トレーナー俺氏、気がついたらコスモ幻獣拳の継承者になってるし、ウマ娘はコスモビーストになってるんだが 作:幽明卿
夜が明けた。目を覚ましたトレーナーは寝室を出てリビングに入る。しかし、昨日までそこにあった風景はなかった。がらんとして、誰の姿もない。
「みんな……」
昨夜、グリーザとの戦闘後、三人の
トレーナーは現場に残っていたかったが、次第に報道関係者や警察、自衛隊が集まってきたのでいったん家に戻ってきた。眠れるような気分ではなかったものの、疲れには勝てず、ベッドに倒れて泥のように眠った。そして今に至る。
壁の時計を見やると、針は午前9時を指していた。グリーザを封じ込めたのが昨夜の19時あたりだったと考えると、タイムリミットは残り10時間しかない。しかも、予想よりも早くグリーザが復活する可能性だってあるのだ。
『トレーナーさんの予感通り、その鍵はきっと「貴方の担当ウマ娘」です! その記憶を思い出してください!』
エイシンフラッシュはそう言っていた。
トレーナーは三人からこの世界の命運を託された。残り10時間……あるいは8時間か9時間か。その間に、グリーザを倒す鍵を見つけなければならない。
(だけど、どうやって……)
この世界にやってきてから今日まで二週間ほどあった。彼はその間、ずっと思い出そうとしていたのだ。
自分の脳内に確かに存在する記憶、その一端だけでも手繰り寄せようとしていた。それなのに、何ひとつ思い出すことができなかった。
今さら、どうやって思い出せというのだろう?
空腹を満たすべく料理をし、ひとりで食べる。こちらに来てからは
――『孤独』と『寂寥』。
この感情はデジャヴではない。しかし、忌むべきものという気持ちになった。
トレーナーはこの感情を忌避していた。元の世界では。
しかしこの記憶の切れ端も、指の間からすり抜けて消えていく。思わせぶりにちらちらと浮かんでは、何の進展も与えずに去ってしまう。こちらを弄んでいるようにも感じるそれらに、トレーナーの中でもどかしさと焦りが募っていく。
こうして食事をしている間にも時計の針は進んでいる。そしてジェンティルドンナたちは戦っている。それなのに、彼は何の手掛かりも得られていない。
家にテレビがないので、街頭テレビを求めて外に出る。
住宅地を抜けて繁華街へ出る。大きな交差点の一角に商業ビルが聳え、信号待ちをしている群衆がモニターを見上げていた。
『昨夜19時頃に出現した怪獣はウルトラマンを倒し、現在はこのような球体となって浮遊しています。これは眠っているのでしょうか。いつか目覚めるのでしょうか。防衛省の発表は要領を得ず、各地には混乱が広がっています――』
街頭インタビューを経てカメラがスタジオに戻る。
アナウンサーとコメンテーターが今後の展望について険しい顔で語り合う中、画面にはグリーザの中継映像が重なっている。まるで『窓』を覗くように、その姿を『
――『窓』。
昨夜、あのメフィラス星人も言っていた。
この地球を覗き込む眼があるのだと。この宇宙ではない『平行宇宙』から。
――『平行宇宙』。
彼が言っていた『平行宇宙』は、果たしてトレーナーが元いた世界なのだろうか?
では、誰が覗き込んでいるのだろうか? 同じように、『平行宇宙』を観測できる者がいるのだろうか?
あり得ない、とトレーナーはかぶりを振る。
彼が元いた世界は、怪獣も宇宙人もいなかった。そんなものはSFの中だけの話だ。だからこそ彼は、この世界に来て困惑したのだ。
(……いや)
確かに困惑はしていた。しかし――
(どうして俺は、平行宇宙なんて概念をすんなり受け入れたんだ……?)
『平行宇宙』。それはメフィラス星人から聞いた言葉。
しかしそれ以前に、トレーナー自身が感じていた概念でもあった。彼はヴィルシーナと一緒にいた日、夜空を見上げて『破局』を観測した。そこで見た幻像を、『平行宇宙』のものと飲み込んでいた。
――いや、それ以前からも。
彼は最初の日から気付いていた。
ゴモラとの戦いの後、自分から言ったのだ。「別の世界から迷い込んだ」のだと。
もちろん、そう思わざるを得ない状況でもあった。
しかし何故、そこまですんなりと飲み込むことができていたのか?
