ゴーント家の長女、弟を溺愛する。   作:八重歯

7 / 40
07 トム、迎えに来たわよ。

 

 

 家は整った。

 魔法も大体使えるようになった。

 祖父のマールヴォロは相変わらずだけど、モーフィンは浮浪者から不摂生な中年くらいにはなった。

 

 トムと出会って一週間。

 準備は完璧ね!

 

 

「伯父様、トムを迎えに行きましょう!」

「ああ?もう夜中だぜ?」

 

 

 肘掛け椅子に座り、酒を飲んでいたモーフィンは顎をしゃくって窓を指しながら怪訝な声をした。そうね、今は夜の十一時。いい子のリリスは寝ている時間だわ。

 

 

「トムを攫うんだのもの、暗い方が丁度いいわ、私たちの姿を隠してくれるもの」

 

 

 私はローブを羽織り、フードを深く被る。

 人差し指を唇に当てて目を細めた。

 

 

「それに、うるさいお祖父様も寝てるし」

「は。──行くか」

 

 

 モーフィンは同意するように鼻で軽く笑うと、のっそりと立ち上がり同じような闇色のローブを羽織った。

 彼のゴミやフケがついた汚い長髪はさっぱりと短くなり。数の足りていない黄色い歯は、全て揃った白い歯になった。

 体型はすぐにはマシにはならないけど、数週間前のモーフィンを知っている人が見たら二度見必須だろう。

 

 モーフィンは私に向かって右腕を軽く曲げる。私が掴んだ途端、その場から姿を眩ました。

 

 

 

 足の裏がロンドンの石畳を踏み締める。小雨が降っているけど、足音を消すには丁度いい。すぐにモーフィンが杖を振り、雨避け魔法をかけてくれた。「ありがとう」と言ったが、モーフィンの返事はいつも通り鼻を鳴らしただけだった。

 

 

「こっち」と彼のローブを引っ張り夜のロンドンを走る。──ああ!早く迎えに行きたいのに、この体が幼くて、歩幅が狭くて早く走れない!

 

 必死に走っていると、モーフィンは「ちっ」と舌打ちをして私を抱き上げた。いきなりの浮遊感に息を呑み、思わず小さな悲鳴が漏れる。

 

 

「何──」

「遅ぇ。俺は早く終わらせて酒が飲みてぇ」

 

 

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、モーフィンは私を俵のように抱きながら体勢を低くして走った。

 ありがとう、とは言わずに、モーフィンのローブをきゅっと掴む。そのまま「あと2ブロック先」とか「左に曲がって」と指示をすれば、彼は何も言わずに従った。

 

 

「ここ!──ありがとう、伯父様」

 

 

 目当てのウール孤児院の前につき、モーフィンは私をすぐに下ろした。

 真っ暗で、灯りはついていない。けれど、どこからか猫の鳴き声に似た、赤ちゃんの泣き声が微かに聞こえた。

 

 

「……それで、そいつの部屋は?」

「わからないの」

「あぁ?」

 

 

 低く苛立ちを含んだ声が頭上から落ちる。

 だって、どこの部屋かだなんて教えてくれなかった。まだ三歳なら一人部屋ではないのかもしれない。

 「どうするんだよ」と吐き捨てるモーフィンに向かって私は杖を出し、にっと笑った。

 

 

「ここは魔女らしくいきましょう。──サーペンソーティア」

 

 

 黒い杖から蛇が現れる。何度も、何度も唱え、石畳の上には何十匹という蛇が落ち、鎌首をもたげて私を見る。

 

 

『──さあ、可愛い私の蛇達。私の匂いと同じ者の居場所を探しなさい。それはあなた達の指導者になりうる器よ』

 

 

 手を広げ、蛇に命ずる。『行け』と告げた瞬間、濡れた石畳を這う蛇の腹がぬるりとした音を立て、夜の冷気が髪を揺らした。蛇達は壁を這い、わずかな隙間を見つけ侵入した。きっと蛇達は簡単にトムを見つけるだろう。──蛇にとっても、この血は尊いみたいだし。

 モーフィンがくつくつと喉の奥で楽しそうに笑うのが聞こえる。ちらり、と見上げれば満足そうに私を見つめる黒い目があった。

 

 

 少しして、『姫様、ここです』と遠くから蛇の呼ぶ声が聞こえた。

 モーフィンと共に孤児院の裏へ周り、蛇の声がするあたりを見上げる。たくさん並んでいる窓の、一つに数匹の蛇が群がっていて『ここです』と何度も掠れた声で叫んでいた。

 

 

「三階。……伯父様、この場合ウィンガーディアム レヴィオーサ?それともヴェンタスかしら?」

「俺ならヴェンタスだな」

「そうよね」

 

 

 互いに杖を持つ。そのまま目配せをして、同じタイミングで勢いよく振り下ろした。私は「ヴェンタス!」と唱えたけど、彼は当然のように無言呪文だった。

 

 舞い上がり、窓枠に足をかける、私は身軽だし幼いから簡単に乗れたけど、モーフィンは危なっかしい足取りで窓枠を掴み、すぐに魔法で開けて中に侵入した。

 

