短編ホラー置き場   作:RH−

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──嫌なモノって、ほんとに簡単に出てくるんだな。


引っ越し作業

 

 

「いやぁ、自分でも変に思われるとは分かってるんですけどね」

 

 どこにでもあるような、落ち着いた雰囲気のカフェの一席。

 私の正面に腰を下ろしたDさんは、そう前置きをして訥々と語り始めた。

 

「引っ越し作業が、怖いんですよ」

 

 

──'⁺'──

 

 

『……あのさ。もしよかったら、いや、もしよかったらなんだけどさ。引っ越し作業、手伝ってくんねえかな』

 

 大学4年への進級を目前にした、春休みのある日の事だった。

 卒業までの単位は卒業研究を残すのみ、配属先の研究室も確定済み。心配事が欠片も無いゆったりとした日々を過ごしていた私に、開口一番に彼はそう切り出した。

 

 電話の相手はB。大学に上がってから出会った友人で、趣味がほとんど同じ事ですぐに意気投合した、親友と言える間柄の相手だ。

 

『バイト代、ってわけじゃないけど、多少は金も出すからさ。だから、頼むわ。引っ越し作業──』

「いや、あの、ちょい待って。なに、お前引っ越しすんの?」

『あー、うん。まずそこだよな。いや、今住んでるアパートだけどさ、なんか大家さんの方で色々と問題が起きたとかでさ。犯罪とかじゃないっぽいんだけど、出て行かないとダメになったんだよ』

「ほーん……そりゃまた、災難だな」

『それは別にいいんだよ。補償金みたいなのも出るみたいだし、引っ越し費用も向こうが負担してくれるらしいからさ』

 

 Bも私と同じで、単位は揃っているし研究室も確定している。本来ならバイト三昧なり悠々自適な自堕落生活なり、春休みを満喫できていたはずだ。

 それなのに急遽引っ越さなければならなくなったというのは、まあ、間違いなく不幸ではあるだろう。聞く感じ、Bはそこまで気にしていないようだが。

 

「で、なんだっけ? 引っ越し作業を手伝ってほしいんだっけ?」

『そう。……頼めるか?』

「んー、まあいいよ。ただバイト代とかは別にいいよ。今度飯奢ってくれたらそれで十分だから」

『マジ!? ありがと、まじで助かる!』

 

 少しばかり釈然といかない部分はあったものの、元々暇していた事もあり、私はその頼みを承諾した。

 電話越しに聞こえるBの声が、聞いた事のないぐらいに気弱だった──というのも大きくあったのは、間違いないのだが。

 

 

──*──

 

 

 引っ越し作業はつつがなく終わった。

 何か問題が──それこそカサカサと黒光りする()()だとか、床や壁にキズが付いていたとかが──出てくる事もなく、本当にすんなりと終わった。

 

 そもそも、引っ越し作業とは言いつつもやる事自体は段ボールに物を詰める程度だ。B自身が物を集めるような性質(たち)じゃなかったのもあり、一日がかりではあったがそれで終わったのだ。

 

 ……だからこそ、私は気になってしまった。

 

 電話越しに話を聞いた時点で、思っていたのだ。

 私は何度もBの家に来た事がある。だから、そこまで物があるわけではないとよく知っていた。少なくとも、こうして私をヘルプに呼ばなければ引っ越し作業が終わらない、なんて事はないはずだったのだ。

 そして、事実としてそれは正しかった。

 

 だから、私は聞いたのだ。

 デリバリーで頼んだ晩飯のピザが来るまでのちょっとした空き時間に。

 

「なあ、なんで俺に引っ越しの手伝い頼んだの? いや、嫌だったってワケじゃないけどさ。このぐらいなら、別にお前ひとりでもできそうじゃん」

「あー、うん。いやぁ、うん。そうだよなあ……」

 

 聞いてみれば、どうにも歯切れが悪い。

 まるで──と言うよりも、まさしく話したくない事がある、といった雰囲気だ。

 

「え、なに、アレ? 事故物件とかだったの? ここ」

 

 あえて明言しておくが、私も本気でこんな質問をしたわけではない。決して、断じて。そも、私もこのアパートには何度も来ているのだ。片手どころか両手でも収まらない回数。

 その間で一度たりともそんな噂を聞いた事はなかったし、もちろん一度たりともその手の経験をした事もなかった。ついでに言えば、私自身、その手の──ホラーだの怪談だの──に熱心でもなければ信じているわけでもなかった。

 

