ひとでなしの魔術研究録 〜愛情や憎悪など強い感情が魔力を増幅するようなのでサンプルを集めよう〜 作:ハイチ
昨今、魔術理論の発展は目覚ましい。
単純な魔術をバカスカ撃って戦争してた時代だと、ただ威力が正義という感じだったらしいが、いまはそんな野蛮なことはない。
そもそも威力だけ見ても、魔素の崩壊や融合によるエネルギーを用いた現代の魔術の方がはるかに上だが。
ただ、それほど理論が進んだ現在でも、いまだに深く解明が進んでいない分野もある。
「――キミは。魔術と感情、その間にどんな繋がりがあると思う?」
「えっ? それって、昔の迷信でしょ? だって非科学的だよ。誰かのことを想ったら魔術が強くなるとか」
そうか、キミもやはりそっち派か。非科学的などと言うが、僕は証明もされていないことをないと言うことこそ非科学的だと思うが。
「でも、なんでそんなこと聞くの? ふふ、理屈っぽいサイらしくないね」
おっと。危ない、怪しまれてしまった。
このカフェの美味いコーヒーでリラックスしてしまったのか、どうしても気になって聞いてしまった。普段と違う言動は慎むべきだったな。
――なんせ。これから、この一ヶ月の実験の集大成を刈り取る時がくるのだから。
さて。そろそろ時間か。
「ん、どうしたの? サイ。時計なんて気にして」
「ああ。すまん、今日はこれから用事があるのを忘れていてな。なんと言ってこの楽しい時間を切り上げようか考えていたんだ」
「えー、もう行っちゃうの? でも、用事ならしかたないかあ」
「悪いな。埋め合わせはまたいずれ」
「はあい。今日よりもっと楽しいとこ連れてってね!」
さて。この偽りの関係もとうとう終わりか。
魔術大学の女はガードが固いからここまで堕とすのに苦労したが、それもこのためと思えば我慢できるというもの。
きちんと結果を測定できるよう、彼女には術式を仕込んだアクセサリーも渡している。準備は万端だ。
スマートに会計を済ませると、二人でカフェから外へ出る。
「今日も出してもらっちゃってありがとうね」
「ああ、構わん。今日まで付き合ってもらった礼だ」
「なにそれ、かしこまっちゃって! ふふ、これからもずっと付き合ってもらうんだから、サイが破産しちゃうね」
しまった、またつい考えていたことを口走ってしまった。幸い怪しまれてはいないが。
もう、ボロが出ないうちにさっさと始めるとしよう。
「じゃあ、僕はもう行く」
「はあい。あ、じゃあその前にちょっとこっちに……」
「なんだ?」
数歩彼女に歩み寄ると、不意に唇へ柔らかな感触。ほとんどゼロ距離で見た彼女の顔は、頬が赤く色づいていた。
「えへへ……。今日はいつもより短かかったから……。じゃ、じゃあね! また夜になったら通信魔術でメッセージ送るから!」
そう言って、照れ隠しからか小走りで去っていく彼女。いかんいかん、そんな速度で離れていくのは想定外だぞ!
まだ目で見て耳で聞こえる距離にいるうちに。幸い、影響範囲に人もいない。
よし、やるなら今だ!
「――複合術式、起動」
指先の動き一つで浮かび上がった魔術陣に魔力を注ぐ。ついでに、僕がそばに配置しておいた魔導車に、よく燃えるよう火の魔術陣を貼り付けておく。
さあ、術式の発動までもう間もない。
……5、4、3、2、1。
――ドォオン! と。
爆発的な衝撃とともに、轟音があたりに鳴り響いた。直後、僕の眼下で立ち上る激しい炎。
――そう、先ほどまで僕がいた場所だ。
その火力は僕お手製の術式なだけあり、複合術式の効果で空間転移してきた付このアパートメントの屋根まで熱が届くほど。
そして、これだけの音が響いたなら。まださほど離れていなかった彼女が、後ろを振り返って。
「――え……さ、サイ……?」
まだか。何が起こったのか分からないといった、ポカンとした表情。これでは魔力との感応など起きようはずもない。
もっと、もっとだ……!
「あれ、そ、そこ、さっきサイがいたとこ……。あ、でももう、サイは帰った……よね?」
薄々察しているというように、震える声が聞こえる。わなわなと唇が震え、足は引き寄せられるように炎へと近づく。
「あ……これ……え? サイの、靴……」
ここで僕の一仕事が光る。ちゃんと目に留まるよう、まるで爆発で飛んできたような絶妙な位置に、さっきまで履いていた靴を配置したのだ。
これを見てしまえば、俺が炎に飲まれず帰ったなど思う余地は無くなるだろう。
さあ、どうだ?
「そ、そんな、嘘……。うそ、だよね? サイ……!」
蒼白な顔のまま、それでも身体が動いているのは、優秀な魔術師の性だ。あれは……水の魔術陣か。まるで鉄砲水のように、大質量の水が高速で炎へ射出される。
彼女は必死に魔力を注ぎ続けるが、なかなか火は落ち着かない。
「この、消えて! はやく消えて! このままじゃサイが、サイが!」
周囲に騒ぎを聞きつけた人が集まってきても、彼女は構わず水をかけ続ける。そして、次第にその熱も落ち着き始め、ちょろちょろと炎が燻るようになって。
そうして初めて、見えるようにしていたのだ。――僕の身体を模した、肉の欠片がこびりついた白骨を。
「――あ……! こ、れ、えぁ……ぉええぇえ!!」
彼女は目を大きく見開いたかと思うと、その場でうずくまり嘔吐する。それでも水魔術を止めず、燃え滓と化した僕(偽)へと這い寄る。
「そん、な。うそだよね……? サイ……?」
震える手で、僕(偽)に触れる。そして。
「ぅ、ぁ、あああああぁぁあぁぁ――!!」
なんてことない日常に、突如姿を現した絶望。
こだまする慟哭は、アパートメントの屋根に乗った僕の心をも震わせた。
……そう。手元の魔道具に表示された、彼女の感情に伴って上下する波形を見て。
僕は感情を爆発させた。
きた、きたきたきた……! 僕の、理論の、通りに!
最高の実験結果だ――!