遊戯王0D’s ナリキリボーイと青き眼の精霊王 作:GT(EW版)
昼下がりの古代エジプトを彷彿させる古風な街並みの頭上に、突如としてその風景に似つかわしくない鮮明な立体映像が投影される。技術としては別段物珍しいものではなかったが、古代と未来が組み合わさった光景はカオスに陥ったこの世界でも異質寄りなアンバランスさを醸し出していた。
その立体映像──この町で暮らしている全ての町民に向けられたそれは、この町ネオ・カイバーランドの町長にして王「セティア・キサラギ」が贈った至高のエンターテイメントであった。
三つ編みに結った純白の髪と短いスカートを風に揺らしながら堂々たる佇まいで映し出された彼女は、立体映像でありながらその自信満々な端麗な顔で街全体を見下ろすように見渡す仕草をした後、一口目に「ネオ・カイバーランドで働く我が臣民たちよ。日々の就労、ご苦労である!」とまずは労働者たちへの労いの言葉を贈る。
そんな彼女の言葉に町民たちは三者三様の反応を示したが、誰もに共通しているのは彼女が話している時はその手を止めて立体映像に注視していたということだ。
たった一声で人々の意識を独占する──彼女が王を自称し、かの独裁者海馬瀬人の再来と謳われる所以のカリスマ性であった。
続けて、彼女は本題に入る。
『今日は変わらぬ日々を取り戻そうと日々あがき続けている諸君らに朗報がある。このネオ・カイバーランドに、伝説の英雄「不動遊星」が舞い込んできた!』
バサリと王者のマントを振り払いながら指し示した手の方には、今や世界一有名な伝説のDホイーラーの姿がある。伝説の名機「遊星号」に片足を掛けながら微動だにせず佇んでいる赤いヘルメットの青年の姿には、立体映像越しでもわかるほど凡人には持ち得ない英雄の風格があった。
そんな人物を隣に置きながら一切物怖じすることのない白い少女は、自身もまた自らのDホイール──まるで白い龍のような意匠をあしらったジェット機のような造形を愛機「
『200年の時を超えて蘇った英雄は、その揺るぎなき境地を以ってこの時代にも数々の奇跡をもたらしてみせた! そんな彼が我が国へ訪れた以上、本当なら臣民総出の宴でも開いて盛大にもてなしたかったところだ。
だが、彼は英雄であると同時に稀代の
バッとその身に纏う豪奢なマントを脱ぎ捨てると、その格好を一瞬にしてDホイーラーのものへと変えた。……と言ってもライダースーツに着替えたわけではなく、先まで着ていたノースリーブの服の上に青いジャケットを羽織り、その両手に革製のグローブを締めた出で立ちに変わっただけであったが。
そんな少女は傍らのDホイール「B・W・D」に括り付けていたヘルメットを無造作に掴み上げると、もう片方の手で英雄の姿を指差して告げた。
『この世界を守護するのは過去の英雄か!? それとも精霊の王か! 今を生きる人間の諸君らの前で繰り広げるのは、最強の英霊決戦! 手の空いている者はこのまま空に浮かぶ映像を仰ぎ見よ! そうでない者も必ず釘付けになるだろうが……過去と未来、どちらの英雄が上かその目に焼き付けるがいい! ワハハハハ!』
堂に入った高らかな哄笑を上げる青き眼の美少女の姿を最後に映した後、頭上の立体映像は一旦そこで途切れる。
後に残ったのは町に住む全ての人々のざわめきと──祭りのような歓声だった。
「……ふぅ……こんなところか」
「お疲れ様です、セティア様」
そんな宣言を街中に届けた後、それをやってみせた張本人であるセティア・キサラギは特殊カメラを下ろした自身の側近イソノの前で面倒臭そうに息を吐いた。
異様なテンションで行った先ほどの演説は、7割ぐらいが本気で3割ぐらいが演出であった。少々過剰だが過剰なぐらいが丁度いいのが演説というものである。
その好戦的な表情に心なしか機嫌の良さそうなたたえながら、セティアはその青き眼を英雄に向けた。
「愚か者。本当に疲れるのはこれからだ。そうだろう? 不動遊星」
