トレーナー俺氏、気がついたらコスモ幻獣拳の継承者になってるし、ウマ娘はコスモビーストになってるんだが   作:幽明卿

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8話 虚孔の向こう側

 

 

 夜が明けた。目を覚ましたトレーナーは寝室を出てリビングに入る。しかし、昨日までそこにあった風景はなかった。がらんとして、誰の姿もない。

 

「みんな……」

 

 昨夜、グリーザとの戦闘後、三人のウマ娘(コスモビースト)たちは結局戻ってこなかった。彼女たちが言った通り、力を合わせてグリーザを抑え込んでいるのだろう。

 トレーナーは現場に残っていたかったが、次第に報道関係者や警察、自衛隊が集まってきたのでいったん家に戻ってきた。眠れるような気分ではなかったものの、疲れには勝てず、ベッドに倒れて泥のように眠った。そして今に至る。

 

 壁の時計を見やると、針は午前9時を指していた。グリーザを封じ込めたのが昨夜の19時あたりだったと考えると、タイムリミットは残り10時間しかない。しかも、予想よりも早くグリーザが復活する可能性だってあるのだ。

 

『トレーナーさんの予感通り、その鍵はきっと「貴方の担当ウマ娘」です! その記憶を思い出してください!』

 

 エイシンフラッシュはそう言っていた。

 トレーナーは三人からこの世界の命運を託された。残り10時間……あるいは8時間か9時間か。その間に、グリーザを倒す鍵を見つけなければならない。

 

(だけど、どうやって……)

 

 この世界にやってきてから今日まで二週間ほどあった。彼はその間、ずっと思い出そうとしていたのだ。

 自分の脳内に確かに存在する記憶、その一端だけでも手繰り寄せようとしていた。それなのに、何ひとつ思い出すことができなかった。

 

 今さら、どうやって思い出せというのだろう?

 

 空腹を満たすべく料理をし、ひとりで食べる。こちらに来てからはウマ娘(コスモビースト)の三人と食事するのが日常となっていたので、ひとりきりの食卓はもの寂しさを感じた。

 

 ――『孤独』と『寂寥』。

 

 この感情はデジャヴではない。しかし、忌むべきものという気持ちになった。

 トレーナーはこの感情を忌避していた。元の世界では。

 

 しかしこの記憶の切れ端も、指の間からすり抜けて消えていく。思わせぶりにちらちらと浮かんでは、何の進展も与えずに去ってしまう。こちらを弄んでいるようにも感じるそれらに、トレーナーの中でもどかしさと焦りが募っていく。

 こうして食事をしている間にも時計の針は進んでいる。そしてジェンティルドンナたちは戦っている。それなのに、彼は何の手掛かりも得られていない。

 

 家にテレビがないので、街頭テレビを求めて外に出る。

 住宅地を抜けて繁華街へ出る。大きな交差点の一角に商業ビルが聳え、信号待ちをしている群衆がモニターを見上げていた。

 

『昨夜19時頃に出現した怪獣はウルトラマンを倒し、現在はこのような球体となって浮遊しています。これは眠っているのでしょうか。いつか目覚めるのでしょうか。防衛省の発表は要領を得ず、各地には混乱が広がっています――』

 

 街頭インタビューを経てカメラがスタジオに戻る。

 アナウンサーとコメンテーターが今後の展望について険しい顔で語り合う中、画面にはグリーザの中継映像が重なっている。まるで『窓』を覗くように、その姿を『不可視()』ることができる。

 

 ――『窓』。

 

 昨夜、あのメフィラス星人も言っていた。

 この地球を覗き込む眼があるのだと。この宇宙ではない『平行宇宙』から。

 

 ――『平行宇宙』。

 

 彼が言っていた『平行宇宙』は、果たしてトレーナーが元いた世界なのだろうか?

 では、誰が覗き込んでいるのだろうか? 同じように、『平行宇宙』を観測できる者がいるのだろうか?

 

 あり得ない、とトレーナーはかぶりを振る。

 彼が元いた世界は、怪獣も宇宙人もいなかった。そんなものはSFの中だけの話だ。だからこそ彼は、この世界に来て困惑したのだ。

 

(……いや)

 

 確かに困惑はしていた。しかし――

 

(どうして俺は、平行宇宙なんて概念をすんなり受け入れたんだ……?)

