トレーナー俺氏、気がついたらコスモ幻獣拳の継承者になってるし、ウマ娘はコスモビーストになってるんだが   作:幽明卿

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3話 奈落の夜空

 

 

 トレーナーはジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、エイシンフラッシュの三人と家に帰ってきた。「お疲れでしょう。お食事をご用意いたしますわ」とジェンティルドンナが率先してキッチンに立つと、ヴィルシーナも彼女の背中に続いた。

 

「ジェンティルさんこそ、トレーナさんに力を貸してお疲れでありませんこと? 今日は私に任せて休んでもらってもよろしくてよ?」

「そんなやわな体ではございませんことよ。――それとも、ヴィルシーナさんにとっては重荷なのかしら?」

 

 ヴィルシーナはムッとした顔になったが「とにかく、退かないのであればお手伝いいたしますから」と譲らず、二人で料理をし始めた。トレーナーがいた世界ではライバル関係だった二人だが、こちらでも似たようなところはあるようだ。

 

「お食事はお二人に任せることにして――」

 

 エイシンフラッシュはトレーナーの対面の席に座った。

 澄んだ青い瞳で見詰めてくる。(そうだ)とトレーナーは内心思った。今のうちに情報交換をしておかなければならない。

 

「フラッシュ、『破局』って何なんだ?」

 

 三人がたびたび話題にしていた言葉。

 どうやら、『トレーナ』――この世界の彼――が予言したことらしい。

 その深刻さは、彼女たちの口ぶりから察することができた。

 

「実は、私たちにもよく分かっていないんです。急にトレーナさんがおっしゃって、私たちに警戒するように言っただけで。ただ、この世界が滅亡することには違いないと」

「滅亡……」

 

 トレーナーはそう呟いたが、話が壮大すぎて実感は得にくかった。

 とはいえ、この世界に怪獣がいるというのは先ほど体感したことだ。もしあれほどの巨大生物が同時に大量発生したりでもすれば、この世は地獄絵図となるだろう。それが『破局』なのだろうか。

 

 考え込んでいると、キッチンからジェンティルドンナの声が飛んできた。

 

(わたくし)たちには何の相談もありませんでしたわ。詳細は何も語らず、今こうして記憶喪失になっているだなんて。――無責任にも程があると思いませんこと?」

 

 なかなか痛烈な言葉である。トレーナーは返す言葉をなくしてしまう。

 とはいえ、彼にとっては本当に身に覚えがないので、そもそも反論も何もないのだが……。

 

 そんな内心を斟酌してくれたのか、ヴィルシーナが代わりに答えてくれた。

 

「ジェンティルさん。彼は『別の世界』からやってきたとおっしゃっていましたわ。責任を追及しても仕方がないのではなくて?」

「ですがヴィルシーナさん。では何故、彼はウルトラマンに変身できるの? 記憶喪失ならともかく、別存在であるのなら変身などできないのではなくて?」

「それは……」

 

 ヴィルシーナは言葉を淀ませる。確かに、ジェンティルドンナの説には筋が通っていた。

 トレーナーは自分を『別世界から迷い込んだ別存在』と考えている。彼の世界には『ウマ娘』がおり、自分は彼女たちを指導・補佐する『トレーナー』であったと。

 

 ただ、それが全て妄言である可能性もあるのだ。トレーナーからするとそうは思えないが、ジェンティルドンナからすると、むしろそちらの可能性のほうが高いと考えるのが自然だろう。

 

(俺は一体……)

 

 何者なのだろう。彼の考えているとおり、『別世界から迷い込んだ別存在』なのか。

 それとも、ジェンティルドンナが言うとおり『記憶喪失に陥った同一存在』なのか。

 

 トレーナーはすっかり考え込んでしまう。

 そんな彼をじっと見据えるのは、エイシンフラッシュ。

 

「…………」

 

 彼女はその澄んだ碧眼で、何かを見通すような視線を投げかけていた。

 

 

   ☆

 

 

 翌日。トレーナーはヴィルシーナと共に街に出ていた。

 

 自分が何者かを知るためにも、『破局』について探るためにも、もっと色んな情報が必要だった。本当は昨夜のうちに情報収集を行うつもりだったのだが、あの家にはパソコンもスマートフォンもなかった。そのため、夜が明けるのを待ってから近くの図書館へ足を運ぶことにしたのだ。

 

 Tシャツ姿のトレーナーと並んで歩くヴィルシーナは勝負服に身を包んでいる。

 出発前、あまりにも目立ってしまうと危惧したのだが、コスモビーストである彼女たちは一般人には目に見えないらしい。実際、道をゆく人々は誰もヴィルシーナに目を留めていなかった。

 

「ほら。言った通りでしょう?」と彼女は、少し子供っぽい笑みを浮かべる。

 

 トレーナーは「ああ……」と頷き、遠い目を宙に投げかけた。

 

「家で料理したりしてるのを見ると、どうしても普通のウマ娘に見えてしまって。――本当に、何もかもが違うんだなあ」

「……ジェンティルさんはああ言っていましたけど、私は信じますよ。トレーナさんのこと」

 

「ありがとう」と答えつつ、トレーナーは微かに苦笑した。

 

「でも、俺は『トレーナ』じゃないんだよ」

「あっ……そうですね。では、『トレーナーさん』でしょうか」

 

