「…………」
「…………」
………何か変だぞ。
ヨシノシティ3番地がこんな場所ーーー視界を遮るほど生い茂った木々、四方八方自由に伸びている植物達が、人の手が全く入れられていない証拠だーーーにあるとは思わんや。
ハヤトさんは真剣な顔つきで歩いているし、尋ねるタイミングは完璧に逃し続けてしまった。
しかし、ハヤトさんとジョーイさんとのやり取りはどう見ても常連の客で……いや、そもそもジョーイさんとカフェの接点は何なのだ?
実はポケモンセンターがオフのときにジョーイさんが個人経営している店だったり、意表を突いてハヤトさんがオーナーだったりするのだろうか?
うむ、ハヤトさんやジョーイさんがいるだけで儲かりそうなものだが……。仮にそうだとしたらオレンの実の美味しい調理法を教えてもらいたいなあ。
期待が混じる俺の視線と、たまたま振り向いたハヤトさんの視線がぱちりとぶつかった。
『え? 何? もしかしてナユタくんってばずっと俺のこと見てたの?』。丸く開かれたハヤトさんの目がそう言っている。
弁解しようとも、必死になるのがもっと怪しい〜という少女漫画でありがちなアレが起こりそうなので、仕方なく誠心誠意を込めて見つめ返した。
ーーーわかってくださいハヤトさん‼︎
俺の心の叫びを聞き届けて下さったのは神か、はたまたハヤトさんかは迷宮入りだが、彼は俺から視線を逸らしてくれた。
ホッとしてからまた振り出しに戻る。
ジョーイさんとカフェの接点だ。
疑問を疑問のままにするのは良くないと祖父が語っていたのを思い出した。
ここは当たって砕けろの精神か。
「ハヤトさん」
俺に呼び止められたハヤトさんは動きを止めた。よく見れば額には汗が。
俺は適当に歩いているが、彼は俺の安全を常に頭に起きながら行動してくださっているのだろう。そう考えると申し訳なく、そして畏れ多く思って、半歩後ろに下が……、
……ろうとしてぬかるみで足が滑ってしまった。反動でハヤトさんの袖を掴み、共に地面へダイブ。右腕は死守したがこれはマズイ。
「【つばめがえし】⁉︎」
え?
言うなればあれだ、『何言ってんだこいつ』。何故か技名を叫ぶハヤトさんである。
35年という歳月の中で一度もお目にかかれなかった不思議ちゃん、よもや彼が?
なんともフレッシュな話題……じゃなくて。
急いで謝ろうと頭を上げたら唖然呆然としているハヤトさんがそこに。
そして直後、黒い塊がこちらに飛んで来たのだ‼︎
***
会話は無い。
歩く。
やはり会話は無い。
それでも歩く。
「…………」
「…………」
ヨルノズクは夜行性である。故に、力が最も弱まるのは真昼だ。だがこれ程までに鬱蒼と木々が生い茂る場所で、昼間木陰に隠れているポケモンを見つけるのは至難の技。実質昼に出掛けたバウンティハンター達から出現報告はない。
そこでハヤトは、力が緩やかに下降していく早朝を狙うことにした。
したがって今宵はこの里山にて野宿しようと企てていた、しかし。
(連れてきたのは失敗だったか……)
後ろを歩く二つの足音。
ナユタとアマタ。
アマタは警戒心が剥き出しで、いつ襲いかかってきても反応に遅れを取りそう無いのでまだ良い。
(……だが………)
問題はナユタだ。
心境は行動に出る。
だからアマタは歯を剥いたりハヤトの一挙一動をくまなく見つめていたり、あからさまな『警戒心』を感じるのに対し、ナユタは何もない。
ただハヤトについて来るだけ。
すなわちいつ襲われるかが分からないのだ。
初めのうちは化けの皮が剥がれるのを楽しみにしていたが、常時緊張状態が続いているせいで精神がすり減ってくる。季節にそぐわない大粒の汗が額から頬へ伝うのを感じた。
ぞわぞわと背中の皮膚だけが疼く。
耐え難いその悪寒から少しでも抜け出そうと振り向く。
間違いだった。
ハヤトが須臾前の自分を恨んだのは、振り向いた先にあったナユタの顔を見たからだった。
笑っている。
ナユタは笑っているのだ。
生命の息吹を感じない顔に、2本の弦が引いてある。弦と弦の間にある微かな空間は真っ暗なのに、ずらりと並んだ鋭利な刃物だけは白く、おぞましく光り輝いている。三日月型に反った目玉にはやはり肉塊が埋め込まれ、ハヤトの顔を映していた。
ハヤトの知る普通の笑顔ではない。少なくとも人間がする笑みでは無かった。
ポケモンというよりは動物的な笑み。
ハヤトが抱くのは、天敵を目の前にした動物の原始的な恐怖。
とうの昔に食物連鎖から外された人間が感じることは無い、太古の感情。
