ナンバーズ!   作:ホッケ◎

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一文惜しみの百知らず
No.1:腕を噛まれて


ゴポゴポと、水中の気泡が天へ向かう音がする。

視界はぼやけているが、頭上から差し込む光の存在にはすぐに気づいた。身体は浮遊感を覚え、何の気なしに動かした腕は重い。水を掻いた時と同じ感覚だ。

ここは風呂の中?

いや、違う。確かに自分は布団にて就寝したはずだ。ということはここは夢の中だろう。考えてみれば風呂の中で眠るとか溺死まったなしである。し、今は水中で目を開けているが痛くない。だから夢だ。そうに違いない。

視界がだんだんクリアになってくる。すると、見覚えのあるシルエット達が前方に浮かび上がった。

 

赤い身体と大きな瞳。見た目は現実でいう鯉を思わせる。口元から伸びたヒゲが王様の物のように立派だ。だが悲しいかな、彼らは俺の記憶が正しければ最弱の種族である。

 

そう、コイキングだ。俺はポケモンの夢を見ているらしい。

 

世に聞く『廃人』程ではないがポケモン好きな俺としては嬉しい夢だった。

目の前にずらりと並ぶ最弱キングは食事に勤しんでいる。おそらくプランクトンを食していると考えられる。もしくは藻。ただ元ネタである鯉は雑食性なので、食べられるのであれば何でも食べると思う。

コイキングには特に愛着があるというわけではないが、こう、無表情で口をパクパクさせる様は可愛い。俺の頬がふにゃんと緩んで来た頃、コイキング達は目の色を変えて一目散に遠くへ泳いで行ってしまった。

今更俺に気づいたのだろうか。

反応がトロ〜っとしているのはヤドンとかその系統だった気がするが……。

 

色々考えながらも振り向くと、迫力のある大口が。

うむ、見た目からしてギャラドスだな。

 

先程コイキング達が逃げ出したのはこいつが原因のようだ。まあ怖いしね。俺だって夢じゃなきゃ逃げています。俺を喰おうとしているのかわからないが、如何せん夢の中である。ならまあいっか! と気前良く右腕を差し出した。

 

ーーーガブリ‼︎

 

 

***

 

 

硫化銅水溶液に似た青をした空が見えた。触ったら爛れそうな毒々しい青だ。円形に立ち並ぶ木々に囲まれたそれは水たまりのようにも見えるが、踏み入れた長靴は溶けてしまうだろう。

 

「……あ」

 

そこで俺の意識が自身に向けられた。俺はギャラドスに右腕を噛み付かれたところで夢から醒めたのか?

いや、俺の寝室には天井がある。なのに今、空が見えているのは常識的に考えておかしい。

例えば寝ている間に嵐があって屋根だけが家とおさらばしたなんてことはあり得なくはない。だがそれなら救助隊やら自衛隊やら近隣の人やらが来てくれないのは不自然だ。

更に人の話し声も自動車のエンジン音も聞こえない。ただ風に吹かれた草木が、互いの体をくすぐり合う音しか耳に入って来ない。

おまけに背中がチクチクした痒みを感じ取っている。これは草原に寝転がったとき、芝生などが背中に刺さることによりうまれるものだと記憶していた。

物凄く嫌な予感がする。

起き上がり周囲を確認しようと身体を動かした瞬間、

 

「……っ‼︎」

 

右腕に猛烈な痛みが走った。

蛇か何かが内部を這いずり回っているかのような痛みに、俺は思わず声にならない悲鳴を上げた。視線だけ動かし見てみると、なんと右腕の袖がちぎられていた。あらわになった肌には大きな歯型と凝固した赤黒い塊がある。その量も去ることながら紫色の鬱血が手首の付け根から二の腕までの関節に渡って続いていて、我ながら痛々しくグロテスクだった。

脳内の未だ冷静な部分がこの痛みの原因を分析する。

 

俺が記憶している中で原因となりうるもの。

答えを出すのに時間はかからなかった。問題は自分が認めるか否かということだった。

 

 

「……ギャラドスに、噛まれたんだ」

 

 

チクチクする背中がすっと凍りつく。

現実で起きたことが夢の内容に影響すると聞いたことがある。そう考えるならば誰かが俺に傷を負わせ、更にこの場所まで運んだということになるのだろうか。がしかし、普通の公務員である俺を誰が一体どのような目的で?

恨みをかった覚えはないし、腕だけ痛めつけて何になるというのだ。

ならばやはり、ギャラドスの下りは夢ではなかった?

夢だけど、夢じゃなかった、的な?

 

「……流石に突飛しすぎだろ」

 

逸る自分に言い聞かせた。

そうだ。いくらなんでも『本当にポケモンの世界に来ちゃったのです‼︎』なんてのは話が飛びすぎだ。

落ち着け、俺よ。素数……は頭を使うからやめよう。簡単な質問をしような、俺。

 

「1+1は? ……2。俺の名前は? ……数原那由他(なゆた)。好きなものは? ……ミカンとポケモン。……よし、大丈夫だな」

 

ふう。

一息つくと心の海原が凪ぐのを感じた。

 

「とりあえず、近くの街まで行こう」

 

痛みが引いてきた右腕を労わりながら立ち上がる。ようやくわかったのが自分を取り巻く自然だ。先程見上げていた景色と同じく小さな池を中心に円形に木々が立ち並んでいる。俺はその池のほとりにいた。辺り一面緑・緑・緑だが、獣道のようにそこだけ土の茶がむきだしたままになっている道があった。

 

獣道は基本的に二種類に分かれる。『自然に住む獣が造った道』と『人が造ったが別ルートの開拓などにより廃れ、獣道と化してしまった道』である。

前者であった場合、そのまま行けば森のくまさん(ヒグマ)とごっつんこしてしまう可能性が高い。しかし後者だった場合ならば少し時間がかかるが、確実に街や村には辿り着く。

因みにこういった知識は元猟師の祖父からのものだ。小さい頃はよく山に連れて行ってもらった。桜肉が一番美味しいと思う。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」

 

男ならどーんと腹を決めて行くべきである。祖父の座右の銘だ。

……おっと、その前に傷の手当てをせねば。服の一部を千切って、洗浄後は包帯がわりとして患部に巻いておこう。

洗浄場はこの池とすることにした。森林の中にあるならば水源は地下水脈が妥当だと考えられる。であれば雑菌の心配はない、はず。放っておいて化膿したり蛆が湧いたりするよりはマシだろう。何にせよ街まで行ったらきちんとした手当てをしてもらわないとマズそうだった。

 

池を覗き込もうとした時風が吹いた。風は池に触れ、水鏡がぐにゃりと歪む。歪の中にいる自分が見える程度に水は透き通っていた。

これなら洗っても大丈夫そうだな、と右腕を水につける。ピリピリと電撃に似たものが傷口を駆け巡るが我慢。

患部の状態からみて、骨は確実にイッている。少しぼーっとするのもこのせいだと思う。して、歯型付きの傷口は塞がってくれるかがイマイチ微妙なところ。傷の深さから、治りはしても跡が残りそうだ。

 

やがて水鏡は元にもどり、歪んだ自分も元通りになったかなと再度池を覗き込む。

だが、

 

「は?」

 

誰だお前。

そう言わざるを得ない程幼い少年の顔が映っていた。




初めまして、ホッケ◎という者です。
これからはどうかよろしくお願い致します。

11月20日、追記

せっかくナンバーズなんて名前なので、サブタイトルにすべて『No.』の文字をいれまする。
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