「嫌だ」
「トム……」
「絶対、嫌だ!」
トムはソファの前に立ち、拳を固く握りしめていた。
小さな指が真っ白に変わるほど力がこもっていて、腕全体が震えている。その声には悲しみと怒りと混乱が渦を巻いていて、次の瞬間、空気がざわりと震えた。
抑えきれない感情が魔力に乗って、部屋全体を撫でていく。カーテンがばさりと揺れ、暖炉の炎が一瞬だけ青く揺らめいた。
ゲージの中の蛇たちが頭をもたげ、不穏にとぐろを巻く。
「トム、落ち着いて」
「っ……嫌だ! 姉さん、ホグワーツに行かないで!」
叫びと同時に、突風が吹き荒れた。
新聞紙や本が宙を舞い、窓がガタガタと鳴り、灰が宙を漂う。
私たちの様子を伺っていたモーフィンは、舌打ちをこぼしながらめんどくさそうに杖を振り吹き荒れる部屋を鎮める。椅子に腰掛けていたマールヴォロはちらりとトムを一瞥しただけで、何も言わなかった。
落ち着いた部屋の中で、トムだけが変わらず険しい表情をして私を見下ろしていた。
「……トム……」
可愛い私の弟は、今にも泣きそうな、絶望が滲む瞳で私を見下ろす。こんなにも感情を剥き出しにするのなんて、本当に珍しい。幼い時は何度かあったけど、最近はもう、感情の隠し方を覚えたようで大人っぽく振る舞っていたのに。
トムは「嫌だ」と駄々をこねるように呟く。その唇は少し尖っていて、不満をありありと示している。
私はふっと笑って、両手を彼に伸ばす。
途端に、トムは込めていた力をすとんと抜いて、隣に座り込み、引き寄せられるまま私の腕の中に体を預けた。
でも、その表情はいつものような安堵じゃなくて、まだ拗ねたまま。
いつもはすぐに折れていた私も、流石に今回譲ることはないとトムもわかっているのだろう。──わかった上で、トムはああも駄々をこねて見せたのだ。
ちょんと尖った唇、「怒ってる」と表すように寄せられた眉。トムは私の胸に頭を預け、まだ視線を合わせようとしなかったが、私が何度かその背中を優しく撫でれば、ついに肩が落ち、目元が緩んだ。
「……どうしても行くの?」
「ええ」
「……僕を置いて、行くんだ」
「そんな悲しい事を言わないで。私もトムと離れるのはすごく寂しいのよ?」
「なら、行かなきゃいい」
「……トム」
「……」
理屈じゃない。
分かっているんだろう、あの子なりに──でも、心が追いつかないのだ。
私はトムの背をゆっくりと撫で続けた。
温かいものが掌に伝わり、抱きしめる腕に、彼の鼓動が小刻みに響く。
「……僕のこと、忘れない?」
「忘れるわけないわ」
「手紙、くれる?」
「もちろん。トムが望むなら、毎日手紙を書くわよ」
「……僕もついて行っていい?」
「それは、無理ね。あと一年またなきゃ……」
トムが目を上げた。
真っ黒な目、私と同じ目の色の中に、ちらちらと赤い色が走ったのが見えた気がする。
その色も、トムの瞬き一つで消えたけれど。
何を言っても、きっと納得したくないのだろう。頑なさに、少し呆れながら──もちろん表情には出さずに──私は優しく抱きしめたまま、彼の髪に口づける。
「……ねえ、トム」
「……」
「あなたが寂しくないように、たくさん書くわ。何枚でも」
「……本当?」
「本当よ」
それでもトムは、少し顔を上げただけで、言葉を失っていた。
そして、次の瞬間──彼の腕が強く私の背中を掴む。
あまりに強くて、息を呑む。私より年下の可愛いトム。──だけど、やっぱり男の人の力で、その腕は強くて、身じろぎもできない。
なんでこうなってしまったのか──。
それは、ただの、なんでもない雑談からだった。
***
昼食を終えたあとの、ゆるやかな午後。
真冬でも、暖炉の魔法の炎が部屋を満たしているから、空気はぬくもりを帯びていた。
紅茶をひと口。湯気の向こうにかすむカレンダーを見て、私はふと気づく。──もうすぐ十一歳の誕生日だ。
十一歳の誕生日には、ホグワーツから手紙が来る。──はず。
でも……そういえば、モーフィンって学校に行ってた感じが全然ないのよね。
もしかして、ゴーント家には手紙が来ないとか……?
