ゴーント家の長女、弟を溺愛する。   作:八重歯

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05 杖が欲しいの。

 

 それからトムを迎えに行く日まで、私は家にある魔導書を読みまくった。それはもう、寝る間も惜しみ、モーフィンに元気爆発薬を調合させて。

 モーフィンはぐちぐち言いつつも、不器用な手つきで薬を調合したし、本の中でわからない事があって聞いたら教えてくれた。

 

 確か彼はホグワーツに行っていないはずだ。もともと魔法のセンスや能力はあるし、地頭はいいのだろう。学がないのが残念だ。

 マールヴォロが魔法学校に通うことを許可しなかったのかはわからないが、他の世界を見ていたら──もう少しまともな人間になったのかも。

 

 

 清掃した居間の床に胡座をかいて座り、たくさんの本を読む。うーん、やっぱ杖がないと簡単な魔法しか、流石に無理そう。

 

 

「伯父様。私、杖が欲しい。杖無しで魔法使うの、難しいわ。簡単なものしかできない」

「はぁ?お前、まだ四歳だろ。誰も売ってくれねぇよ」

「ええ、だから伯父様の杖を貸してよ」

「……いや、そいつぁ──まあ、使ってみてもいいけどよ……」

 

 

 モーフィンは渋りながらも、杖を貸してくれた。魔法使いにとって命でもある杖を、私に貸すなんて──聞いていながら思わなかった。モーフィンも私の目の驚きに気づいたのか、少しばつの悪そうな顔をしていた。

 モーフィンは、私が四歳でどれだけの魔法を使えるのか気になって気になって仕方がないのだろう。私が圧倒的な魔法を使えたら──ゴーント家として、誇らしいとは思ってくれるのかな。

 

 受け取った杖は、持ち手に傷がいくつもついていた。初めて触った魔法使いの杖は、不思議と私の小さな掌によく馴染んだ。

 本を見ながら杖の振り方を練習する。モーフィンは椅子に座り、割れたゴブレットを傾けながらそれを観察していた。

 

「アクシオ」──離れた場所にある本が飛んできた。

「アロホモラ」──窓の鍵が開く。

「アレスト モメンタム」──床を這っていた蛇が動きを止めた。

「インセンディオ」──冷え切っていた暖炉に火が灯る。

「ヴェンタス」──羊皮紙の束が舞い上がる。

 

 魔法は、全て私の思い通りに発動した。一度も失敗していない、ただ、書かれている通りに振るだけで、杖は最高の結果を私に約束した。

 ふうん、意外と簡単なのね。

 

 

「ありがとう伯父様。とっても使いやすい杖だわ。──伯父様?」

 

 

 モーフィンは目を大きく開き、私を見つめていた。斜めにしたゴブレットから酒がだらだらと流れていて机やローブを濡らしていたが、モーフィンは全く気にしていない。

 何してるんだろ。「溢れてるよ?」といいながら本に書いてあった巻き戻し魔法を使い、ゴブレットの中に酒を戻した。

 

 

「……こいつぁたまげた……」

 

 掠れた声で呟く。確かな驚愕と歓喜がそこにあった。

 

 

「何が?」

「……杖、買いに行くか」

「え!?い、いいの?で、でも売ってくれるの?」

「……なんとでもなる。お前は早く杖を持った方がいい」

 

 

 モーフィンは一人で納得したように頷いている。まあ、モーフィンがいいならいいけど。お金あるのかしら。どう見ても働いていない穀潰しだし。

 

 

「……俺はお前のことなんて、ちっとも認めねぇけどよ。──けど、お前のその力は本物だ」

 

 

 モーフィンは眩しそうに目を細め、ゴブレットを煽った。褒めてるのか褒めてないのか微妙な言葉に私は片眉を上げ「ありがとう」と答えた。

 

 

 

 

 次の日、モーフィンの姿現しで向かったのはダイアゴン横丁──ではなく、ノクターン横丁だった。

 私の家も陰気臭いしぼろいけど、ここには負けるわね、なんて周りの陰鬱とした空気や下水と嘔吐物の臭いに眉を寄せながら思う。

 

 鼻をローブで押さえていると、モーフィンは低く馬鹿にしたように笑い、慣れた足取りで奥へと向かう。

 ま、ダイアゴン横丁みたいな明るいところでモーフィンやマールヴォロが買い物してるイメージはできないし、ノクターン横丁の雑多で無法地帯な感じがよくあってる。

 

 

 こんなところに杖屋があるのか、と思いながら怪しい露店や、どう見ても黒寄りのグレーの品物を売っている店を横目に背が曲がったモーフィンの後をついていく。

 こんなに幼い子どもがここにいるのが珍しいのか、座り込んでいる魔法使いや、店先の店主がじろじろと舐め回すように私を見ていた。

 

「──ふっ」

 

 小さく笑い、私は舗装されていない地面を強く蹴った。堂々と胸を張り、さらさらとした黒髪を後ろに払う。それだけで、弱い魔法使いは打ちのめされたように目を伏せた。

 モーフィンは、私の態度に満足げに唇を歪めて薄く笑っていた。

 

 浮浪者のような汚いローブにぼさぼさの髪、斜視がきつい重たそうな目。図体だけはデカく威圧的な男と、同じような擦り切れたローブを纏いつつも、自信たっぷりに堂々と闊歩する少女。

 周りには、一体どう見えているのだろうか。

 

 

「ここだ」

「ここ?……杖屋、というより──」

 

 

