つまりどう言うことかといいますと、俺は若返りました。35歳独身(勤続10年目)からだいたい10歳くらいまで。もしかしなくても幻覚だ。そこまで疲弊していたとは驚きだった。そういえば、何だか自分の声が普段より少し高いような……? とはいえこんな山路では安静に眠ること叶わん。休養を手に入れるためにも一秒でも速くここを抜けねば。
そう言うわけで獣道をひたすら歩く俺である。
見上げれば空を覆い尽くさんとする緑が、下を見れば葉の隙間から降り注ぐ光が地面をまばらに染めている。遠くの方から聞こえてくる鳥のさえずりは高らかで、まさに自然、ビバ自然といった様子。
これが森林浴か、素晴らしい。
フィトンチッドなるものには殺菌効果があるらしいが、俺の怪我も殺菌してくれないものか。
ただイノシシなどが住んでいそうな雰囲気があるのが残念だった。
このような環境下では『音を鳴らしながら歩く』のが鉄則とされる。しかし近頃の野生動物は人間に恐れを抱かない。加えて動物側からの重要な信号(唸り声etc)を聞き逃してしまう可能性もある。さらに言うと一度人を喰らったヒグマなどは人間を主食とするので、わざと目立つようにするのはあまりに不用心だ。あとはあまり騒ぐと傷に響く。よって、俺は黙々と歩くことに決めた。とりあえず腕の痛みを思えば自然と慎重な足取りになるからあまり問題はないが。
しかしいつまでも緊張状態を維持していると、気づかない内に精神をすり減らすことになる。
「っ‼︎」
俺はその状態だったらしく注意散漫になり小石につまづいた。あまりの事に言葉が出ないまま地面に伏す。すんでのところで右腕を庇えたのが不幸中の幸いといえる。
ーーーヒュバッ‼︎
空気の刃が俺の頭上を切り裂いたのは、直後のことだった。
恐らくこうして地に伏していなければ直撃していただろう。背後の木々が倒れる音が刃の威力を物語っていた。やはり声がでないまま、自分の鼓動だけがうるさく頭に響く。
「ちっ、外したか!」
「出てきやがれ! そこにいるのは分かってんだよぉ‼︎」
左方の茂みから怒号が投げかけられた。刃もそちらから飛んで来たのだと思われる。
俺の脳内は逃げることだけにシフトした。
しかし立つのが精一杯で、腰がまるっきり入らない。怪我のことも加算するとたとえ足が動いても走ることは出来ないのだ。
茂みから現れたのは体格のいい男とメガネの男。二人揃って全身黒ずくめの格好をしている(以下、体格のいい方をA、メガネの方をBとする)。
胸にプリントされた『R』の文字が特徴的で……って、
「ロケット団……?」
思わず語尾が小さくなり、目を細めた。
ポケモンに出てくる悪役キャラクターが目の前にいるなんて。そして奴らの脇に控えるは大きなコウモリ、ではない。
『ゴルバット』だ。先程の刃は恐らく【エアカッター】だろう。ぶるりと武者震いしていた。
するとここは本当にポケモンの世界なのか?