 だから、私は場の雰囲気を和ませるための冗談として言ったのだ。

 

 真剣な、心配した調子ではなく、どちらかと言えばふざけた調子で。『えぇ、まっさかぁ』と。

 もし(if)の話などしても詮無い事だろうが、もし全ての事情を把握していたのなら、きっと私はあんな事を聞かなかっただろう。

 

「うん……いや、そうだよな。話さないとダメだよなぁ」

 

 私の質問に、Bはやはり歯切れ悪く答える。けれども、私は見逃さなかった。一瞬だけ、ギクリとBが身体を強張らせたのを。

 

「え……いや、マジなの? ここ、事故物件だったの?」

「ああ、いや。そうじゃないんだよ。ただ、さ。俺──」

 

 ──引っ越し作業ってのが、ダメなんだよ。

 

 数秒ほど、リビングが静寂に満たされる。シン、と、耳が痛いぐらいの沈黙だった。

 

「…………は?」

 

 どうにか絞り出した単音が、フローリングが丸見えになった室内に響く。間抜けな音だった。

 

「そうだよな。理解できないよな。でも、ダメなんだよ。無理なんだ。ごめんなぁ。うん、そうだよな。何も話さないってのは虫が良すぎたもんな」

「……」

 

 今度は堰の切れたようにまくし立てるB。

 さっきの歯切れの悪い様子も、今のどこか狂気的な様子も、どちらも初めて見る様子だった。

 

 と、そのまま30秒ほど。私の様子に気付いたのか、はたまた単に落ち着いただけなのか、それはともかくとして、Bは普段通りの調子に戻ってこう切り出した。

 

「今から4年ぐらい前だったかな。高校二年生の、6月ごろだったと思う。俺、文芸部に入っててさ」

 

 思えば、Bから高校時代の話をされるのは初めてかもしれない。ぼんやりと思った。

 飲み会などで周りから水を向けられれば話す事もあったが、基本的にBは高校時代について話そうとしないタイプの人間だったのだ。

 

 とはいえ、たまに出てくる話にいじめだとかの気配は無いし、単に昔をあまり振り返らないタイプの人なんだろうな、と私は思っていたのだが。

 ここに来て、私は直感した。きっと、今から話されるソレが原因なのだろうと。

 

「そう、6月の、それも終わりが近くなってきた頃。春って言うにはそこそこ暑いし、とはいえ夏って言えるほど暑くもない。そんな微妙な辺りだった。俺の高校さ、結構歴の長い所だったからさ、改修工事が入ったんだよね」

 

 まあ、ある話だ。

 昔からある学校は老朽化もしているだろうし、現代的な視点から見れば耐震性などに難がある事も多い。大方、その辺りが問題になって改修工事が入ったのだろう。

 

「で、まずは旧校舎……っていうか部室棟みたいな感じだったけど。とにかく、そっちから工事が入るってことになってさ。一旦部室の引っ越しをしないとダメになったんだ」

「引っ越し……」

「そう、引っ越し。文芸部だから、過去の部誌とか、資料類とか、諸々全部を段ボールに詰め込んでさ。資料室みたいにしてたサブの部室も同じようにして、長机は畳んでまとめて、まだ使えそうな棚は別に分けたりして。文芸部って高校が創立されて結構早い辺りで作られたみたいだったから、結構な量だったんだけど……だいたい一週間ぐらいだったかな。それぐらいで全部終わらせてさ」

 

 ゆっくりと、噛み締めるみたく何かを思い出す素振りをして。

 Bは、続きを語った。

 

「部室棟って言っても旧校舎をそのまま使ってるからさ、部室も元は普通の教室だったんだよ。だからまあ、結構な広さがあったんだけどさ。その半分ぐらいだったかな。それぐらいが段ボールで埋まったんだ。はは、凄い量だよな」

 

 “壁際に寄せたとはいえ棚も結構あったから、実際はもうちょっと少なかったかもだけどさ”。

 補足として続けられた言葉が、脳裡に浮かぶ情景を鮮明にする。

 

 少しだけ古びた床や壁が広がる教室。換気のためか教室前側の窓は全開にされており、覗く青空からは気の早い蝉の鳴き声が。僅かに顔を扇ぎたくなるような、ジリジリとした暑さ。

 前側の壁に広がる黒板より幾分かこじんまりとした教室後方の黒板を隠すように、壁際には棚が寄せられている。続いて、自身の身長を越すまでうず高く大量の段ボールが積み上げられていて、その手前に畳まれた長机が重ねられている。