「……
『平行宇宙』が存在するということを。
だが、やはりそれはおかしい。何故なら、先程の理論と同様、彼の世界は至って普通の世界だからだ。そして彼自身、ただの『トレーナー』だった。ウマ娘をサポートする仕事に就いている一般人であり、宇宙人や超能力者はおろか、学者や技術者ですらない。
ならば――
「――!」
こめかみを稲妻が駆け抜けたような気がした。
今まで何故気付かなかったのかと思った。
そうだ。
トレーナーはそれを教えられていた。
だからこそ、彼は『平行宇宙』という概念をすんなりと飲み込むことができた。
この仮説は的を得ている気がしていた。
だが、それでも――肝心の担当ウマ娘が思い出せない。その顔も、名前も。
(落ち着け……)
やっと見つけた糸口だ。絶対に離したくなかった。
――この感覚も覚えがあった。『絶対に離したくない』。彼女との間には、それほどの強い絆があった。翻って言うと、彼女は離れて行ってしまいそうな儚さがあった。
(……!)
トレーナーの脳内で閃きが起こった。
『破局』を観測したあのときのように、夜空を見上げたらどうだろうか。
何故かは不明だが、『トレーナ』は『平行宇宙』を観測する能力を持っているようだ。そして、彼の身体と同化している『トレーナー』も同様の能力を得ている。
そうすれば、『平行宇宙』に答えを見出すことができるかもしれない。もしかすると、あちらの存在とコンタクトをとることもできるかもしれない。それがこの状況を打破する突破口になりうるかもしれない。
(まずは、意思疎通をすること――)
この世界に来てからも思った。
意思疎通。それこそが、最も大切なこと。
――意思を『疎通』すること。
分かり合おうとすること。
そうすれば、言葉や行動を超えたところで、我々は『つながる』ことができる。
――『つながる』こと。
それは、つまり……。
ぼんやりと、意識が遠のく感じがする。
現実感が希薄になり、体が宙に浮くようだ。
意識が自分の手を離れる。そして、どこか遠く深い場所から、ある言葉を拾ってくる。
意思疎通すること。
『つながる』こと。
それはつまり――
――“コネクト”すること。
「――――っ!?」
トレーナーの意識は、一瞬にして現実感を取り戻した。
その言葉の想起と共に、彼の脳裏にひとつの像が浮かんだ。
少女の姿。
この世界に来てから、どこにも見出せなかった姿。
初めて見るのに、懐かしさと親密さを感じる姿。
その像は雷のように降り注ぎ、そして一瞬にして過ぎ去った。今はもう彼女の姿を思い出すことができない。
でも、トレーナーには分かった。彼女こそ、自分の担当ウマ娘だと。
――彼女に、会わなくては。
その想いが萌したのと同時に、彼の耳に街頭テレビからの声が響いた。
『げ、現場からの中継です!』
顔を上げる。気付けば空は夕焼けの色に染まっていた。知らぬ間に何時間も立ち尽くしていたらしい。
テレビには先程とは別の男性アナウンサーが映っていた。現場から離れたビルの屋上のようで、そこからクレーターとグリーザを一望している。
アナウンサーはグリーザを指さしながら、上ずった声で叫ぶ。
『皆さん、ご覧ください! 先程から球体が、まるで心臓のように脈動しています! これは活動を再開する予兆なのでしょうか!?』
「……!」
――グリーザが動き出した。
もう時間の猶予がない。夜までに間に合わない。
そもそも、夜空を見上げて『平行宇宙』を観測したところで、解決策が得られるかも分からないのだ。むしろ『平行宇宙』は『破局』を迎えて滅んでいる可能性すらある。
どうすれば、と焦燥を募らせながらテレビを見上げていた、そのときだった。
――トレーナー。
「!?」
声が聞こえた。この世界に来てから初めて聞いた少女の声。
一体どこから? 耳に響いたようではなかった。脳内に響いたのだ。どこかから……“交信”が送られている。