交錯する考えが脳の容量を越えてショートしてしまいそうだ。ロケット団員(?)が何か言っているが聞き取れない。
「来ねえならこっちから行くぜ! ゴルバット!」
「ゴルバッ‼︎」
Aに言われてゴルバットが前に躍り出た。翼に力を込め、折り曲げる。再び【エアカッター】を放つつもりなのだ。
対して俺は無力。
どうしようもできない。
ゴルバットが今まさに技を繰り出す瞬間。
俺が明確な死を覚悟した刹那。
「ゴバッ……⁉︎」
青い影がゴルバットにぶつかった。
反動によりゴルバットは近くの木々まで吹き飛ばれる。
驚きの連続により、ついに俺の
目が覚めれば天井……ではなく木々と茂みが。
間違いなく元いた森の中だ。立ったまま気絶したらしい。なんて器用なんだと賞賛してしまう。なんだかまたポケモンの夢を見ていた気がする。アイアンテールやじしんなどを覚えたドダイトスが奮闘する話だ。最早夢と現実の境目が曖昧になってきた。
その前に今足元にいる小さな生命体に目を向け、また瞠目した。
ゴルバットよりも小さな人型の体躯。だが頭の上にある耳と伸びた尾が人外であることを示している。精悍な青と黒に包まれた顔には、意思の強さを感じさせる紅い瞳が陽光を受け輝いた。
はもんポケモン、リオルだ。
あの青い影はリオルだったのだ。
気づいてロケット団員を探すと、何故が割れた地面に埋れている彼らを発見。何かすみません。
ふと俺はリオルをみた。
赤い瞳と視線がぶつかる。
恐らく、彼らをやったのはこのリオルだろう。
俺も何かされるのかと怯え身構えることもせず棒立ち。未だリオルは黙ってこちらを見つめたままだ。
「……ありがとう」
緊張しながら礼の言葉を発する。と、リオルがふい、と視線を逸らした。素直に可愛いなと思った。とりあえずはこれで良し。
……というか、まずは状況を整理するのが先決だ。
***
三年前。
一人のトレーナーによってロケット団は解散に追いやられた。
夢を捨てきれない残党は元ボス・サカキの意思を受け継ぎ、またサカキを探すために再びロケット団の組織し始める。
しかし、またあのトレーナーのような邪魔者が現れるともわからない。
そこで考え出されたのがーーー
「さあ、覚悟しな」
一匹のリオルが(残党)ロケット団員AB二人に追い詰められている。リオルは負けじと二人を睨むが効果はない。
「お前の力は首輪で制御しているからな。似合ってるぜ、リオルくん」
その言葉にリオルは激昂し飛びかかろうとするが、首に嵌められた首輪から流れる強力な電流により行動は遮られた。
この首輪は嵌めたポケモンの動きをセンサーで感知し、ポケモンがプログラム以外の挙動を見せれば電流を流すという仕組みだった。
「お前には探してもらうポケモンがいるからな。ま、流石に殺しゃしねえさ」
ロケット団が考えたのは『とあるポケモンの捕獲』だ(とある、というのは下っ端である彼らは名前を聞かせて貰えなかったため)。ここジョウト地方に伝わるポケモンを捕獲し戦力とする作戦だ。
だがそのポケモンは神出鬼没で足が疾く、最新の科学力を持ってしても消息がつかめないという。そこで波紋、進化すれば波導を読み取れるリオルの中でも、群を抜いて力のあるこの個体を捕獲することになったのだ。
「それじゃ、本部に報告だな。お前に頼んだぞ」
「えっ⁉︎ 嫌だよ、ランス様と会話するなんて! 『たかがリオルごときに何時間掛けているのです? 我々には時間が無いのですよ』みたいなこと言われるに決まってるぜ⁉︎」
「うるせー! やんのかコラァ‼︎」
「やってやるよオラァ‼︎」
売り言葉に買い言葉な団員の片方、Aはモンスターボールからゴルバットを繰り出す。どうやらポケモンバトルで決着をつけるつもりらしい。
リオルは首輪を外そうとするが首輪から流れる電流を思い出し躊躇う。それは恐れでなく、冷静さを欠いていない証拠だ。例えばありったけの力を使えば首輪を壊せたとしても、その後はどうすればいいのか。壊すまでには多大な電流を身体に浴びなければならないはず。ボロボロの
しかし中々良い考えは浮かばず、やはり力ずくしかないとリオルが止む無く首輪に手を掛けようとした時。
ふと何かが首輪を弾いた。
それに最も俊敏に反応したのはリオルだった。こちらに向かって飛んでくる何かの波紋を、僅かながら感じ取ったからだ。
次に反応したAがゴルバットに【エアカッター】の指示を出す。生み出された刃は大気を裂き、何かが飛んできた方向を貫く。しかし聞こえてくるのは木々が倒れる音のみで悲鳴はない。
「ちっ、外したか!」
「出てきやがれ! そこにいるのは分かってんだよぉ‼︎」
返事の無い茂みへ二人が飛び込むと、今まで見えなかった敵が姿を現す。
群青色の髪は明るい森の中では不自然に映えている。小さな身体は白く、ただ右腕を固定する布には赤褐色が滲んでいた。更にこちらを見据える二つの黒い目玉は純粋な闇を孕んでおり、悪寒が背中を駆け巡る。
(落ち着け。相手はチビのガキだ)
Aは冷静さを保つよう自分に言いつけた。しかし、と先程の現象を思い出す。そんなAに、Bが子供に見られぬような位置で小石を見せつけてきた。それはリオルの首輪を弾いた何かの正体だった。
ーーーこんなに小さな石を、リオルの首輪に向かって正確に飛ばしただと?