その高揚を理性の仮面で覆い隠そうとしてなお隠しきれていない様子の彼女の様子は、玉座に腰掛ける「王」という寧ろ、「キング」に挑む「チャレンジャー」のようだと「不動遊星」は感じた。
そんな尤もな疑問を抱く彼の視線に対して、初めて自嘲するような態度を表し、セティアは言った。
「わざとらしいと笑ってくれて構わんよ。貴様のいた時代に活躍していた伝説のMCと比べれば、私のは所詮付け焼き刃に過ぎんからな」
「……だがそれでも、君はああやってこの町の人たちを盛り上げようとしたんだろう?」
「さて、何のことやら。何にせよ、これで貴様は逃げ場を失ったわけだ。貴様が正しいか私が正しいか……その答えを、デュエルで見つけようではないか」
先ほどの演出の意図を見抜いた「不動遊星」がヘルメットの下からしたり顔で指摘してやると、彼女は肩を竦め、飛び乗るように自らのDホイールへとまたがった。
そんな彼女の姿に苦笑した後、「不動遊星」もまた自らの「遊星号」のエンジンを確認し、発進準備に取りかかった。
「目的は抜きにしても、君とデュエルできるのは嬉しい。俺は絶対に負けるわけにはいかないが、良いデュエルにしよう」
「ああ、それは私も同じ気持ちだ」
ライディング・デュエル──それはスピードの世界で進化したデュエルである。
間接的にこの世界の崩壊の引き金の一因となってしまったその競技であるが、お互いの主張がぶつかり合った際の対話手段としては、未だこれ以上のものが見つかっていないのも事実であった。
そう……さすらいの英雄「不動遊星」とネオ・カイバーランドの王セティア・キサラギはこの時、二人の間で相容れない主張を抱えていたのだ。
『クリアマインドを広めるのはやめろ。それは人の手に余る代物だ』
自身が助けた外の世界の子供たちの受け入れを申し込んだ時、彼女は引き受けることにそのような条件をつけてきた。
……いや、条件というのは正確ではないか。外では多くの子供たちが苦しんでいると聞いた際の彼女の目は本気で心を痛めていた様子であり、「不動遊星」は直感的に、自分がどう答えようと子供たちの移住を受け入れるのは既に決定事項としていると感じていた。
その証拠に、彼女は側近のイソノを呼びつけるなり真っ先に「居住区の拡張は進んでいるな? サボっている者がいたら引っぱたくと伝えておけ」と圧を掛けていたものである。
故に彼女が口にしたその言葉は等価交換の条件などではなく、彼女が突きつけた「不動遊星」への警告であると彼は理解した。
『何故だ? どうしてクリアマインドを広めてはいけない?』
まだ語っていなかったが、「不動遊星」がこの町を訪れたのには難民の受け入れを頼みに来た以外にも、この町の人々にクリアマインドを広めるという目的もあった。
驚くべきことにこの町はまだ機皇の軍隊から被害を受けていないようだが、それでも大勢の人々が集まっている以上かの粛清機械の目からは逃れられない。アレらがやがて町に踏み入った時の為にこの町に住む人々にクリアマインドを伝授することは、平和の為に為すべき必須事項だったのだ。
しかしそれが、それこそが受け入れがたいことなのだと、町の王であるセティア・キサラギは答えた。
『言葉の通りだよ。クリアマインドは人の手に余る。貴様はその場しのぎの平和の為に、この世界に第二のモーメントでも作るつもりか?』
『……! 違う! クリアマインドは人の心であって力じゃない! 手に入れることには、何の危険も無いものなんだ!』
彼女の返答を聞いた瞬間、「不動遊星」の思考に浮かんだのはこの少女は「クリアマインド」という境地に対して、かつてのモーメントのような得体の知れない力として認識しているのではないかという懸念である。
だとするならばそれは誤りである。クリアマインドはその名の通り透き通った明鏡止水の精神のことであり、会得すれば良からぬ災いなど引き起こす筈がない。そもそもが人の心が引き起こす災いを避ける手段として「不動遊星」はそれを布教していたのだから。