ちょっと不安になって、蛇の世話をしていた伯父様の背中に声をかけた。
「伯父様?」
「なんだ?」
「あの……伯父様はホグワーツに行ったのかしら?」
「あァ? ……行ってねえ」
こちらを振り返っていたモーフィンは片眉を上げ怪訝な顔をしたが、すぐに鼻を鳴らしながら吐き捨てた。
やっぱり行ってないのね。前世の──あの小説の中の記憶では、行ってなさそうな雰囲気だったもの。教養は今もあるとは、言えないし。
まさか手紙が届かないんじゃあ。と不安な表情をしている私を見て、モーフィンは頭を掻きながら「手紙は来たぞ」と呟いた。
「そうなのね……良かった。……どうして行かなかったの?」
ホグワーツから手紙が来たら、みんな行くものだと思っていた。昔は貧乏だったからかな、とは思ったが、教科書やローブを変えないレベルでは、ないだろう。モーフィンは重たい目で私をじっと見ていたが、意味ありげにマールヴォロの方を見た。
マールヴォロは、暖炉前の肘掛け椅子に深く腰掛け新聞を読んでいる。私たちの会話は聞こえているけれど、入る気はないようで──わざと聞こえるように新聞を強くめくっていた。
その視線の意味がわからず首を傾げていると、モーフィンは私の鈍さに痺れを切らしたのか、蛇のゲージを勢いよく閉めて立ち上がった。
ずかずかと机へ歩いていき、放ってあった酒瓶を掴むと、椅子にどかりと腰を下ろす。──怒ってるというより、呆れてる感じね。
「あそこには穢れた血が多いだろ。ンなとこで暮らせるかよ……」
その言葉に、マールヴォロの口元がわずかに動く。新聞の陰で、笑ったのか、鼻で嗤ったのか。
──そういうことね。
モーフィンもマールヴォロも、“穢れた血”──つまりマグル生まれへの偏見は相当強い。
まあ、今まで純血であることを誇りにしてきた一族だし、スリザリンを崇拝してるくらいだから、ある意味仕方ないのかもしれない。
モーフィンが自分から行かなかったというより……たぶん、マールヴォロが行かせなかったのだろう。
高貴な血を誇るゴーント家の人間が、“穢れた血”の混ざる場所で暮らすなんて、あの人のプライドが許すはずがない。
「お祖父様。私、ホグワーツに行くわよ。何を言われても」
わざと大きな声でそう言うと、新聞の音が“バサッ”と鳴った。
お祖父様はゆっくり新聞を下げて、じろりと私を睨む。
ああ、またその目。スリザリンの誇りと偏屈が混ざったような顔。
でも私もこれは譲れない。私が行かなきゃ、トムも許してもらえないもの。──そう思って目を逸らす事なく、胸を張りじっと見つめる。
「勝手にしろ。……どうせ、お前らの血はもう濁ってる」
マールヴォロは、そう言うとまた新聞を上げ表情を隠す。私は肩にこもっていた力を抜いて、鼻から長く息を吐き出す。
良かった。ホグワーツに行けなかったら、マールヴォロを“どうにか”しなくちゃいけないところだった。
ほっと安堵していると、隣に座って場を見守っていたトムが「姉さん」と小さく私の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「ホグワーツって、姉さんと僕が行く魔法学校だよね?」