――トレーナー。
再度、声が。
そして彼は感づく。彼が見上げるモニター。そこに映る中継画面――
「まさか……」
トレーナーは路地裏に駆け込んだ。
にわかに、ビルの合間から光の柱が立ち昇る。
その中からウルトラマンが現れ、街の上空に浮遊した。
「――シュアッ!」
彼はグリーザのいる現場に体を向け、虚空を蹴って飛行を始めた。
☆
「ハアッ!」
クレーターの中に銀色の巨人が降り立つ。
報道陣や自衛隊のどよめきは気にせず、彼は脈動するグリーザに顔を向けた。
『……トレーナー』
『やはり……』
その声は、
しかし、ジェンティルドンナでもヴィルシーナでもエイシンフラッシュでもない。彼が探し続けていた、『もう一人』の声だ。
そしてその声は、彼の意識をインナースペースへと引きずり込んだ。
柔らかい白光に満たされたインナースペース。
そこに浮かぶトレーナーの前に、微かな光の粒子が集っていく。それはやがて一人のウマ娘の姿を形作る。
四角形に青のラインが入ったセーラーカラー。紺色の大きなリボン。そしてフリルがあしらわれた白のプリーツスカート。
青と白を基調としたその衣服は、久しぶりに見るトレセン学園の制服だった。
そして、それを纏う彼女は――
「やっと、“通信復旧”……。
――『久しぶり』。トレーナー。」
毛先にゆるいウェーブがかかり、インナーカラーに水色を湛えた金髪。
静かな湖面を思わせる、聡明な碧眼。
そして何より、一言で表すのが難しい、特徴的な口調。
……やっと、思い出せた。
万感の思いで、トレーナーは目の前の彼女を呼ぶ。
「ネオユニヴァース――――…………」
彼の最愛の担当ウマ娘。
そして、隣り合った『別宇宙』を覗き込むことができる少女。
彼女――ネオユニヴァースは、静かに口元を綻ばせた。
「トレーナー。ネオユニヴァースは『報連相』をしたい。」
「ああ。向こうの世界はどうなってるんだ? 俺は意識だけこっちに来たみたいだけど、体は残ってるのか?」
「――アファーマティブ。」とネオユニヴァースは肯定する。「トレーナーは突然、“
「そうか……。迷惑かけたと思う。ごめん」
「……ネオユニヴァースは“受信”していた。
トレーナーは『別宇宙』へと旅立った。
でも、どこへ行ったかまでは……“ダークマター”。つかめなかった」
トレーナーはネオユニヴァースにこれまでのことを語った。
『トレーナ』によってこの世界に呼ばれたこと。そして彼の身体を借りてウルトラマンとして戦ってきたこと。
ネオユニヴァースは時折うなずきつつ黙って聞いていたが、コスモビーストであるジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、エイシンフラッシュと力を合わせていた話題になると、とたんに眉を曇らせた。
「“
「え? ビガ……?」
「……なんでもないよ。」
とりあえず最後まで話をする。
グリーザという怪獣がこの世界に『破局』をもたらそうとしていること。そして、『トレーナ』はネオユニヴァースが突破口になると考え、トレーナーを呼び寄せたらしいということ。
「……“了承”したよ。トレーナー。あなたは大変な『ボヤージュ』をしてきた。」
「今の説明で分かったのか?」
「――アファーマティブ。『ここ』が、ネオユニヴァースに“コペルニクス的転回”を与えている。」
彼女は周囲を見回す。
このインナースペースはトレーナーの意識空間。この場所にいることで、言葉以上のものが伝わっているのだろう。
ネオユニヴァースは、静かな瞳でトレーナーを見詰めながら宣言した。
「“航路”は決定したよ。
トレーナー。あなたと一緒に……“
トレーナーは驚いて「できるのか?」と訊いた。
ネオユニヴァースは澄ました顔で「――アファーマティブ。」と首肯する。
「そちらの世界にも……ネオユニヴァースは『いる』。