彼が懸命にその事実を説明すると、しかしセティアは寧ろ説明すればするほど眉をしかめ、その青き眼に苛立ちの感情を浮かべていった。
『ああそうだな。聖者とも言える高潔な精神を持っている貴様なら、その境地を生涯正しく扱えるだろう。貴様が生きている間なら、クリアマインドは滅びゆく世界を救った奇跡の能力としてもてはやされるだろうな……かつてのモーメントのように』
『まさか、君は……この先の未来も視ているのか?』
この世界の滅亡を救った後のことなど……「不動遊星」には考えもしなかった視点だった。そんな余裕など無いと、そんな時間は自分に赦されていないと思っていたが故に。
故に、彼は面食らってしまった。セティア・キサラギというこの町の王が視ていたものは、彼とは違うものだったからだ。
『貴様がいなくなった後のことに責任を持つ気なら、クリアマインドを無闇に広めるのはやめておけ。それはこの時代を作った愚かな大人共を……改心なり懲らしめるなりする道具程度の扱いに留めておけ』
こうして他の誰かに否定されるとは思ってもいなかった。今も、それ以前も……「不動遊星」にとってクリアマインドという境地は、常に完璧なものであると信じて疑っていなかった。
だからこそ、看過できない発言だった。
『おい』
だからこそ、おそらく。
『デュエルしろよ』
蘇った英雄は初めて、自分でも驚くような不機嫌な声でそう切り出した。
思わず溢れ出た無礼な言葉にセティアの肩が一瞬ビクリと震えた為、「不動遊星」はハッと我に返って謝ろうとしたが……それを遮るように、青き眼の少女は「くすっ……あはははっ」と声を上げて笑った。
『そうだな! この私もデュエリストの端くれ……巷では「海馬瀬人の再来」などとも呼ばれている存在だ。お互いに譲れない意見があるなら、その答えはデュエルの中で見つけるのが道理か』
──そうして二人は、ごく自然な流れで
セティアは「不動遊星」が広めたクリアマインドに猜疑的で、「不動遊星」はそんな彼女の認識を改めさせたい。二人がデュエルをする理由は十分だった。
尤もその場でスタンディング・デュエルをするつもりだった「不動遊星」としては、彼女が手間も場所も取るライディング・デュエルを提案してきたのは予想外だったが。
華奢な少女の姿をした彼女にDホイーラーの資質があり、このような龍のような厳ついDホイールを所有していたのも驚きであった。
「外のデュエルレーンはもはや、どこも使い物にならんからな。コースはこの街全体だ。マップは今、貴様のDホイールに転送した」
「ああ、確認した。驚いた……この町にはライディング・デュエルができるスペースもあるんだな」
「ふっ、ライディング・デュエルの専用スペースなどある筈なかろう。貴様の時代と同じで、一般人に退去するよう命令しただけだ」
「そうか」
「不動遊星」が蘇ったばかりの頃、辺りは機甲に襲われている人々ばかりでデュエルをしている余裕など無かった。
だが今は、必要に迫られた上でライディング・デュエルができる。「不動遊星」が最も得意としていた伝説のデュエルを。
その事実にどこか、不謹慎にも「不動遊星」は心踊る思いがした。
「あの……セティア様のお召し物は、本当にそのままでよろしいのですか? ほんの少しお待ちしていただければ、直ちにライディングスーツを手配させていただきますが……」
「私の身体が貴様らと出来が違うのは知っているだろう? たとえクラッシュしようと私の強靱な身体には傷一つ残らんさ。私にはカードと我が愛機、
「で、ですがそれでは貴女の御御足が……」
「くどい! 私は早くデュエルしたいのだ!」
遊星号の準備が整いスタートラインに先につくと、「不動遊星」が横目で一瞥した先ではまだDホイールにまたがったセティアとその側近が口論していた。
……確かに丈の短いスカートに生足を出した彼女の装いは、上着にジャケットを羽織っているとは言えDホイーラーとしての意識が欠けていると指摘したくもなるものだった。
