トレーナー俺氏、気がついたらコスモ幻獣拳の継承者になってるし、ウマ娘はコスモビーストになってるんだが   作:幽明卿

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5話 覗き込む眼

 

 

『本日12時頃、東京都新宿区で巨大化した人間が出現しました』

 

 商業ビルの街頭テレビがニュースを流している。

 原稿を述べ上げていた女性アナウンサーから映像が移り変わる。縦長のアスペクト比から推測できる通りスマートフォンで撮られたもので、右上には「視聴者からの提供」というテロップが載っている。

 

 撮影主も避難中だったのだろう、画面はぐらぐらと揺れており、その先にはビルの合間に立つ巨人の姿がある。

 その巨人の顔には編集でモザイクがかかっていた。首から下を見ると、Tシャツにハーフパンツといった出で立ちだ。同じ巨人でもウルトラマンとは違い、外見自体はどこにでもいる人間と同じだった。

 

『巨人が5分ほど破壊活動を続けた頃、ウルトラマンが出現。

 すると巨人は、ご覧のように一瞬にして消えてしまいました』

 

 テレポートするように消えてしまう巨人。構えていたウルトラマントレーナは驚いたのち、周囲を見回してから空に向かって飛び立つ。

 

『同様の事件は先週の水曜日から数えて五件目となります。

 神出鬼没の巨人は何者なのか、スタジオには専門家をお呼びして――』

 

 映像がスタジオに戻り、怪獣学の教授という男にカメラが移る。

 液晶を見上げていたトレーナーは、視線を戻し、「はあ」と溜め息をついた。

 

「――手掛かりはありませんね」

 

 彼の傍らにはエイシンフラッシュが立っている。トレーナーの世界でいう『勝負服』に身を包んでおり、人が行き交う路上ではかなり浮いている格好だが、彼女に目を留める者は誰もいない。こちらの世界の彼女はコスモビーストという精神生命体であり、普通の人間の目には見えないからだ。

 

「最初の事件から十日。その間、発生したのは五件。恐らく、あの巨人たちはこのような――」

 

 エイシンフラッシュは往来の雑踏に目を向けながら言う。

 

「一般人の方が何らかの技術で巨大化させられたものだと思われます。そして街を破壊するように命じられたか、あるいは操られ――」

「俺たちが着いたところで、引き揚げさせられている……か」

「ええ。一体誰が、何のために……」

「……」

 

 ニュースで言われていたように巨人は神出鬼没だった。何の前触れもなく現れ、場所も不定だ。

 共通点も一応はある。場所が東京都内の都心近くであるということ。出現後の行動も鑑みると、破壊活動が目的なのだろう。そうなるとエイシンフラッシュが推測する通り、何者かが裏で糸を引いていそうだ。

 

 ――とはいえ、それ以上の情報はない。

 トレーナーとウマ娘(コスモビースト)たちは、こうして連日手分けしてパトロールをしているが、事件解決への進展は一切なかった。

 

「『破局』の手掛かりも得られてないというのに……」

「そうですね……」

 

 エイシンフラッシュは思案投げ首をしつつ、ちらりとトレーナーを見やった。

「どうかした?」と訊く。最近、同じような視線を感じることが多かった。

 

 エイシンフラッシュが面を上げる。

 一対の碧眼が、怜悧な視線を投げかけてくる。

 

「トレーナさん」

 

 彼女は表情を和らげて、周囲の雑踏を見回してから言った。

 

「人がいないところに行きませんか?」

 

 

   ☆

 

 

 二人は付近の公園にやってきた。傾いた日が広い芝生に振り注いでいる。人の影はまだちらほらと見られたが、二人が腰かけたベンチの周りには誰もいなかった。

 

「改まって、どうした?」

「ええ――」

 

 エイシンフラッシュは神妙な面持ちで口を開いた。

 

「貴方のことです。――()()()()()()()

 

 彼女はトレーナーのことを『トレーナー』と呼んだ。

 ということは、彼の言う『別世界から迷い込んだ別人』という説に納得したのだろうか?