あまりに漠然とした感情に対処する術を知らなかったハヤトは動きを止めた。
「ハヤトさん」
化け物の声にハヤトは意識の底から引き摺り出されたが遅かった。ナユタに袖を掴まれた頃には完全に覚醒していたものの、もう相手のペースだ。
(なんて、速さ、だっ……⁉︎)
到底幼子ができる所作ではなく、脳の伝達が身体に追いつかないうちに地に叩き落とされた。
できる限りの応戦をすべく身構える。
「!」
間髪入れずにハヤトの耳に響いたのは風を切る音だ。
ひこうポケモン、とりわけ鳥ポケモンをこよなく愛し育ててきたハヤトにとっては馴染み深い音。
「【つばめがえし】⁉︎」
そしてその技を繰り出した張本人。夜闇の中でも決して見まごうことはない。
紛れも無く、ふくろうポケモン『ヨルノズク』‼︎
しかし、ここでハヤトには新たな疑問が浮上する。『ナユタはこれを気付き、自ら共に地に伏したのか』。ナユタの目玉は再び空洞に戻っていた。何を考えるわけでもなく、ヨルノズクに割り込まれて興醒めだという風だった。
思い切って尋ねようとしたが、夜闇よりも黒い塊がこちらに飛んでくる。
【シャドーボール】だ。
先程の【つばめがえし】といい、【シャドーボール】といい、野生のヨルノズクならば覚えられない技ばかり。バウンティハンターからの報告をも照合すると、このヨルノズクは『トレーナーに所持されていたポケモン』であるという仮説が成り立った。
だとすると相当厄介である。
野生のポケモンが他個体と争うのは殆どが縄張りの為で、相手が縄張りから退けば深追いはしない。
だが『逃がされた』ポケモンの場合、相手と戦う理由は『無い』。強いて言うなら相手が強そうだからなどのジャンキー的な物があげられる。言うなれば相手が退こうが向かってこようがお構いなしに攻撃を仕掛けるのだ。それはまだ所持されていた頃、彼らにとっての争いとは相手を戦闘不能に追いやることだったからに相違ない。
「いけっ、ピジョット!」
「ピジョッ‼︎」
ハヤトは状況を理解し、ポケモンを繰り出す。
本来ピジョットは昼行性なので、文字通り『鳥目』といえる。しかしハヤトのピジョットは特性・『するどいめ』。如何なる場所においても相手を逃さない。
「ピジョット、【つばめがえし】‼︎」
ハヤトの指示を聞き分けたピジョットはヨルノズクに接近し、技をしかける。
技名こそ同じではあるが、ひこうタイプ使いであるハヤトによって育てられたピジョットの【つばめがえし】はヨルノズクのそれを遥かに凌駕していた。
一方ヨルノズクも相当の場数を踏んできたようで、ピジョットの猛攻を間一髪ではあるが躱す。
2羽の鳥ポケモンは空中で体勢を整えた。互いが互いを見つめ合う。
「……ピジョット、もう一度【つばめがえし】だ‼︎」
先手を切ったのはピジョットだ。再び風を切って飛ぶ。素早さよりも体力にウェイトを置いているヨルノズクにとって、ピジョットの速度に2度も反応するのは不可能だとハヤトは思い至ったのだった。
ナユタに先んじてヨルノズクを仕留めることができる‼︎
ハヤトはトレーナーとしての自負を感じ、少しばかり気分が高揚するのを感じた。
「ーーーピ、ピジョット?」
だが、どうしたのだろう。
ピジョットは飛んだ。技を打つべく飛んだはずなのに、その進行方向が真横にズレたのだ。
ハヤトは異変に気付きヨルノズクを見る。
ヨルノズクは羽ばたいている。
叢雲より現れし月が背後で輝き、夜の支配者であるがような威厳が立ち込めていた。
「………ッ‼︎」
その空気に呑まれながらも次の策を考えるべく立ち上がった時、視界がぐにゃりと歪んだ。平衡感覚が揺らいで立っていられなくなる。
(これは、おそらく【さいみんじゅつ】……!)
【さいみんじゅつ】、それも『本当』の効力。ハヤトの三半規管の働きを『鈍らせた』。これは思っていた以上に強大なポケモンであった。
伴って、一度ピジョットをボールに戻す。無理に突撃させるのは得策ではないだろう。
とはいえこのままではどうしようもできない。あちらに【さいみんじゅつ】がある以上、残りの手持ちでは対処は無理に等しい、いやしかし……。
延々と続く思考に終止符を打たんとばかりに、ヨルノズクがこちらに向かって飛んでくる。
無理は承知で、もう一度ピジョットを。腰に掛けたボールに触れた。最大まで引きつけ、直接ヨルノズクにピジョットを叩きつける!
時間が確保しづらいのです、どうかご容赦ください……。