だがシートの周りがカウルに覆われた戦闘機のコクピットのような造形をしている彼女のDホイール「B・W・D」は、見た目は派手だが転倒した際に生じるリスクを軽減してくれる実用的な設計に見えた。
あれならばよほどのことが無い限り、搭乗者の脚を傷つけることはないだろう。その分Dホイールの醍醐味である心地良い風を浴びる身体の面積も少なくなるだろうが。
そんなことをどこまでも冷静に、技術者目線で考えていた「不動遊星」は、貴方も何か言ってくださいと何故か助けを求めるような目でこちらの様子を窺っていたサングラスの従者イソノの視線に一切気がつかなかった。そんな余談である。
「発動するスピード・ワールドは、貴様の時代に使われていた2でいいな?」
「いいのか?」
「構わん。このコースは私のホームなのだ。フィールドの方は貴様に合わせてやる。尤もスピード・ワールド2は、今の人間にも馴染みのあるフィールドだがな」
【スピード・ワールド
フィールド魔法
①:このカードはカードの効果を受けず、自分はフィールド魔法カードをセット及び発動できない。
②:お互いのスタンバイフェイズ時に発動する。このカードにスピードカウンターを1つ置く(最大12個まで)。
③:「Sp(スピードスペル)」 魔法カード以外の魔法カードをセット及び発動した場合、そのコントローラーは2000ポイントのダメージを受ける。
④:お互いのプレイヤーは、自身のメインフェイズに自身のスピードカウンターを以下の数だけ取り除いて発動できる。
●4個:手札の「Sp(スピードスペル)魔法カード1枚につき、相手に800ポイントのダメージを与える。
●7個:自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●10個:フィールド上のカードを1枚選んで破壊する。
ライディング・デュエルの最大の特色の一つである、破壊不能なフィールド魔法。
ライディング・デュエルが始まって以来、使用される「スピード・ワールド」のカードは幾度となくマイナーチェンジを行ってきたものだが、中でも「スピード・ワールド2」は歴代で最も使用された年月が長いことで有名な傑作ルールである。
勝手知ったるコースという優位な条件を持っているが故に、セティアは当然のようにそれを発動した。
──これより、このデュエルはスピードの世界が支配する。
「ああ、そう言えば……今更聞くのもなんだが、蘇った英雄よ。貴様は今までデュエルどころではない日常を過ごしていたようだが──デッキは持っているのだろうな?」
どこか「正義の味方カイバーマン」を彷彿させる色彩のヘルメットを装着したセティアは、待たせたなと準備を終えて配置につく。
そんな彼女が本当に今更訊ねてきた問い掛けに、「不動遊星」は真剣な顔で第一コーナーの位置を見据えながら答えた。
「もちろんだ。カードは拾った」
「不動遊星」の扱うデッキのカードは、200年前の英雄伝説に刻まれたそれと何ら変わっていない。
彼の遺した最も有名な伝承の一つには「拾ったカードだけで大会を優勝した」というものがあり、そしてそれはこの200年間誰も追従できた者のいない快挙だった。
その返答が満足の行くものだったのか、同じく第一コーナーの向こうを見据えたセティアは大きく頷きその口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「奇遇だな。私もだ」
そして、二人の最初で最後の
「ライディング・デュエル開始の宣言をしろ! イソノォ!」
「は、はい! ライディング・デュエル開始ー!!」
「ライディング・デュエル! アクセラレーション!」
「ワハハハ! 全速前進だッ!!」
一人の英雄と一人の王がそれぞれまたがった愛機は同時に疾走し──最初のコーナーを取ったのは、伝説の白き龍の姿を模したDホイールを駆る青き眼の少女だった。