 

 倉庫といった様相の景色と、僅かに漂う生活感にも似た人間の活動臭……それだけでも、少し不気味に見えるかもしれない。

 

「で、まあ、引っ越しが始まったんだけどさ。──ああ、業者さんに頼んで、だよ。今思えば太っ腹な気もするけど、部活の数も結構な量だったから、多分そういう事だったんだと思う。それで、そう。業者さんが段ボールとか、長机とか、棚とか、そういうのを運んで行ってくれたんだ。で、俺らの役割は立ち合いでさ」

 

 立ち合い。

 

「だから、移転先でレイアウトの指示をしたり、運ばれてきた棚を雑巾できれいにしたり……あとは急に出てきたモノがどこ行きか判断したり。つまり、倉庫行きか移転先行きかの指示だわな。そういうのを時間決めて交代しながらやったんだよ」

「そりゃ、忙しそうだな」

「まあ、うん。忙しかったのは間違いないけど。つってもなんだかんだ交代しながらやったからさ。それ自体はそこまで負担じゃなかったんだよ。ただ……。ただ、さ」

 

 Bは、そこで口を噤んだ。語り手が黙れば、必然、部屋は沈黙に満たされる。

 春前の時期だ、窓の外は静まり返っている。虫の鳴き声だけでなく人の声も聞こえない。鉛のように、重く粘ついた静寂だった。

 

 そうして、10秒ほど経っただろうか。

 意を決したように、Bは口を開いた。

 

「ちょうど俺が立ち合いの担当になってた時間に、妙な物が出たんだよ」

「妙な物?」

「箱、なんだよね」

 

 箱。

 ……箱。

 

「えっと、なんだっけ、アレ。コトリバコ。そういうやつ?」

 

 聞けば、首を横に振られる。

 

「いや、見た目は普通の箱なんだよ。桐箱って言うんだっけ。木、って感じの見た目の箱」

「……? それの何が変なんだよ」

「箱自体は何の変哲もない見た目なんだよ。ただ、出てきた場所がおかしくてさ」

 

 ──引っ越し用に積まれてた段ボールの底。その一番下から、出てきたんだよ。

 

「…………」

 

 思わず、押し黙ってしまう。

 そんな事があるのだろうか。

 

「運び出す荷物にはラベルを貼ってたから、そうじゃないやつは全部廃棄予定だったんだけどさ。段ボールの山の底から出てきたから、業者さんが『これは廃棄ですかー?』って聞いてきたんだよ。妙だと思ったんだろうな。でも、見覚えも何もない箱なんだわ」

 

 想像する。

 教室の後ろ半分を占めていた段ボールの山がある程度片付き、壁際に寄せていた棚が近くなってきた頃。古びた教室と引っ越し用の段ボールで構成された景色に似つかわしくない、小綺麗で上品な桐箱が山の底から出てくる。

 

「こんなもん置いた記憶ないし、置かれてるのを見た記憶もないんだよ。変じゃんか。誰かの悪戯にしても意味不明だし、こんな箱持ってそうな人も思い付かなかったし。なんか気味悪いなって思ってさ。でもまあ、確認取ったんだよ」

 

 箱は膝ほどの大きさで、段ボールよりも少し背が低いぐらい。真四角な直方体。紐で結ばれていたり風呂敷に包まれていたりするわけではなく、むき出しのままでポツンと床に置かれている。

 だというのに、その表面には僅かな傷も無くて──

 

 

 ──あれ。

 

 

 私、なんでこんな細部まで想像できているんだ?

 

 

「先輩にも、後輩にも、顧問の先生にも、みんなに。でも、誰も知らないって言っててさ。じゃあどうしようかってなるじゃん」

「ちょ、ちょっとだけ待って」

「それでさ、一旦端の方にでも退けとこうかって思ってさ、触ったらさ」

 

 浮かび上がる。

 浮かび上がる。

 

 エアコンの故障した教室。遠くから小さく蝉の音が響いている。引っ越しのせいで室温は高い。本来の気温よりも2、3度ほど暑くなって、じっとりと汗を吸った肌着が張り付く感覚。妙に口の中が渇いているようで、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 僅かに抜ける風が教室の隅で塵埃を巻き上げる。ジリジリとした暑さの中、私は気味の悪さを抑えつけて手を伸ばして、その桐箱に触れて。

 

 信じられないほどの冷たさに、箱を取り落とすのだ。

 