 

 『平行宇宙』。それはメフィラス星人から聞いた言葉。

 しかしそれ以前に、トレーナー自身が感じていた概念でもあった。彼はヴィルシーナと一緒にいた日、夜空を見上げて『破局』を観測した。そこで見た幻像を、『平行宇宙』のものと飲み込んでいた。

 

 ――いや、それ以前からも。

 

 彼は最初の日から気付いていた。

 ゴモラとの戦いの後、自分から言ったのだ。「別の世界から迷い込んだ」のだと。

 

 もちろん、そう思わざるを得ない状況でもあった。

 しかし何故、そこまですんなりと飲み込むことができていたのか?

 

「……()()()()()()()()()()?」

 

 『平行宇宙』が存在するということを。

 だが、やはりそれはおかしい。何故なら、先程の理論と同様、彼の世界は至って普通の世界だからだ。そして彼自身、ただの『トレーナー』だった。ウマ娘をサポートする仕事に就いている一般人であり、宇宙人や超能力者はおろか、学者や技術者ですらない。

 

 ならば――

 

「――!」

 

 こめかみを稲妻が駆け抜けたような気がした。

 今まで何故気付かなかったのかと思った。

 

 そうだ。

 ()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トレーナーはそれを教えられていた。

 だからこそ、彼は『平行宇宙』という概念をすんなりと飲み込むことができた。

 

 この仮説は的を得ている気がしていた。

 だが、それでも――肝心の担当ウマ娘が思い出せない。その顔も、名前も。

 

(落ち着け……)

 

 やっと見つけた糸口だ。絶対に離したくなかった。

 ――この感覚も覚えがあった。『絶対に離したくない』。彼女との間には、それほどの強い絆があった。翻って言うと、彼女は離れて行ってしまいそうな儚さがあった。

 

(……!)

 

 トレーナーの脳内で閃きが起こった。

 『破局』を観測したあのときのように、夜空を見上げたらどうだろうか。

 

 何故かは不明だが、『トレーナ』は『平行宇宙』を観測する能力を持っているようだ。そして、彼の身体と同化している『トレーナー』も同様の能力を得ている。

 そうすれば、『平行宇宙』に答えを見出すことができるかもしれない。もしかすると、あちらの存在とコンタクトをとることもできるかもしれない。それがこの状況を打破する突破口になりうるかもしれない。

 

(まずは、意思疎通をすること――)

 

 この世界に来てからも思った。

 意思疎通。それこそが、最も大切なこと。

 

 ――意思を『疎通』すること。

 

 分かり合おうとすること。

 そうすれば、言葉や行動を超えたところで、我々は『つながる』ことができる。

 

 ――『つながる』こと。

 

 それは、つまり……。

 

 ぼんやりと、意識が遠のく感じがする。

 現実感が希薄になり、体が宙に浮くようだ。

 意識が自分の手を離れる。そして、どこか遠く深い場所から、ある言葉を拾ってくる。

 

 意思疎通すること。

 『つながる』こと。

 

 それはつまり――

 

 

 

 ――“コネクト”すること。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 トレーナーの意識は、一瞬にして現実感を取り戻した。

 その言葉の想起と共に、彼の脳裏にひとつの像が浮かんだ。

 

 少女の姿。

 この世界に来てから、どこにも見出せなかった姿。

 初めて見るのに、懐かしさと親密さを感じる姿。

 

 その像は雷のように降り注ぎ、そして一瞬にして過ぎ去った。今はもう彼女の姿を思い出すことができない。

 でも、トレーナーには分かった。彼女こそ、自分の担当ウマ娘だと。

 

 ――彼女に、会わなくては。

 

 その想いが萌したのと同時に、彼の耳に街頭テレビからの声が響いた。

 

『げ、現場からの中継です!』

 

 顔を上げる。気付けば空は夕焼けの色に染まっていた。知らぬ間に何時間も立ち尽くしていたらしい。

 テレビには先程とは別の男性アナウンサーが映っていた。現場から離れたビルの屋上のようで、そこからクレーターとグリーザを一望している。

 

 アナウンサーはグリーザを指さしながら、上ずった声で叫ぶ。

 

『皆さん、ご覧ください! 先程から球体が、まるで心臓のように脈動しています! これは活動を再開する予兆なのでしょうか!?』

「……!」

 

 ――グリーザが動き出した。

 もう時間の猶予がない。夜までに間に合わない。

 そもそも、夜空を見上げて『平行宇宙』を観測したところで、解決策が得られるかも分からないのだ。むしろ『平行宇宙』は『破局』を迎えて滅んでいる可能性すらある。

 

 どうすれば、と焦燥を募らせながらテレビを見上げていた、そのときだった。

 

 

 

 ――トレーナー。

 

 

 

「!?」

 