判断材料は極めて少なかった。故に仮説を否定することも可能だった。
それでも拭えぬ不安と奇妙さが目の前の少年を取り巻く。
「ロケット団……?」
少年の口から言葉が発せられる。
共に細くなる目玉に、AとB は懐かしくも恐ろしい物を見た気がしたが、何だったのかは思い出せなかった。
「……お前、何処かで会ったか?」
声を震わせながらも問うB。
少年は身じろぎもせず、唯一動いた目玉がAのゴルバットを射抜いた。ゴルバットも少年の持つ恐ろしさにひるみ、震える。
「来ねえならこっちから行くぜ! ゴルバット!」
「ゴルバッ‼︎」
Aもゴルバットも、恐怖心を振り払うために大声で叫んだ。再び【エアカッター】の態勢に入るが、それでも子供は身動き一つしなかった。
理由がわかったのは次の瞬間である。
「ゴバッ……⁉︎」
奇襲だ。
ゴルバットは理解も出来ぬまま近くの木々に吹き飛ばされる。AとBが凝視する先に、ゴルバットを貫いた者は軽やかに着地した。
「な、んだと………」
そこにはリオルが居た。首にはあるべき首輪がない。Aは飛んできた小石の存在を思い出し、少年の、少年とは形容し難い算段を思い知ることとなった。
全ての物体には『点』という、いわゆる物体の急所とも言える箇所がある。そこを破壊すれば如何なる屈強な物体でもたちまち崩壊してしまう。
少年が飛ばした小石は見事リオルの首輪の『点』を貫き、外すことに成功したのだ。
「なんて奴だ……」
Aと同じことに気づいたBが嘆息した。同時に抱くは畏怖の念。はたして自分達は、この得体の知れぬ少年に勝つ術を持ち合わせているのだろうか?
瞼を閉じ、自ら深淵を覗く少年は小さく何かを呟いた。するとリオルがこちらに向かってくる。捕獲すべくAとBが長い間この個体について調査したデータによれば、野生のポケモンと部類されていたはず。しかし少年の呟くタイミングとリオルのそれに従うような身のこなしは正に一心同体。二人はトレーナーとそのポケモン、もしくはそれ以上の関係であることをにおわせる。
少年はデータにすら載らない、正体不明の闇なのだ。
理解しながらも殆ど条件反射で、Bはドガースを繰り出した。少年が再度呟くと、リオルの尾が銀に光る。尾はドガースに打ち付けられ、鋼鉄で叩かれたような甲高い音が響いた。
【アイアンテール】。
人々がそう呼称する技ではあるが、二人が知るより遥かに強烈な威力だった。ドガースは地に深く沈み瀕死であることは火を見るよりも明らかだ。
リオルの紅の瞳の中で二人は焼かれている。
キッとそれをひときわ鋭く光らせると、リオルは地を蹴り宙へ浮いた。小さな身体を何度も回転させ、落下時の衝撃を高める。
やがて足の裏を空へ、頭を地面へ向ける態勢を取ると、右腕を矢のように引き絞り地面へ穿った。
途端に地面は揺るぎ亀裂が入る。AとBの立っていた場所は重みに耐え切れず砕け散り、ドガースと同じく地面に沈んだ。
この技は【じしん】なのかと理解した頃、二人の視界は既に地の底にあった。
かつてない戦闘技術。地面が裂けても少年の声が聞こえないことから、少年には【じしん】の被害が無かったと思われる。あれ程の力を、主人である少年を傷付けぬよう制御できるとは。圧巻とはこのことだろう。
朦朧とする意識の先。
少年の、あの目玉が蘇る。
そうだ、確かあの目は。
「………サカキ、さま……」
ぷつんという音と共に、AとBの意識は途絶えた。
主人公を怖がらせすぎた気がします。反省。
あと、主人公が呟いたのは寝言です。なんだかんだでふてぇ野郎です。