 

 そう考えていると、彼女は突然ぎょっとするようなことを口にした。

 

「私は貴方が異変をきたした日から、貴方のことを密かに監視していました」

「えっ」

「だってそうでしょう。もしかしたら偽物である可能性もあるわけですから。性格や口調、生活リズムといったところから、身長や顔かたちといった外見に至るまで精査しました。

 そして、こう判断しました。『その身体はトレーナさんと同一のものである』と」

 

「だけど、それは」とトレーナーは口を挟んだ。

 それは『別世界から迷い込んだ』ということと矛盾しない。彼の世界での『ウマ娘』がこちらでは『コスモビースト』となっているのと同様に、『トレーナー』が『トレーナ』となっているのであれば、二人は別個体であっても同一存在だ。中身や外見が全く同一だとしてもおかしくはない。

 

 その反論を聞いたうえで、エイシンフラッシュは首を横に振った。

 

「仮に同一存在であったとしても、別個体であれば、環境の違いが微妙な誤差をもたらすはずです。あまつさえ、『トレーナさん』と『トレーナーさん』の間には大きな差異があります。片やウルトラマンで、片やアスリートのトレーナーなのですから。生まれも育ちもまるで異なるなら、誤差は大きなものになっているとするのが道理です」

 

「だったら……」とトレーナーは力ない呟きを落とす。

 もし彼女の言葉が正しいのだとしたら、彼の『帰るべき世界』も『担当ウマ娘』も全て妄言ということになるのか。

 頭の中が茫漠とする。まるで宇宙空間に放り込まれたかのようだ。

 

 だが彼の意に反して、エイシンフラッシュは「だからおかしいのです」と続けた。

 

「おかしい?」

「ええ。私は『貴方の身体がトレーナさんと同一』とは言いましたが――『貴方の精神まで同一』とは言っていません」

「……? 同じ、じゃないのか?」

「ええ――」

 

 エイシンフラッシュは目元を険しくして言った。

 

「私の知っている貴方なら……錯乱していたとしても、ここまで強情ではなかったと思います。逆に言えば、今貴方がおっしゃっていることには真実味があるということです」

「……」

「私の中の像とズレを感じるのです。もちろん、ジェンティルさんが言うように本質的なところは変わりありません。正義を愛し、困った人を見過ごせない――そういったところは共通しています。そうでなければ、すでにジェンティルさんがご指摘されていたでしょう。

 記憶を失っている影響とも考えられます。ですがトレーナーさん、貴方の主張と合わせると――」

 

 トレーナーの頭は混乱に陥る。「つまり、どういうことなんだ?」

 

 公園はすっかり暗くなっている。西の空には夕暮れの残滓がへばりつき、赤々とした最後の輝きを一角に塗りたくっている。

 そんな逢魔が時の宵闇の中で――エイシンフラッシュの碧眼がトレーナーを見据える。

 

 

「つまり、こうは考えられないでしょうか。

 今の貴方は――『トレーナーの()()』が、『トレーナの()()』に入り込んでしまった状態なのだと」

 

 

 トレーナーは地面に視線をさまよわせ、考え込んだ。

 

 確かに、それならば納得はいく。彼が彼自身の記憶を保持しつつ、ウルトラマンに変身できたこと。それは、この『身体』が『トレーナ』のものだったからだ。

 変身の方法を知っていたのも、器たるこの『身体』が、中身たる『精神』に働きかけたからではないだろうか。

 

 しかし、そうなるとまた別の疑問が浮上する。

 トレーナーがこの世界に『迷い込んだ』のではなく、『トレーナ』に同化しているのであれば、何故そのような現象が起きているのだろう。

 

 エイシンフラッシュは「これは憶測でしかありませんが……」と前置きして言った。

 

「トレーナさんは、貴方を呼び寄せたのではないでしょうか」

「呼び寄せた? この世界……この身体に?」

 

 エイシンフラッシュは頷く。

 

「いったい、何のために?」

「……『破局』を回避するために」

 

 トレーナーは唖然とする。

 いくら何でも、話が飛躍しすぎている。

 

「どうして俺なんかが? 世界を守るためなら、俺なんかより元の『トレーナ』のほうがよっぽど適してるはずだろう?」

「貴方はしきりにおっしゃっていましたね。私たち三人以外に契約したコスモビーストはいたのか、と」

 