 私は言葉を止め、その店を見上げる。

 モーフィンが足を止めたのは、カビや埃まみれの煤けた看板に『時蜥蜴の店』とかいてある細長い店だった。窓は曇っていて、中の様子は全く見れない。薄ぼんやりとした紫の灯りが見えるから、とりあえず閉店はしてなさそうだが、それがなければ営業中とは思えないだろう。

 窓のそばにはいろいろなものがディスプレイされていた。カップ、時計、萎びた手、骸骨、などなど。杖らしきものはない。

 

 

「──何でも屋ね」

「まあ、似たようなもんだ」

 

 

 モーフィンは扉を押し開ける。ぎい、と耳が痛くなるような音を立てて扉は開き、顎で促されてその先に入る。

 店内は、外観と同じく縦に細長い。壁一面に棚があり、入店した客を飲み込むように様々なものが詰められている。匂いは埃っぽくて、なんだか目が霞む。

 何でも屋、というよりリサイクルショップ、かしら。アンティークショップと言えるほど歴史がありそうなものはない。

 

 

「──おやおや。誰かと思えば、くたばっちゃいなかったのかえ」

 

 

 店内には肘掛け椅子が一つあり。そこに小さな魔女が座っていた。顔は皺とシミだらけで、どこに目があるのかはわからない。モーフィンは棚を物色しながら「お前もな」と低く笑った。

 

 老女の顔がこちらへ向く。おお、なんか圧を感じるけど、ここは堂々としていよう。

 私はスカートの端を掴んで「リリス・メローピー・ゴーントと申します」と軽く頭を下げた。その途端、皺と皺の間にあった老女の目が大きくぎょろりと開き、「おやおやおや……」と呟きながら舐め回すように私を見た。

 

 

「驚いた。お前さん。ガキをこさえたのかえ?」

「俺の子じゃねぇ。クソアマが捨てていったガキだ」

「ああ、あの子のねぇ……それにしては、賢そうな顔をするじゃないか!」

 

 

 老女は楽しそうに笑う。モーフィンは否定も肯定もせず、ただ鼻をふんと鳴らした。

 

 

「こいつに杖を買いたい。今何がある?」

「もう杖を?──そうかい、そうかい。今あるのは、これだねえ」

 

 

 老女は短い杖を持ち、くるくると振った。

 棚ががたがたと震え、胃の中のものを吐き出すように細長い箱がぼとぼとと床に落ちる。私の頭の上にも落ちてきて慌ててその場から下がった。

 

 

「ひい、ふう、みい、よ……今あるのはこれだけさ」

「おい、試してみろ」

「え?──うん、わかった」

 

 

 床に散らばっている箱を集め、とりあえずその辺の棚に押し込む。扱いがぞんざいなんだろう、箱はボロボロで所々汚れていた。

 まあ杖が手にはいるのなら、箱の汚れなんてどうでもいいか。と考え一つ目の箱を開く。中にあるのは焦茶色の、少し曲がっている杖だった。……なんか、先っぽ欠けてない?

 

 

「……これ、不良品なの?欠けてるわ」

「ふぇ、ふぇ、ふぇ!不良品なもんか、それであってるさね。……ここはその辺で死んだ奴のものが集まる場所さ」

 

 

 低い声で、脅かすように老女は言う。

 ──ああ、そういうこと。

 

 どう見ても価値のあるものじゃないのに売られているのは、死んだ人たちの遺留品だからだ。ノクターン横丁で死ねば、身ぐるみ全部剥がされて売られて金に変えられるのか。……うん、納得。簡単にイメージできる。

 

 

「ま、私に従う杖ならなんだっていいわ」

 

 

 トムと、リリスを守るためだもの。

 試しに「アクシオ」と言いながら振ってみると、赤い光が放たれ私が狙った本をぶっ飛ばした。

 

 

「……これじゃないわ。よし、次」

 

 

 言うことを聞かない杖を箱の中に戻し、新しい杖を出す。今度はなんだか紫色っぽい長い杖。うーん、あまりびびっと来ないわね。

 

「アクシオ」と言った瞬間、杖が私の手から離れ逃げるように箱の中に収まった。──次!

 

 次に開けた箱の中には、真っ黒な杖があった。なんの特徴もない、持ち手もつるりとしてる杖。ただ、持ってランプの光に照らしてみれば──所々赤黒い模様がついているのがわかる。血の跡、みたいね。

 

 

「レダクト」──と、この杖が入っていた箱に向かって唱える。杖は鋭い光を放ち、箱を粉々にした。

 

 

「うん、いいわね。この杖にするわ!」

「おや、いい杖を選んだね。そいつはこの前のたれ死んだ闇祓いのものさね。たっぷり血が染み込んどるよ……」

 

 

 引き笑いのような声で、老女は笑う。だが私が少しも怖がっていないと気付くと、つまらなさそうに眉を寄せ、また皺の中に目を収納し、椅子に深く腰掛けた。

 

 

「値段は1ガリオンさ」

 

 

 モーフィンは値段に舌打ちをするとポケットに手を突っ込み、ガリオン金貨を一枚投げた。老女は意外にも素早い動きでキャッチすると、肘掛けにトントンと叩き、本物であることを確認してからにやりと笑った。

 

「またどうぞ」

 

 老女は深々と頭を下げた。

 モーフィンは「帰るぞ」と言ってポケットに手を突っ込み、出口を顎で指した。私は新しい杖を手にしたまま彼の後を追いかけた。

 

 

 

 

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