 声が聞こえた。この世界に来てから初めて聞いた少女の声。

 一体どこから? 耳に響いたようではなかった。脳内に響いたのだ。どこかから……“交信”が送られている。

 

 ――トレーナー。

 

 再度、声が。

 そして彼は感づく。彼が見上げるモニター。そこに映る中継画面――

 

「まさか……」

 

 トレーナーは路地裏に駆け込んだ。

 

 にわかに、ビルの合間から光の柱が立ち昇る。

 その中からウルトラマンが現れ、街の上空に浮遊した。

 

「――シュアッ!」

 

 彼はグリーザのいる現場に体を向け、虚空を蹴って飛行を始めた。

 

 

   ☆

 

 

「ハアッ!」

 

 クレーターの中に銀色の巨人が降り立つ。

 報道陣や自衛隊のどよめきは気にせず、彼は脈動するグリーザに顔を向けた。

 

『……トレーナー』

『やはり……』

 

 その声は、()()()()()()から聞こえていた。

 しかし、ジェンティルドンナでもヴィルシーナでもエイシンフラッシュでもない。彼が探し続けていた、『もう一人』の声だ。

 

 そしてその声は、彼の意識をインナースペースへと引きずり込んだ。

 

 

 

 

 柔らかい白光に満たされたインナースペース。

 そこに浮かぶトレーナーの前に、微かな光の粒子が集っていく。それはやがて一人のウマ娘の姿を形作る。

 

 四角形に青のラインが入ったセーラーカラー。紺色の大きなリボン。そしてフリルがあしらわれた白のプリーツスカート。

 青と白を基調としたその衣服は、久しぶりに見るトレセン学園の制服だった。

 

 そして、それを纏う彼女は――

 

 

 

「やっと、“通信復旧”……。

 ――『久しぶり』。トレーナー。」

 

 

 

 毛先にゆるいウェーブがかかり、インナーカラーに水色を湛えた金髪。

 静かな湖面を思わせる、聡明な碧眼。

 そして何より、一言で表すのが難しい、特徴的な口調。

 

 ……やっと、思い出せた。

 万感の思いで、トレーナーは目の前の彼女を呼ぶ。

 

 

 

「ネオユニヴァース――――…………」

 

 

 

 彼の最愛の担当ウマ娘。

 そして、隣り合った『別宇宙』を覗き込むことができる少女。

 

 彼女――ネオユニヴァースは、静かに口元を綻ばせた。

 

「トレーナー。ネオユニヴァースは『報連相』をしたい。」

「ああ。向こうの世界はどうなってるんだ? 俺は意識だけこっちに来たみたいだけど、体は残ってるのか?」

 

「――アファーマティブ。」とネオユニヴァースは肯定する。「トレーナーは突然、“COMA(コーマ)”……『眠りについた』。今も、目覚めていない……」

 

「そうか……。迷惑かけたと思う。ごめん」

「……ネオユニヴァースは“受信”していた。

 トレーナーは『別宇宙』へと旅立った。

 でも、どこへ行ったかまでは……“ダークマター”。つかめなかった」

 

 トレーナーはネオユニヴァースにこれまでのことを語った。

 『トレーナ』によってこの世界に呼ばれたこと。そして彼の身体を借りてウルトラマンとして戦ってきたこと。

 

 ネオユニヴァースは時折うなずきつつ黙って聞いていたが、コスモビーストであるジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、エイシンフラッシュと力を合わせていた話題になると、とたんに眉を曇らせた。

 

「“BGMY(ビガミィ)”だね……。」

「え? ビガ……?」

「……なんでもないよ。」

 

 とりあえず最後まで話をする。

 グリーザという怪獣がこの世界に『破局』をもたらそうとしていること。そして、『トレーナ』はネオユニヴァースが突破口になると考え、トレーナーを呼び寄せたらしいということ。

 

「……“了承”したよ。トレーナー。あなたは大変な『ボヤージュ』をしてきた。」

「今の説明で分かったのか?」

「――アファーマティブ。『ここ』が、ネオユニヴァースに“コペルニクス的転回”を与えている。」

 

 彼女は周囲を見回す。

 このインナースペースはトレーナーの意識空間。この場所にいることで、言葉以上のものが伝わっているのだろう。

 

 ネオユニヴァースは、静かな瞳でトレーナーを見詰めながら宣言した。

 

「“航路”は決定したよ。

 トレーナー。あなたと一緒に……“GREZ(グリーザ)”を討つ。」

 

 トレーナーは驚いて「できるのか?」と訊いた。

 ネオユニヴァースは澄ました顔で「――アファーマティブ。」と首肯する。

 

