私、リリス・メローピー・ゴーントは決意した。
存在するのかわからない、弟を探しに行くと。場所はロンドンの、孤児院ってことはわかるけど、ロンドンまでがかなり距離がある。
「伯父様、私をロンドンに連れて行って」
「なんでそんな事を……」
「しないと、私。伯父様の蛇を全部繋げて縄跳びします」
「……」
モーフィンは舌打ち一つすると嫌そうに立ち上がった。
あの日、私──いや、私の中にいるリリスの感情が爆発した日。
あの日からモーフィンとマールヴォロの、私を見る目や扱いが変わった。今まではゴミムシを見る目で家政婦──いや、奴隷のように扱われていた。
あれから、まあ人間を見る目にはなったと思う。急に鍋で殴ることも、カップを投げられる事もなくなった。多分、私の膨大な魔力と、意識的に魔法を使う力を見て──恐れ、というよりは安堵、だろうか。ゴーント家から、これ以上スクイブが出なかったことが嬉しいのだろう。家族として認めては居ないが、同居人レベルにはなった。
蛇たちも、今まではリリスに噛みついたり縛ったりしてきたけど一気に従順になったし。
「……迎えは必要か?」
「ううん。大丈夫。──あ、蛇一匹連れて行っていい?」
ついでに漏れ鍋の場所も探したいし、煙突飛行ネットワークを使って帰ればいいわ。
それにしても帰りの心配をしてくれるとは意外だ。そんな優しさというか、人としての思いやりがあったのかと不思議に見つめていたら、モーフィンのずれた小さな目が気まずそうに別の方向を見た。
「……ほらよ」
「ありがとう、伯父様」
投げ渡されたのは、アルビノの細い小型の蛇だった。私の肘から指先ほどの長さしかない蛇は短い舌をちろちろとさせながら「姫様」と囁いた。
「姫?私が?ふぅーん……」
私は姫と呼ばれて喜ぶ歳ではない。だけど私の中にいるリリスが喜んでいるのか、胸がほわんと暖かくなった。
白蛇をコートのポケットの中に入れて、モーフィンの姿現しでロンドンの裏路地へ連れてきてもらった私は、モーフィンが家に帰ったのを確認してからそっと大通りに向かう。
住んでいる汚い家とは違う煉瓦造りの綺麗な建物が並んでいる。戦争の爪痕がところどころ残っているし、裏路地には浮浪者もいるけど……最新の電灯もあるし、やっぱり都会は進んでるのかな。
道ゆく人の中でも、まだ優しそうな年配の女性に声をかけた。
「すみません」
「おや、嬢ちゃんどうしたのかな?」
「ウール孤児院を探しています。ご存知ありませんか?」
「ウール孤児院?ああ……たしか、この道をまっすぐ行ったところに、孤児院はあるよ。名前までは……ごめんなさいねぇ、わからないの」
「いいえ、ありがとうございます」
一度目でビンゴとは運がいい。
私は軽く頭を下げてから老女が指差した方へ向かった。
駆け足で石畳の道路道を進む。うーん、急いでいるつもりでも、やっぱり四歳の足は短いし時間がかかるわね。
季節は冬に向かっていて、寒いはずなのにコートが暑く感じるほど体は熱を持っていた。
まだ見ぬ弟への期待感か、それとも走っているからか。
「……ここだ」
どこにでもある、煉瓦作りの家だった。ウール孤児院、玄関口に『ウール孤児院』の看板がなければ、ただの家だと思うだろう。古いその
家の中から子どもの高い声が聞こえる。
いるのかな?この世界にトム・リドルが?
私の弟で──将来の闇の帝王が。
私は、玄関の前で止まって、一度深呼吸をする。胸に手を当てれば、小さな心臓がトトトトと早く打っているのが感じられた。
(よし、大丈夫よリリス。もし弟がいたら、守ってあげる。あなたも、弟も)
それに応えるように、胸が一度とくんと高鳴った。
私は拳を握り、一度深呼吸して、扉を叩いた。
返事はすぐには帰ってこなかった。
ばたばたと足音が近づいてきて、私は少し後ろに下がる。扉が開かれて、中から現れた大人は少し怪訝な顔をした。目の前に誰もいなかったからだろう。
「あの」
声をかければ、大人の女性は驚いたように視線を下げた。──一瞬、私を見た途端、その目が揺れたのを私は見逃さなかった。
それでも女性は優しそうに表情を緩めると、その場にしゃがみ込み「あら、こんにちは」と言ってくれた。
「こんにちは」
「まあ、誰かのお友達かしら?」
「ううん、違うんです。ここに──トム・マールヴォロ・リドルはいますか?」
「……え?」
女性の目が見開かれる。私はふわ、と微笑み首を傾げた。愛らしく見えるように。
「私はリリスといいます。私は彼の、姉です」
私の言葉に女性はあんぐりと口を開け、微かな狼狽と興奮を滲ませた。