奇妙な匂いが漂っていた。

 

 

「隣がマンドレイク屋。薬草店なの」

 

 

 次に目を向けたのは、乾燥したハーブの束が天井から無数にぶら下がる小さな店。干からびたマンドレイクの根が無造作に吊るされ、扉の近くには不気味な乾いた目をした双頭烏の剥製が飾られている。

 

 

「その隣がルーン雑貨店。服も筆記具も、食器もだいたいなんでも揃うわ」

 

 

 一見普通の雑貨屋に見えるが、看板の上で三叉の尾をもつ真っ黒な猫がしなやかに体を丸めているのが目を引いた。トムは思わず目を丸くして見上げる。

 

 

「そして、あれがボグ店。食料品店よ。食材の中にはちょっと怪しいものもあるから、油断すると変なものを掴まされるわよ」

 

 

 私は肩越しに振り返り、悪戯っぽく片目をつぶってウインクした。店の軒先には干し肉と乾燥したキノコ、得体の知れない干し魚のようなものが風に揺れている。

 

 

「伯父様、どこから行く?」

 

 

 先々進むモーフィンに声をかければ、モーフィンは頭をかきながら振り返り「俺は食材を買う。お前たちは服でもなんでも買っとけ」とぶっきらぼうに言った。

 モーフィンはポケットをごそごそと探り、薄汚れた麻布の袋を私に投げ渡す。

 

 袋を開けて中を覗くと、銅貨が何枚かと、くすんだ銀貨が二つ転がっていた。私は軽く頷き、袋を隠すようにローブの中に仕舞う。

 ここは治安が良いとは言えないから、財布はすぐしまわないと取られてしまう。

 

 

「わかったわ。──さ、トム、行きましょう」

 

 

「うん」と、トムは素直に頷き、すぐ私の後ろについてくる。私は歩き出し、ふと振り返ると、トムも同じように後ろを見た。

 モーフィンは両手をポケットに突っ込み、のっそりとボグ店へ入っていった。

 

 

 ミルデン横丁に、乾いた風が吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 ぎい、と軋む扉を押し開け、私たちはルーン雑貨店に足を踏み入れた。

 

 扉の上に吊るされた鈴がカランと軽い音を鳴らすと、どこか埃っぽい空気が鼻先をくすぐった。店内は思っていた以上に狭く、天井近くまでぎっしりと木製の棚が並び、その一つ一つが雑多な商品で埋め尽くされていた。

 

 棚には粗末なマント、色あせたノート、奇妙な模様の浮かぶ陶器のカップ、羽ペンやインク壺が無造作に積まれ、隙間という隙間に無理やり押し込められている。商品は整然とは程遠く、そこかしこで本が傾き、瓶がぐらぐらと不安定に揺れていた。

 

 値札だけは一応ついているものの、トムは不思議そうに首を傾げた。金額の隣には見慣れない記号──ガリオン、シックル、クヌート──が踊っている。

 

 

「そういえば、魔法界のお金の数え方もまだだったわね。また家に戻ったら教えるわね」

 

 

 私は苦笑しながら呟いた。トムはあたりをきょろきょろと見ながら曖昧に頷く。彼の目には、未知の刺激しか写っていないのだろう。

 

 トムはそっと足を踏み出し、興味深そうに棚の品々を見回している。その姿があまりにも楽しそうで、私は自然と頬が緩んだ。

 

 

「トム、服と下着はもちろん、欲しいものがあればなんでも探してきていいわよ」

 

 

 そう声をかけた途端、トムはその場で小さく立ち止まり、もじもじと私の方を振り返る。灰色の瞳が不安げに揺れていた。

 

 

「えっと……僕、お金持ってない……」

 

 

 その一言に私は一瞬目を丸くした。

 すぐに頬をふくらませ、わざと怒ったような表情を作りトムの手を掴む。

 

 

「トム、あなたは私の弟なの。ゴーント家の子だもの、お金の心配はしなくていいわ。伯父様からもちゃんともらってるし、好きなものを選びなさい」

 

 

 私がぴしゃりとそう言うと、トムは少し戸惑っていたが、頷いた。

 

 

「……うん」

 

 

 たぶん、トムはまだ家族というものを信じ切れていないのだろう。

 胸の奥にちくりと寂しさが走ったけれど、それも仕方がないのだと自分に言い聞かせた。

 

