某宙域・軍機密にて詳細は秘匿のこと
ジオン宇宙軍巡洋艦・ムサイ級、MSドック区画にて――
我らが少佐率いるムサイ艦隊に、損耗したMS部隊の補強として、また新たに一個小隊が回されてきた。
過酷な最前線にふさわしい、かなりの手練れたちだ。
そう。
人呼んで、黒い三連星!
今や戦場のMS乗りで、この異名を知らぬものはいまい。
おまけ乗り込むのは元は陸戦用の重モビルスーツ、ドムを宇宙戦用に改装改良した新型の機体だ。
まことによろこばしいことではあるのだが、俺の内心はかなりビミョーなものだった。
理由は……!
「くそ、新参者がいきなり旗艦に乗り込んでくるだなんて、どれだけ自信過剰な自己中どもなんだ! いくら名の知れたエース級だからと言って……特にあの真ん中のガノタおやじ!」
そんな文句が自然と口からだだ漏れる。
新たな戦闘要員たちを迎えるべくブリッジからMSデッキへと降りた副艦長の俺は、浮かない顔つきでエアロックの解放サインを見上げていた。赤の点滅から緑の点灯に切り替わると、やがて分厚い気密ロックが解放される。大気のない真空状態の宇宙空間から酸素のある通常環境に移るには必須の手順だ。
で、内側には思ったよりも少ないぽつんとした人影におやっと思うが、頑丈なパイロットスーツに身を包んだすんぐりむっくりした、見た目やや小柄な男が見るなりまっすぐこちらに向かってきた。
無重力だから軽くフロアを一蹴りしてひとっとびで頭から突っ込んできやがる!
遠慮がないさまにげんなりして腰まで引けてしまう俺だった。
めんどくさいのがこの顔に丸わかりだったろう。
それでもあちらはいけしゃあしゃあとぬかしてくれる。
「よう! 出迎えご苦労! 今日から世話になるぜ。部屋は当然こっちにあるんだよな? あと悪いが指揮官どのへのご挨拶はテキトーにそっちで済ませちまってくれ。そうだ、おまえさんの推しのあの若い少佐どのにはだな!」
「勝手なことを! 部屋の用意はできるが、本来なら……」
【挿絵表示】
この旗艦ではなくて、僚艦である二番艦に着艦する予定だったはずなのを、無理矢理にゴリ押ししてきた横暴なヤクザまがいどもだ。
そんなものだからこっちは内心むかっ腹で非難のまなざしを向けるが、ヘルメットのゴーグルをあげて素顔をさらす強面のベテランパイロットめは澄ましたにやけヅラでせせら笑う。
「そう堅いことを言うな。オレとおまえの仲だろう? な?」
「くっ、勝手なことを……! それにどうしてひとりだけなんだ? ほかの二人は……」
その異名のとおり、元来は三人組の荒くれた凄腕パイロットたちのはずなのに、今はこのリーダー格しか見当たらないのに不可思議に聞き返す。
すると何食わぬさまではぐらかしたふうなものいいする小隊長どのだ。階級で言ったら上官なのだがほとほと性格難ありな大尉どのは、いっそうにやけた笑いでぬけぬけと言ってくれやがる。
「さあな? 来て早々、デッキのクルーどもと何やらもめていたみたいだが、興味がないからほうってきた。ガキじゃないからどうとでもなるだろ。おそらくはオルテガのヤツがまた着艦をとちったんだろうぜ。誘導員をスカートで引っかけたとか? 図体でかくて度胸はあるが何かとおおざっぱなのが玉に瑕だ……!」
「おいおい、そろいもそろって問題児だからって勘弁願う! そういうのを無難に収めるのが隊長であるおまえの役目じゃないのか? 着任早々、看過できない! こっちの立場も考えてくれ、ノーマルスーツを着込んで出ていくにも時間がかかるんだ!!」
嘆かわしげに声を荒げるこの俺、ドレンにベテランのあほんだら、もといエースパイロットのガイアは失笑気味に肩をすくめる。ちっとも悪びれたそぶりがないのが本当に腹立たしかった。
「ほっとけ。乱闘なんかにゃなりゃしない。向こうにはマッシュもいるんだ。ま、あいつはあんな悪人ヅラして対人交渉はお手の物だからな? うまいことやり過ごすさ。いつものことだ」
「ああ、あの無愛想な隻眼男か……ほんとに大丈夫なのか?」
「くどい。それよりも上官に対しての敬意がなくはないか? オレのほうが上のはずだが? 階級が上がったって聞いたが、それでもまだ中尉どのだろう、おまえさんは??」
近頃は軍務以外で顔を合わせることが多いものだから自然とそのくせが出ていたのは確かだが、こちらも艦を任される立場にはある。他の乗員たちの手前、そうそう弱腰には出られない。
いまいましいこと相手はやたらなネームバリューがあるからやや分が悪いのは承知の上で、あえて強気に出てやるのにあちらはからかいまじりで返してきやがる。
「噂には聞いていたが、あまりにも素行が悪いだろう? 規律が乱れるからやむをえない。艦の指揮を執る人間からしたらな?」
「はん。指揮を執ってるのはあの若くて素性の知れない若造だろう? 中間管理職はツライな! 赤い彗星てか? あんな派手なカラーリングで戦場に繰り出すなんてな気が知れないが、おまえさんがそうまで熱を上げるならそれなり見所があるんだろうよ。ただし、いざ戦果を上げさえすればこのオレたちも推すんだよな、なあ? このやたらにでかいケツの将校どのは!」
「悪いがそこまで偉くはない! あとケツがでかいのは生まれつきで、おまえのためじゃない! 気安く触るな!!」
にまりと笑って手を伸ばしてくるのを、とっさにこの身体をひねって直撃を避ける俺だ。
こいつ油断してると当たり前みたいに無造作にひとのケツをもんできやがる。
よほど女に飢えてるのか、よもやそっちの気があるのか?
