Scene1
戦場ではしごく簡単にしてひとが死ぬ。
そうたとえ運が良くとも、その人生や未来を戦禍の渦にさらわれて、思いもよらぬ宿命へと流されてしまうのだ……!
地球連邦軍の新型強襲揚陸艦「ホワイト・ベース」
本来の戦術を大きく逸脱したはず型破りな単艦での長期間運用は、もはや戦場におき彼等があからさまな囮として位置づけられること、その確たる証左に他ならないのだろう。
赤い彗星率いるジオン軍の精鋭部隊に追われながら、最終目標であるジオン軍の宇宙拠点へと向けて航行する艦内では、およそ軍人らしからぬ面々が、穏やかな日常にひたるのであった。
かりそめの平穏、戦士にも休息は必要だとばかりに――。
居住ブロック・左舷・第二図書室にて。
艦内戦闘態勢全域解除。
今は平時における通常運用中の艦内だ。
乗員がいる区域は無難に電力の供給がなされている。
それだから食堂で食事を終えたら、かならず人気の少ないこのブロックで身を落ち着けるのが毎日の日課となっていた。
一度この艦ごと地球に降下した先で非戦闘員の民間人たちを下ろしてからは、特に静かになって集中して物事に打ち込めるのだから。
自分もかつてはその民間人の内のひとりだったハヤト・コバヤシは、手元の端末ディスプレイをひたすら凝視しながら頭の中で任意の操作手順を何度も反芻する。
実機を用いたシミュレーションでは何度やってもうまくいかないので、半ば意気消沈しながらの涙ぐましい自主練習であった。
「くそ、さっぱり意味がわからないや……! このおれのガンタンク、これって本当に運用できるのかな? こんな重力がない宇宙空間で?? いくら足回りの仕様を変えてるからって……」
シビアな戦場ではそのすべてがやり直しがきかない、それこそが命がけのミッションとなる。
だからこそ中途半端な状態のままで後悔するのは嫌だった。
するとそんな真剣な面持ちで手元のパッドを食い入るように見ている彼に、不意にこの横合いから声をかける者が現れる。
はじめその存在にまるで気がつかなかったが、いつの間にやらそばに立つ細い影は、ただそれだけでそれが誰だか判別できたし、予想に違わぬ軽い調子のセリフが背丈の低い新米パイロットの頭をかすめていった。
これにちょっとめんどくさそうなカンジで視線をあげるハヤトである。
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「よう! 相変わらず精が出るねえ? 感心感心! でもあんまり顔つきよろしくないけど、ひょっとしてつまづいてたりする? だからって根を詰めすぎるとろくなことにならないんじゃないの、ハヤトくん?」
「ああ、カイさん……! いたんですか? さっぱり気がつかなかった。確かに詰まってはいるけど、仕方がないじゃないですか。コレ、やっぱり難しいですよ。カイさんが乗ってるガンキャノンとはまるで勝手が違うんですから!」
浮かないさまで言ってくれる己よりもまだいくつか年下の青少年、実際ちょっと前まで民間人の学生さんだったなりゆき任せの学徒兵くんに、自身もなりゆきでMSの操縦席に座ることになった兄貴分は何食わぬさまで肩をすくめる。
「そう言いなさんな! まあね、確かに無理があるって傍から見てても思うけどもね? 本来は陸戦仕様のはずガンタンクが、あんなに形を変えて無理矢理に宇宙戦用機に仕立て上げました! って、本気で言ってるのかって? ま、シャレじゃどうにもならないんだけど」
「シャレじゃないですよ! 急ごしらえすぎてこの名前だってろくに決まってないのに、乗せられる人間は完全にモルモットじゃないですか? 責任なんて持てませんよ。アムロは期待しているなんて言ってるけど、腹の底じゃどう思ってるんだか……」
苦い表情でやりきれない心情を吐露する。
そんな若者に、どこかみずからの未来にあきらめたふうな投げやりさを漂わせる、ちょっとだけ先輩格の兄さんは、やれやれとばかりの軽薄な笑みだ。
「フッ、いやはや、あの天才くんははなっから誰からの助けも必要としちゃいないんでしょうよ? むしろこっちがおんぶにだっこの状態で! それより名前がないのはやりづらいよな、お互いに? ならいまつけちゃえば? そのくらいの権利はあるでしょ、どうする、リック・キャノンくらいにしとく??」
「へ、なんですそれは? リック……??」
突飛な提案に思わず惚けた面で同僚の顔を見上げる東洋人の男子に、おなじく東洋系らしき細身でシャープな面立ちの若者は、やはりしての冷やかすような物言いだ。
半分がた冗談まじりなのが見ていてわかった。
「だからほら、リック・ドムって言うじゃない? ジオンの奴らのあのやたらいかついMS! あれって確か元は陸戦用の機体だったドムをこっち向けに仕立て直した、まさしくおまえさんのそれとおんなじヤツなんだろ? リックってなんなんだろうな??」
「知りませんよ! こっちはまじめな話をしてるんですから、やめてください! スレッガーさんはスペース・ガンタンクとか言ってるし、あの三人のちびっ子たちは真に受けちゃって勝手に広まっちゃってるんですよ? フラウとか、セイラさんにまで!」
「じゃあそれでいいんでしょうよ? 悪くないじゃない、嫌ならブライトさんに決めてもらえば? わかりやすいの付けてくれるでしょ、ガンタンク・ウルトラブースターみたいな! 見たまんまのやつね」
「ひどいな、他人事だからって! もういいですよっ、何とでも呼んでくださいっ……! おれたぶん返事しませんからね?」