 いきなり関係ない話が出てきてトレーナーは面食らった。とはいえ、エイシンフラッシュの圧に押されて「ああ……」と頷く。

 

「元の世界で関わっていた『ウマ娘』が気にかかるのは分かります。しかし、何故そこまで『トレーナさんが契約したコスモビースト』にこだわるのですか? ――何か、感覚的に訴えるものがあったのではないですか?」

 

 その通りだ。

 ジェンティルドンナやヴィルシーナから、『トレーナ』が契約したコスモビーストについての話を聞いたとき、言い知れない違和感を覚えたのだ。どうしてかも分からない、些細な違和感。

 

「他にも、ヴィルシーナさんとの会話でも違和感を持ったとか」

 

 ギャラクトロンMK2と戦った後のことだ。

 『トレーナ』が過去、大切な仲間を失ったと語ったと、彼女に教えてもらった。

 

 その際にもトレーナーは違和感を覚えた。

 そして追求してみると、『トレーナ』の言葉は正確には「失った」ではなく「断絶に引き裂かれた」というものだったという。

 

「その違和感はどこから来たのでしょうか?」

 

 エイシンフラッシュの問いに、トレーナーは力なくかぶりを振る。

 

「分からないんだ。ただ、何となく……」

 

 理屈のない、感覚的な違和感。

 しかし逆に言えば――その非論理こそが、証左に他ならないかもしれない。

 

 それこそが、『トレーナ』の働きかけなのではないかと。

 

「でも――」

 

 そこで、新たな疑問が生じる。

 トレーナーは縋りつくように、隣の少女に顔を向けた。

 

「じゃあどうして、俺は担当ウマ娘のことを思い出せないんだ?」

「……」

「おかしいじゃないか。もし、そのウマ娘が『破局』を回避する鍵で、その縁で『トレーナ』が俺をここに呼んだとするなら、どうして俺はその子のことを思い出せないんだ? 思い出せないんだったら、呼んだ意味がないじゃないか」

 

 エイシンフラッシュはじっくりと考え込んだうえで言った。

 

「もしかしたら、それもまた『働きかけ』かもしれません」

「俺が『トレーナの身体』に影響されているということ?」

 

 彼女は神妙に頷く。

 

「ジェンティルさん以前に契約したコスモビーストがいて、それが『トレーナさん』の語った『引き裂かれた仲間』だと仮定します。

 彼はその『断絶』がトラウマになっているのではないでしょうか。その記憶を呼び起こすことも忌まわしく、心の奥底に閉じ込めてしまった。だから、その器に入り込んだ貴方は、今こうして思い出せなくなっている」

 

 ――『断絶』。

 もどかしさが胸の中で渦巻く。その言葉自体に引っ掛かりを覚える。しかし記憶の切れ端はあまりにも細く、指に引っ掛かっては離れていく。それをしかと握りしめ、大元にあるはずの記憶を手繰り寄せることができない。

 

 せめて別の切れ端を探そうともがく。この世界に来てからのことを思い返す。自らをコスモビーストと名乗る三人のウマ娘と出会ったこと。怪獣の出現を感知したこと。ジェンティルドンナと一体化して戦ったこと。

 翌日にはヴィルシーナと図書館で調べものをした。そして、その帰り道に――彼は夜空の中に見た。『平行宇宙』の終焉を。そして知った。それが『トレーナ』の語った『破局』であると。

 

 ――また指に引っ掛かる。当時は幻像のショックに打ちのめされていたが、思い直すと引っ掛かりを覚える。その感覚は、既視感(デジャヴ)にも似ている。

 

 夜空を見上げ、平行宇宙を()()()()こと。

 まるで、窓を覗くように。別の世界を――

 

「――()()()()?」

「トレーナーさん? どうかしましたか?」

「どうして俺は、平行宇宙なんてことを?」

 

 彼は夜空に『破局』を見た。

 だがそれは、普通ならば『予知』だと思うだろう。『この世界の未来』を見てしまったと。

 

 彼はどうして、それを『平行宇宙』の出来事だと感じたのだろう?