ぞっとしない俺は苦々しい顔つきで、その全身真っ黒なパイロットスーツに正面で向き合う。
間近にこの顔を寄せようとしたら、ベテランの中年MS乗りはひとの身体にていっ!と蹴りをくれたその反動で無重力の室内を入り口までまんまとたどり着く。
あっく、こいつめ……!
艦内を移動するのに吸盤式のモバイルシューター(拳銃型の牽引装置)があるのだからそれで動けばいいものを、わざわざひとを足蹴にして! で、おまけに今さらそれを腰から抜き出して、あろうことかそいつをこっちに向けてくる大尉どのは、にやけヅラが完全に極悪人のそれだ。
……ドビュン!
迷わず引き金を引いて弾丸代わりの吸盤をこのひとの腰回り、太いベルト部分に命中させる。
頭のメットだったら迷わず本物の弾丸を撃ち返していたが、当てるなりにそいつでひとを身体ごと引き寄せる狼藉者に開いた口がふさがらない艦長代理だ。
味方の人間相手にこんな無礼な使い方するか? いくら殺傷力がないからってガンタイプの獲物だぞ?? 親の顔が見たい。
「おまえっ、よくも!? くっ……!」
強力な吸盤は銃身に巻き上げられない限りは解除ができない。
いやが上にも至近距離で顔をつきあわせて、いかついメットの中でにやけヅラのやさぐれはタバコ臭い息でぬかした。
「とっとと案内しろよ。その無駄にでかいケツで誘導しろ。そうすりゃ迷うことないだろう。あとついでにおまえの部屋もな? はっは、せっかくこうしてご近所さんになったんだ!」
「ええい、好き勝手なことを! 荷物はまだないぞ? どうして俺の部屋を! だから、でかいからってひとのケツを気安くもむんじゃない! 俺は男だぞ?」
「かまいやしない。ケツはケツだ。おまけ減るもんじゃなし、そっちもかまわないだろう? 兵士の士気を上げるのにこのくらいのサービスはお安いもんだ。女をあてがってくれっていうわけでもなし。何よりこのオレとおまえの仲だろう?」
「どんな仲だ! ええい、いまいましい! いいからついて来い。案内はしてやる。だからケツにさわるな!!」
人目もはばからず声がでかくなるばかりの俺だ。
相性悪いエースパイロットめは、のどの奥をクックと鳴らしながら悦に入ったさまでしたり顔してくれる。
「またでかくなったな? けっこうけっこう! それでこそのケツでかのドレンさまだ。中年太り大いにけっこう、楽しいったらありゃしないな? なんならこのオレのケツももんでみるか?」
「けっこうだ! セクハラだろう!! おい、あとのふたりはおまえがちゃんと面倒を見るんだぞ? このいかれたケツフェチのガノタめ!! もむなら仲間の臭いケツでももんでろっ!」
「オレの名前はガイアだぞ? ふん、パイロットスーツで固めた野郎のケツなんざこのオレの趣味じゃない。臭いのはお互いさまだ。もとよりおまえのケツはそんなにきれいなのか? くっく、フェチってヤツはむしろそのあたりに惹かれるんだろ?」
だったら屁でもこいてやろうか?
言葉よりも実力行使のほうが良さそうだと顔つきよっぽど苦々しくなるばかりの俺だが、折しも腹のあたりがぐるぐるしだして内心でしめしめとほくそ笑む。
だったらそうら……!
ブッ!!
それだから完全に油断していたのだろう歴戦の勇者の鼻っ面に臭いのを一発、お見舞いしてやるのだった。若干の沈黙のタイムラグの後、背後で慌てた気配が巻き起こる。
「ん? うあっ、くせっ!! ぐあ、おまえまさか、上官のこのオレに向かって? こんなの許されるってのか??」
「うるさい。お望み通りのことをしてやったまでだ。臭いのが好きなんだろ? むしろ感謝しろ。ケツ好きな変態ガノタに公私ともつきあってやってるこの俺の底なしの度量と辛抱強さにな!!」
「くっ、よくも言いやがる。オタクはオタクとしかわかり合えないんだよ。それこそが宇宙世紀以前から決まってるとおりにな。ならおまえも立派なオタクだ! この借りは必ず返すぜ?」
どうやってだよ??
呆れた顔でヘルメットの中のヤクザづらを見返してから、さっさと職務に立ち返る俺だ。
こんなの相手してたらキリがない。
「いいさ、このケツにロックオンしてるんだろ? なら見失わずにしっかりついてこい! ただし間違っても触るなよ? でないとこの艦の風紀が乱れる!!」
「ハッハ、違いねえ、軍人なんてバカばっかりだからな? 何よりそいつはこのオレさまだけのお楽しみなんだから、ひとに譲ってやる気もねえし」
「ああ、本当にバカばっかりだ! 少佐、助けてください!!」
スキがあったらもう一発食らわしてやる!
そう心に決めてMSドックから居住ブロックへと向かう俺である。
こんなバカどもとこれから戦場を渡り歩くのか……!
やっぱりまとめて二番艦に押しつけてやれないかと考えを巡らせるが、そちらの艦長は嬉々としたさまで客人の来ないのを憂いていたのを思い出す。
ちくしょう、どいつもこいつも……!!
問題だらけの最前線、敵の新造艦を追尾する追撃戦が幕を開けた。