「はは、そんなふてくされなさんな! かわいいねえ、青春まっただ中のティーンくんは? おっと、ガチの軍人さんが来なすった。あんまりしょげてばかりいるとガツンと気合いを入れられちゃうよ、ハヤトくん?」
普段、限られた人間しか顔を出さないこの室内にまた新たな人影を認めて、そのずんぐりむっくりした筋肉質な身体のラインから誰かを察知するカイ・シデンはにやけ笑いで顔を背ける。
するとその肩越しにその人物を認めるハヤトは背筋を正してこれと向き合うのだった。
「あっ、リュウさん! て、またいつものトレーニング・ルームにいたんですか? なんだかすごい汗かいてるけど」
無重力の艦内、もっぱらパイロットたちのたまり場となっているレクリエーション・ルームにふらりと顔を出したのは、ふたりよりもだいぶいかつい体つきの大柄な青年で、東洋系よりもずっと浅黒い肌色の真顔で答えた。
こちらも見るからに若いが民間人上がりの彼等よりはやや年上らしく、落ち着いたそぶりがずっと軍人らしくあっただろう。
その彼は、意味深な目つきをして低い声音に少なからぬ圧がこもる。
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「……ああ、まあな? おまえたちこそこんなところでコソコソと何をやってるんだ? ふたりともモビルスーツのパイロットなんだからトレーニングを怠るのは良くないぞ。戦場じゃ最後は体力と精神力がものを言うんだからな! さっきもサボり癖があるアムロをひっ捕まえて押し込めたんだが、おまえたちの面倒も見なくちゃいけないのか、この俺は?」
「うひゃひゃ、そいつは勘弁! いやあ、身体を鍛えるのはけっこうだけど、シャワーくらい浴びたらどうなんです? 汗くさいったらありゃしないや。いくらむさ苦しい軍人ばかりの軍艦だからって、レディたちもここにはそれなりいるんだから」
自分が普段から軽薄なぶん、とかくまじめで見た目が重苦しいこの下士官どのが苦手なのか?
どこかあさっての方角向いたまま軽口たたくカイに、当のリュウ・ホセイはやや冷めた目つきで応じた。
ハヤトあたりからしたらこの二人はどうやらあまりそりが合わないように見えたものだろうか。
ちょっとだけ警戒した目つきだ。
「ふん、おまえに言われたくはないな? そんなににおうか? 確かにアムロのやつが嫌そうな顔してたが、人間なんだから当たり前だろう? シャワーは後で浴びるさ」
「はは、おれは嫌いじゃないですよ? 身体動かすのだって嫌いじゃないし、後でちゃんと筋トレします。そうさ、負けてられないよ、ただでさえみんなの足を引っ張ってるのに、役立たずはごめんだ……!」
「おやおや、完全にすねちゃって……! 悪かったって、へそをまげるのは戦争が終わってからにしてよ。わかるでしょ?」
「知りません」
「何の話だ? ん、ハヤト、おまえが見てるそれって、あの駆動系を大幅に改装したタンクのマニュアルだよな? だったらこの俺にも見せてくれよ」
はじめ目をぱちくりさせながらふたりのパイロット仲間たちのやりとりを見て、やがて若い学徒兵が手にした端末の中の画像に見入る職業軍人だ。何やら興味津々なさまでのぞいてくる大柄なマッチョマンに、小柄なのがコンプレックスな若者はこれをちょっと意外そうに見上げる。
「え、かまいませんけど、見てどうするんですか? リュウさんはキャノンがあるんだからこんなの見たってどうにもならないでしょう……??」
パッドにはMSの各種の操作系の複雑なコマンドモードでびっしりと埋め尽くされるが、これを解除して初期の出撃段階にまで設定を戻すとかろうじてこれがキャタピラ走行の重砲タイプの操縦システムだとわかった。皮肉屋の青年から言わせればぶっちゃけ肥満体型となる同じキャノンの正規パイロットは、なぜだかマジマジとこれを見つめながら答える。
「……いや、場合によってはこっちに乗り換えることにもなるかもしれないだろう? 戦場じゃイレギュラーが付きものだ。逆におまえがキャノンに乗ることだって十分にあるんだから」
「おれがキャノンに? でもそれって……?」
あまりいい理屈が思い浮かばないハヤトに、横合いから皮肉屋が茶々を入れる。
「それってオレやリュウさんが死んじゃった場合ってことよね! でもセイラさんやスレッガー大尉がいるんだから、ハヤトに乗れなんて言うヤツいるのかな? オレはどっちでもいいけど!」
「わからないだろう」
「やめてください!」
ケタケタと笑うやせぎすの軽薄男に、小柄と大柄のぽっちゃり体型が真顔で苦言を呈する。ちょっと雰囲気が悪くなりかけたところに、またそこで新たなる気配、高い声色の声が上がった。
「あのっ……!」
中肉中背のこれもまたいまだ若くした青年だ。
ハヤトと同じ年齢の、パッと見なら少年の部類か。
これにその場に居合わせた誰しもがはっと意識的に息を潜めるのだが、これを敏感に感じ取る彼自身は、ちょっと困惑したさまで仲間のパイロットたちを見返す。
このときにはもうニュータイプとして広く世間に認識される若きエースパイロットだ。
だが現実は、およそこの風貌からはそうとはわからないほどに弱々しくした年頃の男の子であった。
若干15歳にして数々の戦功をあげた天才パイロット。
アムロ・レイ
戦争の行く末すらも左右しかねない、宇宙世紀における新たなる人類の先駆け……!
だがその彼自身は、皮肉なことに出身は地球、アース・ノイドであったという。
後編に続く――