 ヴィルシーナはくすりと微笑む。

 

「貴方がトレーナーというと、普段とは立場が逆なようで可笑しいですね」

「逆?」

「ええ。これは『トレーナさん』のほうの話ですけれど……私たちが彼をトレーニングしていたんですよ。しっかり私たちの力を扱えるよう」

「なるほど」

 

 トレーナーはウマ娘を指導していたわけだが、『トレーナ』はコスモビーストである彼女たちに指導される立場だったというわけである。

 

「ですが……やはり、トレーナさんはジェンティルさんとの相性が一番良いようでした。一番最初に契約したコスモビーストなだけあって、私やフラッシュさんより付き合いも長いですから。

 昨夜も厳しい物言いをしておられましたけど、それは信頼感の裏返しというか。それが少し、羨ましく感じられるときもあって――」

 

 ――と、そこまで言って、ヴィルシーナは顔を真っ赤にした。

 

「も、申し訳ございません! いきなりこんなことを言われても、ご迷惑ですよね……」

「い、いや全然! それより――」

 

 トレーナーはヴィルシーナの言葉に小さな違和感を感じていた。

 ほんの些細な引っ掛かり。それも『どうして引っ掛かったのか』さえ分からないことだった。

 

「『トレーナ』が一番最初に契約したのは、ジェンティルだったのか?」

「え――」

 

 昨日、ゴモラとの戦闘後にも似たような問いをした。

 そのときはジェンティルドンナがこう言っていた。『少なくとも今の三人との契約以降は、どのコスモビーストとも契約していない』と。

 

 ヴィルシーナは少し考え込んでいたが「ごめんなさい」と首を振った。

 

「可能性としては考えられる話です。けれど――そのような話は聞いたことがありません。仄めかすような言動もなかったと思います」

「そうか……」

 

 考え過ぎなのかもしれない。だが、先程の違和感はあくまで感覚的なものだった。理屈ではない何かが、『もう一人の存在』を訴えていた。

 

 それがトレーナーが元の世界で契約していたウマ娘かは分からない。

 そもそも世界の破滅という『破局』を前にして、そんな個人的な問題は些事でしかないのかもしれない。

 

 だがその引っ掛かりという棘は、トレーナーの胸に抜けずに残った。

 ――そのもどかしさが、何かしらの鍵になると思えてならなかった。

 

 

   ☆

 

 

 図書館を後にした頃には日が暮れていた。

 

 パソコンで検索をかけてみたが、この世界には『ウマ娘』という概念はないようだった。その他、『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』『トゥインクル・シリーズ』なども同様だ。疑っていたわけではないが、ヴィルシーナたちの言っていたことは正しかったことになる。

 

 『ウルトラマントレーナ』についても調べてみた。

 彼は三年前この地球に出現し、それから日本にとどまらず世界各地で怪獣たちと戦っているらしい。

 怪獣災害発生からトレーナ登場までの時間を計算することで東京都に潜伏場所が特定できるという考察サイトもあった。……大当たりである。

 

 しかし、一番知りたかった『トレーナが最初に契約したコスモビースト』や『破局』については何の情報も得られなかった。

 結局手ぶらで帰ることになってしまった。ぶらぶらと帰り道を歩き、トレーナーは何となく小高い丘にある公園に上った。

 

「すっかり暗くなりましたね」

「うん」

 

 漠然とした予言。その手掛かりが何もないという焦燥。

 元の世界に対する望郷。今みんなはどうしているだろう、迷惑をかけているだろうな――と、そんな思いが胸に立ち込めてくる。

 

「はあ……」

 

 ため息を吐き、空を仰いだ。

 東京とはいえ都心から離れていることもあり、夜空に広がる星々が見える。

 彼らは闇の中で無秩序に散らばりながら、自身の存在証明を示すように懸命に瞬いている。古来より無数の人々が見上げ、そこに運命的な意味を見出してきた星空だ。

 

 ぼんやりとその景色を眺めていた――そのときだった。

 

「……!?」

 

 その星々が――

 星々の合間に揺蕩う闇が――

 

 まるで稲妻を落とすかのように、彼の脳天にひとつの像を招来させた。

 

 ――到来する『妖光』。

 地上を満たす『真空』。

 広がる『消滅』。そして残るは『虚無』。

 

 ――『無』。それが、『破局』……。

 

「ぐぅ……っ!?」

「――トレーナーさん!?」

 

 トレーナーは頭を抱えながら倒れ込んだ。

 視覚も聴覚もなく、直接脳内に焼き付く『幻像(ヴィジョン)』。

 

 それは彼の三半規管を乱し、平衡感覚を崩した。

 吐き気にも似た絶望、そして凄絶な悪寒が全身を包む。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「だ、大丈夫ですか……!? トレーナーさん……!」

 

 ヴィルシーナが背中に手を添えてくれたのは感じられたが、感謝を言える余裕はなかった。

 そしてそこへ『幻像』とは違う『感覚』が、風のように二人の脳裏をよぎった。

 

「まさか……!」

 

 ヴィルシーナは立ち上がり、暗い東の空に目を向けた。

 そこに巨大な存在を感じた。そして、わずかな間を置いて広がる人々の恐怖。

 

「こんなときに……!」

 

 その感覚は、紛れもないひとつの事実を示していた。

 そう。――新たな怪獣の出現。

 

 

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