 

 トレーナーは頭を押さえ、呻き声を出す。

 何かが思い出せそうな気がする。それなのに思考を奥に潜らせようとすれば、途中で深い闇に包み込まれてしまう。『トレーナ』の言葉を借りれば、まさしく『断絶』だ。

 

 それは、銀河に横たわり星を妨げる『暗黒星雲』にも似ている。

 

 トレーナーが記憶を手繰り寄せようとしている中――

 ベンチに並ぶ二人に、前方から声を掛けてきた者がいた。

 

 

「――あなた方も、平行宇宙を観測できるのですか?」

 

 

 トレーナーとエイシンフラッシュは同時に、弾かれたように顔を上げる。

 そこには、黒スーツに身を包んだ細身の男が立っていた。

 

 暗くて見づらいが、30代中盤から40代くらいに見える。

 そんな彼は怪しげな笑みを浮かべ、二人の顔を順番に見やる。

 

「あなたが幻獣闘士・ウルトラマントレーナ。そしてあなたが、コスモビースト・エイシンフラッシュ――でお間違いないですかね?」

 

 トレーナーが唖然とする一方で、エイシンフラッシュは立ち上がり、臨戦態勢をとった。

 

「何者ですか」

「お初にお目にかかります。私はメフィラス星人。この地球人類を商品にしようとしている者です」

「……商品?」

 

「ええ」と男は唇の端を吊り上げる。見開かれた目は二人に向いたままだ。悪魔的ともいえる表情――それそのものに彼の異質さが表れていた。

 

「先日から世間を騒がせている巨人騒動。裏で糸を引いているのは私です」

「何……!?」

 

 トレーナーも遅れて立ち上がり、烈しい視線を彼に向ける。

 しかし男は飄々とそれを受け流し、涼しい口調で答える。

 

「おやおや怖い。睨みつけたいのは私のほうだというのに」

「どういうことだ」

「あなたがこの地球に滞在しているせいで、私の計画が進まないということですよ。先日から行っているデモンストレーションも、あなたが邪魔してくるせいで5分足らずで終わってしまいますからねぇ」

 

「デモンストレーション?」とエイシンフラッシュは怪訝そうに反復し、すぐにその意味に気付いたように表情を険しくする。

 

「商品……そうですか。貴方の狙いは地球人を兵器として利用すること……そうでしょう?」

「聡明な娘さんだ。説明の手間が省けて助かります。ひとつ付け加えておくと、私自身が利用しようとしているのではありません。私はあくまで仲介人。兵器を売りさばくことで、我らの星に最大利益がもたらされるよう、星々の力関係をコントロールする。それが私の真の狙いです」

 

「興味ありません」とエイシンフラッシュは一蹴する。「私たちがいる限り、貴方の計画が成就されることはありません。諦めてこの星を去りなさい」

 

 その言葉を聞いて、男の纏う雰囲気が少し変わった。

 うんざりしたような溜め息を落とし、「そうは言いましても」と愚痴るように言う。

 

「この宇宙を()()()()()があるのですよ」

「……? 覗き込む、眼?」

「ええ。何者かは分かりません。何の目的かも。しかし、じっと見詰めています。無数の平行宇宙から、この宇宙を――そしてこの地球(ほし)を。

 私たちと同様に、この地球人類を狙っているのでしょうか? それはいけません。この星は私たちが先に目を付けたのですから」

 

 再度溜め息を吐いてから、「ですから」と彼は続ける。

 

「その者の介入が来るより先に、計画を進めなければならない。――その障害となるあなた方を、今ここで排除させていただきます」

「……!」

 

 男の体が紫色のオーラに包まれる。その光が柱のように空に伸び、横幅も急速に拡大される。

 巨大化した彼のシルエットは別物に変わっていた。全身を漆黒に包んだ姿。尖った双眸は闇の中で青く輝き、口に当たる部分には金色の発光体が備わっている。――これが、メフィラス星人の本来の姿。

 

 トレーナーは腕を振り下ろして『トレーナスラッガー』を出現させ、その柄を握りしめた。

 

 

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