「冷たかったんだよ、その桐箱。木材はひんやり冷たいなんて言うけど、そんなレベルじゃなくてさ。さっきまで冷凍庫で冷やしてました、みたいな冷たさでさ。いや、そんなわけないじゃん。夏本番じゃなくても、もう春も終わって、暑くなり始めてる頃なんだよ。そんな時にずっと教室に置いてあってさ、そんな冷たいはずないじゃん。それで、俺、手を滑らせちゃってさ」

 

 カタン、と音が鳴る。大きさには見合わない軽い音。引っ越し作業中で騒がしいはずの室内で、やけにその音が耳に残る。

 箱を持ち上げかけた中腰の姿勢のまま、私は『あ』なんて思って目を向けて。

 

「それで、蓋がズレちゃったんだよ。ああ、言ったっけ。その箱、むき出しでさ、紐とか風呂敷とか、そういうの無かったんだ。そのせいで、蓋がズレちゃってさ。ちょうど、俺の角度からだけ、少しだけ中身が見えて」

 

 駄目だ、と。

 直感した。

 

 これ以上、この話を続けては。

 駄目だ、と。

 

 何がどう、というのではなく。早くやめないと。止めないと。駄目だと──

 

 

 

カタン

 

 

 

 音が鳴った。まるで、たった今、ちょっと手を滑らせて軽めの箱を落としてしまったみたいに。

 見れば、桐箱がそこにあった。

 

 小綺麗な、上等そうな箱だ。膝の高さぐらいの直方体。

 フローリングがむき出しになった安っぽいアパートに似つかわしくない、桐箱だ。

 

「は?」

 

 室内の空気が凍り付いた。

 総毛立つ感覚。『あ、ぇ、ぅえ』と、列をなさない音がこぼれ落ちる。

 

 

 

 ガタリ。

 

 

 

 音が鳴った。箱の内側からだ。

 揺れている。まるで中からナニカが出ようとしているみたいに。ガタガタとなって。

 

 箱の蓋が、ズレた。

 

「──ぁ」

 

 目が覗いている。

 年齢も性別も分からない、ただ“目”だと分かるソレが、箱の内側の黒色に浮かび上がるようにして私を見ている。

 

 それがニタニタと。ニヤニヤと歪んで。

 

 

 

「いっしょにいこォー」

 

 

 

 どちらから示し合わせるでもなく、私とBは駆け出した。財布も部屋の鍵も持たず、靴を履くのももどかしいと言わんばかりに。

 とにかく走って、走って、ひたすらに足を動かし続ける。アレがついてきている気が、“一緒に行こう”とされている気が拭えなくて。少しでも緩めてしまえば、またあの箱が落ちる音が聞こえる気がして。

 

 私とBは繁華街の明かりに照らされるまで、がむしゃらに走り続けたのだった。

 

 

──'⁺'──

 

 

「その後は、どうなったんですか?」

「一応、何事もなく切り抜けられましたよ」

「そ、そうなんですか」

 

 ほっと息を吐いて手を伸ばして、いつの間にかグラスからアイスコーヒーが無くなっていた事に気が付いた。どうやら、思っていたよりも随分と時間が経っていたらしい。

 

「まず、頼んでいたピザのデリバリーから電話が掛かって来まして。鍵どころか扉すら閉めずに出てきたから、只事じゃないと思われたんでしょうね。で、申し訳ないけれども配達員のお兄さんに桐箱が無いか確認してもらって」

「……あったんですか?」

 

 聞けば、Dさんは首を横に振る。

 

「何も無かったそうです。だからまあ、Bとは幻覚を見ただけだって言い聞かせ合って。引っ越しの立ち合いとか荷解きとかは、別の友人をもう一人呼んで手伝ってもらって……そんな感じです」

 

 “アレが何だったのかは知りません。詳しく調べようとも思ってないので”。

 そう締めくくり、Dさんは話を終えた。

 

 

 得体の知れないナニカというのは、案外簡単に出てくるものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 …………一つ。気になる事があるとすれば、桐箱が最初に現れたBさんの高校時代の話。その最後が、曖昧になっていた事だろうか。

 桐箱の冷たさに驚いて取り落として、蓋が外れて……その後、どうなったのだろうか。

 

 もし。もしもの話だ。それでBさんが何かの間違いで『一緒に行く』事を了承してしまっていたのなら。今、引っ越し作業を一人でできないと言っていたDさんは。

 

 ……やめておこう。これ以上は考えても栓の無い事だ。世の中には、踏み込み過ぎない方が良い事もあるのだから。

 

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