 トムは棚を眺めながら、そろそろと手を伸ばし始めた。──時折、明らかに危険そうな瓶に手を伸ばしかけていて、素早くその手を掴むこともあった。

 

 

「これはダメ。触ったら指がしびれるやつよ」

「……うん」

 

 

 店内を見て回ったトムが選んだのは、どれもシンプルな色の服だった。特別派手でも高価でもなく、丈夫そうな生地で、着心地が良さそうなものばかり。

 

「ほんと、遠慮しないでいいのよ?」と釘を刺しつつ、私は手に取った品々の値札をざっと確認し、カウンターへ向かった。

 

 購入の手続きをしながら、私はふと考えた。

 

 

(……言ったはいいけど、ゴーント家の財産って実際どれくらいなのかしら)

 

 

 麻布の中の金は確かに少なくはなかったけれど、先行きが不安になる程度の量だった。まあ、今は気にしないでおこう、と心を切り替える。今度モーフィンに聞いてみよう。

 

 

 

 包みを腕に抱え、私は店の扉を押し開けた。鈴がもう一度カランと鳴り、トムが私の隣にすぐ駆け寄ってきた。

 

 外はまだ静かだった。モーフィンの姿は広場に見えず、私たちは目配せして歩き出した。

 

 

「ボグ店を見に行きましょうか」

「うん」

 

 

 トムは素直に頷き、私の隣をぴたりと歩く。

 そのまますぐ近くのボグ店へ向かい、扉を押して中へ入った。

 雑貨店では埃と古布の匂いだったが、ボグ店は乾いた塩気と獣脂の匂いが店内を支配していた。

 店内は薄暗く、天井の低い梁から干し草やハーブの束が吊るされ、無造作に積まれた木箱の中にはジャガイモや根菜が土まみれのまま転がっている。

 

 野菜の山、干し魚の山、チーズの山──全てが雑多に積まれ、客足は少ないが物だけは溢れかえっていた。

 

「わあ……」とトムが呟いたそのとき、私はあっさりとモーフィンを発見した。

 

 店の隅、木箱の脇でモーフィンはすでに両腕を荷物でいっぱいにしていた。抱えられていたのは、琥珀色の酒瓶、脂の浮いた干し肉、乾燥チーズ──見るからに酒盛りの準備である。

 

 私はモーフィンに歩み寄り、その腕をトントンと叩き眉を吊り上げた。

 

 

「まあ伯父様、ヨークシャープディングは無しってことね」

 

 

 鋭い声にモーフィンがぴくりと肩を跳ねさせ、苦々しい顔で返してきた。

 

 

「俺の金だ、好きに──」

「でも、その『好きに』を買ったら材料代足りなくなるでしょう?」

 

 

 私は涼しい顔で値札を指差し、計算して値段を伝えた。

 

 

「……」

 

 

 舌打ちする音が静かな店内に響いた。モーフィンはしぶしぶ干し肉の束を棚に放り戻し、チーズも不機嫌そうに片付けた。ただし、腕の酒瓶だけは頑として離さなかった。

 

 

「はいはい、じゃあシェパーズパイとヨークシャープディングの材料を買いましょうね」

 

 

 私はあっさりまとめて、さっさと買い物かごを腕に提げた。タマネギ、挽肉、卵、牛乳、香辛料──畑では足りないものを選び、モーフィンの腕にも押し付けていく。流石にシェパーズパイとヨークシャープディングだけだったら寂しいし、他の料理も作って豪華にしないとだめね。牛肉の塊も買っておこうかな。

 

 

 トムは時折、きょろきょろと店内を見渡しながら、珍しい香草の束や見慣れぬ乾燥キノコをじっと見つめていた。

 

 ついでにスープに入れたら美味しい香辛料をいくつか追加したが、モーフィンは文句を言わずに店主の老女に金を払った。

 紙袋に入った食材を受け取ったのは私だったが、すぐにモーフィンが奪うようにして取って行ってしまう。

 

「ありがとう」と言ったが、モーフィンは鼻を鳴らしただけでのしのしと出口に向かう。

 トムは、そんなモーフィンを少し驚いた目で見ていた。

 

 

 扉の外に出た途端、冷たい空気が頬を撫でた。モーフィンは肩をいからせ、トムは膨れた紙袋を見て小さく笑った。

 

 

 

 

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