「ええ、そうよ」
トムは何故か恐る恐る、と言ったふうに私に聞いた。
頷きながら、そういえばホグワーツについて詳しく説明した事がなかったと思い出す。マールヴォロは何度も耳にタコができるレベルでサラザール・スリザリンの功績やマグルがどれほど愚かな存在なのか、穢れた血など魔法族ではない、などぶつぶつと呪詛のように呟いているが──ホグワーツについてはあまり触れてこなかった。
ホグワーツの歴史について書かれている本もこの家には無いし、私は学校について知識があるけれど……そういえば、トムは知らない。
「ホグワーツで、暮らすって……?」
トムは私の服の袖を白い指できゅっと摘みながら不安そうに囁く。
「ホグワーツ魔法学校は、全寮制なのよ。そういえば──」
「全寮制!?」
ホグワーツについて説明してなかったわね。
という私の言葉はトムの驚愕混じりの言葉で遮られた。トムは弾かれるように立ち上がり、呆然と私を見下ろす。
「全寮制、って、どういうこと?」
そう尋ねるトムの声は、今まで聞いた事がないほど硬く、震えていた。
「ええっと……そのままよ。ホグワーツにはスリザリン、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローの四つの寮があって──」
「種類はどうでもいい! 姉さん、もしかして──家を出ていくの?」
「そ、そうね。しばらくは、学校で過ごすことになるわ」
私がそう答えた瞬間、トムの目が大きく見開かれた。
唇がわなわなと震え、空気がひりつく。
「──嫌だ!」
強い声だった。
悲鳴みたいで、でも怒鳴り声にも聞こえて、居間の空気がびりっと揺れた。
トムの感情が魔力に乗って、空間がほんの少し軋んだ気がした。
***
──ああ、そうだった。
ホグワーツについて、もっと小さな頃から説明していればよかったわ。つい、魔法史や魔法の使い方ばかり教えてしまっていた。
トムの腕に抱きしめられたまま、私は少しだけ後悔しつつ、静かにその背を撫でた。
慰めるように撫でていれば、トムの肩がゆっくりと下がり、呼吸が落ち着いていく。
顔を上げたトムの瞳は、泣いてはいなかった。ただ、真っ黒な奥に、何か燃えるような影が揺れていた。
「……姉さんが、学校に行ったら」
「うん」
「……僕の知らない人たちと話すんでしょう?」
「……まあ、そうね。クラスメイトや先生とも」
「笑ったり、話したり、僕の知らない顔を見せるんだ」
その声は小さく、けれど刺すように鋭かった。胸の奥をじくりと掴まれたように、私は一瞬だけ言葉を失う。
──まさか、そんなことを気にしていたなんて
「トム……もしかして、嫉妬してるの?」
冗談めかして笑ってみせると、トムは私を抱きしめる腕に力を込めた。それが肯定の沈黙であることは、火を見るより明らかで、トムの耳の先が、ほんのり赤く染まっているのが見える。
「だって、姉さんは僕の──姉さんなのに」
「……それは、そうね」
「知らないところで、姉さんが誰かに笑いかけるのが、嫌なんだ」
──ああ、もう。なんて可愛いの!
