進撃の朱点童子 ~2度目の人生もハードモード?~ 作:茄南詩
プロローグ
「当主様。当主様へ回復の許可を」
「いいえ、___へ壱与姫をお願い。それから、貴方達は魔王陣の併せを」
「しかし……っ」
「いいから早く」
(そういう事ですか……。)
術を唱えながら、僕は理解した。
こいつは此処で死ぬつもりなのだと。自分の業から、逃げる気なのだと。
『『魔王陣』』
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「ぅ……ぁ……」
ぐったりとしている当主を見下ろした。
彼女は鬼によって腹部を半分程むしり取られ、その手足は、あらぬ方向にひしゃげていた。
「無様ですね。当主様」
瀕死の人間に言う言葉ではないが、こいつだけは赦せない。
「あは、は。ごめ、ん……ね?」
彼女は掠れた声で笑った。余裕なんだな。
「っぎの、とーしゅはっ……あなた、にっ」
「それは罪悪感からですか?」
「ちが、ぅ……」
この女をより責める為に口を開こうとした時、後ろから腕を引かれた。
「時間がない。次期当主。貴方のそれは、無駄」
そう言って。チビは、当主の髪を一房切り取り、和紙に包んだ。
そうだった。こいつに関わる時間が惜しい。僕は当主の証である指輪を抜き取り、告げた。
「当主ではなく只の人間として、最期に言うことはありますか?」
「え……?」
「ねぇ、当主様。
僕達、あの時約束しましたよね?『必ず仇を取る』って。『私が当主の役目を果たしたら、殺していいよ』って」
だからそんな目で、僕を見るな。
「わかった、よ。ゆー、ね」
『あんまり、ゃくに、たてなくて……、ごめ……な、さ……ぃ』
そして、彼女は目を閉じた。
『夏狂乱』
火柱が立ち上る。
こうして『空っぽの戦人形』と呼ばれた当主は。
僕の仇敵は、この世から消えた。
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目を覚ますと、私は全身痣だらけで居間の床に転がされていました。部屋の内装や、人々の服装から察するに、ここは住み慣れた京ではないようです。見知らぬ男女と少女は倒れている私に目をやることもなく、話に花を咲かせています。
どうして?私は大江山で昼子様の元にたどり着くことなく死んだはずなのに。それに、自分の名前も思い出せません。短命の呪いの影響で、遂にボケが始まってしまったのかしら……
「なぜ、わたしは生きているのでしょうか」
思ったよりもガサガサした声が出ました。喉が酷く渇いています。
明らかにこの身体は私のものではありません。体格は元服前の様に小さく、痩せ細っています。髪の色まで違う。何より、額に触れても呪いの徴の感触が無いことに戸惑いを覚えました。
それから、この身体の持ち主の人格は、日常的な肉体的・精神的暴力に耐えきれずに消滅してしまったことを悟りました。
肉体という器の無い私は、この持ち主を失った身体に憑依することで生きているようです。
私が半ば呆然としていると、土の素質と火の素質が混じったような、橙色の髪をお団子に引っ詰めた女性が椅子から立ち上がり、蔑んだ視線と言葉を私に向けました。
「なぜだって? 出来損ないのお前に慈悲深い私達が毎日食わせてやっているからに、決まっているじゃないか」
そう言うあなたはこの身体の持ち主だった子の、実の母親ではないのですか。
それに毎日とは言ってもパン一切れのみで、時々それさえも与えていなかったようで。栄養のえの字も理解していないのかしら。
この子の体に遺された記憶や感情が次々と流れ込んできます。
家族からの愛情に飢え、空腹に飢えて。
そして、最後まで絶望を抱いたまま亡くなったことを知り、激しい憤りの感情に支配されそうになりました。
しかし私はそれを抑えつけます。こういう時ほど冷静になれなければ、ずっと前に当主をお払い箱にされていたでしょう。