『わたし』がそちらに行くことで、あなたと一体となって戦える。」
「……!」
トレーナーがこちらで『ウルトラマントレーナ』となったように。
ネオユニヴァースもまた、『ウマ娘』から『コスモビースト』になれる。
しかし、そこでトレーナーは首を横に振った。
「いや、でも……俺は『トレーナ』の身体を借りているからウルトラマンになれただけだ。ネオユニヴァースも、こっちに来ただけでコスモビーストになれるかは……」
「問題ない。コスモビーストのネオユニヴァースは……そこに『いる』。」
「え……?」
トレーナーはその真意を聞きたかったが、それより先に――
突然、インナースペースに震動が走った。何か良くないことが外で起きている。この状況で言うなら、考えられるのはひとつしかない。――グリーザが今にも復活しようとしているのだ。
ネオユニヴァースもそれを感じ取ったのだろう。彼女は神妙な面持ちで、「トレーナー」と呼びかけた。
「“GREZ”は“虚孔”。――『宇宙の穴』。
その『
震動が大きくなる。
それにつれて彼女の輪郭がぼやけ、その姿が粒子に分解されていく。
「トレーナー。ネオユニヴァースは『穴を縫い留める』をするよ。だから――」
消える、最後の一瞬。
彼女の声が、こだまのように響き渡った。
「手を伸ばして。もう一度――“コネクト”して。」
「――――ッ!」
トレーナが我に返る。
見れば、球体のグリーザの脈動が強まっていた。その体から妖光の波動が繰り返し拡散されている。
――トレーナー。
声が聞こえる。しかし、先程より弱く細くなっている。
チャンスは今しかない。コスモビーストもおらず、この身ひとつしかないが――それでも、やるしかない。
「テヤアアアアッ!!」
トレーナは雄叫びを上げ、グリーザの妖光に手を差し入れた。
その中には何もない。それどころか、突っ込んだ彼の腕すらも消滅したかのようだ。
それでも懸命に探し求める。感覚を研ぎ澄まし、『宇宙の穴』が繋げる『もうひとつの宇宙』を探す。
グリーザが放つ波動が強まる。その勢いが彼を吹き飛ばそうとする。
トレーナは足腰に力を込める。ここで弾かれてしまえば、腕だけ失って何も残らないなんてことになりかねない。何としてでも見つけ出す。そして――“コネクト”する。
「グッ……グゥゥウ……ッ!!」
――ドクン、ドクン、ドクン。
グリーザが奏でる鼓動は、彼の拍動を象徴するかのようだ。
日は沈み、空は翳り、嵐は吹きすさぶ。
鼓動はもはや鐘の音のようになり、星々を恐怖で震撼させる。
夜空をも捻じ曲げ、引き裂くようなその奏での中で――
ひときわ強く勇壮な叫びが、響き渡った。
「ハァァアアアアア――――ッッ!!!」
クレーターの中心で衝撃波が広がる。
後ずさりしたトレーナの真正面で、グリーザが人型の姿に戻っていた。
しかし、それと同時に――
衝撃波と同時に、三つの光が弾き出されていた。真紅、群青、漆黒の光芒は夜空を乱れ飛び、そのまま地上に墜落する。そこには、今までグリーザを封じ込めていた三人の
「あれ、私たち……」
「――状況は!?」
ジェンティルドンナがいち早く立ち上がり、毅然とした声を飛ばす。
ヴィルシーナとエイシンフラッシュも立ち上がり――そしてジェンティルドンナと同じように言葉をなくした。
グリーザと相対するウルトラマントレーナ。
その姿は――――
『……行こう。トレーナー』
『ああ!』
彼の手の中には宝珠があった。清冽な銀河を思わせる、澄んだ金色の宝珠。
彼はその『ネオユニヴァースオーブ』を『トレーナスラッガー』に装填する。そして、胸に湧き上がってくる想いを、そのまま言葉にして叫ぶ。
「――天馬、銀河を駆けよ!」
掲げた『スラッガー』がまばゆい光を解き放つ。
その光に包まれた彼の姿は――――
――まるで壮大な銀河をその身に纏ったかのような、金色の姿に変貌していた。