それは幼い嫉妬心。
あまりにも可愛くてくすりと笑いながら、私はそっと彼の頬に触れた。
トムは拒まなかった。むしろ、猫のようにその手のひらに頬を寄せる。
トムの黒い瞳が、燃えるように私を見つめていた。そこには怒りでも憎しみでもなく──ただ、私の知らない誰かに笑いかける未来を想像して、胸の奥を焼かれるような痛みが潜んでいた。
「トム」
名前を呼ぶと、彼の肩がわずかに震える。
軽く胸を押してみれば、トムは腕の力を緩めてくれた。俯くトムの表情を覗き込む。
「トム、聞いて。──学びは力になるの。魔法も、知識も、人との繋がりも」
トムが顔を上げた。瞳の奥に、かすかな困惑と興味が入り混じる。
「私がホグワーツに行くのは、ただ遊びに行くんじゃない。この家を、ゴーント家をもう一度立て直すためよ」
トムは瞬きを一度して、眉を寄せる。
「ゴーント家を?」
「ええ、財力だけじゃ駄目なの。知識と、信頼できる人脈──それがあってこそ、未来を作れるの」
「……人脈」
「ええ。人と繋がることは弱さじゃないの。それは“利用できる力”になる。私は勉強して、人を見て、使えるものを見極めてくるわ」
その言葉を口にしながらも、私は柔らかく微笑んだ。
脅すようでもなく、悟すようでもなく──まるで子どもに秘密を教えるような声音で。
「でも、忘れないで。私がどんな人と出会っても、私の“帰る場所”は、ここよ。トムの隣が、私の居場所」
トムの喉が小さく動いた。
息を吸う音がかすかに聞こえ、トムはようやく唇を開く。
「……僕も、学んだら、姉さんを助けられる?」
「ええ。トムはきっと、私を超えるわ」
「超えたら──隣にいられる?」
「ええ、もちろん。むしろ隣にいてもらわないと困るもの」
私がそう答えると、トムの唇が少し震えて、それからようやく微笑んだ。けれど、その笑顔の奥には、まだわずかな迷いが残っていたけれど、湧き起こるような嫉妬や寂しさは、落ち着いたようだ。
「それに、長期休暇にはちゃんと帰ってくるわ」
「……長期休暇しか帰ってこれないの?」
「まあ……そうね」
「……」
トムは心底残念そうにため息をつき、「嫌だなぁ」と拗ねて甘える子どものように唇を尖らせ、私の肩に額を預けた。
私は苦笑しながら、柔らかなトムの黒髪を指で梳いた。
そして数日後。
トムは去年と同じように、手作りのケーキとプレゼントを用意してくれた。
包みを開けると、赤い石のついた小さなピアス。トムが“姉さんが幸せでいられるように”と、いくつも小さな魔法を編み込んでくれているらしい。
モーフィンもマールヴォロも、相変わらず知らん顔だったけれど、トムのそれだけで充分だった。
幸せな午後を過ごしていると、窓にフクロウがやってきて嘴でトントンと叩いた。
急いで窓を開けると、冷たい風と一緒に白い雪が舞い込み、頬をくすぐった。
「ありがとう」
ビスケットを受け取ったフクロウは嬉しそうに鳴いてから、小さな封筒を差し出してくれた。
封筒は厚く、指先に冷たい重みが伝わる。雪がちらちらと降る中、突風に煽られよろめくフクロウを見送ったあと、私は封筒に視線を落とす。
分厚い羊皮紙の封筒には、エメラルド色のインクで宛名が書かれている。ホグワーツの紋章入りの紫色の蝋は、ランプの灯りに照らされ鈍く光った。
──ああ、ついにきた。
「ホグワーツからの手紙……」
呟いた声に、トムが小さく息を呑む。
モーフィンはちらりとこちらを見ただけで、また酒瓶に視線を戻した。
中にはホグワーツからの入学許可証と、必要な教材のリスト、特急のチケットが一枚入っていた。
トムも興味があるのだろう、私のそばに駆け寄ると、黙って覗き込み、文字を追っていた。
唇がかすかに震え、そして──寂しそうに微笑んだ。
「……本当に行っちゃうんだね」
その言葉に、私は静かに頷く。
トムは「そう」と呟き、少しの間目を伏せた。少しして、トムは私の耳に手を伸ばす。耳を彩るピアスを指先でそっと撫でてから、諦めたように肩をすくめた。
「……、……やっぱり、寂しいなぁ……」