「「……」」
そして、この人の暴力を黙認しているのは父と姉にあたる人間です。彼らはこの子が感じていた、飢えとは無縁な容姿をしています。部屋の中に飾られている、最近描かれたと思われる小さな家族の絵の中には、3人しか描かれてはいません。
相変わらず人間というものは腐っているようで。笑いが込み上げてきます。
「何をヘラヘラしてるんだい、気色の悪い子だね!」
平手が飛んできました。避けたり逃げたりすると執拗に暴力を振るわれると、この身体は記憶しています。前世で鬼と戦うことが日常だった私にとって、この位の痛みは軽いものです。今回は甘んじて受けましょう、次の機会など作らせませんから。その前に潰します。
それから引っ詰め女性に外に連れ出されました。今着ている血糊の付着したボロボロの服を剥ぎ取られ、何度も水をかけられました。そして、比較的まし?な姉のお下がりに着替えるように指示を受け、着替えた後は荷物が積んだままの農用車の端に座らされました。只今絶賛揺られています。
引っ詰めさんは御者台に座っていますし、荷台には布が掛けられており、私は外から隠されています。
まあ外は真っ暗なので、外を見る機会があったとしても、何も見えないでしょう。好都合です。
『せんげんじ』
馬の足音でかき消される位の声で呪を唱え、服の下のジクジク痛む箇所を治療します。先日熱された火かき棒で殴られた所ですね。上級の術で完治させる事は可能ですが、怪しまれるかもしれません。今は傷口を塞ぐだけにしておきましょう。
体は弱々しいけれども、術は全て使える気がします。では、応用編はどうでしょうか?
『きよみず [範囲指定:指先、水流:ゆっくり]』
右手の人差し指から清水を出し、喉を潤します。氷雪針地獄ではこの術にお世話になりました。
これで、命の危険は少し遠のいたでしょう。
では、少し眠りましょう。
少しでも体力を温存・回復させなければ。
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体感では一刻半が過ぎたと思われる頃に、大きな広葉樹の近くで停まりました。辺り一面だだっ広い野原で、この樹位しか目印がありません。広葉樹の下には品のなさの漂う大柄な男性が2人、木に寄りかかっています。側には幌馬車が停めてあり、御者台にはもう一人、特徴のない顔立ちの男性が座っていました。
「この子があんたが言ってた役立たずかい? まだ学校にも行ってなさそうなガキじゃないか」
「で、引き取ってくれるのかい?くれないのかい?条件通りちゃんと手足もついてるし、ラリってもいない。金さえ払ってくれりゃあ、あとはあんたらの好きにしていいさ」
……会話から察するに、私はこの人達へ、体よく売られるようです。まあ、あの家に固執する理由もメリットもありませんし、少し様子を見ることにしましょう。
馬車を降りるように言われ、樹の近くへと連れて行かれました。すると広葉樹の下に居た二人の内の一人が、布の小袋を放り投げ、引っ詰めさんは素早くそれを掴みました。
「ほら、約束の金だ」
「ハハ、随分と奮発したもんだねぇ」
引っ詰めさん、いえ、もう詰め子で充分でしょう。彼女は小袋の中の銭を数えるとうっそりと笑いました。
「上の娘の方が、より高く売れるぜ?」
「お生憎様だね、あの子は何処にもやらないよ。さあ、とっとと連れてっとくれ」
もう一人の髪を無造作に束ねた男が下卑た笑いを浮かべると、お金との戯れを邪魔された為か魅力的な夢から覚めてしまったかのような顔をして、冷たく言い放ちました。ついでに強く背中を押された為に、ろくに食べていない体では受け身を取ることすら出来ず、地面と接吻してしまいました。
いい加減ぷっつんして不動明(火柱と共に怖い顔をした男性が現れ、対象1人を焼き尽くす術)を唱えたくなりますが、今は我慢です。我慢ですよ、私!