「そちらの世界にも……ネオユニヴァースは『いる』。

 『わたし』がそちらに行くことで、あなたと一体となって戦える。」

「……!」

 

 トレーナーがこちらで『ウルトラマントレーナ』となったように。

 ネオユニヴァースもまた、『ウマ娘』から『コスモビースト』になれる。

 

 しかし、そこでトレーナーは首を横に振った。

 

「いや、でも……俺は『トレーナ』の身体を借りているからウルトラマンになれただけだ。ネオユニヴァースも、こっちに来ただけでコスモビーストになれるかは……」

「問題ない。コスモビーストのネオユニヴァースは……そこに『いる』。」

「え……?」

 

 トレーナーはその真意を聞きたかったが、それより先に――

 突然、インナースペースに震動が走った。何か良くないことが外で起きている。この状況で言うなら、考えられるのはひとつしかない。――グリーザが今にも復活しようとしているのだ。

 

 ネオユニヴァースもそれを感じ取ったのだろう。彼女は神妙な面持ちで、「トレーナー」と呼びかけた。

 

「“GREZ”は“虚孔”。――『宇宙の穴』。

 その『非存在(そんざい)』が、二つの宇宙を『つないで』いる。」

 

 震動が大きくなる。

 それにつれて彼女の輪郭がぼやけ、その姿が粒子に分解されていく。

 

「トレーナー。ネオユニヴァースは『穴を縫い留める』をするよ。だから――」

 

 消える、最後の一瞬。

 彼女の声が、こだまのように響き渡った。

 

「手を伸ばして。もう一度――“コネクト”して。」

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

 トレーナが我に返る。

 見れば、球体のグリーザの脈動が強まっていた。その体から妖光の波動が繰り返し拡散されている。

 

 ――トレーナー。

 

 声が聞こえる。しかし、先程より弱く細くなっている。

 チャンスは今しかない。コスモビーストもおらず、この身ひとつしかないが――それでも、やるしかない。

 

「テヤアアアアッ!!」

 

 トレーナは雄叫びを上げ、グリーザの妖光に手を差し入れた。

 その中には何もない。それどころか、突っ込んだ彼の腕すらも消滅したかのようだ。

 

 それでも懸命に探し求める。感覚を研ぎ澄まし、『宇宙の穴』が繋げる『もうひとつの宇宙』を探す。

 

 グリーザが放つ波動が強まる。その勢いが彼を吹き飛ばそうとする。

 トレーナは足腰に力を込める。ここで弾かれてしまえば、腕だけ失って何も残らないなんてことになりかねない。何としてでも見つけ出す。そして――“コネクト”する。

 

「グッ……グゥゥウ……ッ!!」

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン。

 グリーザが奏でる鼓動は、彼の拍動を象徴するかのようだ。

 

 日は沈み、空は翳り、嵐は吹きすさぶ。

 鼓動はもはや鐘の音のようになり、星々を恐怖で震撼させる。

 

 夜空をも捻じ曲げ、引き裂くようなその奏での中で――

 ひときわ強く勇壮な叫びが、響き渡った。

 

「ハァァアアアアア――――ッッ!!!」

 

 クレーターの中心で衝撃波が広がる。

 後ずさりしたトレーナの真正面で、グリーザが人型の姿に戻っていた。

 

 しかし、それと同時に――

 衝撃波と同時に、三つの光が弾き出されていた。真紅、群青、漆黒の光芒は夜空を乱れ飛び、そのまま地上に墜落する。そこには、今までグリーザを封じ込めていた三人のウマ娘(コスモビースト)がいた。

 

「あれ、私たち……」

「――状況は!?」

 

 ジェンティルドンナがいち早く立ち上がり、毅然とした声を飛ばす。

 ヴィルシーナとエイシンフラッシュも立ち上がり――そしてジェンティルドンナと同じように言葉をなくした。

 

 グリーザと相対するウルトラマントレーナ。

 その姿は――――

 

 

 

 

『……行こう。トレーナー』

『ああ!』

 

 彼の手の中には宝珠があった。清冽な銀河を思わせる、澄んだ金色の宝珠。

 彼はその『ネオユニヴァースオーブ』を『トレーナスラッガー』に装填する。そして、胸に湧き上がってくる想いを、そのまま言葉にして叫ぶ。

 

 

「――天馬、銀河を駆けよ!」

 

 

 掲げた『スラッガー』がまばゆい光を解き放つ。

 その光に包まれた彼の姿は――――

 

 

 

 

 ――まるで壮大な銀河をその身に纏ったかのような、金色の姿に変貌していた。

 

 

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