「ふふ。……そうね、私も寂しいわ」
優しく微笑みながら見上げる。
トムは悲しそうな顔で大きなため息を吐き、少し恨めしそうにホグワーツからの手紙を見下ろした。
夏が来れば私はホグワーツに行く。
ホグワーツ、魔法学校。
……あの、素晴らしい場所へ行けるのだと思うと胸が高鳴るし、正直楽しみだ。
けれど──。
トムをこの家に残していくのは──ほんの少しだけ、心配だった。
モーフィンとトムはまだ話すけれど、仲が良いかって言われると微妙だし。今まで財布は私が管理していたけれど、次からはトムに任せないといけない。……モーフィンが管理すると酒代で殆どが消えてしまうものね。
けれど、大人びていてもトムはまだ十歳。どこまで任せていいのか……信頼はしているけれど、トムの負担になりたくはない。
どうせ、家事や掃除だってモーフィンとマールヴォロはしないだろう。
そう思うと、トムを置いて家を出ていく罪悪感がチクリと胸を刺す。
……うん、ホグワーツに行くまでに、モーフィンの“動かし方”をトムに伝授しなければいけないわ。
トムは使える杖がノクターン横丁では見つからなかったから杖を持っていない。今までは、私の杖を使っていた。──けれど、そうね。
「トム、この杖をあげるわ」
そう言って、普段使っている杖を差し出す。
トムは目を丸くして、私と杖を交互に見つめた。
「えっ、いいの?」
「ええ、杖があった方が便利でしょう? 私は十一歳になったから、オリバンダーで“ちゃんとした”杖を買えるの」
「そうだったね……ありがとう、姉さん」
トムは指先で杖を撫で、宝物のようにポケットに差し込んだ。
その仕草があまりに丁寧で、思わず笑ってしまう。
「……後で、伯父様の“動かし方”も教えるわね」
いたずらっぽく囁くと、トムがぱちりと瞬いた。
「モーフィンの、動かし方?」
「そう。……お酒と、チーズでね」
「……え?」
「順番を間違えると、拗ねるのよ」
「ふふっ……まるで魔法みたいだ」
「そうね、伯父様専用の生活魔法よ」
わざとらしく真面目な顔で言ってみせると、トムは堪えきれずに吹き出した。
その笑い声を聞いて、私の胸の奥もふっと軽くなる。やっぱり、笑っている顔が一番いい。
「お酒で動かせるんだね」
「ええ。しかも、とっても安いお酒でね。銅貨三枚のやつ」
「それ、本当に……?」
「ええ、ポイントはね、高級酒と安酒の瓶を入れ替えること。……家を守るには、頭を使わなきゃ」
トムはふっと笑って、私を見上げた。
さっきまでの寂しそうな顔が、少しだけ明るくなっている。
きっと、私がわざと冗談を言って元気づけようとしているのを分かっていて──それでも、ちゃんと笑ってくれるのね。
「姉さんって、すごいね」
「ありがとう。他にいい生活魔法を発見したら、すぐに私に手紙で知らせてね?」
「うん、期待してて」
私たちは視線を交わし、くすくすと笑う。
暖炉の火がぱちぱちと鳴り、外ではまだ雪がちらついていた。
「……じゃあ、便箋を買いに行きましょうか」
ふと思いついて、私はトムに手を差し出す。
トムは一瞬だけ目を瞬かせたあと、ふっと小さく笑った。
「便箋?」
「ええ。これからお手紙をたくさん書くんだもの。お気に入りの紙を選ばないとね」
わざと軽い調子で言えば、トムの表情が少し柔らかくなる。寂しさの影がまだほんの少し残っているけれど、それでも彼は笑って頷いた。
「うん、行こう」
差し出した手を取ったトムの掌は、まだ少し冷たかったけれど、握り返す力はしっかりとしていた。
そのぬくもりに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「じゃあ、出発しましょう。……雪が止むといいわね」
「止まなくてもいいよ。傘、僕が持つから」
トムの言葉に笑みがこぼれる。
もう拗ねたり、駄々をこねたりしないトム。
彼の中で何かが、少しだけ大人に変わったのだろう。
二人並んで玄関へ向かう。
外は冷たい風が吹いていたけれど、不思議と心はあたたかかった。