私が立ち上がり己の忍耐力の記録更新をしている間に、小袋を投げた男は私の近くまで歩いてきて、肩に手を置きました。
……あの、そこはまだ治療していないのでちょっと痛いです。
「今生の別れってやつだ、今のうちに言いたいことがあるなら済ませちまえ」
「おいおいおっさん、こんな小さなガキに言っても理解出来るはずねぇよ」
「うるせぇ、お前もまだ図体がデカイだけのガキじゃねぇか」
この人は、“善い人”を捨て去ることが出来てはいないようですね。なるほど、詰め子に言いたいことですか。沢山ありすぎて全部は言えません。
あまりにも毒のある言葉をぶつけるのは、一時的にはすっきりするでしょうが、この土地や文化について何も知らない今、得策とは言えません。私に体を遺してくれたこの子の為にも、過去はなるべく精算しつつ、せめて身体だけでも長生きさせてあげたいのです。
「かぞくなのに、どうしてわたしにひどいことをしたの? わたしは何か、わるいことをしてしまったの?」
「馬鹿だねえ、お前の存在事態が罪なんだよ。お前は何処かの馬の骨と、ろくでもない妹との間に出来たんだから。その妹も死んじまったから、世話する理由も義理もない。殺さないだけましだと思いな」
言葉が出ませんでした。前世に家系図を見た際、彼女のような状況に陥っている先祖もいらっしゃいましたが、虐待など一度たりとも起きませんでした。
しかし、短命の呪いと種絶の呪いに掛けられていなければ、どうなっていたのでしょうか。……やはり私達は異常だったのでしょうか。
「無駄話は終わりだ、行くぞガキ」
ねぇおじさん。この仕事でご飯を食べているくせに、そんな同情的な目で私を見るのは止めてもらえません?もう一人の人みたいに何とも思ってない素振りぐらいしてなさいよ。
「はい。『へびまろ [発動条件:繰り返した時、効き目:じわじわと]』」
私は去り際に、母の姉だった人に呪を唱えました。蛇麻呂は初歩的な術ですが、化け物へ猛毒によってダメージを与えることが出来ます。そのまま使用すれば、一般人の彼女は2分くらい苦しんだ後、死亡するでしょう。私はもう人には期待したくないけれど、これからの彼女が善人である限り発動しないように設定しました。
さようなら。もう、どうにでもなってしまえ!
それから私は手枷を嵌められ、幌馬車の内に入りました。そこには一目で満足に食べられない境遇であったとわかる子供が3人、女性が2人、そしてこの車内では一番清潔な服を着ている太めの少年が縮こまっていました。ここまで乗ってきた農用車よりは広くて快適だと少し嬉しく思いました。そこでもしっかりと仮眠をとる事に努めました。
目覚めると幌馬車から降りる前に目隠しをされ、ぐるぐると余計に歩かされてから建物に入りました。道をわからなくさせるためでしょうね。目隠しを外されると、目の前には小型の檻がずらりと並んでいました。その中に一人ずつ入るよう促され、全員が入り終わると、小袋おじさんと特徴のない顔の人は部屋から出て行きました。
彼らが完全に見えなくなってから、子供の1人、太めの少年が火の付いた様に泣き出しました。
「ここはどこ!? 僕は何で檻に入ってるの!? 家に帰りたいよ!」
「ギャーギャー喚くな、うっとおしい」
「そりゃあんたは檻の中に入ってないからそんなことが言えるんだろ!?」
「そういうお前はさっきおっさんに殴られてたくせに、まだ自分の立場が分かってねえんだな。
いいか、ここは所謂奴隷市場だ。檻の中に入ってる人間は、みーんな売り飛ばされるのさ。」
なるほど、ご親切にどうも。この世界では人身売買は当たり前のように存在するのでしょうか。1人で生きていくことが可能かどうか判断するための知識をつけるまで、買われても良いかもしれません。あまりにも酷い主人であれば、術で逃げ出せますから。
まあ冷静に考えて、私のような幼く弱々しい子供など、怪しい宗教家が信者を増やすための駒にするだとか、人体実験の材料を求めてきた科学者位にしか需要はないとは思いますが。
「うあぁああああ! お母さあああああん!!」
黙らせるためにこの状況を理解させることは逆効果だったようです。
うう、お腹が空きました。フラフラします。
こうして私はこの世界で初めての気絶を体験したのでした。