 そっと中の様子を伺う。

 そこは、つん、とした消毒液の匂いがする部屋だった。

 あかりは広い部屋の入り口にランプが一つだけ。同じような安物のベッドが複数並んでいてその中の一つに、蛇が集まっていた。

 モーフィンは無言で杖を振るう。何かキラキラしたものが、蛇のいないベッドに降り注いだ。……マグルの子どもだし、呪ったのかと思ったけど何も変わらない。たぶん、起きないように睡眠魔法でもかけたのだろう。

 

 モーフィンが扉に向かっている間に、私はその膨らみのあるベッドへ近づく。窓から吹き込む冷たい風が、私の髪を揺らした。

 

 

「ん──」

 

 

 鼻にかかったような音がした。

 寝返りの音と共に、ぎし、とスプリング音が小さく響く。トムのベッドを這っていた蛇が、彼の丸い頬を舐めた。身じろぎをして、トムの長いまつ毛が震え、ふ、と目が開く。

 

 ぼんやりとしていた目を瞼が何度か隠す。

 気配を感じ取ったのか、トムは目を擦りながら体を起こし──びくりと体を強張らせた。

 

 

「おはよう、トム」

「あ……」

 

 

 トムの目は大きく見開かれている。その目には、星屑のような光が散らばっていた。唇が、微かに震えている。ぎしり、とまたスプリング音がして、トムは私に両手を伸ばした。

 私はそっとその手を掴む、指を絡ませ、きゅっと握れば、トムは眉を寄せ唇を噛んだ。

 

 

「迎えにきたよ。──帰ろう、私たちの家に」

「うん──!」

 

 

 手が強く、握られる。

 私はヴェールのようにかぶっていた毛布ごとトムを抱き上げる。

 軽い体だなぁ。身長もそこまで高くないし、痩せてる。私でも、十分横抱きにできる。

 

 蛇達に『好きにしなさい。ついてきたければおいで』と声をかければ、蛇達は躊躇なく私やトムの体に巻き付いた。

 

 トムは怯えることなく私の首に腕を絡ませ、必死にしがみつく。くすり、と笑えば、トムは私の首筋に鼻を寄せて すう、と息を吸い込み、そして長く吐き出した。

 

 

 その時、扉の向こう──廊下から職員の足音がした。見回りか、それとも何か異変を感じたのか。

 モーフィンと視線を交わす。モーフィンはニヤリと笑い無言で杖を構え、扉の脇に身を隠した。

 

 

 扉が開く。ランプを持った小太りの女性が眠たそうにしながら入ってきて、私を見た瞬間、息を詰めた。

 

 

「こんばんは」

 

 

 風が吹き、黒いローブと白い毛布がはためいた。夜と雨の匂いに混じり、蛇独特の土のような湿気た匂いが部屋に広がる。

 

 

 職員は蒼白な顔をして叫ぼうとしたその瞬間──モーフィンがさっと前に現れ杖を一振り。

 

 ばちり、と空気が弾ける音がして、女性は扉の前で立ち尽くした。

 

 

「お前、何を見た?」

「わたしは……今日、伯父さんと、お姉さんが正式に手続きをして……弟さんを……」

「そうだな」

 

 

 モーフィンが短く言うと、女性の目が虚ろに揺れ、瞳の焦点が一瞬揺らぎ、顔から血の気が引いた。次の瞬間には、ふわりと笑って「お気をつけて」と呟いた。そのままくるりと周り、何も言わずに扉を閉める。

 

 私とモーフィンは黙って視線を交わし笑った。──きっと、ゴーント家らしい、悪い笑い方だっただろう。正式な手続きなんて、何もしてないし、これからするつもりもない。

 

 

──でも、それが魔法族のやり方だ。

 

 

「行くぞ」

「うん」

 

 

 私はトムを抱え直し、窓へ駆け寄る。毛布の隙間から様子を伺っていたトムは、窓から飛び降りた瞬間息を呑み私の首に一層強く縋りついた。

 

 モーフィンがすぐに杖を振るい、私の腕を掴んで一緒に着地する。空気が一瞬にして重くなり、分厚い空気の層を踏み締めたような感覚があった。ゆっくりと、見えない何かに沈むように降りていき、濡れた石畳を踏み締める。

 

 

 小さな体のトムが、恐々目を開けて私を見上げた。さらり、と落ちた私の髪が、トムの頬にあたる。

 私とよく似た灰色の瞳が、雨粒の中で揺れていた。

 

 

「寒い?」

「……ちょっと」

「大丈夫、すぐにあったかいお家に帰るわよ」

 

 

 私は笑って、モーフィンに頷く。

 モーフィンが無言で杖を振り、視界がぐにゃりと歪む。姿現しの風が吹き荒れ、夜のロンドンが闇に飲まれる。

 

 

 ──次の瞬間、私たちはあの煉瓦の家の前に立っていた。

 

 

 掃除をして綺麗になった、私とトムの家。

 弟と、リリスのための家。

 

 

「着いたわ、トム」

 

 

 そっと降ろす。

 トムは確かめるように地面を踏み締めた。はらり、と白い毛布が地面に落ちる。

 一歩、一歩と家に近づく。

 

 

「……僕の、家……」

 

 

 小さな手が私の袖をぎゅっと掴んでいた。

 その小さな、震える声を聞いた瞬間、私の胸の奥で何かが、柔らかく溶けた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。